崇峻天皇后妃
妃:大伴 小手子
【こてこ】
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生没年不詳
父:大伴糠手
588
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妃に立てられる(3月)
所生の皇子女
蜂子皇子,錦代皇女
*日本書紀の一説によれば、崇峻天皇の寵愛の衰えたことを恨み、蘇我馬子に人を遣わして「天皇は献ぜられた猪を指差して『猪の頸を切るようにいつか朕が思う人を切ろう』と言った。また宮殿で軍備を備えている」と伝えたという。
妃:蘇我 河上娘
【かわかみのいらつめ】
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生没年不詳
父:大臣 蘇我馬子
(兄弟)大臣 蝦夷
[夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父馬子の姉、堅塩媛の子
592
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崇峻天皇暗殺される、東漢直駒にぬすまれる(11月)
*日本書紀に「蘇我嬪河上娘」。近い項に登場する「大伴嬪小手子」と似た表現で、崇峻天皇の妃であり子女はなかったのか。
天皇暗殺の同月、実行犯であった東漢直駒にぬすまれ妻にされたという。事態が発覚して、東漢直駒は河上娘の父・馬子に殺された。