わけがわからない

何を思ったらいいの 

 毎年そうするように、今年もまた、元旦に家族で墓参りに行った。その日は、あいにく昼から雨が降ってきた。明日にしようかと思ったが、年にたった2回のお参りだし、今年もこうやって家族が健康に過ごしてこれたことを先祖に報告しなければと、意を決しみんなで出かけた。
 元旦にお参りする人はそう多くはなかったが、お年寄り、中年の人、若い人、子どもと年齢に偏りなく来られていた。私の先祖の墓は7分ほど階段を昇ったところにある。
お墓の前に着いて、花をあげ、雨が降る中ろうそくに灯をともし、線香をあげ、子どもたちに「さあ、お参りをし」と言った。
小学校3年生の末娘は、ちょこんと座って何やら言ってすぐに立ち上がった。高校3年生の長女は黙って拝んでいた。高校1年生の息子も黙って座ってお墓を拝み、立ち上がった。
その時だ。息子が言った。「いつも思うんやけど、ここで何を思ったらいいのかわからへん」
 一瞬「何を言ってるんや!」と思ったが、横から妻が「そらそうやな。ご先祖さんいうたかて、おおた(会った)こともないし、何にも知らんのに無理な話やな」と言ったときには、そうかもしれないと思った。

 いつものとおりだから、毎年やっていることだから、これまでずっとそうだったからということで、同じように自分も行い、周りの人にもそうすることを期待することはないだろうか。もちろんそうすることがいいことだとしても、当人の知らないことであると、なぜそうするのか、何が大切なのかは伝わっていない場合が多い。
 授業の説明において、教師がいくら大切だと言っても、今までに知らないことはそう簡単に理解できない。何と考えたらいいのかわからない、わけが分からないという反応になることがある。見かけ上分かっているようであっても、実際のところは何も分かっていないこともある。それは、順序だった分かりやすい説明が不充分だった結果かもしれない。
 自分の思いこみはチェックした方がいい。相手にとってどうなのか、相手の立場に立ってみることが自分の思考回路の発展的な点検になるだろう。