忙しいことは楽しいこと

合唱団の練習

娘(小学5年生):12月は25日から29日まで合唱団の練習があって、お正月は5日から9日まで練習があんねん。うれしいわ。
父:何でうれしいの。大変やんか。
娘:忙しいことは楽しいことやもん。
父:ええな、お父さんとちごて、楽しいことばっかりあって。
娘:あたりまえやん。小学校5年で楽しいことなかったらどうするんやん。
父:お父さんは朋の楽しいことを聞くことが楽しみや。
娘:そんなんやったら、何個でも話したげるで。

 昨年の暮れのことである。まとめて整理しておかなければならない仕事があり、パソコンに向かっていると、娘が合唱団のスケジュールをうれしくて仕方がないような調子で話しかけてきた。全日練習がたっぷりとあるとのことである。年末年始ぐらいゆっくりした方が楽しいのではないか、大変だなと思ったが、娘はいっこうにそんな様子ではない。むしろその忙しさを歓迎しているようであった。
「忙しいことはしんどいこと」と日頃思っている大人にとっては、「忙しいことは楽しいこと」というフレーズは、「能率や効果を上げる」といった意味合いを持たせた職場のスローガンのようにしか聞こえない。しかし、子どもにとっては、文字どおり「することがないのはさみしい」「何かやりたいことがあることは素晴らしいこと」のようである。何よりも、今が一番楽しいと思って毎日を過ごせることは感動的である。幸せの青い鳥が心の中に住みついているようだ。
そして地域のコミュニティは、少子化により近所に遊び友達があまり見られないようになった昨今、様々な人との出会いの機会を提供するための欠かせないものになっている。コミュニティーには、教科書をこなすように、予習、提示、練習、考察といったような順に並ぶ学習作業課程があるわけでもなく、出会いに自分で確かなものをつかみ取って、自分でコミュニケーションを行っていくという交わりがある。それらの経験が生きる力をはぐくむ。出会いを大切にする教育に対して地域コミュニティーの果たす役割は計り知れないものがある。