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先日、妻の叔父が亡くなった。
数年前から病床に伏せっておられたが、
頑張り通し、九十歳を以て人生を終えられた。
越前海岸に小さな民宿を営んでおられた。
我が子が小さい頃、 毎年、夏になると家族でお世話になった。
海水浴場がある小さな浜のところまで、
いつもトラックの荷台に乗り込み送り迎えをしてもらった。
朝から夕方まで、透き通ったきれいな海で遊んだ。
脚ひれとシュノーケルをつけ岩場付近の海の中を泳いでまわり、
本当に飽きもせず不思議の世界を見るかのように眺め続けていた。
子ども達も「もうちょっと!」と海から上がろうとはしなかった。
真っ赤に焼けた背中、
家族で「蚊!」とふざけて肩をたたき合ってわいわい言いながら、
新鮮な刺身がいっぱいの夕食を楽しんだ。
夕食後は花火をしたりして潮風の夏を想い出に刻んだ。
ある時は、朝早く起きて、魚釣りをしたこともあった。
帰る日にはいつも、山高いかき氷を作っていただいた。
子ども達と本当に楽しい人生のひとときを過ごした。
叔父さんの優しい笑顔がいつも私の心にある。
最後のお別れに何十年ぶりかで叔父さんの家を訪ねた。
安らかな叔父さんはおじいさんになっておられた。
感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
海を見ているとすっと一句生まれた、
「大往生 日本海を カモメ翔ぶ」

越前高佐の海
長岡京八条池・光明寺・善峰寺サイクリング
走行距離:40.79km
走行時間:2:18:17
平均時速:17.7km
今回は自転車の鍵を境内で落とすという不注意なことがあった。妻にも迷惑をかけた。
羽束橋から長岡京、そして光明寺、善峯寺をまわることとしていた。
善峯寺への参道は、かなり勾配のきつい坂であった。
クロスバイクのギアがもう少し小さく数が多くある方が登りやすいのだろうなと思った。
本当に山の中に寺はあった。
長岡京の八条池の蓮が咲き始め、アマチュアカメラマンがたくさんいた。



長岡京八条池の蓮


善峯寺山門

幸福地蔵とあじさい苑



這うようにして伸びる松

紫陽花の 色奏包む 雨の音
世界遺産 国宝 姫路城




姫路城を久しぶりに訪ねた。
秋から壁の修理があるとか、いけるときにいっておこうと考えた。
昭和の大修理があったとは言え、昔のままの内部が残る城である。
木造建築物としては非常に大きいものである。

三条大橋より鴨川をみる
*English Education
*Nakai's Family Haiku
*Emotional Intelligence
*Sense of Wonder
*Haikuist Club
*Nakai Tomo's Works
*Expression
*Eight Commandments for Father with value
*A Short Letter to Mother on her birthday
*Graduation Comemorative Anthology
*Previous Haiku 2001
*Previous Haiku 2002
*Previous Haiku 2003
*Previous Haiku 2004
*Memories in 2005
*Meorories in 2006
*Meorories in 2007
イタリア旅行記
運転教習日記
Tomo's Letter
*Memories in 2008
日 記
工藤直子
ゆうがたの海は
太陽の日記帳です
雲や風と 出会ったことや
カ二やカモメと 遊んだことを
光の文字で 海に書きます
海にうかぶ ちいさな島々は
あれは 句読点です
書きおとしはないかと
太陽は もういちど海を照らし
ぱたりと「今日」のぺージを閉じます
今日の一日、 どんな日であったろうか。
最近、毎日がとっても早く過ぎると感じている人と、
なんだか思うようでなかったり、
やる気が起こらなくなったりして、
一日がとっても長いと感じている人もいることだろう。
学生になった君にとって、
大学は誰のためにあるのか。
高校教育を終え、
就職していれば賃金を得ている年齢である君が、
高い授業料を払い、大学で何を学ぼうとしているのか。
皆に着実な英語力をつけようと、
出欠が厳しく、進度が速く、宿題・課題を山のように出す、
本学の教育プログラムがどれほど意欲的なものであろうと、
それらが君にとってどのような意味を持つのか、
君の中で明確にされていない限り、
本学の勉強の中で、君自身が疎外されてしまい、
自分を見失った学生になってしまうことだろう。
「自分探し」というやや受け身的な発想に留まるのでなく、
「自分づくり」をめざし、積極的に自分を構築していくことが大切だ。
大学は自分のためにあるという強い気持ちが、
卒業時の君に、 将来の可能性を切り拓いてくれる原動力になる。
自分の意識の周りに 何十倍もの無意識がある。
無意識は君の精神安定に必要な防壁であるかも知れないが、
君を孤立・隔離させる鉄条網にもなる。
そうならないように、常に意識を活性化させておくことだ。
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東福寺本殿天井画
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悲田院より京都市内を
高雄トレック&サイクリング コース
自宅(7:45)…七条大橋(鴨川遊歩道)…丸太町通り…花園・双ヶ丘…162号線・周山街道…宇多野…梅ヶ畑…高雄小学校・中学校…御経坂峠(8:40)…高雄バス停(8:45)…高山寺…神護寺(9:21着―10:06発)…東海道自然歩道…鳴滝…試峠…清滝道…嵯峨野二尊院…嵐山…自転車道路…葛野八条…西大路九条…九条通…自宅(11:50)
自転車:Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 2:24:59
走行距離(Trip Distance) 40.6km
平均速度(Average Speed) 16.8km
最高速度(Maximum Speed) 48.4km
6月14日、前日は雨の天気予報が実際は曇り、今日の朝は曇りだが昼から晴れそう、今回は丸太町通りを西進し、花園から周山街道に出て、峠を越えて高雄をめざすこととした。丸太町までは鴨川遊歩道、そして丸太町通りを西へまっしぐら、日曜の朝なのか、丸太町通りは車の量が少なかった。
JR花園駅を越え、双ヶ丘で右折し周山街道に合流。福王子交差点からしばらくするとゆっくりとした登り、梅ヶ畑を越え高雄病院、平岡八幡宮へ来ると里山に入った感じがした。御経坂峠に来るとここからは一気に下り、スピードもぐんぐん、対向車に気をつけてほおどほどに。すぐに高山寺バス停に出た。高山寺へ向かい境内の見学。20人くらいの中学の修学旅行生が来ていた。石水亭の「鳥獣戯画(複製)」は見ないで神護寺に向かった。
神護寺までは5分ほど。自転車を止め、長い階段を上って神護寺を見学することとした。金堂の本尊は国宝で薬師如来。今請け負っている仕事がうまくいきますようにとしっかり祈った。カワラケ投げのする所があり、そこからは谷が一望できた。
神護寺の拝観が終わると、清滝ハイキング路を走る。途中からダートの道、マウンテンバイクではないので、パンクしてはいけないので自転車を押して歩い。ハイキング道であるので、本来は歩かなければならない。ただし、今日はハイカーには一人会っただけであった。石橋を渡るとでこぼこ坂道、岩を乗り越えで、自転車を清滝川に落とさないよう押してずっと歩いた。時には担いだりしながらも、清滝川沿いに歩くので気持ちはよかった。やがて月輪寺へ行く路と合流、ここからは自転車に乗って愛宕神社表参道入り口まで下る。そこから登り、清滝トンネルを通らず試峠を越えることとした。これはきつい坂であった。途中ダウン。恥ずかしながら自転車を押して峠まで歩く。サイクリストにはみせられない。やがて峠を越えると後は下り坂、ビュンビュンスピードが出る。清涼寺あたりで右折し、嵯峨野界隈を通って嵐山渡月橋を越え、自転車道へ出た。後は南下するだけ。五条で橋を渡って、そのまま自転車道を通り、葛野八条へそこからは市内の路を走り、西大路九条へそこから東進、東寺前を通り、東大路へ泉涌寺道で左折、自宅に到着した。11時50分着
見学の時間や写真撮影に時間を使ったので、走行時間の割に時間がかかった。実はスイングパノラマで撮影できる新しいカメラを買ったので、是非それを使ってみたかった。サイズは一眼レフの小型、重量は軽い。90枚くらいは撮った。 また次回、撮影を楽しみに。
高山寺バス停
高山寺表参道
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清滝川
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神護寺硯石 神護寺山門
神護寺山門仁王
カワラケ投げ
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清滝川石橋
木津川・津田・藤阪サイクリング
行程
自宅(7:45発)……伏見稲荷(本町通り)……鴨川自転車道……桂川合流・京川橋……八幡背割公園……木津川自転車道……流れ橋・上津谷橋(8:40着)……山城大橋(9:00着)……国道307号線(七夕伝説巡りコース)……府道17号線……津田(10:00着)……府道736号線……洞ヶ峠……国道一号線……木津川自転車道……羽束師橋……桃山……師団街道・本町通り……自宅(11:30着)
自転車 Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 3:10:46
走行距離(Trip Distance) 65.33km
平均速度(Average Speed) 20.5km
最高速度(Maximum Speed) 48.5km
ここんところ、仕事が詰まっていて、追われていた。やや睡眠不足で多少ストレスがたまっていた。なんとか、サイクリングに出かけたいと思っていた。土曜日、天候は曇り、ときどき通り雨があるとの予報であったが、思い切って出かけた。
いつものように、本町通りを南下し伏見稲荷参道で右折し鴨川の自転車道に向かう。鴨川自転車道をひたすら南下、桂川・木津川サイクリングロードに合流し一気に八幡の背割公園へ、ここで木津川と合流。御幸橋を渡って木津川サイクリングロードに出る。今回は、ショートタイツに夏用のサイクリング・ウエアと万全を期していたが、馬鹿なことに手袋を忘れてきてしまった。気づいたときは鴨川自転車道をひたすら南下中、どうしようもなかった。出発する前にちゃんと用意して机の上に置いておいたのに、忘れてしまった。最近、忘れることが多くなった。また、物忘れもすぐにしてしまう。これからが多少心配だ。アルツハイマーになって家族に迷惑はかけたくないものだ。
流れ橋まで50分少し、だんだん早くなっている。何度も来ているのでペースがつかめるようになってきたのか。9時00分、赤いアーチがかわいらしい山城大橋に出た。ここで右折し国道307号線を西に向かう。 甘南備山までほとんどが登りであった。一気に峠まで上り、後は下り道、そのまま津田へ出た。交野久御山線で、左折すれば交野に出る。峠から雨が降り出していたので右折し藤阪、長尾と向かうことにした。
途中左折し洞ヶ峠へ向かった。国道一号線に出るとさすがに車の通行は多い。ただ、4車線なので、一番左を走っていれば比較的安全であった。 やがて、木津川に出た。そのまま直進しようかと迷ったが、久しぶりであったので膝に痛みがあり、無理できないので、自転車道を戻ることにした。いい判断であった。途中からかなりスピードダウンしてしまったので。 羽束師橋付近で右折し大手筋へと向かった。
丹波橋あたりに出て師団街道を北上、鳥羽街道で本町通りに出て自宅に戻った。11:30着。4時間ほどのサイクリング、実質走行時間は3時間。やや疲れた。自転車を洗って自室に格納。ストレス解消にはなった。
雨の日
高田 敏子
雨がふって 傘をさして 歩いている
おとなは さびしそう
ひとりひとりが 雨に区切られて
ひとりぼっちの さびしさを
傘の下に歩かせている
雨がふって 傘をさして 歩いている
子どもは たのしそう
雨に区切られた 一人の世界に
ほこらしく 胸を張っている
早く早く おとなになりたい子ども
雨の冷たさが身にしみるおとな
雨の日
傘の下で 私の思ったこと
子どもの頃、雨降りの日には雨降りなりの楽しみがあった。
長靴を履いて、 道路のあちこちにできた水たまりに飛び込んでみた。
しぶきが跳ね上がり、 水たまりの中、雨水は足の中には入ってこない。
それだけでうれしくも楽しくもあった。
差している傘を叩く雨音はピアノの音楽のようにも聞こえた。
大人になって、 何か気持ちに余裕がなくなって、
夢みること、信じることが少なくなって、
雨を疎ましく思うことが多くなった。
余裕を持つことって、本当に大切だ。
今年のゴールデン・ウィーク、
車で帰省した多くの人は、
高速道路代の千円効果で
予想以上の、いや予想通りの渋滞に出くわした…
目的地に早く着いて、 ゆっくりしたかったというのに、
目的地にゆっくり着いて、
ちょっとしか時間が残らなかったようだ。
目先のことにとらわれず、
気がふさぐような雨降りには赤い傘でも差して、
歌でも歌ってみよう。
人生はゆっくりでもいい。
本当に大切なものを 知ることができたら、
それでいい。
ああ、ゆっくり生きたいなぁ。
ぼくは ぼく
からす えいぞう(工藤直子)
ときどき ぼくは
ほんのすこし
いろつきの はねが ほしいな と
おもったりする
ほんのすこし
いいこえで うたえたらな と
おもったりする
でも これが
ぼくだ と
とんでいく
花の成長を見たいと思うのなら、
しばらく目を離すことが必要だ。
自分のことだって、同じだ。
毎日じーっと見ていると、 変化や成長はわからない。
キャンパス・ライフも一ヶ月ほど過ぎて、
周りの人のすごさに圧倒されたり、
授業の進度が速かったり、
日々出される課題の多さにびっくりしたりして
ちょっと気が滅入って、
やっていけるだろうか、
ちっとも成長していないのではないだろうか、
あの人みたいにできればいいのに、
自分にもっと力があればいいのにと、
他人のことをうらやましく思うこともあるのではないだろうか。
しかしながら、 自分は自分。
じーっと見ていても、
自分の成長はわからない。
ただ、 あなたのやる気で充実した光のあたる場所において、
あなたなりの努力や学びの水や栄養をやることで、
きっと、花は育つ。
うまくいかないことからも 人は学んで成長する。
自分の中にある力を信じて これから先、
しっかりやっていこう、
自分のペースを大切に。
ぐるっと北山・杉の森 サイクリング
コース
自宅(7:55)…七条大橋(鴨川遊歩道)…出町柳…加茂街道61号線…京都産業大学グラウンド(8:32)…市の瀬(8:53)…出合橋…持越峠口…持越峠(9:15)…杉坂都町…湧き水…京見峠…京見峠茶屋(9:53)…光悦茶屋…紫竹西通り…北山通り…加茂街道…出町柳……七条大橋…自宅(10:50)
自転車:Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 2:25:20
走行距離(Trip Distance) 44.06km
平均速度(Average Speed) 18.1km
最高速度(Maximum Speed) 43.5km
5月9日、久しぶりの晴れ、今回は北山の峠越えの練習をと考え、持越峠を選んだ。出町柳から御園橋までは加茂川遊歩道を走ったが、そこからは加茂街道に出てまっすぐひたすら北上した。柊野あたりからゆっくりとした上り坂が続く。市原へ向かう車線との分かれ道で進路を左に取り、大岩、砂ヶ瀬、おおまがりとずっと上り坂が続く、市の瀬集落に出てすぐに出合橋に着く。ここを左にさらに登っていくと、左手に山の小・中学校、雲ヶ畑小学校・中学校が見える、山の中の川沿いにあり、運動場も狭い。やがて岩屋不動と峠への道に分かれる持越峠口に着く。むかし、ギターマンドリンクラブの合宿をこの岩屋不動でやっていたときがあって、そのときはバイクで現地志明院へ行って付き添ったのだが、本当に山の中であったことを思い出した。
ここからが難所の峠である。斜度は13%、しかしながら一部分にそれ越す曲がりくねった坂道があった。これを登ることができれば脱初級らしいのだが、残念ながら中級にはなれなかった。急な坂のUターンの2箇所で足がぱんぱんになり、押して歩かざるを得なかった。くやしい。
峠を越えると一気に下り坂、ビュンビュンとスピードが出る。峠を越えたときの下りの心地よさは何とも言えない。何かやり遂げた褒美のようなものだ。上りがあれば必ず下りもあるという人生を考えさせる道である。西陣杉坂線を京見峠をめざして進む。杉坂都町から緩やかではあるがまた上りがずっと続いた。途中湧き水スポットがあり車でたくさんの水をくみ来ている人もいた。水筒一杯分だけをくんだ。たしかに、ミネラルウオーター以上においしい。力水を得て、再び坂道をのぼる。
やがて、山の家はせがわに出ると、京見峠であった、そのまま過ぎてしまった。有名な京見峠茶屋に寄った。土日しか開かない店だが、到着時間が10時前と早すぎて準備中、営業は11:30ころからであった。手打ちそばを出しているらしい。店の中はおくどさんがあり、とても趣があった。残念ではあるが、 店の写真だけを撮ってすぐに降りることにした。ここには麓のしょうざん光悦村から登ってくる自転車が続々とやってきた。下る方には、道幅が細い長い下り坂、対抗の車も通る。カーブが多く視界が悪いのでスピードは控えめにしなければならなかった。しかしながら、あっという間に下り、光悦茶屋に出た。
ここで左手に紫竹西通りへ進み、南進し北山通りに出る。また左折し加茂川に出るまで東進した。加茂川に出て右折しまっすぐ南進し出町に出ると川端通りへそのまま七条へそして自宅に向かった。
自宅到着は10:50。休憩込みで3時間、走行時間としては2時間25分。いい運動であったが、あの持越峠で2回下車したことが、無念である。まだ、初級を脱することができない。
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加茂街道 山の藤
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市ノ瀬 出合橋より加茂川源流
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雲ヶ畑小・中学校
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持越峠ゆるやかなところ 峠から雲ヶ畑を見る
杉坂都町からまたゆるやかな上りが続く
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京見峠 氷室へ分かれる道 峠の下り坂
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京見峠茶屋
おくどさん
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茶屋の正面の杉林・北山杉
下り坂道幅せまい緑のトンネル
出町柳
山辺の道 ハイキング
妻と娘(長女)の3人で連休の日曜日、山辺の道を歩いた 。27,730歩ーーー万歩計で測った自宅から山辺の道、そして自宅までの総歩数である。
連休中なのか、細い街道には江戸時代の東海道のように、ハイキングではあるが行き来する人が多かった。
JR奈良線・桜井線を使って10時8分に桜井着。桜井の商店街を通って水道局、三輪川に出て、金屋の石仏と歩いていった。石仏の前は美術館で造形作品を展示していた。
勢いよく歩いていると、すぐに大神神社に着いた。お参りを済ませ、そうめんで有名な森正へ行った。冷やしそうめん900円、にゅうめん800円であった。そうめんを作る際に残るふしというくずそうめんが一袋250円だったので、一つ買い求めた。おつゆなどにゆがかずにそのまま入れられるので便利だ。が、先の街道筋の無人販売ではおなじものが100円で売っていた。少しショック。
山辺の道の檜原神社近くに展望台があり、畝傍山や耳成山がかわいらしく見えた。遠くに葛城山・信貴山、生駒なども見えた。
景行天皇陵を越えると1時過ぎくらい。そのあたりで昼食とした。のどかな風景が目に拡がり、おにぎりはこよなくおいしかった、しばらくの休憩の後また歩き出した。青垣トレイルセンターがあった。途中、ソフトアイスクリームを買った。道々、食べるソフトアイスクリームの味は格別だ。
長柄駅に向かう計画を当初は考えていたが、意外に早く歩き、そう疲れていないと思ったので、予定を変更し天理まで踏破することにした
しかしながら竹ノ内環濠集落あたりに来るとだんだんと脚がだるくなって疲れてきた。夜都伎神社越え、しばらくして、山辺の道からはずれ石上神宮に向かわず直接天理駅をめざした。
天理に着くと、京都行きの近鉄急行の発車一分前、うまく乗れた。おかげで電車に乗るとすぐにうたた寝を3人共がした。疲れた。
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金屋の石仏 造形美術館のオブジェ
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レタス畑
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平等寺
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森正 にゅうめん
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展望台から並ぶ小山が畝傍山、耳成山
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道々には花が、レンゲの花も
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ミカンの花
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山辺の道
木津川・南山城・宇治抹茶街道サイクリング
自宅(7:37発)……伏見稲荷(本町通り)……鴨川自転車道……桂川合流・京川橋……八幡背割公園(8:14着)……木津川自転車道……流れ橋・上津谷橋(8:36着)……山城大橋(8:59着)……国道307号線(宇治・南山城抹茶街道)……宇治田原(9:26着)……天瀬ダム(9:40着)……宇治公園(9:50着・休憩茶団子)……京都宇治線7号……中書島観月橋……24号線……桃山(八百屋立ち寄り)……師団街道・本町通り……自宅(11:30着)
自転車 Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 2:58:14
走行距離(Trip Distance) 58.99km
平均速度(Average Speed) 19.8km
最高速度(Maximum Speed) 46.9km
連休に入った。温かくなったので、サイクリングに出かけたいと待ち望んでいた。長岡方面・交野方面など迷ったが、南山城から新緑の天瀬・宇治に行くことにした。 いつものように、本町通りを南下し伏見稲荷参道で右折し鴨川の自転車道に向かう。鴨川自転車道をひたすら南下、桂川・木津川サイクリングロードに合流し一気に八幡の背割公園へ、背割公園に着いてトイレ休憩。ここで木津川と合流。御幸橋を渡って木津川サイクリングロードに出る。快晴の天気に、冬用のサイクリング・ウエアーではかなり汗ばんできた。ウエアー内はサウナ状況。これからは夏用のショートパンツと薄手のウエアーが必需品と実感した。すれ違うサイクリストは、皆、薄着であった。恥ずかしいが、10月末にクロスバイクを買って、その後必要に駆られて買った冬用のウエアーしか持っていなかったので仕方がない。
やがて、前方に流れ橋が見えてきた。何度も来ているので一気に通り過ぎる。8時59分、赤いアーチがかわいらしい山城大橋に出た。ここで橋を渡ってそのまま宇治田原へ向かう。道路幅がややせまく、それでもダンプカーなどが走っているので、注意しながら、登り坂でもできる限り出せるフルスピードで走った。 一気に峠まで上り、後は下り道、途中宇治茶の直売露天が並んでいた。そのまま大津南郷宇治線に出て左折し、天ヶ瀬ダムへ向かった。下り道でスピードが出る。カーブが多く車の往来があるので、ほどほどのスピードで宇治へ向かった。途中、藤の花があちこちにブドウの房のような花をたわわに咲かせていた。 あっという間に宇治公園に着いた。
出かけてから2時間少しで着いた。思っていたよりかなり早く着いた。夏も近づく八十八夜、初摘みのお茶の看板を出しているところもあった。宇治橋の京阪宇治線のたもとの駿河屋で茶団子と抹茶の水無月を買い、京都宇治線をひた走って観月橋に出た。
当初、近鉄桃山のガード下でチャーシュー鉢いっぱいの「大中ラーメン」を昼食にと予定していたが、10:50でまだ準備中(11:30開店)、それに昼食には時間が早すぎるので、大手筋の八百屋に寄って賀茂なすやエンドウ豆、タケノコを買って、自宅で昼食を食べることにした。バックパックは急に重くなった。
師団街道を北上、鳥羽街道で本町通りに出て自宅に戻った。11:30着。何と3時間ほどのサイクリング、軽い運動であった。昼食後、すぐに京都駅の方へ出かけてATMでお金を少しおろし、夏用のサイクリング・ウエアーを買った。多少の値引きで、ウエアーはジッパーなしのTシャツタイプで一番安いものを選び、ショートパンツを合わせ上下(Goldwin)で1万5千円であった。次回が楽しみである。
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八幡より木津川下流 山城大橋
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天ヶ瀬ダム上流ダム湖
宇治鵜飼い船
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宇治十帖
三上山(近江富士)ハイキング
昔の同僚と年に一度の同窓会で近江富士ハイキングに出かけた。9時半野洲駅集合、そこから歩いて、三上山登山口へ向かった。登りは比較的楽な裏登山道のコースを取った。樹木林の中、涼しさを感じながら頂上をめざした。10時10分くらいから登りだし、途中何度か休憩をした。日頃の仕事の忙しさから体力に自信のない状況が昔の同僚には伺えた。共に働いていたときは、とても元気のいい、体力も充実していると思っていたが、あれから6年の歳を重ねた。昔のようには身体は動かないものだ。 400mくらいの低山であるが、この年齢には十分なのかな。
頂上には11時30分くらいに着いた。この日は非常にいい天候で眼下に滋賀の町が広がって見えた。遠くの山は春霞でぼんやりとしていた。 とても気持ちのいい眺めであった。ゆっくりと昼食をとり、表登山道を下山した。あっという間に麓におりた。野洲駅へ向かい、駅前の「ほほえみの湯」で塩サウナなどを体験し、疲れを癒した。
一年に一度会うだけだが、皆が健康でいることがとても大切に思えるようになった。
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大原・静原サイクリング コース
自宅(7:05)…七条大橋(鴨川遊歩道)…出町柳…高野川沿い367号線…花園橋…八瀬( 7:40)…大原朝市(8:03〜8:17)…野村の別れ…江文峠口…江文峠…静原朝市…市原…葵屋やきもち総本舗…出町柳…三条アルチメイトファクトリー(自転車店/自転車前輪ブレーキ調整)…七条大橋…自宅(9:50)
自転車:Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 2:04:44
走行距離(Trip Distance) 39.67km
平均速度(Average Speed) 19.0km
最高速度(Maximum Speed) 44.6km
大原の朝市と静原への峠越えサイクリングに出かけた。花園橋から大原まではほぼ登りの道である。ケーブル八瀬に先回行ったときより30分以上短縮着く。少しして旧大原街道にそれていくと信号を渡って、高野川沿いに小学校があった。途中367号線に出るが、また、脇道に入り田園風景を楽しむ。しばらくして、大原朝市に着いた。
近くの農家の方が野菜などを直売している。漬け物、野菜、餅、赤飯、おはぎ、ヨモギまんじゅう、豚汁、地元のかしわ(鶏肉)、鮎の塩焼き、鯖寿司などが売られているが、今日は少し品数がそう多くなかった。今日も車で買いに来る人が多かった。今回は、鯖寿司とおはぎ、そして漬け物を買った。
自転車に戻ると、雨が降りそうな気配であった。急いで、静原へ向かった。雨がぽつりぽつりふりだした。野村の別れから江文峠へ少し長い登り道である。このあたりから、雨がわりと降り出してきた。峠を越える下り道、路面は濡れている。めがねにも雨粒が付いて見づらい。9度くらいの温度だが、サイクリングウエアーを着ているので寒くはなかった。ただ、ブレーキでスリップするのが多少気になった。坂道を下りるときから前輪ブレーキをかけるとカタカタと音がした。後輪ブレーキだけで下ることにした。後輪ブレーキはかけすぎると、後輪がロックして横滑りし転倒するので、調節しながらブレーキをかけた。
途中、道路脇の空き地に、テントが幾張りかはってあって、「静原の朝市」をやっていた。朝取りレタスが一個150円、おばさんが「今取ってきたところやから、取れたて。外側の葉も捨てたらあかんで。ちゃんと食べてや」と。ハイと答えて一個買った。
雨が降る中、そのまま市原へ。時間的にも体力的にもまだまだは余裕・余力はあったが、雨が降っているので鞍馬のほうには向かわず、上賀茂神社をめざした。上賀茂神社で神馬葵屋やきもち総本舗の焼きもちを買って、加茂川を下っていった。
三条で自転車屋に寄って、前輪ブレーキを見てもらった。何と、ハンドル部分の締めが少し緩んでいて、音が鳴っていたと。びっくりした、そんな風には感じていなかった。でも、それで調整完了。 まっすぐ、自宅に戻った。何と9時50分。3時間弱の軽い運動のようなサイクリングであった。
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大原朝市 鮎の塩焼き
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大原の里
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静原朝市
四月の信号 杉本 深由起
ためらわずに どこまでも
どんどこ進みなさい ってこと?
大丈夫! 今なら
さあ渡りなさい ってこと?
そう 四月は
進む月
前進あるのみの月
見晴かすかぎりの
草や木が
エメラルドグリーンに 光る月
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4月の信号、しっかりと受け止めただろうか。
「まっすぐ前進あるのみ」 で、やってくることができただろうか。
言い訳しながら、 ぐだぐだ愚痴をこぼしている人もいるが、
やりたいことがすぐに見つかり、
それに従事できる人なんてごくわずかである。
それなら、目の前にあることを精一杯 こなしていけばいいのだ。
それは、やりたいことを 見つけたときの自分にとって 決してマイナスにはならない。
今、一番大切なものは、 おそらく、 ベストの状態でスタートすることである。
自分の最高の成績が残せるようにできれば、
悔いが残らず、 自分の結果にきっと満足できる。
スタートラインに立っている君たち、
今、君たちはベストの状態であるだろうか。
君たちが何かを始め、 何かが始まることを大いに期待したい。
エメラルドグリーンの5月が 目の前だ。
さわやかな風に乗って、 さらに前進してゆこう。
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知人の句会に拙作を出句
兼題 「幻」
石仏(いしぼとけ) 時幻(ときまぼろし)に 顔おぼろ
自由句
シャボン玉 夢の行方の 砂時計
鯉のぼり たったひとりの 全宇宙
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春は花盛り
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「樹の心」
高田敏子
花の季節を 愛でられて
花を散らしたあとは
忘れられている さくら
忘れられて
静かに過ごしている樹の心を
学ばなければいけない
忘れられているときが
自分を見つめ
充実させるときであることを
樹は 知っている
『心のしくみがわかる本』川村妙慶著に、
人は「思い」という執着の穴にはまると、
それをどんどんほじくって、
穴を深くしていきます。
穴をがむしゃらに掘っているほうがラクだからです。
そして自ら掘った深い穴から
抜け出すことができなくなってしまうのです。 とある。
誰しも満開の桜のようでありたい。
仕事や学業においても、 咲き誇っていたいと思うことがある。
しかしながら、 そういうことはうまい具合にずっと続くものでもない。
桜は一年のほんの二週間ほど 見事な美しさを見せるが、
あとの五十二週は静かに過ごしている。
始まったばかりの新学期で、
うきうきしてテンションが高くなっているときかも知れない。
でも、 落ち着いて自分を見つめ、 一層充実させていくことを忘れないように。
やがて、慣れたときに、 自分の居場所がどこなのか、
分からないということがおこらないように。
つまらぬ執着で不安になることのないように。
これまでの何かを捨てて、新しいものを生み出すように。
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桜は見事に
先日、青春18切符で、滋賀県海津大崎、彦根城、近江八幡八幡堀と桜めぐりをした。
海津大崎は8分咲きであったが、後は満開であった。
本当に見事であった。
今日、妻と自転車で鴨川から加茂川・曼殊院へとサイクリングに出かけた。
もう散ってしまっている桜の樹が目立つようになっていた。
花の命は一週間、見事に咲いた充実感で樹はこの一年をまた過ごすのであろう。
人生は繰り返しながら、老いる。
朽ちるまで花を咲かせる樹でありたいと願った。
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海津大崎
海津大崎
マキノ 吉田酒造 みぞれ酒
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彦根城
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彦根城 天守閣
咲き乱れる桜
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近江八幡 八幡堀
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京都 北山
英国の友人と18年ぶりに再会
18年ほど前team teachingで授業を共にしたイギリス人が家族を連れて、日本にやってきた。
12歳の女の子と10歳の男の子、そして奥さん連れて、2週間ほどの休暇、京都のアパートを借りて滞在している。
こうした外国人との出会いは、
「去る者、日々に疎し」Out of sight, out of mind.という西洋の格言のように終わることが一般的である。
しかしながら、彼は違った。
毎年欠かさずクリスマスカードを送ってくれる。
日本にいたとき、何度か我が家族と共に過ごした時間が忘れられない想い出として残っていることは、
うれしいことである。
結婚記念日には、昔、私が餞別に送った和ロウソクに毎年火をつけて我々家族のこと思っている
と聞いて、びっくりした。
東映太秦映画村と奈良を案内し、天気にも恵まれ、とても楽しい時間を過ごした。
奈良は桜が満開であった。
当時小学生高学年だった長女もうれしかったのか、休日の案内役に参加し、一緒に時間を過ごした。
彼の家族の10歳のトムのふるまいが本当に子どもらしくて、心から気持ちよい気分を味わった。
人は一生の中で、いろんな人との出会う。
遠い異国の人と忘れ得ぬ出会いをすることもある。
あと、何十年生きているのか分からないが、
出会いを大切にしたいと改めて感じた。
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映画村
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東大寺 大仏
二月堂の桜
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東大寺 二月堂
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若草山頂上から東大寺を望む
一ねんせいになったら
まど みちお
一ねんせいになったら
一ねんせいになったら
ともだちひゃくにんできるかな
ひゃくにんでたべたいな
ふじさんのうえでおにぎりを
ぱっくん ぱっくん ぱっくんと
一ねんせいになったら
一ねんせいになったら
ともだちひゃくにんできるかな
ひゃくにんでかけたいな
にっぽんじゅうをひとまわり
どっしん どっしん どっしんと
一ねんせいになったら
一ねんせいになったら
ともだちひゃくにんできるかな
ひゃくにんでわらいたい
せかいじゅうをふるわせて
わっはは わっはは わっはっは
まどみちおのこの詩は、
小学一年生の希望に満ちた思いをうたった唄である。
新入生ということばにはそんな夢の響きがある。
さて、大学生になった諸君、
君たちには 今 小学生の頃のような夢があるだろうか。
友達100人作るだろうか。
新しい友人と何をしていきたいと考えているだろうか。
ただ、学生生活は思うようにうまく送ることができるとは限らない。
乗り越えなければならない大きな壁が待っていることだろう。
壁がそこにあるのには、理由がある。
君たちの行く手を阻むためにあるのではない。
その壁の向こうにある「何か」を 自分がどれほど真剣に望んでいるか、
証明するチャンスを与えているのだ。
やがて、本学を卒業し社会に出る時が来ても、
この最初の一年は壁を乗り越えた勇気や努力を
こころのふるさととして いつまでも忘れることはないだろう。
ビートルズに「ゴールデン・スランバー」という歌がある。
Once there was a way to get back homeward
Once there was a way to get back home
Sleep pretty darling do not cry and I will sing a lullabye
Golden slumbers fill your eyes
Smiles awake you when you rise
Sleep pretty darling do not cry
And I will sing a lullabye
僕は「金色に輝くまどろみ」という詩詞を贈って、
「何か」を求め突き進む君たちへのふるさとの風となろう。
背割り公園 桜サイクリング
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 1:36:19
走行距離(Trip Distance) 32.13km
平均速度(Average Speed) 20.0km
最高速度(Maximum Speed) 41.1km
天気がよかったので、ショートサイクリングに出かけた。タダ、風が強く、何度もふられたり、向かい風では思いっきりスローダウンした。背割り公園の桜は五分咲きほどであったが、花見で弁当を広げているグループが多かった。
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五分咲きの桜
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さくら
泉涌寺本殿近くの桜の老木が今年もまた満開となっている。メジロなど小鳥が、花の蜜を求めて十数羽以上集まってきている。毎年替わらぬ営みのようだ。葉が茂り、養分が十分みなぎる時でなく、どうして養分を放出するような花から咲くのだろう。
娘と東京散歩
出張のついでに埼玉で下宿している娘と落ち合い、食事を楽しんだ。中学校の修学旅行で訪れた以来、中に入ったことのない東京タワーに登ってみた。中学校の時のかすかな記憶では、夕方頃着いて、タワービルの土産物売り場を回ったことくらいしか覚えていない。手で回転すれば日付の変わる数字の小さなボックスの付いた東京タワーカレンダーの小さな置物を買ったこと。当時。その仕掛けが不思議ですごいと思ったコトを覚えている。
そのときにはたぶん登っていなかった、大展望台150m、その上の特別展望台250mに登った。そこから見ると、東京はビルの集合体だ。見渡す限りビルの連なりであった。京都タワーからだと、黒い瓦屋根の家が見える。東山や北山、西山などの緑も間近に感じる。しかし東京はグレーの乾いた感じである。
3階のフロアーに映画「三丁目の夕日」のジオラマ模型が置いてあった。映画撮影でも使われたのか、かなり精巧にできていた。ファインダーからのぞくと、まるで自分がその場に立っているような気がした。懐かしい思いであった。少年の頃の想い出がよみがえるようであった。
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特別展望台より 皇居方面 東京駅方面
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お台場 新宿
富士は見えなかった
ルックダウンウィンドウ
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茶川商店 鈴木オート
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三丁目の夕日
京都・東山・花灯路 2009
March 19
茶碗坂…清水寺…清水坂…産寧坂…八坂通り…八坂の塔…一年坂…ねねの道…円山公園
と、2日間ほど帰省している娘、長女、妻と自宅から歩いて、灯りの路を散策した。平常より温かな夜であった。茶碗坂清水坂産寧坂と思うほどの人手ではなかったが、ねねの道に来ると大勢の人手であった。灯りの路をそぞろ歩きするのも風情がある。
近くにこうした楽しみがあるのはうれしいことだ。3月22日までだ。そのあとは花見客で賑わうことだろう。円山公園は夜桜の名所でもある。
灯りで一番印象に残ったのは、円山公園内を流れる吉水の小川のせせらぎ一面に1000本近い青竹の灯籠が並べられていたこと。幻想的な光の雰囲気を醸し出していた。
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茶碗坂 清水寺を望む
産寧坂
八坂通り八坂の塔を望む
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八坂の塔 内部
ねねの道
円山公園 竹灯籠の灯り
春が来た!
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土手でひなたぼっこのカモ 柳の新芽も青空に映え
鴨川 春の流れ
東福寺
大石神社・醍醐サイクリング
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 1:35:14
走行距離(Trip Distance) 26.54km
平均速度(Average Speed) 16.7km
最高速度(Maximum Speed) 38.3km
ほんとうにいい天気だったので、近くへサイクリングに出かけた。今熊野から滑り石街道を通って山科へ出て、醍醐寺に行くことにした。滑り石街道は小学生の頃、山の斜面から水晶が採れる場所があって、よく出かけたものであった。何十年かブリでこの街道を通った。今はすっかり舗装され、水晶を探し求めた崖も崖崩れ防止のコンクリート壁になっていた。大石神社へ向かう道の両脇にはわずかに畑が残っていた。昔はこのあたりは畑や田んぼが拡がっていたのに、すっかり様変わりしていた。
大石神社のしだれ桜は花芽がびっしりともう少し温かくなるのを待っていた。
街道を抜け、旧奈良街道を通って醍醐寺に境内は広い。しだれ桜が目の前に迫った春を待っているかのようであった。一部のさくらはちらほら咲き出していた。
そこから、六地蔵、観月橋を抜け桃山へ。昼食は近鉄桃山駅のガード下の「大中ラーメン」で500円ラーメンを食べた。
師団街道を北へ自宅に向かって後は走った。27kmほどの軽いサイクリングであった。
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大井内藏助願い像
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奈良 お水取り
生まれて初めて、奈良東大寺二月堂の修二会(お水取り)を見に行った。4日目で、比較的空いている日であったが、それでも参道は、大勢の人でいっぱいであった。妻と長女の3人で出かけた。あいにく曇りで日中は寒い天候であった。二月堂へ行く前に、入江泰吉の「大和歳時記」展をやっている奈良市写真美術館と、新薬師寺の婆娑羅像を含む12神像を観に行った。入江泰吉の写真は見応えがあった。モーメントをうまくとらえている。新薬師寺の婆娑羅像は超有名だが、実際に観るのは初めてで、意外に小振りな神像であった。昔は着色が施され、それなりの威圧感がもっとあったのだろうと思う。今は粘土の色に時の重さを感じる。
早めの夕食を済ませ、二月堂へ向かった。6時20分くらいに到着。すでに大勢の人が2月堂を取り囲んでいた。立ったままずっと7時になるのを待っていた。やがて周りの灯りが消されると、堂内で鐘の音が響き、一本80kgもある松明に火が灯され、お堂のバルコニーになった廊下をときには回転させながら走り抜けていった。端にたどり着くと、そこで火の粉が振り落とされた。いたって静かに、この儀式は進められた。10本の松明に点灯された。写真を撮ろうと周りの人も一生懸命になるが、全体が暗いので、三脚を立て固定した状態で数秒露出しないとうまく撮れない。私も花火モードで撮影を試みたが、露出時間に手ぶれをしてうまく撮れなかった。儀式は、本当に厳かに行われた。千数百回も同じように厳かに行われていると思うと、信仰の力と、春を待つ思いに触れた気がした。
英語版の案内には次のように説明してある。
OMIZUTORI at Todai-ji Temple --- The spiritual spring-cleansing Mar. 1-14
Todai-ji Temple, well known as the home of Nara's Great Buddha, is also famous for s series of purification tites called Omizutori. This ritual is also called Otaimatsu, in reference to the taimatsu, or huge torches (weigng 80kg!), which are brandished from the balcony of the temople's Nigatu-do Hall. This ritual was started in 752 to pray for auspicious weather, plentiful harvests, good health, and peace. Surprisingly, it has continued as an annual rite until today, thus, this is the 1,258th year.
Starting on March 1st, every day for two weeks, the priests will climb the steps to the Nigatsu-do Hall to recite ssutras. While the priests are inside,the torch-bearing assistants run around the balcony of the hall, showering cleansing sparks on the spectators below (starts around 7:00).
松明を待つ観客
松明の点火
廊下を走り抜ける松明
雛祭り
3月3日、ひな祭り、我が家のひな人形は今年もまた押し入れの中にあった。
中国に単身赴任している息子の部屋の押し入れに入ったままのひな人形は、確かに息子のベッドが邪魔になって出しにくいこともある。でも実際は、長女は28歳、雛祭りの年齢を過ぎてしまい、次女は埼玉で学生のひとり暮らし、いつのころからか、お雛さんの顔を見ることはなくなった。
娘が幼い頃はいつも一緒に出して、ひな壇にひとつひとつ大切に人形を並べていた、ひなあられも供えた。人形を並べ終わると、ひな壇の前で娘の写真を撮ったものだった。今年も元気で、こんなに大きくなったっと笑っていた顔は、いつしかもう大人になってしまった。3日の読売新聞の編集手帳に吉野弘の「一枚の写真」という詩が紹介されていた。
一枚の写真
吉野 弘姉は両掌の指をぴったりつけて膝の上
妹は姉を見習ったつもりだが
右掌の指は少し離れて膝の上この写真のシャッターを押したのは
多分、お父さまだが
お父さまの指に指を重ねて
同時にシャッターを押したものがいるその名は「幸福」
そうだったな、幸せな日々だったと思い返す自分がいた。
その夜、あるテレビ番組で、樋口了一の「手紙〜親愛なる子どもたちへ〜」という歌を聴いた。
なんだかじーんときた。人は歳をとる。やがて、身体も思うように動かなくなる時が来る。
記憶力が薄れていく。限られたいくつかのことだけを覚えて生きていく。子どもの助けを必要とするときが来る。
自分の手に重ねられた子どもの手が、吉野弘の詩のように「幸福」に後押しされたものであればと思う。手紙〜親愛なる子供たちへ〜
作詩:不詳・日本語詞:角智織・補作詞:樋口了一 作曲:樋口了一
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しいあなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい(中略)
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しいあなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しいいずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったなら
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを持っていて欲しいきっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しいあなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい私の子供たちへ 愛する子供たちへ
春の兆し
清水 散策 往復 8千歩
舞妓姿の外国人
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清水焼
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一力 本物の芸妓さん 宮川筋
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祇園の大和大路通りには履き物屋さん、三味線屋さんなどその道に必要な店が並ぶ
愛宕(あたご)詣り
山頂は京都市に所在するが、約1.5km西に市境があり、山体は亀岡市にまたがる。標高924m。三角点(890.1m)は山頂の北方約400mの地点に所在する。
京都盆地の西北にそびえ、京都盆地東北の比叡山と並び古くより信仰対象の山とされた。神護寺などの寺社が愛宕山系の高雄山にある。山頂には愛宕神社があり、古来より火伏せの神様として京都の住民の信仰を集めている (wikipedia)*****************
雪にたえ 風をしのぎて うめの花 世にめでらるる その香りかな
これまで正月に愛宕詣に出かけていたが、今年は都合で今日の日(2月22日(日))になった。長女も今回は参加した。 朝8時に車で清滝まで出かけた。
清滝での駐車料金は1000円(5時まで)であった。8時50分ころの出発となった。 妻は最初の500mののぼり道で息を切らし、「登れないかもしれない。心臓がばくばくして止まりそうや」と必死の形相を見せた。いつもなら、平気な顔で私に遅いと言っていたのに。ウオーキングはしていても運動不足なのだろう。長女もびっくりしていた。
いつもは空也の滝・月輪寺経由で登るのだが、長女がほとんど山を登っていないので、表参道から登ることにしたのだが、何のことない妻のためにこのルートにしてよかったという結果になった。長女は、毎週、仕事帰りにフィットネスクラブに通って運動をしている。その成果があるのか、すたこら登っていく。全く平気な様子、これは頼もしく思えた。
最初の三分の一の行程が、ややのぼりがきつい。何度も休憩を取ることにした。普段は口が重くない妻もしばらくはだまったまま、ときどき考え込んだように立ち止まっていた。しんどいのがよく分かった。
実は私も昨年くらいまで山を登ると妻と同じような様子であった。この一年、水泳、ジョギング、サイクリングと毎週いずれかをやって、スリム化と筋力アップを図ってきたので、身体が軽く心臓も鍛えられているのか、私の場合はわずかにしんどいと感じるだけで平気であった。自分でも驚くくらいであった。
とにかくゆっくり登った。私自身は、ときどきはペースを上げて登ったり、走ったりしながら登って、身体を鍛えようとした。大杉大神の所あたりからは、幾分かなだらかな道になって、妻もようやく楽になったようで、十分付いて来られるようになった。
カワラケ投げを昔やっていたところまでくると、雪が残っていた。水尾の分かれ道からは、かなり気温が下がり、道の雪もアイスバーン化していた。簡易アイゼンを片足ずつ3人で分けて装着し、登っていった。黒門付近は日が当たらないのか、雪はまったく氷の状態。まるで冷凍庫の中にいるように身体が冷えてきた。
やがて神社の広場に出て、そのまま階段を上って本殿のお参りを済ませた。いつものように愛宕神社の火伏札「火廼要慎(ひのようじん)」をいただいた。
階段下の休憩所は正月の時ほど人は多くないという感じであった。でもグループで登ってきている人たちがいて、京都の人たちの愛宕さんの人気は変わりないことを再認識した。その休憩所で昼食をとった。妻がおにぎりを作ってくれていた。あとはカップ麺、いつものようにガスコンロで湯を沸かして食べた。寒いときにはこれが一番である。食後のコーヒーと紅茶もおいしくいただいて下山した。
帰路は妻も元気であったので、私は自分のペースですたこら下りていった。長女が妻と一緒に下りてくれていたので、安心できた。途中ジョギングペースで下ったりして、結構楽しくおりられた。
駐車場に戻ると1時半、ほぼ4時間半のハイキングであった。万歩計では7270歩とそれほどの距離ではなかった。往復8キロくらいである。3人とも無事戻った。
子どもを連れて山に登ったことはなかったので、いつもとちがって楽しいハイキングとなった。
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表参道入り口鳥居 お助け水:登り口からすぐの所にある 大杉大神
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長女は休憩所で先に休んでいる
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昔、カワラケ投げが行われていた 落語の愛宕山では小判のカワラケ投げをする 広沢の池が見える 東山の方が課すんで見える
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黒門付近
頂上参道広場
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守り神 イノシシ
休憩所での昼食
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守山なぎさ公園菜の花サイクリング
行程
自宅(7:07発)……馬町(渋谷通り)……花山トンネル(東山越え)……国道一号線……音羽より35号線……追分……逢坂山越え……近江大橋(8:13着)……さざなみ街道……烏丸半島風力発電前28.06km(8:52着)休憩(10:00発)……守山なぎさ公園(9:24着―写真撮影―9:55発)……さざなみ街道……琵琶湖大橋……びわこ大橋米プラザ道の駅休憩(10:17着休憩・買い物10:50発)……西近江路161号線……浜大津(11:35)……小関越え・峠(11:55着)……琵琶湖疎水散策路……東山三条(12:32着)……東大路通り……自宅(12:45着)
自転車 Trek 7300クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 3:59:36
走行距離(Trip Distance) 72.13km
平均速度(Average Speed) 18.0km
最高速度(Maximum Speed) 45.3km
先日、新聞で「滋賀県守山市の第1なぎさ公園で、早咲きの菜の花が見ごろを迎えた。琵琶湖畔にあり、カンザキハナナが約1万2千本栽培されている。雪化粧の比良山系も遠望できる。見ごろは3月初めまで」と守山のなぎさ公園の菜の花が1ヶ月遅れで見頃になったという記事を読んだ。記事には対岸の比良山系とのコントラストになった写真も掲載されていた。その風景写真を見て、これは自分のカメラで撮りたいと思った。
車で行く方がうんと楽だろうが、近江八幡のように距離があるのではなく、琵琶湖大橋から自転車で10分くらい北にいったところなので、このコースはやはりサイクリングする道だと思い、自転車でいくことにした。前々日から天気予報を常に確かめていた。曇っていては、いい写真が撮れない。予報では9:00〜12:00が晴れ、その他の時間は曇り、夕方から雨となっていた。この昼間での3時間に賭けて出発した。
いつものように、自宅から馬町の渋谷街道を上って、東山トンネル沿いの自転車・人用のトンネルを越え、山科に出る。1号線をしばらく走り、途中脇道に入り追分から大谷、逢坂山を越える。1号線をそのまま進み、膳所で左折し、近江大橋へ向かう。気温は京都市内で3度C、逢坂山の峠を越えるときは細かな雪が降ってきた。非常に寒い。
湖岸に出ると、琵琶湖はどんよりとしていた。風もかなり冷たい。湖西の山は雲がかかって稜線が見えない。近江大橋を渡る最中、細かな雪が顔にあたり、坂道でかいた汗がどんどん冷えてくる。ゴアテックスのレインウエアーを脱ぐことはできない。サイクリングウエアのほうが風の抵抗は少ないのだが。北の方はどんより曇っている。何度か、今日はこのまま引き返そうかと思った。しかし、まだ8時過ぎくらいだったので、もう少し様子を見ようと、前進を続けた。
いつものように、安全のために車道の横の自転車歩行者用の道を走った。向かい風であった。ときどき弱い陽が差した。今回は、天候状況から休憩なしで目的地に向かうことにした。いつも立ち寄っている「道の駅草津」は通過することとした。道の駅付近(烏丸半島)にある風力発電のプロペラがいつもは回転していなかったが今日は回転していた。風が強い日である。ひたすら自転車をこぎ、なぎさ公園には自宅を出てから2時間少しで到着した。
なぎさ公園は予想していた広さよりやや小さく感じた。確かにいくつかの畝をのぞいて、ほとんどの畝の菜の花が咲き誇っていた。比良山系は、やや雲がかかって右側頂上付近の方が見えない。それでも何枚も写真を撮った。すでに早朝カメラマンのおじさんたちが来ている。皆、比良山系を背景に撮っている。それも望遠レンズ付きの一眼レフだ。三脚を用意している人もいる。こっちは自転車で来たので、重い一眼レフは持ってきていない。私のデジタル一眼レフは古い機種なので700万画素である。コンパクトカメラとそう変わりはない。おじさんカメラマンを気にせず、コンパクトデジカメで撮りまくった。しかしながら、なかなか思うような構図にならない。若いカップルでも歩いてくれると全体の大きさが分かると同時に、平面にもう一つの味わいを作り出せるのだが。天気は曇りだが、ときどき日が差した。そのときとばかりカメラを構えた。およそ30分、カメラマンになりきっていた。
先回の奈良サイクリングのように、疲れ切ってはいけないので、戻ることにした。昼からは曇り、そして雨になると予報が出ていた。身体が冷え切っていたので、琵琶湖大橋を渡ったところにある道の駅で休憩することにした。温かいものを飲み、地域の野菜や産物を売っているところで野菜を少し買った。とにかく軽いモノをと考え、春菊、菜の花、ネギ、そしてほうじ番茶を購入した。シジミの佃煮も忘れず。酒の肴にもってこいである。
ここからは161号線をひたすら南下した。大津方面の道は思うほどの交通量がなく、少し気が楽に走行できた。時速23〜5kmでひたすら走り、やがて浜大津に着いた。
いつもの三井寺の力餅を買って、小関越へ向かった。そこからはずっとのぼり坂である。今度の挑戦も峠の40m手前でダウン。歩いて自転車を押した。脚がぱんぱんになり、呼吸も荒くなった。峠到着が11:55となった。そこから一気に下り、琵琶湖疎水道を西にずっと進み、御陵ああたりで三条通りに出て、ひと山越えてインクライン横をすり抜け東山三条に出た。いつもは三条大橋まで行って、鴨川歩行者自転車道を通って帰るのだが、今日は東大路通りを南下した。信号が赤であったり、市バスが昇降客をゆっくり待っていたりしたが、10少しで泉涌寺道まで来た。その近くに子どもの頃からあるコロッケ屋で昼ご飯用のコロッケを買って帰った。12:45着、所要時間約5時間30分、走行時間はほぼ4時間だった。
すぐに自転車を洗って書斎に持ち込んだ。膝は大丈夫であるが、腰がかがんだ場合によって、激痛が走った。背骨に筋肉がしっかりついていないのかな。骨と骨のスキマがすり減っていて、たぶんそれが神経を圧迫するのだろう。年はとりたくないものだ。
ダイエットにはなるが、自転車は後の消耗度が激しい。ジョギング・プールの方が楽だ。
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近江大橋より琵琶湖ホテル 湖西の山雲で見えない 風力発電機の前のモニュメント
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守山菜の花畑
対岸比良山
娘の転居
お父さん、お母さん、
緑色の字の紙は、左上の箱の「連帯保証人1____実印」の所と、左下の「連帯保証人@」の所、2箇所書くとこあるしな。実印の所は3枚全部に押しておいてな。エイブル・メリット・プランの紙は「連帯保証人予定者」のところ書いておいてな。これは家賃を引き落としで払うための紙らしいわ。お父さんが朋に仕送り入れてくれる口座にしといたしな。それと、鍵もよろしくな。ほんで、携帯代、2月に払う分から朋の口座から引き落としになるようにしておいたわ。色々と手数をかけるけどよろしくお願いするわな。新しい家に入れるようになったら、写真撮ってパソコンから送るわな。便利な世の中やな。また、何かあったら電話するし、お父さん、お母さんも何かあったら、また携帯からでんわしてな。タダやしな。便利な世の中や。ほんでから、朋は元気やしな。お父さん、お母さんは、ぼけんといてな。ほなね。
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この2月中旬に娘が引っ越しをする。オートロックの学生マンション。駅から歩いて4分。それを望んでのことである。あと2年間、大学での勉強がある。将来何になりたいのかまだ定まっていないが、引っ越しは自分で決めてきた。家賃はこれまでより1万円高くなる。仕送り、光熱費など含むと娘につぎ込むお金は相当の額になる。私の給料の何分の一は娘に消えていく。親の勤めなだろうが。昔は苦学生が多かったが、今は苦親が多い。不景気・不況、100年に一度の経済危機、世間の言葉が娘には通じているのだろうか。
「おくりびと」という映画を見た。鮭が遡上し産卵を終えると死んでいく姿に主人公は、どうしてこんなに辛い思いをしてまで、戻ってくるんだろうかと尋ねる。通りかかった銭湯風呂仲間のおじさんが、「そりゃ、ふるさとが恋しいからさ」と一言。味わいのある場面であった。「家」「ふるさと」はやはり恋しいものだ。幼き日々、夢中になって遊んだ場所など、自分の心の原点である。娘も京都の家にどんな思いを抱いているのだろうか。
石川啄木の短詩に、
はたらけど
はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり
ぢつと手を見るとあったような。親という字は「木の上に立って見る」と解字する人もいる。見守るしかないようだ。
投句
友人から句会のお招きがあった。兼題は「怒」当季雑詠2句の3句を出句することになっている。ここんとこ、頭を使っていないので納得できる句は浮かばない。
ブルドッグ 怒れる皺に 笑み溢る
陽緩びて 億万回の 地球の春
ゆるやかな 梅の匂いの 風は掌に
を送った。
八幡木津自転車道・奈良公園サイクリング 行程 自宅(8:00発)……伏見稲荷(本町通り)……鴨川自転車道……桂川合流・京川橋……八幡背割公園(8:40着14.65km)……木津川自転車道…………泉大橋・サイクリングロード終着点(10:00着40.0km)……国道24号線………754号線………東大寺大仏殿前(10:45着47.77km)………大仏殿見学(11:32発)………二月堂………若草山………興福寺………昼食・三好野(12:35発)………胡月三笠購入(11:40発)………泉大橋(13:07着)………山城大橋(13:44着)………流れ橋・上津谷橋(14:09着79.32km)………国道24号線大久保バイパス………久御山ジャンクション………第二京阪道路………国道一号線京阪国道………大手筋………竹田街道………自宅(15:50着)
自転車 Trek 7300 クロスバイク
行程記録(trip record)
走行時間(Elapsed Time) 5:21:28
走行距離(Trip Distance) 99.36km
平均速度(Average Speed) 18.6km
最高速度(Maximum Speed) 45.3km
近江八幡への新春初サイクリングから一ヶ月、サイクリングに出かける時間がなかった。ようやく2月7日、ひさしぶりのサイクリングである。京都八幡木津川自転車道を通って奈良公園まで行くコースを設定した。100km近くは走ることになる。(実際ほぼ100km走行したことになった。)週一回40分ほどのジョギングをしているので、体力的にはいけると考えていたが、結果は多少甘かった。
朝は少し冷え込んでいた。サイクリングウエアにジャージだけでは多少寒いが、走ればすぐに温かくなると、レインウエアはリュックに入れて出かけた。本町通りを南下し、鳥羽街道で右折、師団街道に出て、鴨川の自転車道に向かった。ここからは走り慣れた自転車道なので快調にとばした。赤池あたりの自転車道工事のための迂回路も心得ていた。ほどなく、桜で有名な背割に着いた。八幡である。所要時間40分先回より5分早めである。
そこから、木津川を上っていった。できるだけ楽な脚の回転でスピードを出すには、ギア・チェンジが大切である。前輪をトップにして後輪もトップに近いように設定すると一回転で進む距離は長くなるが、ペダルが重くて思うように回転できない。前輪をセカンドにして後輪をあげて行く方が楽に同じ回転でスピードが出る。往路は時速20km〜23kmをできるだけ保つようにした。風がでたり、土手から川原に下りてまたのぼりになったりする道になると20km割ってしまう。あるところから自分の前に時速23kmで走っているサイクリストがいたので、その人のあとをしばらくくっついて走っていた。途中、速い自転車に追い抜かれていった。それに刺激を受けて、こちらも、もう少し頑張ろうと時速25km〜27kmにペースアップして、ペースメーカーを追い越し走行した。20分ほどその調子で頑張ったが、途中、ペースダウンした。
先回、山城大橋で自転車道から国道24号線に出て京都に戻ったが、今回、その地点を越え終着点の泉大橋までノンストップでがんばった。10時で自宅からちょうど2時間の走り、泉大橋までがちょうど自宅から40km、平均時速は20kmであった。まずまずである。そこから国道24号線を通り、途中で754号線に出て一路、県庁東まで向かって奈良公園に出た。県庁東から国立博物館を右手に見ながらまっすぐ進み、大仏前に出る。東大寺の大仏殿をめざした。10時45分、東大寺大仏殿前に着いた。駐輪し、大仏殿を拝観することにした。
大仏は像高14.98m台座の高さが3.05mでおよそ18mの高い像である。正式には盧舎那大仏という。華厳宗の大本山で、現在の大仏は毘盧舎那大仏とも呼ばれ、「世界を照らす仏・光り輝く仏」という意味があるらしい。現在の大仏殿は江戸時代に3度目の再建で天平時代に比べる三分二の大きさである。それにしても大きな木造建築物である。
そこから次に二月堂に向かった。お水取りで有名な寺である。温かな日ざしであった。境内斜面に張り出した廊下から東大寺の屋根、昔人気を博したが今は廃業しているドリームランドの岩山、奈良市内を望むことができた。そして若草山に向かい、そこから興福寺横を下って三条通りに出た。南都銀行の向かいのびっくりうどん「三好野」が安くておいしい店と本で情報を得ていたので、そこで昼食をとることとした。12時15分くらいでおなかもかなり空いていた。「びっくり定食」をたのんだ。大きなジャンボいなりとかけうどんのセットであった。それが480円と手頃であった。
急いで昼食を食べ、店を出ると12時35分。帰りは疲れもあるので、急がないと思った。近鉄の駅を上がったところの胡月で大きなジャンボ三笠をお土産に買って帰路についた。交通量が少ない、754号線の一つ西の脇道を上っていった。途中754号線に合流し、国道24号線に出て泉大橋に着いた。最初の計画では国道24号線を走って京都に向かうことにしていたが、疲れが出ると車の往来の多い道路の走行は危ないので、往路の自転車道を通って戻ることとした。
途中、3人組の集団に追い越された。男性が先頭で引っ張り、あと若い女性が二人後をついて走っていた。女性に負けてはと、4人目の走行者になるよう、やや離れてその集団について走行した。その集団は常に時速27kmで走っていた。目の前に目標があると走りやすく、同スピードで走った。相手はロードバイクでタイヤがスリムである。走りやすいだろうなと思いながら、ついて行った。確かにクロスバイクはタイヤ幅がロードバイクに比べると太く、路面との摩擦が大きいので、思うようにはスピードは出ない。町中でなくロードに出るとやはり差は歴然とする。マウンテンバイクはタイヤが太くでこぼこしているので摩擦が大きすぎてロード向きではない。木津川自転車道で出会うサイクリストはたいていロードバイクであった。私と同じ年頃のおじさんたちもみな、ロードバイクにサングラス、派手なサイクリングウエアにジャージ姿であった。走っていると、前の女性も、おしりが痛くなってきたりしたのか、何度も腰を上げ脚を楽にしたりしていた。いい自転車でも疲れは出る。若い人でも同じなんだと思った。山城大橋を越えたところのポイントで、その集団は休憩を取った。こちらはそのまま走り続けた。ここからは自分の身体の方にガタがきだした。途中から思うようにスピードが出ず、左脚の膝が痛み出した。おしりもだんだんと痛くなって重心を変えながら走行を続けた。流れ橋までは休まずに目標に走った。
流れ橋につくと、下車した。おしりも痛い。水分補給をしチョコレートを食べ、休憩した。個々までは平均時速が21kmとなっていた。少しがんばったが、やはり自分にはこれくらいの平均時速だなと思った。それから流れ橋に下り、往路と同じ自転車道で戻るかどうか迷ったが、そのまま橋を渡りきって国道24号線に出ることにした。このルートでは宇治川を渡るときがどうなるだろうか考えていたが、思い切ってそのまま進んだ。旧の24号線でなくバイパスの24号線で、途中で従来からの国道24号線に向かうか、一号線に向かうか分岐点に出た。仕方なく、遠回りになる宇治に向かう24号線でなく、一号線に向かうこととした。この国道一号線にでるのも久御山ジャンクションといって、道路が立体に色々交差していて、道路を渡れず、歩道橋を上らざるを得ないルートであった。ここらあたりから、おしりは痛いし、脚力はなくなる、腰のひねりようによってはぎくっと来るようになった。この国道も新しいバイパスの第二京阪国道で車でしか宇治川は越せないようで、途中、旧国道一号線に出ざるを得なかった。体力の消耗と膝の痛み、おしりの痛みで全然走れない状態になった。旧国道を走行し宇治川を渡りそのまま北上。大手筋で右折した。やがて伏見の大手筋商店街。ここまで来れば帰ったも同然と思いながらも、商店街は自転車を押しながら歩いた。餃子が一人前130円、これは買わないと4人前買った。今日の疲れは餃子で回復と考えた。 そこから北進し、師団街道、深草で竹田街道に出てやっとの思いで帰宅した。
家についてすぐに自転車を洗って整備した。これは欠かせない作業である。しかし、洗車の際かがむと、腰に電気が走ったような痛みが走った。自転車に長く乗っていると、たいがいこうなる。脚もがくがくでそれでもこらえながら洗車。洗車後水を拭き取り、愛車を自分の書斎に運びかたづけて、完了。すぐに風呂を沸かした。夕方なので洗濯物を取り入れた、その間に風呂が沸き、ゆっくりとお湯に浸かった。生き返る思いであったが、腰痛は治らない。
台所に、今晩はすき焼きの用意がしてあった。妻は喫茶店のパートの日で帰宅が夜8時になる。疲労回復にすき焼きを考えてくれていたのだろう。早く食べたいと思いながら、妻の帰宅を待っていた。待っている間、だんだんと腰の痛みと両膝の痛みが増してきた。難儀な身体である。やはり年なのかな。100kmはやはり、あまり挑戦しない方がいいと思った。
調子に乗りすぎた。一日50km少しで、いい運動になるのだ。無理はダメ。やり過ぎてはいけない。いつまでも若くはない、年齢相応の走行距離のサイクリングを楽しむようしないといけないと再認識した。しかし、そう思う一方で、ロードバイクだったら100kmは楽にいけるのではないかと、考えてしまう自分がいた。
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今日は成人の日、末の娘が朝から髪結いと着付けに出かけていた。先日、振り袖姿の前撮り写真を写真館で撮り、昨日できあがっていた。娘だけの姿だけでなく、私と二人の父娘のショットも撮ってもらっていた。娘はいやがらずに、私と一緒に記念写真を撮ってくれた。写真館で写真を撮るのは、長女が幼い頃に撮ったきりで、久しい。緊張した面持ちの中、白髪が増えた頭に喜びのある顔の表情が撮られていた。
今日は本番、昼から「都メッセ」で行われる成人式に出席する。
自分が20歳になった時は、どこにも出かけていなかったように思う。高校時代の友人とは、ときどき夜、近くの喫茶店で遅くまで話していた記憶がある。それくらいの想い出しかない。
妻は着物を作ってもらって成人式に出かけたそうである。ただ、娘が着ているような高価な着物でなく、安物のそれでも親の気持ちのこもった着物を着ていったそうである。娘の着物のは、実は妻の母から贈られたものである。
娘にとっては、成人式は大きなイベントなのであろう。振り袖姿になることが、まず大切なこと。そしてその姿で、中学校や高校の時の友達と会うことが次に大切なこと。今夕は、中学校の時の友達にすでに呼びかけていて、同窓会をやる。かなりの人数が集まるようだ。それが締めくくりの大切なこと。
そうして集えることは幸せなことだと思う。青春の一里塚として、自分のこれまでの人生を振り返り喜ぶことは何より大切なことだと思う。そこから、新たな出発をしてくれればと願う。
いつの間にか自分の子どもがみな成人になった。親として自分の役割をほぼ終えたのだろうかと、月並みではあるが、喜びと同時に多少の寂しさを感じる。
小雪舞う中、娘は成人式に出かけていった。
昨日、8〜10年前I高校でともに勤めていた仲間との同窓会があった。集った仲間のあのときの表情や様子は昔のままで変わらぬように思えた。しかしながら、皆、異なるところで勤めていたり、退職してゆったりと暮らしていたり、それぞれの人生を歩んでいる。今年定年退職を迎える者もいる。皆、これまでどういう人生だったのだろうか。
過去に戻ることはできない。今年、多くの年賀状に、「私は元気にしております」との添え書きがあった。歳を重ね、定年退職をして、そして今、ささやかな居場所の中で元気にしているとの知らせに、こみあげるものがあった。自分も歳を重ねた。
60歳を第二の成人式として考えれば、そこからが本当の自分としての生きる人生なのだろう。悔いのない第二成人になりたいものだ。
それにしても、娘の晴れ姿がまぶしい。ねたましいほどの元気さがあふれている。「青春は希望である。希望を失わない限り心が老いることはない」、そう信じて明日からも頑張ろうと思う。







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末娘が帰省していている。20歳になっており 成人式を迎える。京都で成人式を済ませてから、埼玉に戻る予定である。
正月3日、初ジョギングを娘と一緒に行った。鴨川沿いの歩行者道を走った。
娘の方が走るのが速い。引き離されても休まず走り続け、二条大橋で二条通に出た。
そこからは併走し東に向かって京都会館を越え、左折、目標の平安神宮へと向かった。
曇り、ときどき雨がぱらつく日和で、思ったほど参拝客はいなかった。
おみくじを引いた。稲荷神社と同じ「小吉」であった。今年は、我慢、精進の年のようである。
帰路は神宮道を知恩院まで出て、四条京阪へ向かいそこから加茂川沿いの道におりて、自宅へ向かった。
結構な距離であった。自宅に近づく頃、膝が痛くなり出した、
何とか頑張った。


行程
自宅(8:00発)……馬町(渋谷通り)……花山トンネル(東山越え8:15)……国道一号線……音羽より35号線……追分……逢坂山越え……近江大橋(9:05着)……さざなみ街道……道の駅草津28.06km(9:45着)休憩(10:00発)……近江八幡クラブハリエ52.37km(11:10着-休憩食事-12:25発)……さざなみ街道……琵琶湖大橋……びわこ大橋米プラザ道の駅休憩・走行距離72.36km(13:20着休憩13:40発)……浮御堂……西近江路161号線……浜大津(14:45)……小関越え……琵琶湖疎水散策路……三条大橋(15:54着休憩16:05発)……鴨川沿い……自宅(16:13着)



















