人はみな 心の岸辺に 桜の花びら散るたびに 名もない花には名前を付けましょう |
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枯 れ 葉 ひろかず
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旅の終わりに
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新美 南吉 イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。 アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」 コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。 デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシ夕。「ナンデスカ」ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツバイ ツマツテ ヰルノデス」ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。 スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシ夕。「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」 ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。 スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」 ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシ夕。 カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。 トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。_「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」 ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。 |
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一人の正しい使い方 木坂 涼
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ある時
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ここにしか咲かない花
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北海道の旅 京都から新幹線に乗り、六本木ヒルズに立ち寄って、上野からカシオペアで北海道に向かった。寝台特急は生まれてはじめての経験であった。真夜中過ぎに青函トンネルを抜け、室蘭あたりで日の出を見ることが出来た。太陽が一筋の紅光の道を海に渡しており、その光の筋に小さな漁船が漁をしていた。ゆったりとした時間にそれぞれの生き方があった。
「北の国から」のファンとして、札幌からラベンダーエクスプレス3号で富良野へすぐに向かった。到着後、資料館を見学、三日月食堂で醤油ラーメン、塩ラーメンを食してから、バスで「拾ってきた家」、麓郷の森、「五郎の石の家」と「北の国から」巡りをした。今では「拾ってきた家」や「五郎の石の家」の中まで入れるようになっている。五郎の石の家に入ると、そのままTV番組の中に入り込んだ気がした。大変な生活だなと思うとともに、部屋が意外に狭い感じがした。
その日は新富良野プリンスホテルに泊まった。富良野盆地を見下ろせる高台の位置にあり、翌朝、部屋から富良野岳付近にご来光を見ることが出来た。贅沢そのものである。昨年出かけた立山ではバスに乗ってご来光を見に行ったが、今年は自分の部屋からベッドに横になりながら眺めることができた。富良野盆地は雲海に包まれていた。
朝食を済ませ、8時過ぎに美瑛に向かった。英語では美瑛はBiei Hillsであろう。六本木ヒルズとは大きな違いである。パノラマロードを電動自転車で4時間ほどかけて巡る。随所に北海道らしさを感じた。丘には広大な畠があり、ジャガイモやトウモロコシ、メロン、カボチャ、花などが一面に植えられていた。所々に昔からあったと思われる木がぽつんぽつんとある。中には哲学の木などという名称のものもある。とにかく広さを感じる丘であった。
美瑛の丘巡りをして、大雪山旭岳麓の旭岳温泉に向かった。着いたときは晴れており、旭岳(2290m)は高い裾野の山の上に堂々とそびえていた。
しかしながら翌日は曇り、ガスが一面に立ちこめ、朝早くから頑張って登ろうとしたが、秒速10m以上の風が吹き視界が10mもなかったので、途中で断念、ルートを変更し裾合平まで裾野を巡るハイキングをした。チングルマ、ハクサンボウフウ、コガネギク、ワタスゲ、バイケイソウ、エゾオヤマリンドウ、ミヤマリンドウなどの高山植物が見られた。チングルマは花がわずかに残り、タンポポのように咲いたあと風車のような綿帽子になっている姿がかわいらしい。チングルマ畠が拡がっていた。コケモモ、シラタマノキ、クロウスゴなどの様々な実もなっていた。クマの生息地で、実を求めるクマに出逢ったらどうしようかと不安であった。クマではなく、エゾシマリスに出逢った。鷲が空高く風に滑空するように飛んでいた。標高1700mに広大な裾野があった。大雪山は、そびえるというよりでっかいという感じであった。早めにホテルに引き上げた結果、その後降ってきた雨に濡れずにすんだ。
最終日は小樽に立ち寄り、新千歳から空路で戻った。生まれてきた限りは、ああ楽しかったと思ってあの世にいきたい。いろいろ感じることのできた旅であった。





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「留魂録」(りゅうこんろく) 吉田松陰 今日、私が死を目前にして、平安な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。つまり農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ちあふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。 |
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働く教え子への想い
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水平線
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海のはじまり
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時間の経過に関する認識は記憶した出来事の数に比例している。 |
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ダン・ミルマン 「私に勇気があるって言ってくれるの?」と彼女はたずねた。 |
赤坂山は滋賀県の北部、マキノ高原に位置する山である。滋賀県といっても福井県の県境が近い。山道を下る一つのルートは美浜方面となっていた。登り口から丸太の階段で整備された道は、いきなり急な勾配であった。やがて尾根を回り込むように左にカーブしていくと展望台があった。遠くに赤坂山頂上を確認して山道を登っていく。すると、雪解けで水量豊富な沢が現れた。さらにゆっくりとした勾配を登っていく。地元で愛されているカタクリの花が水辺近くのあちこちに咲いている。山桜が咲いている。やがて、背の低いササで覆われた道となり、頂上めざしてさらに登る。陽光を遮るものがないが、風がさわやかで気持ちがいい。雪渓が山襞に残っている。
頂上に着いた。頂上までの道中、ずっと、鶯が寄り添うかのように次々とつねにさえずってくれていた。山々が連なり、眼下には、琵琶湖や田んぼが拡がる雄大な景色であった。遠方に伊吹山も見えた。
下山後は、マキノ高原温泉のお湯で足の疲れをいやした。時間がゆっくり過ぎる1日だった。
田に写る 逆さ比良に 青い空
山風と 鶯づたいに 道登る
空青く ぎらぎら光る 田の水面

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こころにつぼみが 杉本 深由起
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ほのかなる 風の匂いや 春隣り
1年5組 今日の出来事(娘からの報告) 今日の授業中、誰かの携帯が鳴った。 鳴ったというより歌が響いた。 たまたま、マナーモードの設定を忘れていたものだった。 とっさにみんなが口々に 「誰が歌っているの?」 「授業中に歌えるなんてすごいな!」 「〜さん、歌うまいなあ!」 「ええ歌やなあ」 などと、 授業中に携帯の呼び出し音が鳴ると しばらく「預かり」になるということ知っているみんなは、 携帯の呼び出し音ではなく、実際に誰かが歌ったかったように カモフラージュを持ち主のために試みたが、 教科担任の先生は騙されなかった。 敢え無く、その携帯は1週間預かりという運命に。 「でも、明日から学年末考査試験やから、 携帯ない方がかえって勉強に集中できるからいいやん」 と 仲間からの慰めの声。 しかし、 携帯の持ち主は、 「それはええけど、反省文を書かないとあかんのやで、返してもらうには……」 「それは確かに痛いなあ」とみんなの声。 高校生活は厳しくも楽しい。 夕食(ゆうげ)終え 居眠る娘 雛の笑み After a day's dinner my daughter falls in a nap: a flicker of a Hina smile 携帯電話 父と娘の会話 娘(高1):お父さん。お母さんも、とうとう携帯買わはったんやな。お母さん、舞い上がったはんな。
父:ほんまに困ったもんや。はしゃいだはるやろ!「機能が一番少ないのにしといたんや」と言うたはんにゃけど、携帯なんか別に使うこともないのにな。
娘(高1):ええやん。それで5歳くらい若返ったはんにゃから。そんでええやん。お父さん。
今日の日はさようなら 金子詔一 作詞/作曲 いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
また会う日まで信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
また会う日まで
また会う日まで
卒業式の案内状が来た 2月末になると高校では卒業式が行われる。 昨年、S高校で生涯最後の式辞を生徒に贈った。 万感の思いを込めたものであった。 あの時のことは生涯忘れられない。 光陰矢のごとしである。 ****** 4年程前に I高校で 卒業式の終わりに 保護者の方にお礼として述べた言葉の原稿を 思いがけず見つけた。 それほど昔のことではないのに 時間が急いで過ぎていったように思う。 遠い昔のことのように思える。 我が家の子どもも 今では大きくなっている。 ここに小学生であった娘も もうすぐ高校二年生である。
保護者の皆様、本日は本当におめでとうございます。実は私の高3の息子も、3月1日が卒業式です。
先日、大学受験から帰ってきたときに、「試験どうやった」と尋ねると、「そんなこと聞かれたって、どう答えたらいいの?できたかどうかってわからへん。できたっていってほしいの。あかんかったというたらどうするの。そんなこと聞かれると、いらいらするんや」と返事が返ってきました。
「いらいらせんでもいいやんか。親かって、親なりに心配してるんや」
「お父さんが心配したって、うかるもんでもない」
親子の会話は少し続きましたが、それからは自分の部屋へ上がっていきました。高校生にもなると、子どもにものを尋ねるのも難しいものです。
2月4日に、京都市内の地域代表の小学校対抗大文字駅伝がありました。
小学校6年生の末娘が、この大文字駅伝の選手グループに補欠を含めて自分の小学校の代表に選ばれていて、昨年の12月末から今年の2月まで、毎晩のように家の近くを走って練習をしていました。
最終的な走者メンバーが決定される前日、「明日は学校に行くのが楽しみや。どきどきするわ。がんばったから選ばれるかな」と私に話していた。当日は、こころ弾ませながら学校へ出かけたとのことでした。
メンバー決定の日、帰宅して、早速、娘に尋ねました。「走ることになったんか?」
娘は「あかんかった。補欠やった。でも〜ちゃんは今すごく調子がいいし、がんばってくれはると思うわ。きっといい成績残せるわ」とこたえました。
その言葉に、私はどう言ってやったらいいのかわからず、「そやなあ」と曖昧な返事をしました。妻から聞いたことですが、それから大会当日までも「ひょっとして誰かが風邪でもひいて出られへんようになったら、補欠が出なあかんし」と最後まで走る機会があるかもしれないと思って練習していたそうです。そして、その大会が行われる日曜日の朝も、走るかもしれないと思っていました。
大会が終わり、帰ってきた娘は「朋も走りたかったなあ」と言って、応援に疲れたのか、そのまま横になって眠ってしまいました。
その姿を見て、またもや、私は何んと声をかけてやったらいいのか分かりませんでした。この娘も小学校を卒業します。
子どもが一年一年、一つずつ成長していくにつれ、どう声をかけてやったらいいのか、分からないことが多くなってきます。親としては、子どもの懸命な姿を信じてやることだけしかできなくなります。
子どもの成長をずっと見守ってきたこれまでの人生の中で、この子が生まれてきてほんとうによかったなと思ったことがなんべんかあります。卒業という日も、そんな日です。そんな日だからこそ、こんなに大きくなって嬉しいと伝えたいと思います。
これから先、どう話しかけていけばよいか、これからますますとまどうことがあると思いますが、慶びの気持ちは必ず伝えておこうと思います。
子どもの卒業に、自分も成長しなければと思っております。保護者の皆様も今日の慶びの気持ちを伝えてあげて下さい。3年間、I高校の教育に御理解と御支援を賜りありがとうございました。また、本日の御臨席ありがとうございました。
Above us only Sky (2年前に生徒に贈った言葉)
よき友とともに
室生犀星心からよき友をかんじることほど
その瞬間ほど
ぴったりと心の合ったときほど
私の心を温めてくれるものはない
友も私も苦しみ疲れている
よいことも悪いことも知りつくしている
それでいて心がかち合うときほど嬉しいときはない
まずしい晩食の卓をともにするとき
自分は年甲斐もなく涙ぐむ
いいしれない愛情が湧く
この心持だけはとっておきたくなる
永く 心にとっておきたくなる
「金持ち」でなくても、いい「人持ち」になりたいと思う。
豆食らう 路の雀や 立春の朝 雪水落つ 舞台は鬼の 壬生狂言 青おにの 去りて春陽の 暖かさ 立 春 持 久 走 娘二人の会話
朋(高1):ああ、来週から持久走やいややな。4キロも走らなあかんのやで。姉(社会人):1時間も走っているんか?
朋:何で1時間も走るんやな。20分くらいや。
姉:そんなくらいやったら、あんたの好きな「ゆず」の「栄光の架け橋」5回ほど歌 たらおしまいや。お姉ちゃん、高校の時いつもこころの中で歌を歌いながら走ってたんや。
朋:それはいい考えやな。それ絶対いい考えや。朋もそうしよう。そう思ったら気が楽になってきたわ。そや、みんなにもアドバイスしたろ。みんな喜ぶわ。
Imagine (Jan. 24, 2005)
水ぬるむ 高階 杞一
春が来て
凍っていた顔もとけてきた
チューリップのように並んだ笑顔
世界には
まだまだいっぱい素晴らしいことがある
と
それは
教えてくれているようでよかったね
生きていてまだ風は冷たいけれど
春の服を着て
出かけてみよう
蛇口は胸の中にある
ひねれば
きっと
昨日とは違う水が出る
僕もまた、
みんなのオアシスになれるよう
おいしい水をいっぱい蓄えるよ。
じゃ、みんな元気でな。
Above us Only Sky (Feb.2004)
「完全燃焼」
君よ完全燃焼せよ。
一生一度の人生だから、
くすぶっている時間なんかないはずだ。活き活きと燃えて
周囲を照らせ。
赤々と燃えて
周囲を暖めよ。
高々と燃えて
先行を示せ。最後の一瞬まで燃えつづけよ。
「襟裳岬」の歌詞には
「悲しみを暖炉で燃やす」「遠慮はいらないから暖まっていきなよ」とある。
Imagine (Jan. 17, 2005)
あい
谷川 俊太郎あい 口で言うのはかんたんだ
愛 文字で書くのもむずかしくないあい 気持ちは誰でも知っている
愛 悲しいくらい好きになることあい いつまでもそばにいたいこと
愛 いつまでも生きてほしいと願うことあい それは愛ということばじゃない
愛 それは気持ちだけでもないあい はるかな過去をわすれないこと
愛 見えない未来を信じることあい くりかえしくりかえし考えること
愛 いのちをかけていきること
そんなあなた、
あなたには信じる友がいますか。
「愛」がいつもそばにあればと願う。
でも、あなた自身は「愛」になっていますか。
Above us Only Sky (Jan. 2004)
うれしかった……
ありがとう。
楽しかった……
ありがとう。
幸せを
ありがとう。
やさしさを
ありがとう。
励ましを
ありがとう。
言いたかった……
ありがとう。
人が最初につくった時計、それは日時計であった。
今から五千年〜六千年ぐらい前のエジプトで作られたのが最初だと言われている。
人類が、
色々な場所に移り住んで、狩りや、果物を採ったりしていた暮らしから、
一つの場所に住んで、作物を自分たちで育て、それを食べるという暮らしを始めたのが、今から七千年〜六千年前。
そうした暮らしを始めるためには、何が必要か。
種をちゃんとした季節に蒔いて、ちゃんとした季節に刈り取るということ。
つまり正確に一年を知らなければできない。
そのころエジプトではすでに、太陽や、星の動きを観測して作られた暦が生まれていた。
そして、暦ができてから時間ができ、人類最初の時計である日時計が作られた。三年生は、もうすぐ授業が終わる。
様々な行事や活動によって刻まれた三年間という時間が
今、終わろうとしている。
ちゃんとした季節に種を蒔き、ちゃんとした季節に刈り取る
太古の昔から時間は流れている。ただ、人生は、時間だけではなく、思い出によって刻まれる。
その人生の時を刻んだ思い出の底にあるものは、
「ありがとう」のこころだと私は思う。
穂高連峰遥拝 雪の白川郷を訪ねて Jan. 6-8, 2005
「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかうるものは、日々旅にして旅を栖とす」と松尾芭蕉(奥の細道)が言っている。旅に出ると、様々な想いが巡る。粉雪が舞う日であった。冬の3000メートル級の山を登ることは無理だが、雪の穂高連峰を間近に見たいと思って、出かけた。
ふもとから新穂高ロープウェイで10数分で西穂高口まで登った。うまい具合に雪はやんだ。ガスが薄くなり、冬の曇天ではあるが視界が良好になってきた。目の前に迫る穂高の山々に圧倒される。槍ヶ岳が一瞬見えた。陽が隠れた曇り空に連峰の白黒の世界が目の前に拡がっていた。灰色がかった白布のような雪を覆った山々は、神々しさより人を究極の一人としての気持ちにさせる魔物のように思えた。
その後、また粉雪が舞い、山々の頂はガスに覆われた。私が来るのを待っていたかのように姿を見せ、そして隠れた。愛宕参り Jan. 4, 2005 清滝からの登り口は、あたたかな陽の光が山に差し込んでいた。雲間より大地に光の筋が差し込むと、西洋では天使の梯子と呼ぶらしい。確かに森の中に差し込む光の筋には、何か気高く、混じりっ気のない美しさを感じる。手をかざしてみた。心をいっぱいに開いてその光を全部しまい込んでみたいと思う。
暖かだった道は、半ば過ぎると変わった。水尾の分かれ道から、突然寒風が吹き出した。山は身を切るような風と霰を打ち付けてきた。非常に寒い。この寒さに、心はなぜかしら謙虚になった。透き通った気持ちが体全体に巡り、静かな思いで頂上に辿り着いた。新たな年が始まった。
一年(ひととせ)の 想いが集う 初詣
New year's Day shrine
Millions of yearning of the year
are getting together
Above us Only Sky & Imagine
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たからの船に そしてやさしい だまって夢を
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新川 和江
どこかで どこかで どこかで どこかで |