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.弘仁元年(810)、京、橘氏公の邸。今か今かと待ち構える家人達の間を、元気な産声が突き抜けた。間もなく産声は二つに増えた。 .「双子か?」 若干28才の邸の若き主、氏公は嬉しげに、しかし不安げに呟いた。双子といえば当時生存する確率が低くなる。「御子は無事か、母御も大事ないか?」 .今邸の産室には彼の妹、嘉智子がいる。25才、花の盛りを迎えている妹は、今は当代の帝の寵愛を一身に受ける身である。しかもこの度の出産は初産であり、もし皇子ならば将来帝になるかもしれない。 .異母兄妹とはいえ、早くに父を亡くし、互いに支え合って生きてきた。・・・せめて母体だけでも無事に・・・。いや、無事であってもらわなくては。我が一族のためにも。 .果たして。 .「おめでとうございます。嘉智子さまも、御子さま方も、大層お健やかにございます。」出産に立ち会った老女が満面の笑みで伝えた。 .「して・・・お二人とも皇子か?」それとも二人とも皇女か? .「いえ、お一人は玉のような皇子さま、もうお一人は麗しい皇女さまにございます。」 .「おお・・・」氏公の顔に喜びと畏怖が沸き上がる。「嘉智子は、一度に日月を生んだか。」
.寵愛の夫人・嘉智子が無事、皇子と皇女を出産したことは、内裏にいる帝にも伝えられた。一度に息子と娘を得た帝は、いささか驚いたものの、嬉しさを隠せなかった。帝にとっては初めての子ではないが、皇子と皇女の無事な誕生、しかもその母が愛しい嘉智子とあれば、嬉しさこの上ない。・・・・姫宮は嘉智子に似ているだろうか。可愛らしい姿がまぶたに浮かんでくるようだ。いずれ然るべき親王に嫁がせたい。若宮は自分に似て、狩りが好きになるだろうか。だとしたら是非嵯峨野へ連れだって行きたい。・・・
.その一方で、この報せは平城京にいる先の帝のものにも届いた。先の帝、譲位後平城京に住んでいるため平城の帝と呼ばれる彼は、当代の帝の同母兄である。しかし彼は、甥と姪の健やかな誕生を素直に喜んではいなかった。側には寵妃、尚侍・藤原薬子が控えている。
.弘仁元年(810)、嵯峨天皇と後に皇后となる夫人・橘嘉智子との間に、皇子と皇女が生まれた。そして同年九月、先帝平城天皇が勢力を盛り返そうと行動を起こした。後に「薬子の変」と呼ばれる事件である。まだ生まれたばかりの二人は、早くも政権を巡る争いの一端にいた。 |
