|
皇后:宝皇女【たから】.. 594〜661 .<皇極・斉明天皇、天豊財重日足姫> 父:茅渟王(押坂彦人大兄皇子の子) 母:吉備姫王(桜井皇子の女か?) (同母弟)孝徳天皇 [夫との血縁関係]:叔父(3親等)・・・父茅渟王の弟
629(36才) 舒明天皇即位 630(37才) 皇后となる(1月12日) 641(48才) 舒明天皇(49才)没 642(49才) 即位(1月15日)、飛鳥南淵の河上で雨乞をする 645(52才) 大化の改新、退位する(6月) 655(62才) 弟・孝徳天皇没、即位〔重祚〕(1月3日) 661(68才) 百済復興のため難波を出発(1月) ....... 朝倉橘広庭宮において崩御〔7月24日〕 (娘間人皇女とともに小市岡上陵に葬られる)
はじめ用明天皇の孫・高向王に嫁して漢皇子を生む。のち舒明天皇と再婚し、天皇の即位にともない皇后に立ちました。 天皇の崩御後、跡を継いで即位。在位4年、大化の改新の始まりである蘇我入鹿の暗殺事件の直後に退位。しかし655年、孝徳天皇の死没の後、再び皇位につく。 661年、百済復興のための遠征中、筑紫の朝倉橘広庭宮において崩じました。 |
|
妃:蘇我 法提郎媛【ほてのいらつめ】.. 生没年不詳 父:大臣 蘇我馬子 (兄弟)蘇我入鹿・(姉妹)聖徳太子妃 刀自古郎女・崇峻天皇妃 河上娘
|
|
妃:(蚊屋采女)【かやのうねめ】.. 生没年不詳 父:(香屋臣か?)
|
|
妃:田眼皇女【ため】.. 生没年不詳 .<多米王(古事記)> 父:敏達天皇 母:推古天皇 [夫との血縁関係]:甥(3親等)・・・兄押坂彦人大兄皇子の子
593.. 田村王(舒明天皇)誕生 |