サンパウロの助祭、そして子どもたち   2003年10月

ここサンパウロではだいたい土曜日に客が来る。応接間を掃除しておいたら、呼び鈴が鳴った。近くの教会の助祭だった。孫がその教会に行っている。カトリックに取られたような感じがして、好ましからぬ人物と思っていた。意地悪をしてやろうと考えた。お茶をご馳走したらその苦さに参ってしまうだろう。以前家内から教えられたようにお茶を立てた。助祭は茶碗を1回転半まわして、苦そうな顔もしないで飲み、ボン・サボールと言った。いい香りですねという意味。仕掛けたわなにかからなかった。ちょっとがっかりした。

お宅の子どもさんたち、教会に来てくれてわたしの励みになっています。ありがとう。そう言ってから自分の少年時代の話を始めた。イタリヤ北部の谷間の小さい部落。道は狭く家は小さい。教会に行くと、手足を伸ばすことができた。親たちは出稼ぎで、残るのは年寄りと子どもたちだけ。自分の家で騒ぐと注意されるが、教会では自由だった。大きな教会で騒ぐと反響して、それがまた面白い。あるとき、これは少し騒ぎ過ぎと気がついた。すると心に響く声があった。わたしの家で楽しく過ごしてくれ。それが伝道者になるきっかけの一つだったと彼は言う。この町の子どもたちも神様からの呼びかけに気がついてくれるといい、と助祭は言った。

食事の前の祈りは、食事の用意をした人が当たる。わたしのお祈りの途中、女の子のタイチが言う。神様はもうおじいちゃんのお祈りを聞いたよ、お祈りの長いのは気になるよ。ある日ベランダにハンモックを吊って日なたぼっこをしていると、家の筋向かいのお宅の小さい子どもが4人、車道と歩道との段差のところに腰掛けて、犬や山羊と一緒にご飯を食べていた。タイチが、おじいちゃん来てご覧、あの子どもたち、どうしてあんな所で犬たちと一緒にご飯食べているんだろうと言う。いつも犬と遊んでいるから犬と同じになったのかもしれないよ。どうしたらいいだろうねと言うと、うちに呼んでおやつを一緒にしたらいいかもしれない、とタイチは言った。

 さっそくその日午後のおやつの時間に誘うと、来てくれた。タイチがお祈りしたいと言った。いつもおじいちゃんのお祈りが長いと文句を言っているので、どんなに短い完ぺきな祈りをするかと期待をかけた。長々と5分くらいお祈りした。他人の祈りは長く感じて、自分のは長く感じないらしい。次の日、朝の9時頃来てくれと言ったら10時頃来た、タイチがまたお祈りをした。また長かった。午後の2時半のおやつにまた来てくれた。3回続けて長いお祈りがあった。次の日の朝はお母さんのサンドラさんが来て、この時はサンドラさんがお祈りをした。今日でおやつは充分です。あなたのおやつのおかげで、この子たちもお祈りして食べるようになりました。感謝します。タイチはたいへん喜んで言った。神様を賛美しましょう。
アミーゴウエヒラ聞き書き帳


   
 
         
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