2005


           唄 コブクロ

 人はみな 心の岸辺に 
 手放したくない花がある
 それはたくましい花じゃなく 
 儚く揺れる 一輪花
 花びらの数と同じだけ 
 生きていく強さを感じる
 嵐 吹く 風に打たれても 
 やまない雨は無いはずと

 桜の花びら散るたびに 
 届かぬ思いがまた一つ
 涙と笑顔に消されてく 
 そしてまた大人になった
 追いかけるだけの悲しみは 
 強く清らかな悲しみは
 いつまでも変わることの無い 
 君の中に 僕の中に 咲くLove…

 名もない花には名前を付けましょう
 この世に一つしかない
 冬の寒さに打ちひしがれないように 
 誰かの声でまた起き上がれるように

寒い日が続く。
夏の頃を考えると、
どうしてこんなに地球は寒くなるのだろうか、
地球温暖化は本当なのだろうか、と思うほどの寒さである。

この寒さとともに、また一年が終わろうとしている。
かけがえのない一年であっただろうか。
何かに急かされて、
追いかけられるような一年であっただろうか。
それでも、明日に夢を求めて この一年を過ごせただろうか。

昭和三十年代、日本の生活はとても貧しかった。
バス乗車賃十五円、市電十五円、映画百円、床屋百二十円(子ども六十円)
テレビが近所に数軒くらいしかなく、みんなで見た力道山の活躍、
「星は何でも知っている」「おーい中村君」の唄が流行り、
「ファンタ」「渡辺のジュースの素」「日清チキンラーメン」が売り出された頃、
少年・少女は未来に憧れ、明日への夢を抱いていた。
心にいつもぬくもりを感じていた。
クリスマスやお正月は夢のような日々であった。

寒い街角を 冬の日差しを浴びながら歩いていると
ふと、そんな「昭和」の頃を思い出す。
みんなの心には、そんな暖かな思い出があるだろうか。
ぬくもりがあるだろうか。
四月の桜が咲き誇っていた頃の
あの拡がりを心に持っていよう。
寒さに打ちひしがれることのないように。

新しき年
また、あったかいみんなに会えることを楽しみに。

I'm a dreamer 24号  Dec. 12, 2005

木 々
             原田 慶

枝をもぎとられ
まるい傷あとを残して
木々は素直にのびていた
かれらにあるのは
明日だけではないか
背をのばして 決して
振り向こうとしないのではないか
ひとがあざわらってもいる時にも
ただ明日をのぞこうと
背をのばしているのではないか
つばきをはきかけられ
足げにされても
いつも機嫌よく
明日を待って
ひとり胸をはずませているのではないか

サン・テグジュペリに、
 「船を造りたかったら、
  人に木を集めてくるように促したり、
  作業や任務を割り振ったりすることをせず、
 はてしなく続く広大な海を
  慕うことを教えよ。」
という言葉がある。

目先のことよりも
自分が向かう先、
前途に広がる未来を夢見ることは
人に勇気を与える。

英語に方向や起点を表す前置詞がある。
toは到着点、
fromは出発点、
forは目的地、
towardは方向、近接を表す。

toという到着点が決まっていなくてもいい。
途中で道を変えることもある。
まずはtowardからforへと方向を持つことだ。

前へ進むことはむずかしい、
生きることってむずかしいと思うこともある。
そのむずかしさは解決できないかもしれないが、
それでも前へ進むことはできる。
生きていくことができる。
心の持ちようは君しだいである。

I'm a dreamer 23号  Dec. 5, 2005

 枯 れ 葉

             ひろかず

寂しさに耐えきれず
木の葉が風に身を託して舞い落ちた
吹かれて飛んだその瞬間
彼にはとらわれのない喜びがあった
やがて大地に散った枯れ葉は
そのまま動かなくなって
じっと息を凝らした
夜になって
空を見上げると
オリオンが輝いていた
枯れ葉はいつの日かまた
あの青い葉になることを考えていた

ダニエルは、
葉が風に吹かれて散ることを「引っ越し」と言った。
その言葉の本当の意味を知っている
葉っぱのフレディは
死にたくないと応えた。

ダニエルはフレディにこう教えた。
「春から夏に変わるとき君は怖かったかい?
 太陽と眩しく遊んだ夏から秋に変わるとき君は怖かったかい?
 怖くなかったろう。みんな変化しているんだ。
 死ぬってことも変化することの一つなんだ。」

落ち葉になったフレディが見上げたものは
幹の太い大きな樹であった。
やがて大地と同化し、
またこの樹の栄養となって樹の一部になることを考えた。

人も変化の中に生きている。
一つのことが終われば
次のことが始まる。
役目が終わったわけでなく、
すべては延長線上にあり
大きな循環の中にいる。

一つの夢が終われば、
次の夢を抱いて
変化していこうじゃないか。
CHNGEチェンジのGがCに変われば
CHANCEチャンスになるんだ。

I'm a dreamer 22号  Nov. 29, 2005

 旅の終わりに

                        

高原のススキが
黄金の光を放つときがある
瞬間といってもいいくらいの短い時間だが
その光景は生命の歓喜だ
歌えるものは歌い
揺れ動くものはリズムに乗って
光を放っている
やがてススキは枯れて深い眠りにつくが
その光が心の中に広がって
新しい宇宙をつくる
その光こそ
永遠の命である

生きているものには
それぞれの美しさがある。
それも時を得た美しさがある。

咲いた花は いつかは枯れるけれど
咲いているときの見事さは
そのために生まれてきたのかと思うほどである。

懸命に生きたものは
人の心に残って
いつまでも絶えることはない。

懸命に今を生きているあなたは
将来のあなたの中にも
ずっと残っている。
それどころか
将来のあなたを支えることだろう。

美は 
変わることにあるのかもしれない。

あなたの心の中にあるものが
今まで見えなかったものが
大きくはっきり見えたとき、
その変化があなたの生命の輝きとなって
大きな達成感と充実感を感じることであろう。
それは、
喜びと悲しみが隣り合わせていたから、
大きなリスクや危機感が伴うものであったからこそ。
感じるのであろう。

紅葉幻想(東福寺)

I'm a dreamer 21号  Nov. 22, 2005

冬 は

        高見 順

冬は
手から冷える時と
足から冷える時とがある

悲しみは
いつも真っすぐ心に来る

見事に色づいた葉を
木は惜しげもなく、
また、さりげなく落としている。

人には
これまでどおりにとか
伝統だからといって
何かにしがみつこうとするときがある
でもそれは
変わろうとしない者の言い訳であるのかもしれない。

葉は枝にしがみついていたいのかもしれないが、
冷え込む冬を前に
木は葉を落として
新たに生まれ変わろうと準備をしている。

まっすぐやってくる寒さに
あなたは準備ができているだろうか。
持っているものを抱え込んでいるだけでなく
時には捨てることも必要だ。
過去への思いは整理して
明日へ向かうことだ。

厳しい冬を目の当たりに経験して
一つ大きくなることを、
年を取るというのだろう。

木々の年輪は、
外側の樹皮のさらに外に新しく生まれるものだ。
内側の年輪は変化することなく、木を支えているだけだ。

ホームレス うなずく鳩に 語る口

親知らず 親は知ってる 抜いたこと

I'm a dreamer 20号  Nov. 15, 2005

笑うこと
             田中 章義

 はしゃいでいる人の
 顔はいいのに、
 はしゃごうとしている人の顔は
 どうしてこんなにも
 さみしいんだろう。

 いろんなことに
 無理しすぎているんだから
 せめて、
 笑うことまで
 苦労しなくていいんだよ、
 きっと。

「最初から
 答えなんてないんだから、
 自分がやりきった!
 って思うまで走ればいい。」
という人がいた。

毎日、いっぱいすることがあって
「いやだ、いやだ」と思ってやるより
楽しいと思ってやるのがいいのに決まっている。

叱られてやるより
ほめられてやる方が
がんばれる。

でも、無理をしてがんばると
何か辛くなって
前へ進めなくなる。

「桜の花びら散るたびに 届かぬ思いがまた一つ
 涙と笑顔に消されてく そしてまた大人になった
 追いかけるだけの悲しみは 強く清らかな悲しみは
 いつまでも変わることの無い
 君の中に 僕の中に 咲くLove・・・

 名もない花には名前を付けましょう この世に一つしかない
 冬の寒さに打ちひしがれないように 誰かの声でまた起き上がれるように」

十一月二日にリリースされたコブクロの「桜」という唄である。
心の中に春を抱いて、来る冬を迎えようじゃないか。


I'm a dreamer 19号  Nov. 8, 2005

ほら 見て
高崎 乃理子

何もかもいやになる

暗い迷路でひとり
泣くのにもつかれて
「もうどうなってもいい。」
と思うようなこと
だれにでもある
そんなこと

でも
ほら 見て

光を求めて
土に深く根をはりながら
向きを変える
ビルの影の
ささやかな草を

卵を生むために
命そのもののように輝きながら
激しい急流を登っていく
魚の姿を

自分も自然の一部だと思えばいい

生きていく
強い力と知恵を
にぶらせてはいけない
そう思えるから

ほら 見て
自然の営みを
そして感じて
自分の中の素朴な力を

アイヴィー・ベーカー・プリーストの言葉に
   世界(地球)は丸い。
  「終わり」に見える場所はまた、
  「始まり」でしかないこともある。
The world is round,
and the place which
may seem like the end
may also be only the beginning.
とある。

今 見えているものは
本当に見ようとしているものだろうか。
ちょっとした変化にも気づいているであろうか。
赤く染まった葉が
本当はいくつもの色が重なってできていること、
同じ木の葉っぱの一枚一枚が
本当は少しずつ異なる色をしていることを、
葉っぱの終わりが
本当はまた新しい命の始まりにつながっていることを。

一つのことが終わってほっとしたいとき
本当は次の始まりにすぎないことを知ることがある。
でも それは君の成長のつながりであり
命が花火のように次々に輝き続けているのだ。

しっかりと見てみないか。

I'm a dreamer 18号  Nov. 1, 2005

デンデンムシノ カナシミ
               
新美 南吉

 イツピキノ デンデンムシガ アリマシタ。 アル ヒ ソノ デンデンムシハ タイヘンナ コトニ キガ ツキマシタ。「ワタシハ イママデ ウツカリシテ ヰタケレド、ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツパイ ツマツテ ヰルデハ ナイカ」 コノ カナシミハ ドウ シタラ ヨイデセウ。 デンデンムシハ オトモダチノ デンデンムシノ トコロニ ヤツテ イキマシタ。「ワタシハ モウ イキテ ヰラレマセン」ト ソノ デンデンムシハ オトモダチニ イヒマシ夕。「ナンデスカ」ト オトモダチノ デンデンムシハ キキマシタ。「ワタシハ ナント イフ フシアハセナ モノデセウ。ワタシノ セナカノ カラノ ナカニハ カナシミガ イツバイ ツマツテ ヰルノデス」ト ハジメノ デンデンムシガ ハナシマシタ。 スルト オトモダチノ デンデンムシハ イヒマシ夕。「アナタバカリデハ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス。」 ソレヂヤ シカタナイト オモツテ、ハジメノ デンデンムシハ、ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシタ。 スルト ソノ オトモダチモ イヒマシタ。「アナタバカリヂヤ アリマセン。ワタシノ セナカニモ カナシミハ イツパイデス」 ソコデ、ハジメノ デンデンムシハ マタ ベツノ オトモダチノ トコロヘ イキマシ夕。 カウシテ、オトモダチヲ ジユンジユンニ タヅネテ イキマシタガ、ドノ トモダチモ オナジ コトヲ イフノデ アリマシタ。 トウトウ ハジメノ デンデンムシハ キガ ツキマシタ。_「カナシミハ ダレデモ モツテ ヰルノダ。ワタシバカリデハ ナイノダ。ワタシハ ワタシノ カナシミヲ コラヘテ イカナキヤ ナラナイ」 ソシテ、コノ デンデンムシハ モウ、ナゲクノヲ ヤメタノデ アリマス。

何かが重いのは、
それ自体のせいでなく、背負い方のせいの時がある

何かが見えないのは、
それ自体が小さいからでなく、
同じ高さで、近づいて見ようとしないからという時がある。

自分だけがと独りよがりになる時があって
どうしてなんだとひとり苦しむことがある。
周り人の外見だけを気にして
ひとり焦ってしまっている時がある。

最近流行の顔文字の「焦り」には、
(^0^;) (^◇^;) (^_^;) σ(^◇^;) (;゜) ウッ!(-.-;)
…>_<… (◎-◎;) (-.-;)y-゜゜
などといろいろある。

誰もが人それぞれに悩みがあるのだ。
焦らず、笑ってすごそう。
笑うとこんな顔になるんだ。
(^o^) (^○^) _(^O^)_
(*^_^*) (^^) (^-^) (^_^) (^_^)b (^。^)

そう、
「〜だったら」と考えないことだ。
いま健康に生きているだけで
ニコッとうれしくなるんだ。

I'm a dreamer 17号  Oct. 18, 2005

はじめて小鳥が飛んだとき

               原田 直友

はじめて小鳥が飛んだとき
森はしいんとしずまった
木々の小えだが手をさしのべた

うれしさと不安で小鳥の小さなむねは
どきんどきん大きく鳴っていた
「心配しないで」と かあさん鳥が
やさしくかたをだいてやった
「さあ おとび」と とうさん鳥が
ぽんと一つかたをたたいた

はじめて小鳥がじょうずに飛んだとき
森は はく手かっさいした

2年制学生の2年生にとっては
残る日々は黄金のように光り輝く日々である。
4年制の他大学への編入試験に備えている人もあれば、
就職の内定式に出て授業を休まざるを得ない人もいる。
高校卒業後2年間ほどのときを過ごし、
今 力をつけて飛翔しようとしている。
自分の労働に対して給料をもらう、
個人で責任を担う社会人になろうとしている。
一人飛び立つことに不安はあるだろう。
されど、考えて欲しい。
今 受けている授業は、
君の飛翔に知識と勇気を与えているではないか。
周りの仲間は君の飛翔に拍手を送ろうとしているではないか。

黄金の日々を大切にして欲しいと願う。

4年制学生の2年生は
気持ちの上ではちょっと余裕を持っているように見える。
大学では2年(回)生から3年(回)生になるときが一番成長する。
今は飛躍するときである。
それには助走をしっかりしていることだ。
本格的に専門的なことを学ぶ時が来る。
しっかりとした知識や論理的思考能力が求められる。
不安に思うこともあるだろう。
されど、考えて欲しい。
今 受けている授業は、
君の飛翔に知識と勇気を与えているではないか。
僕は君の飛躍に拍手を送りたいと思っている。

「走った距離は裏切らない」-野口みずきのことばである。

I'm a dreamer 16号  Oct. 11, 2005

一人の正しい使い方

            木坂 涼

きゅっと孤独が
あたしを抱いてくれる時があって
あたしはコロッとだまされる


何かした?

秋を感じる日々である。
寝具も薄手からいつもの掛け布団に替わっている。

以前、二十一年間の家族や仲間の成長を同じ登場人物で
二十一年かけて
巡る年月時折の出来事で綴ったテレビドラマがあった。
富良野を舞台にした「北の国から」である。

中学卒業後、転々と住む場所を変えた純
何かをしたくて
見つけられなくて
何かに打ち込むことも出来なくて
どきどきする思いばかりで
いつも何かから逃げるように独り生きてきた。

最終回では、その純に、
北の大地の自然の恵みと
自分の力を頼りに誠実に暮らしてきた
父親の五郎の生き方が萌芽し
北の大地でしっかり生きていこうとする。

十分すぎる苦労と孤独の末に
見つけたしあわせだった。
答えはシンプルなこと、
多くを望まず、
苦しいことからも逃げずに
ひたむきに生きることであった。
独りからこそ
皆と生きるあたたかさとひたむきさが生まれるのだろう。

I'm a dreamer 15号  Oct. 4, 2005

  ある時
            山村 暮鳥

雲もまた自分のようだ
自分のように
すっかり途方にくれているのだ
あまりにあまりにひろすぎる
涯(はて)てのない蒼(あお)空なので
おう老子よ
こんなときに
にこにこして
ひょっこりとでてきませんか

白い雲がぽつんとある秋の青空を見上げていると
何だか吸い込まれそうになる。

街を見渡すと
背の高い建物ばかりで前がよく見えない。
見えないから不安であり
見えないからこそ安心でもある。

時に 心が空に浮かんでいるように思えることがある。

自分の道が
広大な拡がりの中で
どこにあるのか 
どう進むべきなのかが分からず
途方にくれるときがある。

そんなときは
しばらく風の流れに身を任せてみたらいいじゃないか
やがて太陽が昇る方向がわかったら
それをもとに自分の行く先を決めればいいじゃないか 

水はどんなところにあっても
常に低いところを求めて流れている
山川を下るのもあれば
薄汚れた都会の道を
泥やゴミをよけずに流れて下っていく水もある。

何の障害もない大空にいる君よ
今は より大きな景色が見えるように
昇っていくだけだ。  

I'm a dreamer 14号  Sept. 26, 2005

ここにしか咲かない花
               唄 コブクロ

何も無い場所だけれど ここにしか咲かない花がある
心にくくりつけた荷物を静かに降ろせる場所
空の色映し出した瑠璃(るり)色の海 遙かから聞こえる
あなたの笑い声は よく聴けば波の音でした
  ・・・・・・
 ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風
 ここでしか聴けない歌 ここでしか見えないもの
 ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風

あの優しかった場所は今でも変らずに 
僕を待ってくれていますか
ふいに込み上げる寂寞(せきばく)の想いに 
潤んだ世界を拭ってくれる

雨上がりの道は泥濘(ぬか)るむけれど 
今ここに生きている証を刻むよ
いつかこの涙も寂寞(せきばく)の想いも 
忘れ去られそうな時代の傷跡も
燦然(さんぜん)と輝く あけもどろの中に 
風が運んで 星にかわる
そんな日を待っている

秋学期が始まる
周りの人々の服装もするりと変わった。
そしてみんなが戻ってきた。
ビルの谷間にも 隅っこにではあるが
秋の花が色とりどりに精いっぱい今を咲いている。

9月はじめに 大雪山に行った。
姿見から裾合平の山裾にはリンドウが一面に咲き
チングルマという高原の花が 咲き終わったあとに
風車のような綿帽子をつけていた
高原にしか咲かない花である
ハイマツのような背の低い木々しか生えない所である。
 風が吹きつける大自然の中の可憐な花を見ていると 
 コブクロの「ここにしか咲かない花」という唄が口からこぼれ出た。
 さびの部分の歌詞は
 ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風
 ここでしか聴けない歌 ここでしか見えないもの
 ここにしか咲かない花 ここにしか吹かない風

今 自分がいるところが 本当に大切なところ、
しっかり風を受け止め 
耳を澄まし 自分の場所を見据えて 咲いたときに、
チングルマの綿帽子のように
人はまた 新しい世界に飛び立つのではないか。

君よ 
この秋
この場所で
しっかり咲いてみないか。

 北海道の旅

 京都から新幹線に乗り、六本木ヒルズに立ち寄って、上野からカシオペアで北海道に向かった。寝台特急は生まれてはじめての経験であった。真夜中過ぎに青函トンネルを抜け、室蘭あたりで日の出を見ることが出来た。太陽が一筋の紅光の道を海に渡しており、その光の筋に小さな漁船が漁をしていた。ゆったりとした時間にそれぞれの生き方があった。

 「北の国から」のファンとして、札幌からラベンダーエクスプレス3号で富良野へすぐに向かった。到着後、資料館を見学、三日月食堂で醤油ラーメン、塩ラーメンを食してから、バスで「拾ってきた家」、麓郷の森、「五郎の石の家」と「北の国から」巡りをした。今では「拾ってきた家」や「五郎の石の家」の中まで入れるようになっている。五郎の石の家に入ると、そのままTV番組の中に入り込んだ気がした。大変な生活だなと思うとともに、部屋が意外に狭い感じがした。

 その日は新富良野プリンスホテルに泊まった。富良野盆地を見下ろせる高台の位置にあり、翌朝、部屋から富良野岳付近にご来光を見ることが出来た。贅沢そのものである。昨年出かけた立山ではバスに乗ってご来光を見に行ったが、今年は自分の部屋からベッドに横になりながら眺めることができた。富良野盆地は雲海に包まれていた。

 朝食を済ませ、8時過ぎに美瑛に向かった。英語では美瑛はBiei Hillsであろう。六本木ヒルズとは大きな違いである。パノラマロードを電動自転車で4時間ほどかけて巡る。随所に北海道らしさを感じた。丘には広大な畠があり、ジャガイモやトウモロコシ、メロン、カボチャ、花などが一面に植えられていた。所々に昔からあったと思われる木がぽつんぽつんとある。中には哲学の木などという名称のものもある。とにかく広さを感じる丘であった。

 美瑛の丘巡りをして、大雪山旭岳麓の旭岳温泉に向かった。着いたときは晴れており、旭岳(2290m)は高い裾野の山の上に堂々とそびえていた。

 しかしながら翌日は曇り、ガスが一面に立ちこめ、朝早くから頑張って登ろうとしたが、秒速10m以上の風が吹き視界が10mもなかったので、途中で断念、ルートを変更し裾合平まで裾野を巡るハイキングをした。チングルマ、ハクサンボウフウ、コガネギク、ワタスゲ、バイケイソウ、エゾオヤマリンドウ、ミヤマリンドウなどの高山植物が見られた。チングルマは花がわずかに残り、タンポポのように咲いたあと風車のような綿帽子になっている姿がかわいらしい。チングルマ畠が拡がっていた。コケモモ、シラタマノキ、クロウスゴなどの様々な実もなっていた。クマの生息地で、実を求めるクマに出逢ったらどうしようかと不安であった。クマではなく、エゾシマリスに出逢った。鷲が空高く風に滑空するように飛んでいた。標高1700mに広大な裾野があった。大雪山は、そびえるというよりでっかいという感じであった。早めにホテルに引き上げた結果、その後降ってきた雨に濡れずにすんだ。

 最終日は小樽に立ち寄り、新千歳から空路で戻った。生まれてきた限りは、ああ楽しかったと思ってあの世にいきたい。いろいろ感じることのできた旅であった。

秋の風 まっすぐに美瑛 吹き抜ける

Autumn wind

blows straight

over Biei Hills

大雪山 原野の風を 歩きゆく

I hike in the winds

of wild vast green fields

in Mt. Daisetsu

旅終えて 戻りし家に 虫が鳴く

A cricket chirps

meeting me back home

from journey

さよなら 夏

家の近くの神社で行く夏を惜しむ祭りがあった

神社の会の人たちの奉仕活動である

屋台も素人の人たちでやっている

お年寄りから子供まで狭い境内ではあるが大勢の人が集まった

浴衣姿に櫓の周りを踊る人たちがいる

唄声が秋の気配を感じさせる風に流れてゆく

ほっこりとした気持ちになる

ぽっと何かがともったような感じで

さあ、秋を迎えるぞという思いが体の中をめぐった

夏がゆく

  

祇園祭で夏になり

大文字で夏がゆく

京都ではよく言われる。

今年の大文字は涼しい夜風が吹いていた。

いつものように悲田院の境内から

大文字を見た。

室町時代から始まったと言われる。

街の明かりはいっそう増えたが、今年もまた同じ火がともった。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」

織田信長も豊臣秀吉も徳川家康も見ただろうか。

坂本龍馬も見入ったのだろうか。

大文字は時の流れの中で

どう人の心に灯りをつけてきたのだろうか、

夏が過ぎようとしている。

老夫婦 並んで蓮花を 眺めをり

An old couple

sees a lotus flower together

side by side

3年前の夏休み前の挨拶より

 おはようございます。


 「日が照っていた 今から5億年前に」という地球の生命を考えさせる詩があります。

太陽がまぶしい夏休みを明日から迎えるにあたって、皆さんは今、何を考えていますか。


 今週の日曜日、我が家の一坪ほどの小さな庭にある草の葉に熊ゼミが羽化していました。

殻からぬけ出たばかりで羽も小さくしわしわの状態でした。

半日間ほど動かずじっとしたままでしたが、やがて飛び去ったのか、いなくなっていました。

とても不思議な感じがしました。その日から5匹ほどが我が家の庭から飛び立っていきました。

台風が近づいていた朝に雨を避けるように飛び去ったセミもいました。

これまで家の庭でセミが羽化したことは無く、一層不思議に思いました。

セミは幼虫から羽化するまで7年間、地中で過ごすと言います。

7年前に生まれた生命が、この夏、地上に現れ、空へ飛び立って、命の輝きを見せるのかと思うと、

羽を伸ばしてじっとしているセミにがんばれと心の中で叫びたくなりました。


 同じ日、買いたい本があって、本屋に出かけました。

本屋の近くに子どもの科学教材などを売っている店があって、

通りがかりにショウ・ウィンドーを眺めるとこんなものがありました。

(聴診器を提示)陳列されていた聴診器の横にあった説明書きを読んで、

思わず買ってしまいました。

そこにはこう書いてありました。

「この聴診器は、病院や研究所等の現場で使用されている本物です。

聴診器は、人の聴力を何十倍にもしてくれる道具です。

医学のためだけではなく、使い方しだいで、とっても楽しい道具になります。

人体はもちろん、動物、植物の『生きている』生命の鼓動が聞くことができます。

雨上がりの時など樹の皮に聴診器を押し当ててみて下さい。

樹の種類によって、こぽこぽ、ざー、ゴーなどという神秘的な音を聴くことができます」

これを読んだとたん、不思議の気持ちがはじけ、

樹の鼓動を聴いてみたいと思う気持ちに駆られて、すぐに買いました。

この夏出かけたときには、色んな樹の鼓動を聴いてみようと思います。

宮沢賢治の言葉

「世界と個人」

 世界がぜんたい幸福にならないうちは

個人の幸福はあり得ない

自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する

この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか

新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある

正しく強く生きるとは

銀河系を自らの中に意識して

これに応じて行くことである

われらは世界のまことの幸福を索ねよう

求道すでに道である


 (『農民芸術概論綱要』)

I'm a dreamer 13号  July 15, 2005

私のお里

               金子 みすず
母さまお里は
山こえて、
桃の花さく
桃の村。

ねえやのお里は
海こえて、
かもめの群れる
はなれ島。

私のお里は
知らないの、
どこかにあるような
気がするの。

前期試験が終われば
まとまった休みがある。
空白の時間をどう過ごすかは皆さん次第である。
何をするかすでに決めている人もいる。
まだ何も決めていない人もいることだろう。

何をすれば、自分が一番落ち着くことなのだろう。
何をやってみたいのか。
何かあるようで何をしていいかわからないときがある。
空いっぱいに入道雲が広がるように
思いはいっぱいあるけど
正体が見えないことがある。

自分の五年後、十年後の将来はどうだろう。
何をやってみたいだろうか
どう生きていくのがいいだろうか。
あてどなく流れる雲のように
先がわからない。
               
自分の落ち着き先を見つけることは、
自分を知ることだ。
ただ、やりたいことや目標が
向こうから勝手にやってくることはない。

この休みに、
自分の過去と未来をつなぐことをやってみませんか。
あわただしかったこれまでの生活から
本来の自分に戻れる場所を見つけ
自分自身の力を思う存分発揮できるように
あなたの未来へ虹をかけることを考えてみませんか。

I'm a dreamer 12号  July 8, 2005

「留魂録」(りゅうこんろく) 吉田松陰

 
  松蔭が処刑を迎える前日までに書き終えた遺書

 今日、私が死を目前にして、平安な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。つまり農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈りとり、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ちあふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。
 私は三十歳で生を終わろうとしている。いまだ一つも成し遂げることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのである。
 なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が必ず四季をめぐっていとなまれるようなものではないのだ。しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。
 十歳にして死ぬ者には、その十歳の中におのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が、三十歳にはおのずから三十歳の四季が、五十、百歳にもおのずからの四季がある。十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿(れいちん)を蝉にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。
 私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なるモミガラなのか、成熟した粟の実であるのかは私の知るところではない。もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心(まごころ)を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい。                     〈現代語訳〉

松下村塾に学んだ塾生は、
その後の日本の方向性を決めた。
松陰自身はそれを見ることはなかったが。

留魂録には
彼の潔い覚悟とともに、
彼の志が皆の心に残ることを願う切なる思いがある。

春は過ぎ
今、夏の盛りを迎えようとしている。
ぎらぎらと燃えるような情熱を心に
大きく伸びようとしているだろうか。

入道雲のように
空高くむくむくと拡がり伸びて、
雷鳴を轟かせてみないか。

来るべき秋に
たわわな実りをつけるように、
志をまっすぐに
走り抜けてみないか。

たとえ、短かい夏の命であっても、
きりぎりすは
その盛りを懸命に生きているからこそ
喜びの啼き声をあげているのではないだろうか。

人生の初夏を迎えつつある
君たちよ、
思いっきり啼いてみようじゃないか。

I'm a dreamer 11号  July 1, 2005

働く教え子への想い
                                        宮沢 賢治

これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教はることでないんだ
きみのやうにさ
吹雪やわづかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ

ではさやうなら

……雲からも風からも
   透明な力が
   そのこどもに
   うつれ……

  
 (詩〔あすこの田はねえ〕)(一九二七・七・一〇)

七月七日は七夕である。
ささの葉にいろいろな飾りを付けて、
夏の夜空をじっと見つめていた頃があった。

そんなとき、
いつも思い浮かんだのが、
小学生には多少難解な話であるが
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』であった。
カンパネルラ、ジョバンニ、少年の溢れる感情と優しさを心に
家の前の道端に置いた床几(しょうぎ)に座り
夕涼みをしながら 星空に無限の思いをはせた。
以来、賢治の虜となった。

賢治の授業は魅力的であった。
花巻の農学校で接していた生徒に対する思いは
金剛石の輝きを放っている。
この詩も、
教え子を励ます賢治の思いが光る言葉となっている。

さて、皆さん、
七月になって学生生活に慣れただろうか。
これまで懸命に走って来たかな。
君の心の中に 学ぶ喜びが生まれたかな。
これからの時代を切り拓いていく勇気と智恵を得られたかな。

賢治の想いのように
皆さんも
未来圏から吹いてくる風から
透明な力を得て、
強い芽が噴き出すようにぐんぐん伸びていってほしい。



I'm a dreamer 10号  June 24, 2005

水平線

小泉 周二

 水平線がある
 一直線にある
 ゆれているはずなのに
 一直線にある

 水平線がある
 はっきりとある
 空とはちがうぞ
 はっきりとある

 水平線がある
 どこまでもある
 本当の強さみたいに
 どこまでもある

オズの魔法使いの主題歌「虹の彼方に」をはじめて聞いたとき
何か夢を見ている気がした。             
                                              
Somewhere over the rainbow
Way up high
And the dreams that you dreamed of
Once in a lullaby

遙か遠くを見つめてみたくなる歌であった。

もうすぐ7月である。
海辺に出かけたくなる季節がやってくる。
海をはじめて観たときの感激は今でも忘れられない。
遙か遠くに大きな弧を描く水平線があった。
地球は丸いのだということを実感した時であった。
遮るものがない拡がりがそこにはあった。

水平線の向こうには
水平線が続くのだろう。
やがて見えるはずの島影や大地が
その向こうで呼んでいる気がした。
若き日々の情熱は今も心にある。

若者よ
水平線の彼方の世界に向かえよ!
船は港にあるのでなく
広大な海を帆走するのがその目的である

あなたの航海、あなたの夢に乾杯!
   
  

I'm a dreamer 9号  June 17, 2005

海のはじまり

工藤直子

ひとはみな
心のなかに
海をひとつ もっている
その 濃いみどりの海のうえに
ときどき ちいさな魚がはねて
ときどき ちいさなしぶきがたつ
ひとの心のなかに
いつ 海はうまれたか

おそらく むかし
なにが悲しいのか
わからないほど ちいさく
なにがつらかったか
忘れてしまうほど むかし
ひとはみな
はじめてまるい口をあけて泣いた
あのときの涙の粒が
海の はじまり
泣くたびに流れた
塩からい涙は

だれにも知られぬ場所に
あふれあふれ
それはたしかに 悲しみの波
それはたしかに つらさのうねり
それはたしかに そうなのだが
ごらん いつのまにか
涙の海に 生まれてそだった
泳ぐものたち
笑い 歌い そして遊ぶ
泳ぐものたち

ひとはみな いつだって
塩からくて にぎやかな
海を 抱いて いるのだ

少年の頃、
盆地の中で育った私にとって、
海は、
胸踊る あこがれの地であった。
遠い異国ともつながる
夢の始まりの地であった。
沖の白波は、心の中にざわざわと拡がり、
その向こうにある世界からのメッセージを
聞いているように思えた。

時が経ち、
浜辺に寄せては引いていく
潮をずっと眺めることがあった。
それが、
時の流れ、人生の波を伝えているように思えた。

人は、何かに願ったり夢見たり、
信じたりすることがある。
その思いを心に
新たな自分を生み出そうとする

それが生きていくことで
一番大切なことなのだろう。

自分の願いや夢に近づこうとするのは、
それを手に入れるということだけではなく、
その願いや夢にふさわしい人となろうとすることだ。

海のように大きな思い、優しい思い、懐かしい思いを心に
今日も生きていこうと思う。


I'm a dreamer 8号  June 10, 2005

生きている人の根底にあるものは何だろうか。
人は「心」というかもしれない。
それは、
感情・意志・判断・価値・行動など、
あらゆる領域の表現を支える基盤となっている。

「いま」の君の「心」はどうだろう。
来るべき「未来」に不安を感じたりして
決断や意志に迷いは生まれていないだろうか。

「喝」
これは、
叱りつける時や迷いや妄想を断ち切るときに使う
禅の言葉である。

「心」という基盤が揺らいでいては
迷うばかりである。
不安や邪念を断ち切って
自分の生を燃焼させていきたいものである。

「喝」
それは、
云われる者だけでなく
励まし叱る者にも
「心」の覚悟がいる言葉である。
自分の生を精一杯燃焼していてこそ、
「心」の底から出せる言葉である。

自分の根底にある「心」をいつも
曇りやかげりのないものにしておきたいと思う。

I'm a dreamer 7号  June 3, 2005

時間のたつ速さ

時間の経過に関する認識は記憶した出来事の数に比例している。
 記憶に残ることが沢山あった時間は、後から振り返ったときに、ゆっくりと流れていったと感じ、何も記憶すべきことがなかったときはその時間があっという間に過ぎ去ったように感じるのだ。
 記憶は印象の深さや感動した強さによって蓄積される量も変わる。
 だから、小さいことにも感動する子どもの時は、ゆっくりと時間が過ぎ、何も感動することなく過ごしている大人の時間は矢のように、過ぎ去ってゆくのです。
 ということは、何にも好奇心を失わず、感動する気持ちが、1年を長くする秘訣だというわけです。

時は時刻で刻まれるのではなく
思い出によって刻まれるという。

懸命にがんばったことは、
自分の心の中に忘れられない思いとして残る。
ただ、それを分かち合える人がいると、
その思いは一層の輝きを持つ。

八年ほどの前のことである。
仕事から帰宅すると、
娘(小学四年生):お父さん、これ見て! 
  朋が自分で縫うてつくった二つ目の作品や!
  かばんなんやで。
父:うまいことできてるやんか。上手にできたね。
娘:うれしいわ。お母さんも、お姉ちゃんも、お兄ちゃんも、みんな、
  だれもほめてくれやらへんねん。
  うまいことできてるやろと言うても、「そうかな」と言わはんにゃで。
  お父さんだけや、ほめてくれたん。
  うれしいわ。
  お母さん!
  お父さんはちゃんとほめてくれはったで。
  朋、うれしいわ。
 
感動する気持ちが明日を生み出す。

            

I'm a dreamer 6号  April 27, 2005

今ぼくは……

         三島 慶子

 うれしいから
 しらんぷりした
 かなしいから
 うっすら笑ってみた
 つらいから
 平気な顔でいた
 てれくさいから
 すこしおこった目をした
 今ぼくは
 階段を二段とばしでのぼる
 坂道をななめに歩いている
 今ぼくは
 鏡を見て
 見えないほどぼくを探している

思うほどの成果が出ないときがある。
気持ちはあるけど、うまくいかない
そんなときがある。

そんなときはもう一度プロセスを考えてみることだ
全体を見渡した中で
そのプロセスが間違っていなかったら
それでいいのではないか。
ただ、成果が出るのには
時間が要るのだ。

相田みつをの詩がある。
「トマトもね メロンもね
 当事者同士は
 比べも競争もしてねんだな
 トマトはトマトのいのちを
 精一杯生きているだけ
 メロンはメロンのいのちを
 いのちいっぱいに
 生きているだけ」

トマトもメロンも
自分に必要な時間、自分のプロセス、
そして何よりも自分を大切にして実るのだ。

君にも
君の時間が必要だ。
ただ、自分の努力のプロセスだけは
もう一度見直して
歩いていこうじゃないか。

I'm a dreamer 5号 May 20, 2005

ひみつの箱

         おーなり由子

 みんなのしらない
 わたし
 あたらしい わたし
 ふるい わたし
 なまえのない
 わたし
 やさしい わたし
 やさしくない わたし

 胸の奥の
 ひみつの箱に はいっている
 たくさんの
 たいせつな わたし

自分に自信が持てないとき、
人は、
本当の自分以外の姿を
様々な形で見せることがある。

自分のことを知ってもらいたい一心で話していても
本当の自分のことを切り出すことはなく
長々と周辺のことを話すだけである。

知られたくないことは
誰にもある。
それがその人自身の性格を形成しているときもある。
それが生きる上で
一番大切にしていることであるかもしれない。

ひみつ、
それは人に知らせないこと。

でも、自分以外の世界に心を向けなければ
生きてはいけない。
弱さや自信のなさから生まれる心のひみつは
優越感や劣等感を生むだけである。

ガラスが透きとおることは、
ガラスの性質であって働きではない.が
性質が働きになることは素晴らしいと高見順は書いた。

今の自分の心の内側にあるものが、
透きとおるような働きを見せられるよう
自分の思いに自信が持てるようになりたい。

I'm a dreamer 4号 May 13, 2005

本当の勇気

ダン・ミルマン

 「私に勇気があるって言ってくれるの?」と彼女はたずねた。
 「ええ」
 「それはきっと、勇気とは何かを教えてくれた人たちがいたからだわ」と言うと、彼女は次の話をしてくれた。
 何年か前に、スタンフォード大学病院でボランティアとして働いていた時の話よ。ライザっていう女の子はほとんど回復の見込みがない難病にかかっていたわ。彼女が助かるためのたった一つの方法は、五歳の弟に血を分けてもらうことだったの。実は、その弟も同じ病気にかかったけど、奇跡的に助かったものだから免疫ができていたのね。そこでドクターは、ライザの小さな弟にこのことを説明して、おねえさんに血を分けてあげられるかって聞いたの。弟は、ほんの数秒迷っていたけど、大きく息を吸い込むと言ったわ。「うん、いいよ。ぼくの血で、おねえちゃんが助かるんだもん」
 輸血は順調に進み、ライザの頬はだんだんピンク色に染まってきたわ。横に寝ていた弟は、それを見てにっこり笑ったの。私たちもつられて笑ったわ。
 ところがしばらくすると、弟の顔が青ざめ微笑みも消えてしまった。そして、ドクターに「ぼくはもうすぐ死ぬの?」と震える声で聞くの。まだ幼くて、ドクターの説明がよく理解できていなかったのね。おねえさんを助けるためには、自分の血を一滴残らずあげなければならないと、思い込んでいたんだわ。「そうなんだわ。勇気ってどんなものか、私にはきっとわかっている」彼女はさらに言葉を続けた。「でも、それは、『勇気って何か』を教えてくれた人たちがいたからなんだわ」

サミュエル・スマイルズの言葉に
 Sow a thought, and you reap an act;
 Sow an act, and you reap a habit;
 Sow a habit, and you reap a character;
 Sow a character, and you reap a destiny.
 思いをまき、行いを刈り取る。
 行いをまき、習慣を刈り取る。
 習慣をまき、人格を刈り取る。
 人格をまき、運命を刈り取る。
とある。

運命は偶然の問題ではなく、
選択の問題である。

自分が信じることを
自分のために
人のために
覚悟を決めて、
一途にやって見せてこそ
自分の道が切り拓かれる。

いま、君の周りにあることに
ひるまずに向かっているだろうか。
自分の選択に一途に立ち向かっているだろうか。

運命を切り拓く人は
知恵と少しのお金と
大きな勇気を持っている人だと思う。

あなたの本当の勇気を見せてください。   

赤坂山 Mt. Akasaka May 3, 2005

マキノ高原 --- 赤坂山(824m) --- マキノ高原

赤坂山は滋賀県の北部、マキノ高原に位置する山である。滋賀県といっても福井県の県境が近い。山道を下る一つのルートは美浜方面となっていた。登り口から丸太の階段で整備された道は、いきなり急な勾配であった。やがて尾根を回り込むように左にカーブしていくと展望台があった。遠くに赤坂山頂上を確認して山道を登っていく。すると、雪解けで水量豊富な沢が現れた。さらにゆっくりとした勾配を登っていく。地元で愛されているカタクリの花が水辺近くのあちこちに咲いている。山桜が咲いている。やがて、背の低いササで覆われた道となり、頂上めざしてさらに登る。陽光を遮るものがないが、風がさわやかで気持ちがいい。雪渓が山襞に残っている。
 頂上に着いた。頂上までの道中、ずっと、鶯が寄り添うかのように次々とつねにさえずってくれていた。山々が連なり、眼下には、琵琶湖や田んぼが拡がる雄大な景色であった。遠方に伊吹山も見えた。
 下山後は、マキノ高原温泉のお湯で足の疲れをいやした。時間がゆっくり過ぎる1日だった。


田に写る 逆さ比良に 青い空


山風と 鶯づたいに 道登る


空青く ぎらぎら光る 田の水面

Greenary day April 29, 2005

毎年この日に会う友と清水を訪ねました。緑がとても爽やかでした。

新緑の 風が結びし 友の顔

I'm a Dreamer 3号 May 6, 2005

こころにつぼみが

         杉本 深由起

 だれかにやさしくされたら
 だれかに
 やさしくしたくなる

 こころにつぼみが
 ふくらんで
 パッと
 花がひらく
 
 たんぽぽみたいね
 「ありがとう」
 って咲いた花は

 綿毛になり
 また
 だれかのこころに
 とんでいく

 わたしとだれかの
 こころ ころころ
 春にして

長山靖生著『いっしょに暮らす』(筑摩新書)の見開きに
 親子の絆が揺らいでいる。
 結婚しない人も増えている。
 人間関係が苦手な若者も急増中だ。
 他者との間にたちはだかる、
 熱くて高い壁を超えるために、
 いま、私たちには何が必要なのだろうか。
という問いかけがある。

少子化により人の増加に歯止めがかかり、
2008年からは人口が減少すると云われている.
それでも、世界がやけに狭くなっているように感じる。
高度情報化やグローバル化のせいか、
遠く離れた出来事にも
身近な圧迫感を感じる世の中になった。
高い壁を作って自分を守りたいと思うこともある。
だからこそ、
人には人を思う気持ちが大切だろう。

連休も終わり、
これから本格的に授業が濃くなっていく。
圧迫感を感じることが多くなる。

でも、同じ授業を受ける仲間は
志を共にする友である。
心の荷物をおいて
身軽に交わろう。
のびのびとした中に、
自由で創造的な発想が生まれるものだ。

彦根城 April 17, 2005

今年は例年になく、一週間ほど桜の開花が遅れた。

彦根に出かけたところ、満開の桜に出会った。

湖上からの春風が吹き巡り、

我を見よと言わんばかりの満開の桜、桜、桜が城壁を取り囲んでいた。

さながら、桜の城であった。

侍の時代は過ぎ、主のいなくなった黒天守閣。

一途に咲いた桜が400年近くの時の流れを

称えているようだった。

咲き誇る 桜雲見下ろす 彦根城

I'm a dreamer 2号  April 22, 2005

これから

         川崎 洋

 これまでに
 悔やんでも悔やみきれない傷あとを
 いくつか しるしてしまった
 もう どうにもならない
 だが
 これから
 どうにかできる 書きこみのない
 まっさらの頁があるのだ
 と思おう
 それに
 きょうこの日から
 いっさいがっさい なにもかも
 新しくはじめて
 なにわるいことがある

板村真民の「幸せの帽子」に、

すべての人が幸せを求めている。
しかし幸せというものは、
そうやすやすとやって
来るものではない。

時には不幸という帽子を
かぶってやって来る。

だからみんな逃げてしまうが、
実はそれが幸せの
正体だったりするのだ。
            
という詩がある。

新生活が始まって2週間、
分からないことや失敗があったりして、
思っていたより厳しい状況に
幸せとか楽しいとかの本当の姿を
見切れていないかもしれない。

幸せや楽しさを自分以外のものに求めると
その正体を見間違ったりするかもしれない。
「学び」は鬼という帽子をかぶっているかもしれない。

幸せや楽しさは外に求めるものでなく、
自らの出発にある。
失敗は、不幸という帽子をかぶった幸せだ。
そこから新しい自分の出発がある。

I'm a dreamer 創刊号 April 15, 2005

アスナロ

         大竹 晃子

 あすは檜になろう
 あすは檜になろう
 そう願っていたから
 アスナロという名が
 ついたのだという

 けれど
 アスナロは
 檜にならなかった

 きっと
 自分は自分のままで
 いいのだと
 気づいたのだろう

新しい年度の始まりである。
未来を切り拓く瞬間でもある。

人は、未来に何を求めているのだろうか。
人生という登山の道半ばで
あなたは、今、何を思っているのだろうか。

人には夢がある。

「心に深く抱いた夢は、必ず実現する」
「強く願うならば、その願いは、必ず実現する」
と言う人がいる。
しかし、果たしてそうだろうか。

願っても、叶わない夢もある。
がんばっても実現しない願いもある。
思うようにいかず、悩み、苦しんでいる人もいる。

だからといって、「夢」はあきらめるものでない。
「夢」や「願い」があるからこそ 人はがんばれるのだ。
人生においては「成功」がすべてではない。
「成功」に向かう「成長」が、
人生という登山の目的ではないか。
「成長」が目的であるから、
頂上に立つことが出来るのだ。

登り切る頂上は、遙か先かもしれない。
今年はどこまで登っていけるだろう。
今の自分の位置を確かめて、
さあー新しい一歩をしっかりと踏み出そうではないか。

4月になった。

冬の寒さがあるから、

暖かい春を有り難く思う。

人事異動が行われ

新しい日々が始まる人がいる。

日なたに輝くチューリップのように

微笑ましく、慎ましく、明るく

生きていきたいと思う。

Starting over(再出発)して

一年が経つ。

生涯、よく生きたい。

人生は大きなカンバス、

いろんな色を塗りつけてみたい。

描き上げた一つの大きな絵の横に、

また一つ新しい絵を、

生まれてきてよかったと思う色を使って

描いていこう。

春分の日

奈良 東大寺 二月堂

声明の こだます庫裏や お水取り


ほのかなる 風の匂いや 春隣り

1年5組 今日の出来事(娘からの報告)

今日の授業中、誰かの携帯が鳴った。

鳴ったというより歌が響いた。

たまたま、マナーモードの設定を忘れていたものだった。

とっさにみんなが口々に

「誰が歌っているの?」

「授業中に歌えるなんてすごいな!」

「〜さん、歌うまいなあ!」

「ええ歌やなあ」

などと、

授業中に携帯の呼び出し音が鳴ると

しばらく「預かり」になるということ知っているみんなは、

携帯の呼び出し音ではなく、実際に誰かが歌ったかったように

カモフラージュを持ち主のために試みたが、

教科担任の先生は騙されなかった。

敢え無く、その携帯は1週間預かりという運命に。

「でも、明日から学年末考査試験やから、

携帯ない方がかえって勉強に集中できるからいいやん」

仲間からの慰めの声。

しかし、

携帯の持ち主は、

「それはええけど、反省文を書かないとあかんのやで、返してもらうには……」

「それは確かに痛いなあ」とみんなの声。

高校生活は厳しくも楽しい。

夕食(ゆうげ)終え 居眠る娘 雛の笑み

After a day's dinner

my daughter falls in a nap:

a flicker of a Hina smile

携帯電話

父と娘の会話

娘(高1):お父さん。お母さんも、とうとう携帯買わはったんやな。お母さん、舞い上がったはんな。

父:ほんまに困ったもんや。はしゃいだはるやろ!「機能が一番少ないのにしといたんや」と言うたはんにゃけど、携帯なんか別に使うこともないのにな。

娘(高1):ええやん。それで5歳くらい若返ったはんにゃから。そんでええやん。お父さん。

 

今日の日はさようなら

金子詔一 作詞/作曲

いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を

空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
また会う日まで

信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
また会う日まで
また会う日まで

卒業式の案内状が来た

2月末になると高校では卒業式が行われる。

昨年、S高校で生涯最後の式辞を生徒に贈った。

万感の思いを込めたものであった。

あの時のことは生涯忘れられない。

光陰矢のごとしである。

******

4年程前に

I高校で

卒業式の終わりに

保護者の方にお礼として述べた言葉の原稿を

思いがけず見つけた。

それほど昔のことではないのに

時間が急いで過ぎていったように思う。

遠い昔のことのように思える。

我が家の子どもも

今では大きくなっている。

ここに小学生であった娘も

もうすぐ高校二年生である。


 保護者の皆様、本日は本当におめでとうございます。

 実は私の高3の息子も、3月1日が卒業式です。
 先日、大学受験から帰ってきたときに、「試験どうやった」と尋ねると、「そんなこと聞かれたって、どう答えたらいいの?できたかどうかってわからへん。できたっていってほしいの。あかんかったというたらどうするの。そんなこと聞かれると、いらいらするんや」と返事が返ってきました。
 「いらいらせんでもいいやんか。親かって、親なりに心配してるんや」
 「お父さんが心配したって、うかるもんでもない」
 親子の会話は少し続きましたが、それからは自分の部屋へ上がっていきました。高校生にもなると、子どもにものを尋ねるのも難しいものです。
 2月4日に、京都市内の地域代表の小学校対抗大文字駅伝がありました。
 小学校6年生の末娘が、この大文字駅伝の選手グループに補欠を含めて自分の小学校の代表に選ばれていて、昨年の12月末から今年の2月まで、毎晩のように家の近くを走って練習をしていました。
 最終的な走者メンバーが決定される前日、「明日は学校に行くのが楽しみや。どきどきするわ。がんばったから選ばれるかな」と私に話していた。当日は、こころ弾ませながら学校へ出かけたとのことでした。
 メンバー決定の日、帰宅して、早速、娘に尋ねました。「走ることになったんか?」
 娘は「あかんかった。補欠やった。でも〜ちゃんは今すごく調子がいいし、がんばってくれはると思うわ。きっといい成績残せるわ」とこたえました。
 その言葉に、私はどう言ってやったらいいのかわからず、「そやなあ」と曖昧な返事をしました。妻から聞いたことですが、それから大会当日までも「ひょっとして誰かが風邪でもひいて出られへんようになったら、補欠が出なあかんし」と最後まで走る機会があるかもしれないと思って練習していたそうです。そして、その大会が行われる日曜日の朝も、走るかもしれないと思っていました。  
 大会が終わり、帰ってきた娘は「朋も走りたかったなあ」と言って、応援に疲れたのか、そのまま横になって眠ってしまいました。
 その姿を見て、またもや、私は何んと声をかけてやったらいいのか分かりませんでした。この娘も小学校を卒業します。
 子どもが一年一年、一つずつ成長していくにつれ、どう声をかけてやったらいいのか、分からないことが多くなってきます。親としては、子どもの懸命な姿を信じてやることだけしかできなくなります。
 子どもの成長をずっと見守ってきたこれまでの人生の中で、この子が生まれてきてほんとうによかったなと思ったことがなんべんかあります。卒業という日も、そんな日です。そんな日だからこそ、こんなに大きくなって嬉しいと伝えたいと思います。
 これから先、どう話しかけていけばよいか、これからますますとまどうことがあると思いますが、慶びの気持ちは必ず伝えておこうと思います。
 子どもの卒業に、自分も成長しなければと思っております。

 保護者の皆様も今日の慶びの気持ちを伝えてあげて下さい。3年間、I高校の教育に御理解と御支援を賜りありがとうございました。また、本日の御臨席ありがとうございました。

Above us only Sky (2年前に生徒に贈った言葉)

よき友とともに
                 室生犀星

心からよき友をかんじることほど
その瞬間ほど
ぴったりと心の合ったときほど
私の心を温めてくれるものはない
友も私も苦しみ疲れている
よいことも悪いことも知りつくしている
それでいて心がかち合うときほど嬉しいときはない
まずしい晩食の卓をともにするとき
自分は年甲斐もなく涙ぐむ
いいしれない愛情が湧く
この心持だけはとっておきたくなる
永く 心にとっておきたくなる

学生時代の友達とは、どのような存在なのだろう。
高校生にとっては、今、持ちうる最高の宝物かもしれない。

だけど、携帯電話が驚異的に普及する今、
電車の中でも、4・5人並んで一斉にメールを覗いたり、
黙々と打ち込んだりしている姿を見ると、ちょっと異様で、心配になる。

メールが入っていないと取り残された気分になるのだろうか。
気軽にメル友として電話番号を登録し、
その登録数の多さが友達の多さと思い、
「自分は孤独じゃない」と、それだけで安心していることはないだろうか。

「天涯孤独」をもじって「圏外孤独」という造語もある。

携帯が圏外になるとメールがこなくなり寂しくなるという現象を指すらしい。

物はたくさん持っているけど、
本当の友達の数は多くないかも知れない。

でも、友達を持つことの意味はその数ではなく、
本当に自分のことを思ってくれる人がいるかどうかである。

先日のバレンタインの夜、
「この歳じゃ、お互いを見合うことはないけど、同じ方向を向いているね」
と、妻に話した。
妻は、ただ笑ってこちらを見返した。

「金持ち」でなくても、いい「人持ち」になりたいと思う。

豆食らう 路の雀や 立春の朝

雪水落つ 舞台は鬼の 壬生狂言

青おにの 去りて春陽の 暖かさ

立 春

持 久 走

娘二人の会話


朋(高1):ああ、来週から持久走やいややな。4キロも走らなあかんのやで。

姉(社会人):1時間も走っているんか?

朋:何で1時間も走るんやな。20分くらいや。

姉:そんなくらいやったら、あんたの好きな「ゆず」の「栄光の架け橋」5回ほど歌 たらおしまいや。お姉ちゃん、高校の時いつもこころの中で歌を歌いながら走ってたんや。

朋:それはいい考えやな。それ絶対いい考えや。朋もそうしよう。そう思ったら気が楽になってきたわ。そや、みんなにもアドバイスしたろ。みんな喜ぶわ。

Imagine (Jan. 24, 2005)

水ぬるむ       高階 杞一

春が来て
凍っていた顔もとけてきた
チューリップのように並んだ笑顔
世界には
まだまだいっぱい素晴らしいことがある

それは
教えてくれているようで

 よかったね
 生きていて

まだ風は冷たいけれど
春の服を着て
出かけてみよう
蛇口は胸の中にある
ひねれば
きっと
昨日とは違う水が出る

暦の上では立春も間近である。
学校は一足早い春を「旅立ち」という形で迎える。

新しい春を迎える心は
いつもさわやかで、期待感がある。

今年出逢ったみんな、
元気でいろよ。
辛いことがあっても
凛として乗り越えていくんだぞ。
夢を忘れちゃだめだぞ。

手のひらを見てごらんよ。
生きているだけで
これまでどれだけの人と出会っただろうか、
その手はどれだけのものに触れてきただろうか、
どれだけのものを手に入れてきただろうか、
考えてごらん。
生きているっていいね。

雪解けの冷たいけれど透き通った水が
胸の中から湧き出てきそうかい。

僕もまた、
みんなのオアシスになれるよう
おいしい水をいっぱい蓄えるよ。
じゃ、みんな元気でな。

Above us Only Sky (Feb.2004)

「完全燃焼」

君よ完全燃焼せよ。
一生一度の人生だから、
くすぶっている時間なんかないはずだ。

活き活きと燃えて
周囲を照らせ。
赤々と燃えて
周囲を暖めよ。
高々と燃えて
先行を示せ。

最後の一瞬まで燃えつづけよ。

暦の上では2月3日が節分で、4日が立春である。
だけど、一年で今が一番寒く感じる。
寒いと思えば余計に寒く感じる。

人はつらいこと、苦しいことがあったりすると
心細くて寒い思いをする。

心にいつも炎を燃やしつづけていたいものだ。

「青春とは人生のある期間を言うのではなく、
心の様相を言うのだ。
優れた想像力、
逞しい意思、
燃ゆる情熱、
安易を振り捨てる冒険心、
こういう様相を青春という。

年を重ねただけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。」

サミュエル・ウルマンの言葉である。

心にいつも炎を燃やしつづけていたいものだ。

「襟裳岬」の歌詞には
「悲しみを暖炉で燃やす」「遠慮はいらないから暖まっていきなよ」とある。

Imagine (Jan. 17, 2005)

あい
         谷川 俊太郎

 あい 口で言うのはかんたんだ
 愛 文字で書くのもむずかしくない

 あい 気持ちは誰でも知っている
 愛 悲しいくらい好きになること

 あい いつまでもそばにいたいこと
 愛 いつまでも生きてほしいと願うこと

 あい それは愛ということばじゃない
 愛 それは気持ちだけでもない

 あい はるかな過去をわすれないこと
 愛 見えない未来を信じること

 あい くりかえしくりかえし考えること
 愛 いのちをかけていきること

バレンタイン商戦が始まりだしている。
「愛」を形で示すのはこの日であるかのように。

ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』に、
「わたし、幸福になれるかしら」
「それは自分できめなければならない」
とある。

人は誰でも愛されたいと思う。
独りぼっちでは生きていけないから。
でも、
望むだけでは何もやってこない。

友がほしいなら
友になることである。
それも心からそう努めることである。

秋学期も後一週間を残すだけとなった。
卒業していよいよ社会に出る人
編入してさらに勉学を進める人がいる。
2年生になれば、
また専門科目も増えてくる。
苦しい日々は当分続きそうである。

そんなあなた、
あなたには信じる友がいますか。
「愛」がいつもそばにあればと願う。
でも、あなた自身は「愛」になっていますか。

Above us Only Sky (Jan. 2004)

うれしかった……
    ありがとう。
 楽しかった……
    ありがとう。
 幸せを
    ありがとう。
 やさしさを
    ありがとう。
 励ましを
    ありがとう。
 言いたかった……
    ありがとう。

人が最初につくった時計、それは日時計であった。
今から五千年〜六千年ぐらい前のエジプトで作られたのが最初だと言われている。
人類が、
色々な場所に移り住んで、狩りや、果物を採ったりしていた暮らしから、
一つの場所に住んで、作物を自分たちで育て、それを食べるという暮らしを始めたのが、今から七千年〜六千年前。
そうした暮らしを始めるためには、何が必要か。
種をちゃんとした季節に蒔いて、ちゃんとした季節に刈り取るということ。
つまり正確に一年を知らなければできない。
そのころエジプトではすでに、太陽や、星の動きを観測して作られた暦が生まれていた。
そして、暦ができてから時間ができ、人類最初の時計である日時計が作られた。

三年生は、もうすぐ授業が終わる。
様々な行事や活動によって刻まれた三年間という時間が
今、終わろうとしている。
ちゃんとした季節に種を蒔き、ちゃんとした季節に刈り取る
太古の昔から時間は流れている。

ただ、人生は、時間だけではなく、思い出によって刻まれる。
その人生の時を刻んだ思い出の底にあるものは、
「ありがとう」のこころだと私は思う。

穂高連峰遥拝 雪の白川郷を訪ねて

 Jan. 6-8, 2005

 
 「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかうるものは、日々旅にして旅を栖とす」と松尾芭蕉(奥の細道)が言っている。旅に出ると、様々な想いが巡る。

 粉雪が舞う日であった。冬の3000メートル級の山を登ることは無理だが、雪の穂高連峰を間近に見たいと思って、出かけた。
 ふもとから新穂高ロープウェイで10数分で西穂高口まで登った。うまい具合に雪はやんだ。ガスが薄くなり、冬の曇天ではあるが視界が良好になってきた。目の前に迫る穂高の山々に圧倒される。槍ヶ岳が一瞬見えた。陽が隠れた曇り空に連峰の白黒の世界が目の前に拡がっていた。灰色がかった白布のような雪を覆った山々は、神々しさより人を究極の一人としての気持ちにさせる魔物のように思えた。
 その後、また粉雪が舞い、山々の頂はガスに覆われた。私が来るのを待っていたかのように姿を見せ、そして隠れた。

愛宕参り Jan. 4, 2005

 清滝からの登り口は、あたたかな陽の光が山に差し込んでいた。雲間より大地に光の筋が差し込むと、西洋では天使の梯子と呼ぶらしい。確かに森の中に差し込む光の筋には、何か気高く、混じりっ気のない美しさを感じる。手をかざしてみた。心をいっぱいに開いてその光を全部しまい込んでみたいと思う。

 暖かだった道は、半ば過ぎると変わった。水尾の分かれ道から、突然寒風が吹き出した。山は身を切るような風と霰を打ち付けてきた。非常に寒い。この寒さに、心はなぜかしら謙虚になった。透き通った気持ちが体全体に巡り、静かな思いで頂上に辿り着いた。新たな年が始まった。

一年(ひととせ)の 想いが集う 初詣

New year's Day shrine

Millions of yearning of the year

are getting together

Above us Only Sky & Imagine

生まれてから二十歳までは一律に「BABY」
二十歳から四十歳までは「YOUNG MAN」
四十歳から六十歳でようやく一人前の「MAN」
そしてやっと六十歳から八十歳で「OLD MAN」
八十歳以上になると「WISE MAN」
とアメリカ先住民のことばにある。

シェークスピアのことばには、「人生は七つの舞台に分かれ、
男も女も皆、それぞれの舞台で演じている。……
第六章以降は、身体も小さくなり、
最終章では歯もなくなり2回目の子ども的な時期を迎える」と。

人生のとらえ方は様々である。
人にとって、いつの頃が幸せなのだろうか。

私は、青葉が萌えるような中学時代の頃
5月の陽光を浴びて男子のカッターシャツや女子のブラウスが
緑の木々の中で白く輝いていた中学時代、
みんなが純粋に可能性を信じて生きていた頃を思い浮かべる。
全体が幸福になることを夢見ていた頃のことが、
今の自分の人生の原点ではないかと思う。
教育はロマンである。
信じることから始まる。

元日の朝、
昨日までと何がちがうのだろうかと思った。

家族そろって元旦の朝の食事
静かにお節・雑煮を食べる。
それぞれに思いがよぎる。

長女は、年末から仕事始めまでの
わずかな正月休暇を
三度目のスペインで過ごす。
元旦の朝はバルセロナの青空の下にいる。

下宿して日頃は家にいない息子が帰っている。
話すことは得意でないが、就職活動を始めている。

次女は、高校のクラブ活動が休みで、久々に家にいる。
勉強とクラブに追われているが、
学校が楽しくて仕方がないと言っている。

新しい年への希望と期待は、
寒風の中にも
来るべき春への準備をしている
木の芽のようである。

くすぐったくなるような気持ちで、
元旦の子どもの笑顔を見た。

笑顔と希望を失わない限り青春であると自分に言い聞かせた。