内親王の嫁ぎ先〜おまけA〜
*源氏物語編*

紫式部が描いた長編物語、源氏物語。この中にも何人かの内親王が結婚しています。 高貴な内親王の結婚は、物語を面白くするに必須のようです(^^)。 源氏物語の参考にされたという醍醐天皇〜村上天皇頃は、割合多くの内親王が結婚しましたので、その影響やもしれません。
  • 一の院(桐壷帝の父)の皇女
    女三宮・・・三条宮。三条の大宮。桐壷帝の妹、光源氏の叔母。左大臣(後に関白太政大臣)に嫁ぎ、頭中将(のちに内大臣)と光源氏の正妻・葵の上を生む。 三条宮に住み、葵の上亡き後は、その邸で遺児・夕霧を養育。また頭中将の離縁した妻との娘(要するにやっかい者だった)雲居雁を引き取り育てた。 大宮(普通母后などに用いられる呼び方)とよばれ、大層厚遇された様子。 死後、三条宮は、夕霧・雲居雁夫妻に伝領される。 血筋・子孫・財産に恵まれた人生で、摂関家の北の方の理想ともいえる姿。

  • 先帝(藤壷の父)の皇女
    女四宮・・・藤壷女御。藤壷中宮。輝く日の宮。后腹の姫宮で、桐壷更衣にそっくりだった事から入内し、寵愛を受ける。 光源氏に憧憬され、密通の果て源氏との間に皇子(のちの冷泉帝)をもうける。源氏物語の中での理想の女性像の人。 皇子誕生後中宮に立てられ、冷泉帝即位後に女院となった。ちなみに里邸は三条宮(上のとは別物)。 兄に兵部卿宮がいるが、後見は薄かった模様。入内の時15才。父帝はかなり前になく、重ねて母后も亡くなったため、周囲に勧められ(桐壷帝にも積極的にアプローチされ)ての入内だった。

  • 朱雀帝の皇女
    女二宮・・・落葉の宮。母は更衣の一条御息所。女三宮に懸想して頭おかしくなっていた柏木を両親が心配し、朱雀帝の許しを得て縁付けた宮。 教養深い母御息所に似て、どちらかというと、物静かな女性。筝を得意とした。 が、夫の柏木には冷たくあしらわれ、更衣腹なのが気に入らない、つまらん落葉みたいな宮を貰ってしまったと歌まで詠まれてしまう可哀相な人。 柏木の死後、夕霧に想われ、母の死はあったものの、妻となり、六条院の冬の対に住んだ。

    女三宮・・・母は藤壷の父・先帝と更衣の間に生まれた皇女(賜姓源氏ですが)藤壷女御。 母を早くに亡くし、朱雀帝の鍾愛を受けて育つ。後ろ盾もいないので、上皇だった朱雀院はおおっぴらに婿を公募したらしく、朱雀院の出家前には、柏木を含む数人の求婚者(朱雀院の耳に達した限りで)がいた。 源氏の息子夕霧も候補に上がる。が、朱雀院は、地位・安心感などから光源氏を婿とする事を決定。六条院に降嫁した。ときに14才。 若く美しくも、おっとりした性格で、光源氏の愛を得られなかった(でも本人は気にしてない)。 が、乳母子が余計な気を使い、柏木と密通する羽目になる。薫の君を生む。出産後すぐに出家し、のち朱雀院より三条宮を伝領し、移り住む。

  • 今上帝の皇女
    女二宮・・・母は故左大臣の娘・藤壷女御。裳着のすぐ後、母を亡くす。 外祖父も既に故人で後見が薄く、心配した今上帝が薫を名指しして降嫁を許した(帝のご指名=半ば脅迫)。 婚儀は女二宮の居所藤壷を新婦の邸に見立て、薫が内裏に通う、通い婚で行なわれた。 婚儀が済んだ後、薫の邸である三条宮に移り、正妻となった。 薫は格式通り重んじたものの、降嫁が許された時、どうせだったら后腹の女一宮の方がいいな〜とか思ったり、恋の相手とは全然思わなかったり(名指しでしたからね)と、あまり妻としては想われていなかった。
これらの姫宮たちは、二品に叙された朱雀帝女三宮は別として、正確に言うと皇女なのは確かですが内親王かどうかは分かりません。まあ結構重んじられているんで、内親王でしょう(適当(^^;))。
これらの結婚した内親王たちが重要なキーパーソンとなるのとは対照的に、独身の内親王は、ほとんど活躍の場がありません。 せいぜい、明石中宮所生の女一宮が、紫の上の愛孫、帝の掌中の珠として描かれるくらい。
恋愛が主軸であるため、荘園経営してバリバリ腹黒な謀略巡らす内親王・・・なんてキャラは登場しないのです(^_^;)。
物語中、内親王方はおっとりした善人が多め。やや起伏のある藤壷の宮も、感情を抑えた性格に設定されています。
また、上にあげた五人中、母を早くに亡くしたのが三人。父を早くに亡くしたのは藤壷の宮のみですが、後ろ盾が少ないことが共通。
しかし、実際の平安時代の内親王降嫁が父帝の崩後に行なわれたのに対し、源氏物語では、朱雀院が女三宮の婿をおおっぴらに求めたり、今上帝が女二宮の婿に薫を名指して許可したりと、婿取りを積極的に行っている。
源氏物語が書かれて程なく、摂関政治は衰退し院政期に入っていきますが、もし摂関政治がもう少し絶頂を続けていれば、帝が積極的に婿取りに走る時代もあったやもしれませんね〜。