平和の主にある交わりに感謝して 2005年7月

これまでの歩みをふりかえるとき、その折々に主が道を整えてくださったことを強く感じます。中高生時代がベトナム戦争の時代で、反戦平和・公民権運動等の高揚期でした。平和、南北格差、差別、教育などの問題への「目覚め」が与えられました。そんな中、障がいを負う方々とその問題に出会い、そこに自らの職も与えられ、それから約30年、知的な活動に制約のある方々を支援する仕事をしております。

10年前、大きな転機が訪れました。神社からは「前厄です!お払いを!」の葉書、仕事の行き詰まり感、娘の大病の疑い−そんな中で、学生時代に買い、埃をかぶっていた聖書を読み始めました。そして近くの教会に「行ってみた」のですが、交代制勤務のため主日はあまり休めません。けれども障がいを負う方々への関わりもあり、教会の方の紹介で、調布柴崎伝道所に通うようになりました。この伝道所は全盲の青木師と夫人が「障碍を負う人々・子どもたちと共に歩む」を宣教の課題とし、主日は各教会で説教・奨励を行うため、金曜礼拝を守っているのです。約1年後のクリスマス礼拝(金曜)に受洗の恵みにあずかりました。

「命を支え、育む福祉」を職とする私にとって「平和」はいつも離れられない課題でした。戦時は、戦力にならないとして真っ先に抹殺されたのは「障がい者」でした。さらに戦争は、放射能、生物・化学兵器等を通して多くの障がい者を子々孫々の代にいたるまで生み出します。(1)聖書に手を置いて戦争を仕掛ける大統領、(2)福祉の現場での体罰の問題等を考えるとき、平和は(1)キリスト教信仰のあり方だけでなく、(2)「暴力を用いない問題の解決法」という課題を突きつけます。そうしたことを思いつつ道を求める中で、歴史的平和教会の存在を知らされました。そして昨年4月、妻が転勤で与えられた職場はメノナイトの教会から程近い「知的障がい者グループホーム」でした。そこへ住み込むようになり、こうして方南町教会に足を運ぶことになりました。

福祉の仕事をする者として、聖書に次ぐ「座右の書」が私にはあります。これまで幾人かの後輩に差し上げても来ました。厳しい本です。いつも背中をぽんとたたかれる気持ちで読み返します。ともすれば愛のない状態に陥りがちな者に、この本は「あの人」の愛を見よと迫ってきます。本の名は『カルバリの愛を知っていますか』(エミー・カーマイケル著・いのちのことば社)。方南町教会に来てその訳者と出会えたこともまた、神様からの大きなプレゼントです。

本年4月から私は、働く障がい者に対して生活面などのよろず相談にのる小さな支援センターのリーダーとして仕事をしています。4月の末から5月初めにかけてJ・エライアス教授の講義を受け、そこで示された「仕えるリーダー」にふさわしいセンター運営の道を、今は祈りの中で探っています。相談・支援利用者に対しても、平和と愛の源なる主の業を担うしもべとして仕え、問題の解決と共に、「あなたは愛されている」というメッセージを伝えていきたいと思っています。

前厄不安と行き詰まりを感じる者には信仰を! 主日を休めない施設職員には金曜礼拝を! 平和を求める者は、平和教会に! リーダーになった者には、「仕えるリーダー」という導きを! 主は常に整え導いて下さいました。御言葉の導き・支え・慰めを強く感じ「試練もまた恵み」を実感しています。教会でのお交わりに心から感謝しております。

江國泰介
 
   
 
         
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