大友皇子(弘文天皇)妃

妃:十市皇女【とおち】.. ? 〜678
父:天武天皇
母:額田姫王(鏡王の女)
[夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父天武帝の兄、天智帝の子
    669.. この頃、葛野王を生む
    671.. 父・大海人皇子出家、吉野に赴く,天智天皇没
    672.. 壬辰の乱、大友皇子敗死
    673.. 父・天武天皇即位
    675.. 阿閇皇女とともに伊勢神宮に参赴する
    678.. 宮中にて薨去〔4月〕
    (赤穂に葬られる)
  • 所生の王子女
    669?〜705.. 葛野王
*『懐風藻』葛野王の伝記に「大友太子の長子なり。母は浄御原帝(天武天皇)の長女十市内親王。」とあることから、大友皇子の妃であったことが分かる。

妃:藤原 耳面刀自【みみもとじ】.. 生没年不詳
父:内大臣 藤原鎌足
(兄弟)右大臣 不比等・(姉妹)天武天皇夫人氷上娘・五百重娘
  • 所生の王子女
    壱志姫王
*『皇胤紹運録』による。