桓武天皇后妃

皇后:藤原 乙牟漏【おとむろ】..760〜790
<諡号:天之高藤広宗照姫尊>
父:内大臣 藤原良継
母:尚侍 安倍古美奈(安倍粳虫の女)
    773(14才) この頃、皇太子・山部親王(桓武天皇・38才)に入内か
    774(15才) 小殿(安殿)親王を生む(8月)
    777(18才) 父・良継没
    781(21才) 桓武天皇(45才)即位
    783(24才) 無位から正三位に叙位(2月5日)、夫人となる(7日)
    ....... 皇后に冊立される(4月)
    785(26才) 安殿親王(平城天皇)立太子
    790(31才) 崩御〔閏3月10日〕
    (長岡陵[高畠陵]に葬られる)
    806 .. 平城天皇により、皇太后を追贈される
  • 所生の皇子女
    774〜824.. 安殿(平城天皇;在位806〜809)
    786〜842.. 神野(嵯峨天皇;在位806〜823)
    789〜809.. 高志内親王(淳和天皇親王時代の妃
*薨伝に「后、姓柔和にして美姿。儀、女則に閑ひて母儀の徳あり」。
藤原式家良継の女。母は尚侍・安倍古美奈。773年1月の山部親王(桓武天皇)立太子よりほどなく入侍したと思われます。774年8月、15才で小殿親王(のち安殿と改名、平城天皇)を生む。 天皇の即位後、24才で皇后に冊立されました。のち更に神野親王(嵯峨天皇)・高志内親王を生む。
病に際し天皇は閏3月10日二〇〇人を出家させ、京五畿内の高年者を賑恤して平癒を祈ったが、同日崩じました。ときに31才。 同月16日天下に大赦し、百姓の諸税未納・未進を免除し、皇后を陵に葬りました。

[贈皇太后]:藤原 旅子【たびこ】..759〜788
父:参議 藤原百川
母:尚縫 藤原諸姉(内大臣 藤原良継の女)
(兄)左大臣緒嗣・(妹)平城東宮妃帯子
    779(21才) 父・百川没
    781(23才) 桓武天皇(45才)即位
    785(27才) 無位から従三位に叙される(11月)
    786(28才) 夫人となる(1月)
    788(30才) 薨去〔5月4日〕,妃並びに正一位を追贈される
    823 .. 淳和天皇により、皇太后を追贈される
  • 所生の皇子女
    786〜840.. 大伴(淳和天皇;在位823〜833)
*父は山部親王(桓武天皇立太子)に功あった藤原式家の百川。母は尚縫従三位・藤原諸姉。皇后乙牟漏とは父方では従姉妹、母方では叔母と姪にあたります。
28才で夫人となり、同年大伴親王(淳和天皇)を生む。30才で薨去。薨去に際し、天皇は喪事を監護させ、皇后宮大夫らを里邸に遣わし、詔して妃並びに正一位を贈りました。

妃:酒人内親王【さかひと】..754〜829
父:光仁天皇
母:皇后 井上内親王(聖武天皇の女)
(同母弟)他戸親王
[夫との血縁関係]:異母兄(2親等)・・・父光仁帝の子
    770(17才) 三品に叙される
    772(19才) 斎宮に卜定される(11月)
    774(21才) 伊勢へ下向(9月)
    775(22才) 母・井上内親王と同母兄弟・他戸王没、斎宮を退下
    ....... この後、東宮・山部親王(桓武天皇)の妃となる
    779(26才) 朝原内親王を生む
    781(28才) 父・光仁天皇没、桓武天皇(45才)即位,妃となる
    806(53才) 桓武天皇(70才)没
    829(76才) 薨去〔8月20日〕、ときに二品
  • 所生の皇子女
    779〜817.. 朝原内親王(平城天皇妃,斎宮;在任782〜796)
*桓武天皇の異母妹。母は井上内親王。
19才で斎宮となり、21才で伊勢に下向しましたが、翌年母・井上内親王と弟・他戸王の没により退下。この後に東宮・山部親王(桓武天皇)の妃となりました。 薨伝に「容貌"女朱"麗、柔質窈窕」と記されており、美麗な容貌を持ち上品な性格であったようです。 晩年は東大寺で万灯会を行い、天皇を弔いました。『性霊集』に空海にあてた弘仁一四年(823)付けの遺言を残します。

夫人:藤原 吉子【よしこ】.. ? 〜807
父:右大臣 藤原是公
    783.. 従三位に叙位、夫人となる
    789.. 父・是公没
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    807.. 伊予親王謀反事件(10月)、伊予親王とともに大和国川原寺に幽閉(11月2日)
    .... 毒をあおって自殺〔11月12日〕
    (大岡墓に葬られる)
    839.. 従三位を追贈(9月)、鎮魂のため従二位を追贈(10月)
    863.. 神泉苑の御霊会に祀られる
    898.. 墓に守戸が置かれる
  • 所生の皇子女
    ? 〜807.. 伊予親王
*藤原南家是公の女。
所生の伊予親王は、東宮安殿親王(平城天皇)と劣らぬほどに桓武天皇の鍾愛を受けたという。 平城天皇即位の翌年、伊予親王は謀反の疑いをかけられ、11月2日、母・吉子とともに川原寺の一室に幽閉されて飲食を断たれ、12日怨憤のあまり毒を飲んで母子ともに自殺したといいます。
後に鎮魂のために、親王とともに本位に復され、御霊会に祀られました。

夫人:多治比 真宗【まむね】..769〜813
父:参議 多治比長野
    785(17才) この頃、桓武天皇(50才)に入内か
    797(29才) 従三位、夫人となる(2月)
    806(38才) 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809(41才) 嵯峨天皇即位
    823(55才) 薨去〔6月11日〕、正二位を追贈される
  • 所生の皇子女
    786〜853.. 葛原親王
    793〜825.. 佐味親王
    794〜871.. 賀陽親王
    798〜803.. 大徳親王
    ? 〜824.. 因幡内親王
    ? 〜841.. 安濃内親王

夫人:藤原 小屎【おくそ】.. 生没年不詳
父:中務大輔 藤原鷲取
母:藤原人数か
    788.. 万多親王を生む
  • 所生の皇子女
    788〜830.. 万多親王

女御:橘 常子【つねこ】..788〜817
父:兵部大輔 橘島田麻呂
    796(9才) 従五位上に叙される(11月)
    806(19才) 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位、出家する
    809(22才) 嵯峨天皇即位(4月)、新銭一〇〇貫を賜る(7月)
    815(28才) 従三位に叙される(8月)
    817(30才) 薨去〔8月1日〕
*寵あり。『日本紀略』に享年30才とある。所生の大宅内親王が801年に加笄の儀をおこなったとこからすると、やや疑わしい。

女御:紀 乙魚【おといお】.. ? 〜840
父:紀木津魚か?
    804.. 従五位上に叙される
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    823.. 淳和天皇即位
    833.. 仁明天皇即位,正五位上より従四位下に昇叙(8月20日)
    840.. 卒去〔5月5日〕、ときに散事従四位下

女御:百済 教法【きょうほう】.. ? 〜840
    805.. 相模国大住郡の田二町が与えられる、ときに従四位下(11月)
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    811.. 山城国乙訓郡の白田一町を賜る(1月)
    823.. 淳和天皇即位
    833.. 仁明天皇即位
    840.. 卒去〔11月29日〕

女御:藤原 仲子.. 生没年不詳
父:参議 藤原家依

*正四位下に叙された(『一代要記』)。

女御:藤原 正子.. 生没年不詳
父:藤原清成
(兄弟)贈太政大臣 藤原種継

*女御となって間もなく死没した(『尊卑分脈』)。

女御:橘 御井子【みいこ】.. 生没年不詳
父:左中弁 橘入居
    804.. 従五位上に叙される(5月)
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    815.. 従四位下に昇叙(7月)
    823.. 淳和天皇即位
    833.. 仁明天皇即位
    849.. 従三位に叙される(閏12月)
  • 所生の皇子女
    ? 〜874.. 賀楽内親王
    ? 〜825.. 菅原内親王

宮人:橘 田村子【たむらこ】.. 生没年不詳
父:左中弁 橘入居
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    .... この後、参議・藤原良縄と結婚するか
  • 所生の皇子女
    ? 〜868.. 池上内親王
*のちに藤原良縄の妻となった。

宮人:坂上 又子【またこ】.. ? 〜790
<全子>
父:左京大夫 坂上苅田麻呂
母:(畝火浄永の女)
(同母弟)征夷大将軍 坂上田村麻呂
    786.. 従五位下に叙される(1月)、父・苅田麻呂没
    790.. 卒去〔7月〕、ときに正五位上

宮人:坂上 春子.. ? 〜807
父:大納言 坂上田村麻呂
    800.. 葛井親王を生む
    801.. 父・征夷大将軍田村麻呂、任地より凱旋し、従三位勲三等に叙位
    804.. 従五位上に叙される(7月)
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位、出家する
    809.. 嵯峨天皇即位
    810.. 父・田村麻呂、大納言となる
    811.. 父・田村麻呂没
    823.. 淳和天皇即位
    833.. 仁明天皇即位
    834.. 卒去〔12月〕、ときに従四位下
  • 所生の皇子女
    800〜850.. 葛井親王
    ? 〜832.. 春日内親王
*桓武天皇朝の武官・坂上田村麻呂の娘。天皇の崩後に剃髪し、長宝寺を建立して菩提を弔った。

宮人:紀 若子.. 生没年不詳
<穉子>
父:大納言 紀船守
    789.. 無位から従五位下に叙される(1月)
    801.. 従四位下に昇叙(12月)
  • 所生の皇子女
    ? 〜834.. 明日香親王

宮人:藤原 河子.. ? 〜838
父:神祇伯 藤原大継
    792.. 仲野親王を生む
    796.. 従五位に叙される(11月)
    797.. 男に准じて位田を賜る(2月)
    804.. 正五位に昇叙(7月)
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    817.. 従四位下に叙される(2月)
    823.. 淳和天皇即位
    833.. 仁明天皇即位
    838.. 卒去〔1月13日〕
  • 所生の皇子女
    792〜867.. 仲野親王
    ? 〜855.. 安勅内親王
    ? 〜865.. 大井内親王
    799〜886.. 紀内親王
    ? 〜863.. 善原内親王

宮人:藤原 東子.. ? 〜807
父:中納言 藤原種継
(姉妹)尚侍 薬子・(兄弟)仲成
    785.. 父・種継没
    800.. 甘南備内親王を生む
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    810.. 薬子の変
    816.. 卒去〔4月28日〕、ときに散事従四位下
  • 所生の皇子女
    800〜817.. 甘南備内親王

宮人:藤原 上子.. 生没年不詳
父:大納言 藤原小黒麻呂
    794.. 父・小黒麻呂没
    804.. 無位から従五位上に叙される(7月7日)
    809.. 滋野内親王を生む
  • 所生の皇子女
    809〜857.. 滋野内親王

宮人:藤原 平子.. ? 〜833
父:中納言 藤原乙叡
母:藤原名子か?
    801.. この頃、伊都内親王を生む
    806.. 桓武天皇(70才)没、平城天皇即位
    809.. 嵯峨天皇即位
    823.. 淳和天皇即位
    824.. この頃、伊都内親王、阿保親王と結婚
    825.. 孫・業平誕生
    833.. 卒去、ときに従五位下
  • 所生の皇子女
    801?〜861.. 伊都内親王(阿保親王室)
*833年に没した際、遺言によって遺産の田畑が興福寺東院に香灯読経料として施入された。この折に娘・伊都内親王によって作られた「伊都内親王願文」一巻が残る。 橘逸勢筆と伝えられ、二四ヶ所に内親王の手形が押されています。

宮人:河上 好【よし】.. 生没年不詳
<真奴>
父:錦部春人
    793.. 坂本親王を生む
    804.. 従五位上より正五位上に昇叙
  • 所生の皇子女
    793〜.. 坂本親王

宮人:百済 教仁【きょうにん】.. 生没年不詳
父:周防守 百済王武鏡
  • 所生の皇子女
    太田親王
*従五位下に叙された。

宮人:百済 貞香【じょうきょう】.. 生没年不詳
父:刑部卿 百済王教徳
  • 所生の皇子女
    801〜820.. 駿河内親王
*従五位下に叙された。

宮人:中臣 豊子.. 生没年不詳
父:中臣大魚
  • 所生の皇子女
    ? 〜812.. 布勢内親王(斎宮;在任797〜806)

女嬬:多治比 豊継【とよつぐ】.. 生没年不詳
    785.. 従五位下に叙される(1月)
  • 所生の皇子女
    [長岡]岡成

女嬬:百済 永継【ようけい】.. 生没年不詳
父:飛鳥部奈止麻呂
    775.. 藤原内麻呂との間に、冬嗣を生む
    .... この後、後宮に仕え女嬬となる
    785.. 皇子(良岑安世)を生む
  • 所生の皇子女
    785〜830.. [良岑]安世
*父は正五位上飛鳥部奈止麻呂。何故百済姓を称するのかは不詳。はじめ右大臣藤原内麻呂の妾となり真夏・冬嗣を生む。 のち後宮に入り女嬬となり、皇子・安世を生む。従七位下に叙された。

采女:(因幡国造浄成の女).. ? 〜796
父:因幡国造 浄成
    785.. 従四位上に叙される(1月9日)
    796.. 卒去〔10月15日〕、ときに正四位上
*因幡国高草郡貢進の采女。寵幸を受けて顕位に昇る。