日常雑感 2007年5月
今一番心配なことは,富山で入院している一人暮らしの母です。胃がんが再発し抗がん剤が効きづらくなりました。母と私はタイプが正反対の同業者。そのせいかつい去年まである意味反抗期でした。
4月上旬の病院で,書類のしまい場所や金庫のこと,家財をどう処分するかを母から言い出し,私はそれをちゃんと聞いたからねと念をおしながら記録しました。「遠くにいて仕事をしていて,いろいろ心配だろうけど,毎日なるべく普通にしっかり仕事をするように。だけど,仕事のために自分の健康や生活を犠牲にする必要はないよ。」と母から言われました。
クラスの生徒がまだ15 歳で両親を亡くしていたり,最近父親を亡くしたりしています。先月には23 歳の教え子が急死しました。それを考えるともう50 歳間近の私の母が生きているだけでも有難いと思います。だけどやっぱり肉親にはいつまでも生きていてほしくて母を気にしながら暮らしています。
去年から部活動の指導で土曜日も日曜日も出ることが多くなりました。部員の中に一人クリスチャンがいます。最近なにか恵まれたことはないかと尋ねてみました。
「昨日は試合が4 時からだったので礼拝に出れました」と嬉しそうに返事が返ってきました。自分はすっかりご無沙汰するのに慣れてしまって,よくないなぁと思いました。教会に何の役にもたたない会員でいて申し訳なく思っています。
私は自分の力だけで力で頑張れると思って,比較的うまくやってきた方だと思います。だから,自分の無力さを思って神様の前にへりくだることがなかなかできません。損をしたくないと思います。
でもそう思ってあれこれ考えて頑張るよりも,損したら損したでいいやとか,失敗したら失敗したでいいじゃないかとラクに構えて,生きていけるといいと思うのですが,なかなかできません。
職場の机の中に,小さな聖句集を持っていて,ときおり,本当にときおり開きます。神様に与えられる平安という言葉が強く響いてきます。でもすぐに思い上がって忘れてしまいます。
母のこと,仕事でのあれやこれや,自分のこと,いろんなことを神様にゆだねて平安の中に生きていければいいのです
が,なかなか難しいです。月報にこんなこと書いていいのかと思います。洗礼を受けて30 年近くたちます。なのに,この程度の本当に不信仰な私です。
若山 裕子
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