![]() .皇子は、 淡海帝の第二子なり。 志懐温裕、 局量弘雅。 始め大津皇子と莫逆の契を為しつ。 津の逆を謀るに及びて、 島則(すなわ)ち変を告ぐ。 朝廷その忠正を嘉(よ)みすれど、 朋友その才情を薄みす。 議する者未だ厚薄を詳(つび)らかにせず。 しかすがに余以為(おも)へらく、 私好を忘れて公に奉ずることは、 忠臣の雅事、 君親に背きて交を厚くすることは、 悖徳の流(たぐい)ぞと。 但し未だ争友のuと盡くさずして、 その塗炭に陥るることは、 余も亦疑ふ。 位浄大参に終ふ。 時に年三十五。
..《訳》
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.河島皇子は2番目に登場。この伝記の後に漢詩一首。
.大津皇子とはじめ親友であったが、その謀反の際に密告したことが記されています。 .この密告の是非については、『懐風藻』成立の頃(『懐風藻』は孝謙天皇の天平勝宝三年[751]に成立)でも、議論になっていたようで、伝記の大部分はこの密告と、それに対する撰者の考えで占められています。 .ちなみにこの後に載る詩一首は、変わらぬ友情を願う内容のものです。 |
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