松山(しょうざん)北区衣笠

New!

 本  気

         坂村 真民

 本気になると
 世界が変わってくる
 自分が変わってくる

 変わってこなかったら
 まだ本気になってない証拠だ

 本気な恋
 本気な仕事

 ああ
 人間一度
 こいつを
 つかまんことには

今年もあとわずか、
この一年が終わろうとしている。

先日、
藤沢周平の時代小説を映画化した
「武士の一分」(山田洋次監督)を見た。
一分(いちぶん)とは一身の面目であり、
命をかけても守らなければならない武士の名誉と夫婦の愛がテーマであった。
「必死すなわち生きるなり」と、
主人公が果たし合いの時 覚悟した「必死」という言葉には、
「生きる見込みがない、必ず死ぬこと」とともに、
「死にものぐるいで、全力を尽くすさま」という意味がある。

この一年、
必死に生きてきただろうか。
一途に生きてきただろうか。
英語で言う “sincere efforts”を尽くしてきただろうか。

迷いはいつもある。
辛いときもある。
うまくいかないときもある。
そんなときこそ、
ひたむきに、
夢中になることが大切なのかもしれない。

何もしなくても、
やがて新しい年はやってくるが、
人生の明日への扉は自動ドアではない。
開ける必死の努力と知恵が必要である。
良い年を開こうではないか。

  幸 福
         スチュアート・ゴールド

 ピングはフクロウの言葉に従うことにした。すると、とたんに体を締めつけていた水圧が消え、ピングははっとした。流れはピングを支え、導き、自然の川筋をたどって流れながら、岩や岩礁から守ってくれた。
さらにうれしいことに、ピングが流れに慣れ、親しみ、身を任せて、躍るようにして乗っていると、不思議な力が湧いてきた。ピングは自分で自分を変えつつあった。そしてこれこそ正しい選択だと感じていた。
 この瞬間ピングは気づいた│自覚的に生きるということは、自分の内にある生の可能性を引き出し、体現することだと。
 そのとおりだった。
 フクロウの声がピングの耳に聞こえるようだった│幸福は終着点ではない。幸福とは進行形の過程(プロセス)だ。曲がりくねった道を行く、すばらしい旅なのだ。流れに身を任せて生きることこそ、私たちを支え、導き、無限の歓びと明察へとつながる生き方だ。
 そう、人生はその可能性を汲み尽くさなければ、つまらない。人はみな旅人だ。共に歩む旅人同士なのだ。
 有意義なすばらしい人生を、それぞれのやり方で生きるために生まれ、それぞれに真の運命を全うするために生きている。
 時も川の流れのようなものだ。だから、ピングがその後どれほどの時間の流れに身を任せ、いつ真の運命と出会うことができたか、それは誰にもわからない。何日、何か月、何年待てば幸福が訪れるといったような、決まりなどない。
 ただひとつ確実なことは、待っている必要はないということだ。


A Frog in Search of a New Pond

後悔は、過去を変えたがる気持ち、
反省は、未来を変えようとする気持ち。

  遠い砂漠の向こうに ピラミッドがあった
  旅人が求めていたのはオアシスであった
  やがてたどり着いたとき
  旅人は腰を下ろし 満天の空を見上げた
  空には昔その物語を聞いた 北斗七星が輝いていた
  誰も聞いていないと知りながら
  旅人は語り続けた
  もう帰ってこない夢のひとときのことを
  風はその思い出を一つ一つ 吹き飛ばしていった
  語り終わったとき
  彼の光る眼は遠くを見つめていた

三十年ほど前、
私は詩人気取りで思いを言葉に託していた。
いつかやってくる旅の終わりに
後悔でなく、満足を心に抱いていたいと願った。
それまでの旅に思いを馳せながらも、
未来を見つめていたいと思っていた。

あの時の未来に
今、私はいるだろうか。
自分の内にある可能性を引き出しただろうか。
学生のみんなを前に、最後の情熱を燃やしてみたいと思う。

池の水が日に日に少なくなってきた。
そこで、得意の跳躍ができる広々とした新しい池を求めて
一匹の蛙が旅に出た。
旅の途中、老師のフクロウに出会った。
ピングという名の蛙はそれから心の内の旅を始めた。

“A Frog in Search of a New Pond”という本の日本語訳が出版された。
禅という東洋思想をベースにしたこの本を読むと、
心の中に自分の元気が生まれるような気がする。
与えられたというのではなく、
自らわき出す泉のように
心の奥に勇気が生まれ出てくる。

うまくいかないことがある。
思うように進まないことがある。
そういうときに
人は本当の勇気や情熱を持つべきなのだ。

秋学期も中盤を越えた。
ペーパーやサマリー、たくさんの宿題、
思うように伸びない成績、
疲れもピークだと思う日々であろう。
あきらめない!
「痩せガエル 負けるな一茶 これにあり」
あなたの心が一茶になる。

 生き方
          坂村 真民

 私が尊ぶのは
 その人の思想ではなく
 その人の生き方だ
 わたしが木を見て
 感動するのも
 絶えず天へ向かって
 伸びようとしている
 ああの張りつめた
 姿にある
 若木は若木なりに
 老い木は老い木なりに
 己れを己れたらしめようとしている
 人間以上のものを
 わたしは木々に感じて
 その前に立つのである
 あの興奮はたまらなくいい

「わたくしという現象は
 仮定された有機交流電灯の
 ひとつの青い照明です」
というはじまりで『春と修羅』の序を綴った宮沢賢治は、
イーハトーブという楽園を夢見ながら
素朴な東北の大地にひたむきに生きた。
郷里の農民に尽くした彼の生き様は誰の心も打つ。
 
人は時々、これから先、自分の進むべき方向が
分からないときがある。
時には、考える気力もなくなって、
どこかにじっと身を潜めていたいと思うこともある。
知り合いから、
「元気だして!」とか、「大丈夫!」と声をかけられても
素直に受け止められないことがある。
言葉がむなしく聞こえるときがある。

そんなときは、
あれこれと思いを巡らすことより、
ただ一途にひたむきに生きることだ。
それが救いになる。

賢治も幾多の災難と戦いながら、ひたむきに生きた。
「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ…
 デクノボウト呼バレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ
 ソウイウモノニ ワタシハナリタイ」
この謙虚でありながら、実に力強い生き方に、
自分もそう生きてみたいと思う。

東福寺

泉涌寺

かきの実
         与田 準一

つゆが しもに変わり
しもは朝ごとに白くなる。

村のかきの実は、赤くうれ、
赤く、赤くうれ、
ひくい枝から、だんだんへっていく。

空は一日、青くすみ、
青く、青くすみ、
からすのむれが

ごまをまいたように飛ぶ。
そんな日が続き、
同じような日が続き、
こずえに残されたかきの実、一つ。

実は赤く光り、
赤く、赤く光り、
冬が来た信号燈のように、
村でいちばん早く、朝日をあびる。

葉がすっかり舞い落ちた枝に朱色の実がぽつぽつとなっている。
これが私にとっての柿の実のイメージである。

旅の車窓から
夕暮れ時の農家の庭先に
空や刈り取られた田んぼを背景にして
濃い紅のシルエットになった柿の実を見ることがある。
遠い郷愁を誘う日本の心の風景の一つだと思う。
寅さんの映画第十一作「寅次郎忘れ名草」にこんな台詞の場面がある。

見知らぬ土地を旅する間にゃ、
それは人には言えねえ苦労があるのよ……。
例えば、夜汽車の中、
いくらも乗っちゃいねえその客もみんな寝ちまって、
なぜか俺一人いつまでたっても眠れねえ……
真っ暗な窓ガラスにホッベタくっつけてじっと外を眺めているとよ、
遠くに灯りがポツンポツン……
あー、あんな所にも人が暮らしているんだなあ……
汽笛がポーツ、ポーツ……ピーツ。
そんな時よ、そんな時、なんだかわけもなく悲しくなって、
涙がポロポロと出たりするのよ。
そういうことってあるだろう、おいちゃん。

寅さんが語りかけるこの台詞は
しみじみと胸に迫ってくるものがある。
人の温かさをこころに
やがてやってくる冬を迎えようと思う。

凧の思想

             大岡 信

 地上におれを縛りつける手があるから
 おれは空の階段をあがっていける

 肩を揺すって風に抵抗するたびに
 おれは空の懐ろへ一段一段深く吸はれる

 地上におれを縛りつける手があるから
 おれは地球を吊りあげている

「やらされている」と思いながら
仕事や勉強をすると疲れやすい。
じゃあ、どうすればいいのか。
それは、自分で決めたことを自分で率先してやることであろう。

ひところ、「世界に一つしかない花」という歌が流行った。
歌のメッセージは、ナンバー・ワンよりオンリー・ワンにであった。
そのメッセージは日本中の人々に受け止められ、歌は大ヒットした。
時代は個を生かす教育を求めており、個性を生かすことを理想とした。
しかしながら、個性を生かすということは、
言われるほど簡単なことではない。
自分の個が何であるのか、何を求めるべきか、
それが分かれば苦労はしない。

自分の個性を生かせる仕事を見つけようとも言われるが、
現実には、望んだとおりの仕事がそうあるわけではない。
どのような分野でもこなせる柔軟性のある人材が求められていることが多い。
就職しても、ミスマッチや期待はずれとなって
3〜5年で仕事を辞める若者が多いと言われる。

すると、オンリー・ワンであろうとするより、
与えられた環境の中でナンバー・ワンになるように頑張ることが
まちがった考えではないとわかる。
追い風が吹けばラッキー、向かい風なら辛抱しながらも前進。
これしかないと考えないで、
逆転の発想を試みることだ。
そこに、本当の答えがあるかもしれない。
考え方一つで、天地はひっくり返ることがあるのだ

Photo-gallery

朽木

北海道5

床、フレベの滝から奥に入った森に様々な木があった。
ところどころ、イタカエデ、ハウチワカエデの葉が緑の光を森の中に通していた。
少し開けたところに出た。
その奥に、樹齢七十年はある山桜の大木が一本あった。
知床の自生種ではないのに、なぜここにあるのだろう。
本州から北海道のこの地に開墾入植した人々が、
桜の木を植えることで、望郷の念を満たしていたのだ。
だが、過酷な生活環境のため、
開墾した人々はこの土地から離れていった。
主人のいなくなったこの地に
桜の木はそのまま残った。
四季の巡りとともに、誰知らずとも、
入植者の夢の跡を今でも咲かせている。

知床自然センターに着いた。

そこから、知床五湖へ向かった。

火山岩が多く、土地は肥沃ではない。

五湖に至るまでにもやや開けた土地があった。

放牧をしていたらしい。

その中に崩れた廃屋があった。

この土地に居住は出来なかったのである。

こうした土地は、ナショナルトラスト運動で全国からの寄付で、

買い取られ元の自然に戻すよう植樹されたりしている。
トレッキングコースは連休の中日の日曜日であったので、

団体客が観光にと押し寄せていた。

知床が世界遺産に登録されたこともあるのだろうか。

とにかく人が多かった。

ただ、外国人はほとんど見かけなかった。

このトレッキングコース、クマが出没すると閉鎖される。

もともとクマの栖である。

一湖・二湖と巡った。

途中、雪をしのげるような場所にはエゾシカの糞が転がっており、

動物も生きることに必死なのが分かる。

森の中、樹皮に3本の傷跡が交互に付いている木があった。

クマの爪痕だ。

爪痕は木を登るときではなく、

下りるときにできるらしい。

クマはなぜその木に登ったのだろうか。

その木にはコクワのツタが巻き付き、

上部に実がなっていた。

コクワはクマの好物である。

森の中で何がおいしいか、クマはよく知っている。

好物の木の実などをしっかり胃に収め、クマは長い冬の眠りに入る。


このあたりの樹木は、ごつごつした火山岩の上に落ちた種が、

岩を覆うように根を伸ばして成長している。

生命力の逞しさに畏敬の念を抱く。

二湖の水面に知床連山が映っていた。


宇土路から女満別空港へ向かう斜里町の川には無数の鮭が遡上していた。

おびただしい鮭が絶え間なく産卵のため川上をめざして遡上していく。

鮭にとっては帰郷と同時に最後の命の旅である。

懸命に遡上する姿に最後の一瞬まで生きる尊さを感じた。

明らかな事実でも、
よく考えないと意味が分からないことがある。
人生は、
意味を与えてやらないと
生きている実感がわかないものである。

この旅は生きることの意味を与えてくれた。

(北海道終わり)

手 紙

           鈴木 敏史

ゆうびんやさんが こない日でも
あなたに とどけられる
手紙はあるのです

ゆっくり 過ぎる
雲のかげ
庭にまいおりる
たんぽぽの わた毛
おなかをすかした
のらねこの声も
ゴミ集めをしている人の
ひたいの汗も……

みんな 手紙なのです
読もうとさえすれば

北海道4

道東の旅の最終日、知床トレッキングに出かけた。
ガイドさんに案内してもらいながら、フレベの滝と知床五湖を巡った。
フレベの滝は岸壁の途中からそのまま海へ流れ出していた。
天気がよく、知床連山が草原の向こうにくっきり見える。
林の中に立ち枯れている木があった。
よく見ると根元から3メートルくらいのところの樹皮がなくなっている。
知床の厳しい冬には草は枯れ、雪が積もる。
食べるものがなくなったエゾシカが
積もった雪の上にある樹皮を食べるのだ。
しかも、エゾシカは木を選んで食べる。
ナナカマドは彼らの好物の木である。
数十年と生きてきた樹木も、
1mの幅で木の周りをぐるりと食べられてしまうと、
地中からの水分や養分が枝や葉には上がらず枯れる運命となる。
立ち枯れた木は、
それでも、
幾ばくかの栄養を残していた枝の一部に最後の葉を茂らせている。
来年は一つも葉をつけることはないだろう。
命を終えた樹木であるが、
それが別の生き物の恵みとなる。
虫が立ち枯れた木の中に住み付く。
クマゲラなどのキツツキ類が木の中の虫をつついて食べる。
立ち枯れた木の根元にはキノコが生える。
そこには自然の命が循環している。
立ち枯れた木の自然の営みに深い感動を覚えた。

(最終号に続く)

Always 16

おんなの子のマーチ
            島田 陽子
 きかいに つようて
 げんきが ようて
 スピードずきな おんなの子やで
 うちのゆめは パイロットや
 ジャンボジェット機 うごかしたいねん
  おんなの子かて やれるねん
  やったら なんでも やれるねん

 しんぼう づようて
 あいそが ようて
 しゃべるん すきな おんなの子やで
 うちのゆめは 外交官や
 せかいのひとと あくしゅをするねん
  おんなの子かて やれるねん
  おかあさんになったかて やれるねん

 ちからが つようて
 どきょうが ようて
 スリルのすきな おんなの子やで
 うちのゆめは レンジャーや
 災害おきたら たすけにいくねん
  おんなの子かて やれるねん
  そやけど せんそう いややねん
  へいたいさんには ならへんねん

希望という言葉には、いい響きがある。
しかし、その希望も、
今日何かを奮い立たせて、
何かをさせるものじゃなければ、何の意味もない。

今、そのことに夢中になること、
一心に取り組んでみることが大切だ。
今、夢中になっていることを
「もう明日にしなさい」と言われても、
やめるわけがない。
明日になれば楽しみが減ってしまうかもしれない。
状況が変わるかもしれない。

二年後、五年後、十年後に希望をかけるのでなく、
希望を今日に活かそうではないか。
今日に希望をかけ、
今日を生きていこうではないか。

歳を重ね、先が見え出したから言うのではない。
希望を失っていないからこそ、
そう思うのだ。
野山を駆けめぐった
子どものころの心をいつまでも持っているから、
今日を懸命に夢中に生きてみたいと思うのだ。

Photo-gallery

るり渓

  

北海道 3

三日目、羅臼に寄った。

道の駅「羅臼」で、羅臼中学校の生徒が総合学習の時間の活動の一環として、

観光客に地元名物の昆布茶をふるまったり、

自分たちで作成した羅臼紹介のパンフレットを配ったりして、

その感想を尋ねていた。

地元を愛する気持ちが、中学生の顔の表情とともに初々しかった。

「北の国から遺言2002」で使われた「純の番屋」の模造番屋で昼食を食べた。

脂ののったメンメの煮付け、お造り、煮物、カニ汁などがついて二千三百円であった。

どれを食べてもおいしかった。

それから宇土路(ウトロ)に着いて、知床観光船に乗った。

硫黄山付近までの海岸線をめぐる遊覧である。

知床の海は海岸から一気に水深が深くなっているのか、深い緑色をしていた。

半島は、そのほとんどが絶壁である。

流氷や冷たく吹き付ける冬のオホーツクの季節風によるものだろう。

所々に岩壁の割れ目から水が噴き出し、絶壁の途中から滝になっていた。

海鳥だけが平然とその絶壁に巣を作っていた。


その夜、知床で泊まったホテルは海に面した角部屋であった。

部屋に入ったところから対角の2面がすべてガラス張りで

海がそのまま目に広く入ってくる素晴らしい眺望の部屋であった。

夕陽がオホーツク海に真っ赤に沈んでゆく様子を見ることが出来た。

言葉にならない感動であった。

(つづく)

北海道 2

二日目、釧路湿原へ向かった。

途中、鶴居村の道路沿いの草地でタンチョウに出会った。

絶滅したのではないかと言われていたこの鳥は特別天然記念物の指定を受け、

その後少しずつ増えている。

アイヌの人々からはサルルン・カムイ(湿原の神様)と呼ばれ尊ばれてきた。

タンチョウは一夫一妻型で一生つがい関係を続けると言われている。


その後、車で釧路へ出た。

釧路駅からは塘路駅までノロッコ電車に乗った。

ビュー・スポットでは時速20km程のスピードに落としてくれる観光列車である。

ゆったりとしたスピードで、釧路湿原沿いの鉄路を楽しみながら塘路に着いた。

塘路の語源は、アイヌ語のトオロコタン(湖の所にある村)である。

そこで釧路川を下るカヌーを楽しんだ。

塘路の語源は、アイヌ語のトオロコタン(湖の所にある村)である。

釧路川は、屈斜路湖を水源とする全長154キロメートル、

釧路湿原の中央部を大きく蛇行しながら縦断して太平洋に注ぐ大河である。

その高低差は180メートル、水流は時速4キロと極めて緩やかである。

山から一気に流れ下る水流の速い日本の川の特徴からは考えられない緩やかさである。

カヌーはほぼその速度で下っていった。

エンジンを積まないカヌーは、パドルで水を切る音以外、自然の音の中にいる。

静かな時の流れがそこにはあった。

日常のスピードとは全く異なる世界であった。

時速4キロ、それは人間の歩く速さである。だから心地よいのであろう。

通り過ぎる秋風がその速さを身体に感じさせてくれた。

人間には人間の速さがある。

それ以上の速さは、本来の速さではない。

どこかで神経を擦り切らしているのだ。

そう強く感じていたとき、枯れ枝に留まっているカワセミに出くわした。

英語名はキング・フィッシャー、広げた羽がカラフルな小さな鳥である。

カワセミは、飛び上がってしばらく空中にそのままとどまっていたかと思うと、

急降下して水中にダイビングした。

しばらくして、水の中から小魚を口にくわえて飛び上がり、元いた枯れ枝に留まって、その小魚を飲み込んだ。

写真やテレビでしか見たことのない命のやりとりを目の当たりにした。

あたりはそのまま静かであった。

様々なときの流れを感じる川下りであった。

(つづく)

アイヌコタン

阿寒湖畔

丹頂鶴 鶴居村にて

ノロッコ列車 釧路湿原 釧路ー糖路

釧路湿原カヌー下り

羅臼 純の番屋

ウトロ ゴジラ岩

オシンコシンの滝 カムイワッカの滝

フレべの滝

ヒョウモン蝶      知床連山      葉うちわカエデ

熊の爪痕  コクワの実(熊の好物)

昨年は、北海道の中心に位置する富良野・大雪山へ行った。

その時の北海道の雄大さが心に残り、

今年の9月の半ばに、女満別から阿寒湖・釧路湿原・知床半島を巡る道東への旅に出かけた。


初日の夕方近くに阿寒湖畔に着いた。

荷物を置いて早速湖畔の街に出た。

秋風が吹き、すでに暗くなっていた街には、

アイヌコタンや土産物屋の灯りが店先にびっしりとつるされた数々の木彫品を照らし出していた。

コロボックル、シマフクロウなどアイヌの伝説にまつわる彫り物が所狭しとある。

唐草に似た文様は独自の文化だろうか。

遠くアッシリア、ペルシアからシルクロードを経て中国そして日本に伝わったものだろうか。

言葉はあっても文字を持たなかった民族は文様やデザインに思いを託した。

素朴な表現であるが、純粋な表現でもある。

(つづく)



Always 15

ポーカレカレ アナ
                     
いつも荒れてるWaiapu湖だけど
あなたが通るときは穏やかになるだろう

どうか私の元に戻ってきて欲しい
あなたへの愛のためなら死ぬことさえも厭わない

あなたへ手紙を書き、指輪を贈る
だからあなたの人たちが見たら問題になる
どうか私の元に戻ってきて欲しい
あなたへの愛のためなら死ぬことさえも厭わない

どうか私の元に戻ってきて欲しい
あなたへの愛のためなら死ぬことさえも厭わない
あなたへの愛のためなら死ぬことさえも厭わない

Poarekare Ana
nga wai o Waiapu,
Whiti atu koe hine
marino ana e.

 E hine e
 hoki mai ra.
Ka mate ahau
 I te aroha e.

Tuhituhi taku reta
tuku atu taku rgi,
Kia kite to iwi
raru raru ana e.

Whati whati taku pene
ka pau aku pepa,
Ko taku aroha
mau tonu ana e.

E kore te aroha
e maroke i te ra
Makuku tonu i
aku roimata e.

「ポーカレカレ アナ」は、
1912年に作られたマオリ語のラブソングとして世界に知られている。
ニュージーランドの人たちの心にいつまでも残る、
国を代表する歌である。
この詩は男女の愛を描いている。
ただ、この二人は違う部族に属していた。
彼女は地位が高く、そして男は普通の人と社会的な立場も違っていた。
当然の事ながら、
彼女の親は男の事を快くは思っていなかった。
手紙や指輪でその事が部族にバレたら、
それは混乱の元になる。
互いの親に認めてもらえない困難を伴う二人の愛、
それでも愛を大切にしようとするという内容である。

Sailing Away

One people on the water
One people on the land,
One people all together,
Kiwis working hand in hand.

Sailing away,
Sailing away,
New Zealand can do it,
Take it away.

Our pride is in New Zealand
And our pride is in the race,
We're together as one people,
In the challenge that we face.

この歌はまた、
有名なヨットレースのアメリカズ・カップでの、
ニュージーランドの応援歌として、
上記にあるような歌詞をつけられて歌われている。
国中の人に愛される歌である
素晴らしいことである。

Photo-gallery

New Zealand

Always 14

         高田 敏子

夏休みを積みこんで
汽車は行ってしまった

がらんとした駅のホームには
カンナの花ばかり赤く
少女は耳をすまして
次に運ばれてくるものを
待っている

山すそのあたりに汽笛が鳴り
新しい季節が近づいてきた

少女たちは いつもこうして
何かを待ちつづける

ことしの夏は、付き添いで、ニュージーランドに三週間いた。
最初の休日に
「世界の車窓から」というテレビ番組でも紹介された
クライストチャーチから南アルプスを超えて西海岸のグレイマウスまで
一日一往復走るトランツ・アルパイン号に
アーサーズ・パスまでの一区間(1時間半)乗車した。
この高原列車は先頭のジーゼル機関車で動く。
生活列車というより観光列車であった。
日本人、中国人、オーストラリア人など、他国からの乗車客が多い。
この高原列車をTranz Alpineと呼ぶことには
ニュージーランド人の思いがある。
本来なら、Trans Alpine「アルプスを越える」とすべきところだが、
ニュージーランドをNZと呼ぶことにあわせて
sをzに置き換えたのである。
このウイットにはニュージーランド人の心意気が感じられて
旅人の心をくすぐる。
「世界の車窓から」で紹介されたカメラ・アングルは
窓枠がなく風をまともに受け、
多少ジーゼルの臭いがする展望車でないとうまく撮れないということで
寒かったが、早い目に移動し、カメラを構えた。
曲がりながら橋を渡る列車を撮るのがポイントであった。
写し取った一枚の写真は、
この夏の宝物になった。
引率で気を遣う日々の中で見つけた
わたし一人の喜びであった。

大文字 August 16, 2006

8月16日午後8時から、京都盆地の周囲の山に「大」「妙法」の字や鳥居、船を形どった火が次々に点火される。精霊送りの意味を持つ盆行事の一つで、京都三大祭(葵祭・祇園祭・時代祭)に大文字五山送り火を加え、京都四大行事という。東山如意ヶ嶽の「大文字」がもっともよく知られているので、送り火の代名詞になっている。  

今年もまた大文字の送り火を見守った。それぞれ30分ほどの点火である。暗闇に浮かぶ炎の文字は幼き日々のままである。

京都悲田院から望む「左大文字と船形」

      左大文字          船形          妙(法) 

京都タワー左横に見える鳥居形 幻想的に写った鳥居形

A tomato says, "Summer! It's my season!"

Tomatoes taste best in summer.
Natural and real taste!


I want to be a person with real human heart.
hirokazu

トマトは夏が本当の味!
本当の味が出せる人になりたい。

青春18きっぷというものがある。
日本全国のJRの普通列車に乗り放題、
1枚で1日有効×5回分一万千五百円の切符である。
年齢制限なし、乗り降り自由、
使い方次第で格安に旅行することができる。

旅には夢がある。
見知らぬものを見る感動がある。
ゆるやかに流れる時間に出逢いが待っている。
過ぎゆく風景、
人びとの生き様、
そびえる山々、
きらきら輝く海、
新たな視界は、
人生の解釈を 人それぞれに教えてくれる。

夏の青春18きっぷーーここ数年のポスターには、
「あの頃の青を探して」
「始 この旅が終わると、次の私が始まる」
「 E=(km)2 旅の楽しさ(Enjoy)は、距離(km)の2乗に比例する」
「自分の部屋で、人生なんて考えられるか?」
「夏休みは、寝坊が一番もったいない」
「『早く着くこと』よりも大切にしたいことがある人に」
「ああ、ここだ、と思う駅がきっとある。あなたの駅からすべての駅へ」
とサブテーマが書かれていた。

君の夏が始まった。
旅に出かけ、君の人生の解釈を絵葉書につづってみませんか。
歳を重ねた私も 夢から覚めた夢のような旅に出かけてみたいと思う。

七月七日七夕の夜、天の川を隔てて輝く、
わし座 の一等星アルタイル(牽牛星)彦星と
こと座 の一等星べガ(織女星)織姫が
一年に一度だけ逢うことを許された…

中国で生まれ、日本に語り伝えられた七夕伝説
この話を幼いときに聞いたとき、
悲しさと同時に宇宙の神秘に
ずっと夜空を眺めていたことがあった。
闇の中に何か願うものがあった。

大きくなって、夜空に星が見えなくなってしまった。
そのうち 星のことは忘れ、
願いは欲望へと、
目の前にあるものを追いかけるようになった。
前だけを見て必死に走ってきた。
そして空を見上げることを忘れてしまった。

時を経て、旅に出かけるようになった。
山歩きを楽しむ旅の夜、
星が再び現れた。
無数の星が夜空にこぼれたようにある。
一つ大きく瞬いている星もある。
想いが空を巡る。
あるところに一つ輝く星に自分の想いが重なる。

想いはいつも遙か先の夢を見ていたいと願う。
今年の夏もまた旅に出て、
これまでを振り返えりながら、
自分の星を見つけてみたいと思う。

自信があるとき、自信がないとき、
調子がいいとき、うまくいかないとき、
人には、いろんな一日がある。

それでも一日は過ぎていく。
今日の終わりを知らせる夕焼けを見ながら、
明日を信じる気持ちを湧き起こしたい。
明日に向かう勇気を奮い立たせたいと思う。

人は、逆境の時にこそ成長する。

教え子の高校卒業後二十年経っての同窓会があった。
幹事はできるだけ多くの卒業生が集まってくれるようにと願って計画した。
しかし、二十年の歳月は長く、
地元大阪の寝屋川から、東京だけでなく北海道や沖縄までの各地に
多くのものが自分の職業を背負って散らばっていた。
地理的距離は大きな障害であった。
思うような数の参加連絡が当初来ず 苦悩する彼に、
難病を背負ってしまった彼の友人が病室から彼を励ました。
「俺は行きたくても行けない。でも、あのときの友が集まると聞くだけで俺は嬉しい。俺の分も楽しんでくれ。」
彼は悟った 地理的距離が障害なのではない
心の距離こそが問題なのだ。
翌日から彼は、他の幹事とともに
社会の第一線で働く同窓生に 直接 高校時代の熱い思いを語った。
結果、百六十名を超える三十八期生がその日 各地から集まった。

昨年度日本アカデミー作品賞など
数々の賞をとった「Always三丁目の夕日」のDVDが
9日に発売になった。
この映画は、
ミゼットが舗装されていない道路を走り、
子どもたちが空き地で日が暮れるまで遊んでいた
昭和三十年代のできごとを描いていた。

子どもたちは、
夕焼けの向こうに幸せが待っていると信じていた。
からだいっぱいに浴びた夕陽は
そのまま子どもたちの夢の輝きでもあった。

あれから半世紀、
自分が一生懸命のぼってきたと思う道に
木々が青々と葉を茂らせていたり
花が咲いていたら嬉しいと思う。

多くの人と出逢い、
多くの人とともに過ごした。
これから先もまた、 
新たな出逢いがあるのだろう。

君たちには、
まだまだ遙かな 道が続いている。
どのような景色が先にあるのかわからないけれど、
きっと青い空に雲が悠々と流れていることだろう。

やがてたどり着いたところで、
何を思うことだろう。
ともに過ごした家族や
出逢った多くの人との黄金の時間は
きっと こころの中に焼き付いていることだろう。

君たち、
青空の階段を、一人ひとりの階段だけれど、ともに上っていこう、
こころに黄金の輝きが残るように。

紫陽花/百景

こころ 萩原朔太郎

こころをばなににたとへん

こころはあぢさゐの花

ももいろに咲く日はあれど

うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて

京都/藤森神社あじさい苑 平成18年6月18日

確かに若さは不思議である。
明日を信じる力がある。
進む道がたくさんあって、
選ぶことができる。
ちょっとうまくいかないことがあっても
また、やり直せる元気がある。

『×(バツ)』だって、
見方を変えれば『+(プラス)』になる。
そんなふうに思えるのは
若さが持つ柔軟思考であろう。

時には不安に思うことがある、
それは先のことが分からないからだろう。
今の時代、
何がどうなるのか分からない。
変化があまりにも激しいので、
未来の方向が読めない。

このスピードで育ってきたあなたたちでも
一人の知識や知恵ではついていけない。
そんなときこそ、
いろんな人からたくさん学ぶことだ。

だから、多くの人とつきあうことが大切になる。
それには、あなたに人としての魅力があることだ。
人は豊かな人間性に惹かれる。
豊かな知恵、あふれる誠意、まごころ、
そのような魅力のある人には
生きる優しさときびしさがある。
人はそういう人に惹かれ、思いを託し、
さらに豊かな知恵を譲るであろう。

屋久島では、
樹齢千年未満の杉を小杉という。
千年を越えてはじめて屋久杉と呼ばれる。
なかでも、一番古い大木は「縄文杉」という名前が付いている。
樹齢は二千六百年とも七千二百年とも言われている。

海岸線から車で山深く入って、登山口に向かう。
そこから、
土埋木という自然に倒れた屋久杉を伐りだして運ぶ
トロッコ軌道が数キロに渡って伸びている。
その軌道を3時間ほど歩き、
やがて山道を上ってやっと縄文杉にたどり着く。
徒歩で往復8時間はかかる道のりである。
それでも、
人がこの縄文杉を見に行きたいと思うのはなぜだろう。

縄文杉は、
直径は5メートル22センチ、木の回り16メートル、
高さ25メートルの巨木である。
ごつごつとしたでかい幹が、
痛々しくむき出しになっているように見える。
他の木の種子が飛んできたのか、
上部には広葉樹の枝も広がっている。
孤立ではなく、
孤独でもない、
幾千年もの孤高な存在に心打たれる。

人は一人では生きていけない。
孤立しても、孤独であっても、
生きていけない。
しかしながら、
どのようなことがあっても一人で頑張る
孤高の境地が必要ではないだろうか。

山を分け入ってもこの巨木を一目見たいと願うのは、
その孤高の存在に
自らの生きる勇気を得たいからであろう。

「人間というのは、時間が経つと迷うんです」
と いう人がいる。

「頑張ろう」といったん決めた心も
時の経過とともに揺れて、
迷うことがある。
希望や勇気、信念も、
時おり、
揺れて方向を見失うことがある。

だから、人は確かめたくなって、
自分に問いかける、
これでいいのだろうかと。
けれど、
その確かめたい気持ちは、
そのまま迷いである。
やがて、
周りの人の自分への言葉やふるまいが気になって
落ち着かなくなることがある。

そんなときこそ、
こころのすみに
ゆったり腰掛けて
自分を見てくれるもう一人の自分がいれば、
きっとうまく考えてくれるだろう。

たった一度の人生を
生きているのは、
あなただけではない。

自分の課題を自ら見つけ、
その解決方法を考えることに
皆、懸命になっている。
それが人生だ。

大学の教育もそうだ。
これまでの学習は
知識を身につけ
問題を解答することに重点があった。
これからの学びは、
知恵を身につけ、
問題を自分で探り、
それについて自らが深く考え、
より主体的に関わるものとなる。

「何をどう考えていいか分からない」
「分からないから、もういい」
と思っている人もいることだろう。
現実はそうたやすいものでない。
では、どうすればいいのだろう。
たとえば、日々、何だろうと思ったことを
その日の内にノートにまとめてみてはどうだろう。
思いついた考えを書き記すことから
新たな創造が生まれるのではないだろうか。
静かにゆっくり考えてみよう。

ゲーテの言葉に
 あせることは何の役にも立たない。
 後悔はなおさら役に立たない。
 前者はあやまちを増し、
 後者は新しい後悔をつくる。
とある。

今の社会は劇的に変化している。
世界は、
一年が人間の年齢の五年くらいに相当すると言われる
犬年齢(ドッグ・イヤー)の速さで
進歩という歳を重ねている。
しかも、その変化は年々早くなり、
一年が十年に相当するようなネズミ年齢的に
進行しているように思われる。
一休みしていると 置いていかれるようである。

大学でも、
予想もしないほどの量の演習や、
宿題が毎日出され、
消化しきれないで、焦ったり
周りの人の理解の速さを目の当たりにして
落ち込んだりしていないだろうか。

焦ることはない。
ゆっくり、ゆっくり、
着実に進めばいいじゃないか。
白い雲は
今日もゆっくりと空を巡っている。


息子が社会人になって初めての給料日

家族分のショートケーキを買って、

帰ってきた。

いつもは親が子どもに買って帰るのだが、

今日は、

息子が家族の一人一人に買ってきた。

わずかな初任給だが、

とてもおいしそうなケーキを買ってきた。

大人になった息子の心根に

こみあげるものがあった。

親として無上の喜びがあった。

妻の目にも、

うっすら泪が浮かんでいるように見えた。

歳を重ねて、

今日という日を迎えた。


My son's first salary day.

He bought some shortcakes and came back home.

We used to buy cakes for our children.

Today,

my son bought for every one of my family.

His salary is not enough.

But, the shortcakes he bought seemed so lovely.

Happy feeling welled up in me.

This is the pleasure and treasure

given to the parent.

My wife had tears in her eyes.

Today is the day.

たった一度の人生を生きているのは、
あなた一人だけではない。

5月になって、
目の前に壁を感じたりはしていないだろうか。
やるべきことの多さに
戸惑いを覚えたりはしていないだろうか。

ダイエーの創業者であった中内功氏がこう話している。
 現実という壁の前に立ったとき、
 いたずらに壁の厚さを
 測ることがないだろうか。
 …
 とにかく壁に体当たりしてみることだ。
 鋼鉄と思っていた壁が、
 実はボール紙であるかもしれない。
 たとえ鋼鉄であっても、
 ダイナマイトで爆破すればよい。
 それが創造的姿勢というものだ。

映画「ライムライト」でチャップリンは語っている。
イマジネーションと勇気、
それに少しのお金があれば人生は素晴らしい。

「5月病だ!」なんて言う人もいる。
大丈夫!
あなたに必要なことは、
イマジネーションと勇気を持って、
一歩前へ踏み出すだけだ。

Always 3号

「風光る」という日本語がある。
  春の日の明るい光の中を、
  そよ風がうららかに吹き渡ること、
  輝くような明るさをいう言葉である。
  まばゆい陽光の中を吹き渡る風が、
  あたかも光っているかのように感じられる
  心象風景を表している。(道行めぐ、「美しい日本語帳」)

四月から五月へと移りゆくなかで、
あなたも新しい生活にも慣れ、
顔の表情に落ち着きと笑みが見られる。
全体の仕草がさわやかに光っているようだ。

風に風の言葉がある。
光に光の言葉がある。
木々に木々の言葉がある。
あなたにもあなたの光るような言葉がある。

周りの人が発している光るような言葉も
あなたに届いている。
あなたはそれを聞き取れていますか。

心地よいそよ風のように
さわやかに
新しい空間に向かって
流れていきませんか。
木々の若葉はきっと喜んでくれるでしょう。
さわさわと奏でる音楽に
雲もきっと拍手をしてくれるでしょう。

豊国神社/知積院 4月10日

京都市内は今が満開

Always 2号

生きる

         谷川 俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくこと
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

カリダーサの言葉に、
  幸せだけとか、不幸だけに
  運命づけられている人間など
  誰一人としていない。
  人生の車輪は、
  向きを変えながら、
  ガタゴト行くのだ。
とある。

「今が幸せだ」と思えるのは、
今をどれほど感じ取れるか、
今にどれほど生きようとしているかに
依るのではないだろうか。

テキストの一文に「ふーん!」としみじみ感じた日、
分からなかったことが「ああそうなんだ!」と分かった日、
となりの子の服装が「かわいい!」と感じた日、
友達と一緒にわいわいしゃべりながらお昼を食べた日、
通学電車で乗り合わせたおばあさんの微笑みや
階段を駆け足でのぼっていく中学生を見て、
「いい顔している!」と思った日、
そんな日は何か幸せで、
「生きている」と感じなかっただろうか。

授業が始まって二週間、
あなたの幸せは
いつもあなたの周りにある。

I'm a deamer 27号(最終号) Jan. 17, 2006

  海
          
高田 敏子

 少年が沖に向かって呼んだ
「おーい」
まわりの子どもたちも
つぎつぎに呼んだ
「おーい」「おーい」
そして
おとなも 「おーい」と呼んだ

子どもたちは それだけで
とてもたのしそうだった
けれど おとなは
いつまでもじっと待っていた
海が
何かをこたえてくれるかのように

子どもの頃 
つくっても つくっても崩れる砂山を
波打ち際で飽きずにつくり続けたことがある。
海に向かって「おーい」と叫んでみることで
楽しい思いをしたことがある。

大人になると
自分のために役立つことだけをしたいと 考えるようになった。
自分がやったことに対して
返事が欲しいと思うようになった。
「おーい」と呼んだら 
応えてほしいと願った。
人に親切にしたら
「ありがとう」と言ってほしいと思った。
それは ある意味でさびしいことである。

後期の終わりが近づいている、
一年間の成果が現れているだろうか。
他人(ひと)をあてにしていたことはないだろうか。
これだけやったんだから
見返りがあってもいいはずだと 思っていたことはないだろうか。
何かをただ待っていたようなことはないだろうか。

子どもの頃のひたむきさは 大人になっても必要なものだ。
何かをやってみることが大切である。
人生にはその意味を考える前に
何かをやってみたいという願望がいる。
前へ前へと進んでいくことを願う。
それが、プログレスである。
さらば。 

I'm a deamer 26号 Jan. 10, 2006

ははあん
       杉本 深由紀

大きな声で
思いっきり笑ったら

また一段と
世の中 あかるくみえてきた
目に映るものが
そのまま まっすぐに
とびこんでくる

ははあん
キュッキュッ クックックッと
窓ガラスが
きれいに磨かれていくときの音
だったんだな
さっきたてた笑い声は

年末の大掃除でキュッキュッと磨きをかけた
透き通るような窓ガラスから
新しい年の日差しが差し込んだ。
新年が始まった。
外が寒ければ寒いほど
心の内側にある新しいものにかける気持ちは
きりりと締まる。
正月の家族の笑顔、
人の笑顔ほど心温まるものはない。
透明感のある寒さに
家族の思いがくっきりとする。
それぞれの思いが
新しい何かを生み出すように思える。

始まったばかりであるが、終わりもある。
秋学期の授業は残り二週間。
いつかは別れがくる。
でも、
出会って一緒に過ごした時間が
消えてなくなるわけじゃない。

君たちの若い情熱が
ともに過ごした時の温かさとともに
きりりとした大地や空から
透明なエネルギーを得て
輝く笑顔で新しい一年を走ってほしいと思う。

元 旦

今年もまた、健康で正月を迎えることができた。

ありがたいことである。

長女は、今年も、年末から仕事始めまで
わずかな正月休暇を
4度目のスペインで過ごしている。
元日の朝はアンダルシアの青空の下である。

下宿から息子が帰っている。
なんとか就職が内定し、4月からは社会人である。

次女は、いよいよ高校3年生である。
勉強よりクラブに追われる毎日のように思えるが、
これからは受験勉強が始まる。
その前にと、3日の夜から友だちと東京ディズニーランドへ行く。
将来の就職はオリエンタルランドに決めていると言うが.....

妻は、春になればこれまでの仕事から身を引くと話している。
マンドリンや香袋などカルチャーに自分を見つけたようだ。

私も新天地で3年目を迎える。
戦後の「昭和」時代の夢見る気持ちとやさしさを心に
大黒柱として家族を大切にしたいと思う。

新しい年への希望と期待は、
寒風の中にも
来るべき春への準備をしている
木の芽のようである。