![]() コタキナバルのプロムナードホテルから
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キナバル山に登りたい! そう思うようになったのは,高校時代の恩師からの年賀状にキナバルの森の写真とともに「キナバル山に登ってきました。自然が素晴らしかったです」との一文を目にしてから。影響されやすい自分を意識しつつ,マレーシアボルネオ島を目指すことにした。現地での交通,宿泊,登山ガイドなどをまったく予約せず乗り込んだボルネオ島。出かける前,友人には「そんな思いつきで行ってホントに登山できるの?」と心配されるが,構わず出国。しかしそこには友人の言うとおり様々な困難が待ちかまえていた。1月3日
出国〜コタキナバル成田空港まではバスを利用。土浦駅を始発し,TXつくば駅,常磐線ひたち野うしく駅などを経由するバスが一日9往復出ている。ひたち野うしく駅から乗り込むと,同じ高校の英語の先生とばったり。これからローマへ出発するという。お互いこれから楽しみですね,などと話していると,後ろの座席から聞こえる若い女性3人組の会話も,彼女たちが県立校の教員であることを物語っていた(盗み聞きしてゴメンなさい)。やはり旅行好きに教員稼業は打ってつけなのだろうか。いやいや,これは見聞を広げるための立派な研修だと自分に言い聞かせる。そうこうしているうちにバスは成田空港へ。空港敷地に入るときには警備の人がバスに乗り込んで一人ずつパスポートを確認していく。カウンターでチェックインし,いざ出国。
MH(マレーシア航空)81便は成田13:30発のコタキナバル18:30到着。コタキナバル空港で入国審査,荷物受け取りの後,到着ロビーにあるCD機でキャッシング。JCBなどのクレジットカードが使えるので,払い戻しの最大限であるRM1000を下ろす。RMは「リンギ」でマレーシアの通貨。1RMは約30円。1週間で3万円の手持ちでは心許ないので,さらにあと2回操作を繰り返し,合計RM3000(約9万円)を持つことに。帰国後に知ったが,一回につき手数料が900円ほどかかっていた。TCよりも割高かもしれない。しかしあらかじめ日本でTCを作るために金融機関へ行く手間を考えると,クレジットカードを利用して現金を引き出せるのは,やはり便利だ。
空港を出てタクシー乗り場へ。「ホテルまで」と頼むが乗せてくれない。「日本人は乗車拒否か」などとがっくりしていると,なにやら空港内のデスクを指さしている。タクシーカウンターでタクシーチケットをあらかじめ購入する必要があるとのことなのだ。初めてのシステムに戸惑うが,運転手の不正を防げるという観点で合理的な方法かもしれない。市内プロムナードホテルまで約15分,RM13.5。タクシー車内で運転手にインド洋大津波のことを聞いてみる。わずか1週間前のことだったものの,「あー,そういえば本土の方で大きな波があったようだ。でもあまりよく知らないよ。こっちは全然関係ないからね。」と話していた。同じ国とは言え,マレー半島とボルネオ島ではあまり一体感は強くないことを実感。
ホテルに着きタクシーを降りると,メガネが一瞬で曇った。気温は30℃ほどで,湿度もかなり高い。日本の寒い冬を過ごしている体にこのギャップは少々負担だ。このホテルは,前日に日本から直接電話をして予約した。1泊朝食なしでRM239(約7000円)。現地の人にとっては高級ホテルだろう。宿泊客はほとんどが白人だ。チェックイン後,ホテルからほどない海岸沿いの屋台街までぶらつく。チキンライスとバナナジュースでRM11。チキンライスは少々辛めだが,日本でも食べ慣れた味で口に合う。部屋に戻りテレビをつけると,NHK衛星放送が入る。初日にしてさっそく望郷の念がわいてしまう。
1月4日
コタキナバル〜キナバル国立公園ホテル内にてバイキングの朝食。チェックアウト時の支払いにはカード利用可。ホテル内のツアーデスクでキナバル山行きを打診するが,ホテル主催のツアーしか紹介できないとのこと。しかもそのツアーは一人では参加できず,誰かがたまたま現れないと出発できないと言われる。なんとか行きたいと頼み込むと,市内にあるステラ・サンクチュアリ・ロッジを紹介される。この事務所はキナバル国立公園内施設のサテライト事務所である。さっそくタクシーで向かう。約10分。RM7。ここで,自分の行きたいところ,やりたいことを言うと,実にスムーズに手配をしてくれた。宿泊の料金もここでカード払い可。本日はキナバル公園内のヒル・ロッジ(RM92),翌日はラバン・ラタ・レストハウス(RM34)に宿泊する手配をしてもらう。
その後,長距離バスターミナルまで約15分歩いて移動。途中の本屋ではキナバルのガイドブックがいくつか置いてあったので購入。ガイドブックと言っても写真はほとんどなく文字ばかり。「地球の歩き方」のような和製ガイドブックに慣れているのでなんだか物足りない感じがする。しかし,文字からどんな風景なのかを想像するのも楽しいものだ。バスターミナルまで行くと,客引きのお兄さんが行き先を聞いてくる。キナバル公園に行きたいと言うと,ボコボコ傷だらけの11人乗りのワゴン車を紹介される。これがラヌア行き長距離「バス」だった(写真)。このワゴン車に何時間も乗るのかと考えると,いやが応でも不安が高まる。どこで降りてもRM10という格安だから仕方ない。定員の乗客が集まるまで待たされている間,子どもの物売りが次々にやってくる。水のペットボトル,駄菓子,バナナ,アクセサリーなど。40分ほどがたちようやく出発。街から離れるとすぐに山道に入っていくが,舗装ははがれることなく整備が行き届いている。土砂崩れの現場も懸命に復旧工事中だった。2時間少々でキナバル公園入口に到着。ここでバスを降りる。国道から徒歩1分にゲートがあり,入場料RM15を支払う。ゲートの脇にある管理事務所(Head Quarter Office)で受付。登山許可料RM100,登山保険料RM3.5,ガイド料RM70の計RM173.5を現金で支払う。ここで本日の宿泊小屋ヒル・ロッジの鍵を受け取る。
ヒル・ロッジは長屋のような建物で,バス・トイレ完備の快適なツインルーム。公園施設内には博物館,レストラン,22時まで開いている雑貨店と10の宿泊施設がある。各宿泊施設にフロントはなく,管理事務所でチェックイン,チェックアウトを行う。事務所の掲示板によると,18時からレストランホールでキナバル登山の説明会があるというので出かける。欧米人と中国系の若者30名ほどが集まっていた。みな体力が有り余っているかのようにエネルギッシュだ。説明会では,レンジャーの人がキナバルの自然や登山の持ち物についての説明をしてくれたが,私は欧米人の質問力に圧倒された。臆することなく次々と的を射た質問を繰り出す。こんな授業が自分も普段できたら楽しいだろうなと,一人頬が緩む。説明会(質問会?)終了後はそのまま夕食。ビュッフェスタイルの鍋。中身を自由に取ってきて,各テーブルでカセットコンロを使って煮る。RM25。鶏肉や白菜などなじみの材料だが,味が辛いのが難点。
1月5日
キナバル国立公園の管理事務所〜標高3300mの山小屋5時半起床。期待して開けたカーテンの外は,深い霧だった。がっかりするが,まあそのうち晴れるだろうと楽観的に考えながらサンドイッチとジュースで朝食をとる。管理事務所があく7時を待ち,登山には必要ない荷物を預ける。荷物一つでRM7.5かかった。事務所前で出発準備をしていると,霧が晴れてキナバル山の全景が初めて見えた(写真)。あの山頂まで自分の足でこれから登るのかと思うと,メラメラと登高意欲がわいてくる。事務所で昨日の領収書2枚を提示し,登山口ゲートまでの車代往復分RM25を支払い,ガイドと対面。ガイドは8人までに1人を必ずつけなくてはいけない。私には20歳くらいの青年トーマスがついた。近くに住んでいて,毎日ガイドの仕事をしているという。
7:55バスで出発。20分で登山ゲート着。さっそくトーマスとともに歩き始める。500mごとにシェルターと呼ばれる休憩所があり,ここには飲料水タンクやトイレも用意されている。登山初心者にも安心だ。登るにつれて,シダの茂る熱帯雨林から落葉広葉樹の温帯林へと変化していく。時々甲高い声で鳴く鳥は,鮮やかな色で目を引いた。トーマスはずっとついてきて,質問に何でも答えてくれる。木の種類,花の名前,鳥の生活などあらゆる方面に明るくてさすがだ。メモをとらなかったばかりにもう忘れてしまったのが悔やまれる。登山道にはガイドの他,山小屋用の荷物を運ぶポーターも目に付いた。登山ガイドの料金は一日20RM(約600円)ほどだが,英語が話せない人はこのような荷揚げ要員になるしかなく,そうなると料金は10RM以下になることなども教わった。途中2回休憩し,11:45に山小屋ラバン・ラタ・レストハウス到着。ここはまた霧の中となった。
ラバン・ラタ・レストハウスのチェックイン時に鍵のデポジットとしてRM10を払う。部屋は2段ベッドの6人部屋で,暖房がきいて快適。ただし男女の別はない。部屋の外に共用のシャワーがある。昼食にラーメンRM11.5をとりのんびり過ごす。このラーメンも日本のインスタントラーメンと同じでおいしかった。午後になると霧が晴れた。ガイドたちは山小屋の庭にネットを張ってバレーボールを始めた(写真)。雲上のバレーコートに響く歓声に癒された。
夕食は17時からバイキング形式(RM25)。缶ビールはRM6。食後にイタリアからの青年旅行者と交流。彼は夏に土木作業員として働き,冬には毎年2ヶ月間も海外を旅行するとのこと。今回のパプアニューギニアからボルネオへの道中のワイルドな写真を見せてもらうなどして遅くまで歓談。
1月6日
山小屋〜キナバル山山頂往復〜管理事務所〜ポーリン温泉1:40起床。2時に軽い朝食を済ませ2時半にトーマスとともに出発。すでに登山道には多くの同志が歩いていた。ヘッドライトをつけながら歩き始める。ところが樹林帯の中の道はなぜだか明るい。所々に道を照らす電灯が灯っているのだ。こんな山奥に電灯とは驚いた。また危険な箇所には手すりや鎖もあり,さらに途中の避難小屋では人数のチェックを受ける。安全な登山をしてもらうための配慮が感じられた。その後は日の出時刻調整のために休みつつ歩き,5:40,標高4094mの山頂に到着。6:15日の出。欧米からの若者も,ターバンを巻いたムスリムも,現地のブルジョワジー階級の人も,皆でご来光を喜び合い登頂を讃え合う。
6:20下山開始。途中の小屋で再度チェックを受ける。その時,下山後に登頂証明書がほしいかどうか聞かれた。料金(RM10)がかかるとのことだったが,サンプルを見るとカラフルで美しいので希望する。7:20山小屋着。昼食をとり,8:20下山開始。10:15登山口のゲート着。トーマスと握手をして,安全な登山をエスコートしてくれたことに感謝する。ちょうどそこへ,これから登山する客を乗せてきたバスが来たので折り返し便に乗り込む。10:40に管理事務所着。登頂証を受け取り,トーマスと別れる。
登山の予備日として考えていた日が一日あいたので,どこへ行こうか思案を巡らす。見ると事務所の掲示板に「登山のあとはポーリン温泉へ!」というキャッチコピー。登山後に温泉に入れるなんて最高!ということでポーリン温泉行きを決める。移動のタクシー車内では運転手が村の人の生活についていろいろ教えてくれた。村にはいろんな宗教の住民が混在しているので,異なる宗教者の間でも結婚することさえあるとのこと。マレーシア人の宗教への寛容さを知った。
キナバルパークからおよそ1時間で到着。ポーリン温泉もキナバル国立公園内にあるので入場料が必要だが,キナバル登山をした人は証明を見せれば無料になる。管理事務所で宿の手配を済ませ,さっそく温泉へ。温泉と言っても,屋外にプールのような浴槽がいくつかあるのみ(写真)。家族やカップルが水着を着て入っているので,一人では入りづらい。素通りし,蝶々園RM4やキャノピーウオークRM5を散策。キャノピーウオークは,熱帯雨林の太い木の中程に架かった吊り橋を渡るという趣向のもの。もともとは熱帯雨林の動植物生態観察のための研究に使用したものだが,今は観光客に開放してだいぶ人気があるらしい。地上から40mほどもあるので足がすくむが,熱帯雨林の樹冠を上から眺められる経験は貴重だ。
結局この日は温泉には入れずじまい。夕食は公園内のレストランでは値が張るので,公園ゲート前にある庶民向け食堂に入った。ハエの飛び交う食堂内で衛生環境に疑問はあるが,背に腹は代えられない。焼き飯は口に合った。
1月7日
ポーリン温泉〜コタキナバルせっかく温泉に来たのに入れなくては悲しいので,朝早くに行ってみる。しかし無情にもお湯は抜かれ,底に浅くたまるのみ。仕方なく足だけ浸かる。朝食は昨日と同じゲート外の食堂で。「ラーメン」は野菜入りビーフンだった。公園内を散策後,帰路につく。管理事務所前にとまっているタクシーでラヌアの長距離バスターミナルへ。タクシーの運転手は「ラフレシアを見に行くか?」と誘う。ラフレシアとは世界最大の花で,幹も葉もなくわずか5日間だけ咲く奇妙な花。せっかくだが,本当にいま咲いているのか怪しげだったので遠慮する。
ラヌアで20分ほど待って大型バスに乗り換える。コタキナバル到着後,大規模ショッピングセンター「センターポイント」や中央市場などをぶらつく。市場には海産物や野菜が満載。小さな区画に母子や姉妹と思われる人が所狭しとワークシェア。男性の売り手は見あたらない。夕食は海沿いのおしゃれなガーデンレストランを選ぶ。近くには「川奈」という和食レストランもあった。日本人も多いのだろうか。
1月8日
コタキナバル〜クアラルンプールとマラッカクアラルンプールまでは国内線でおよそ2時間。着陸直前に見えた,水平線まで広がる単一栽培の農園に圧倒された。空港を出てタクシーでマラッカへ。タクシーには、なぜか二人の運転手。これまたワークシェアリングだろうか。車窓にはゴムとカカオヤシの農園が広がる。
マラッカまでの高速道路は日本のものと造りがまったく同じ。ランプウエーから続くサービスエリア,道路法面の工法まで同じで驚く。日本の資金援助が関係しているのかもしれない。
マラッカ12:40着。タクシー内で交渉し,帰りもクアラルンプールまで乗ったらプラスRM250でいいという。電車にも乗ってみたい気はしたが,値切るとRM180でいいというので交渉は成立。マラッカでは歴史博物館(RM5)や古城などを2時間半ほど歩く。丘の上からは狭い海峡とそこを通行する巨大なタンカーが何隻も見えた。歴史的にも重要な航路であったがゆえに,マラッカの地が諸勢力に翻弄されてきた歴史に思いをはせる。 マラッカにはイスラム教徒(ムスリム)が多い。女性のターバンはとてもカラフルでファッショナブルだ(写真5)。ムスリムもおしゃれをし,携帯電話で話し,カップルは人前でも手をつなぐ光景を目の当たりにし,ムスリムのイメージが変わった。と同時に,ひどい偏見を持っていたことを心中で恥じた。マラッカをタクシーで出て再びクアラルンプールへ。ツインタワー前で降ろしてもらう。ツインタワーは1998年の完成当時には東南アジアで最も高い建物だった。高さ452m,88階建て。タワー下層階はショッピングセンターとなっていて,伊勢丹,紀伊国屋などの日本資本も(写真)。トイレは有料(RM5)。
ツインタワーを後にしてKLタワーへと向かう。地図を手にして歩くと観光客姿丸出しで狙われかねないと思い,地図なしでキョロキョロしながら歩く。すると中国系の人の良さそうなおばさんが声をかけてくる。「何とかオフィスはどちらですか?」そんなことと分かるはずないので「私も観光客なのですみませんが分かりません」と答えると,「あれーもしかして日本人ですかー?」と聞いてくる。そうだと答えると「私の娘が今度日本に留学する。東京の墨田区に住むのだが,アパートのこととか食べ物のこととかいろいろ知りたいと言っている。ぜひ家に来て話してあげてくれないか」とのこと。しつこく懇願してくるが,そのうちにあきらめて行ってしまった。少しかわいそうな気もしたが,これが正解だった。帰国後に外務省のWebページを見てみると「いかさま賭博詐欺」の実例にこれとそっくりの誘い文句が載っていた。懇願に負けて警戒心を解いてしまうと,持ち金どころかクレジット限度額いっぱいまで搾取されてしまいかねない魔の誘いだったのだ。発展途上国マレーシアの陰の部分が垣間見えた。と同時に中国系の商才を肌で感じられた。確かに街中の中国系経営者の店はいつも賑わっていたものだ。
23:50発の便で帰途へ。
1月9日
機中泊〜帰国翌朝,無事に帰国。バスでひたち野牛久駅へ。牛久市内のマラソン大会で迂回しバス遅れる。今回の体験を,撮りためた写真とともに今後の教育活動に活かしていければと思う。