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人権標語 娘(小学4年生):お父さん、朋の標語が学校の校門入ったとこの掲示板にでたんやで! |
大人の認識の出発点は、たいがい把握された現在であり、その中での観察などを通して物事に対する感覚や意識を深めていこうとする。それはある種の保守的な安定志向であるかもしれない。これまでの学習の積み上げにより物事を見分ける知識があるからなのだろうか。
私の妻は、「見つめる」、その行為を今行っているという表現の方を好んだ。人のいいところを今しっかり見つめることが大切だという思いなのだろう。娘は、見つけていかなければならないという表現の方を好んだ。
子どもは大人ほど機能的・演繹的に思考することはできないので、現在の把握も確固としたものでない。大人からすればそのような状況は不安でしかたがないのだが、子どもはパンドラの箱が開いていないが故に現在に対し積極的に向かうところがある。現在やこれから先のことに対して、こどもは、肯定的であり、意欲的である。人に対しても先入観や固定概念がそれほどないからこそ、人に対して積極的な思いを持つことができる。
そういった子どもの積極性はいつまでも大切に育てていかなければならない。物質文化が豊かになり、たいていのものを選ぶだけで手に入れることができるようになった現在こそ、目の前に並べられたもののなから選択するという受け身的意志表示から、自分がさがしだしたものを自分で並べてみて選ぶというような積極的意思表示が大切になる。子どもが本来持っているひたむきさや意欲を大人になっても持っていたいものである。