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中宮:昌子内親王..950〜999 .<号:三条太皇太后・観音院太后> 父:朱雀天皇 母:女御 熙子女王(文彦太子保明親王の女) [夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父朱雀帝の弟、村上帝の子
952(3才) 父・朱雀上皇没 961(12才) 内裏承香殿において裳着、三品に叙される(12月) 963(14才) 東宮・憲平親王(冷泉天皇・14才)に入内(2月) 967(18才) 冷泉天皇即位、中宮に立つ(9月) 969(20才) 冷泉天皇退位、円融天皇即位 973(24才) 皇太后となる(7月) 984(35才) 花山天皇即位 985(36才) 大雲寺内に観音院建立 986(37才) 一条天皇即位、太皇太后となる(7月) 999(50才) 権大進橘道貞の三条第において崩御〔12月1日〕 (岩倉陵に葬られる)
*朱雀天皇の一人娘。母は熙子女王。
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[贈皇太后]:藤原 懐子..945〜975 父:摂政太政大臣 藤原伊尹 母:恵子女王(中務卿 代明親王の女) [夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父伊尹の妹、安子の子
967(23才) 冷泉天皇即位、更衣となる、女御宣下(12月) 968(24才) 一条殿にて皇子(花山天皇)誕生 969(25才) 冷泉天皇退位、皇子(花山天皇・10ヵ月)立太子 972(28才) 父・伊尹没 975(31才) 薨去〔12月〕 (宇治木幡の宇治陵に葬られる) 984.. 花山天皇即位、皇太后を追贈
.19才で東宮・憲平親王に入侍しました。東宮は14才。 東宮妃の頃に二人の皇女を生み、天皇即位の翌年、里邸の一条殿にて皇子(花山天皇)を生む。 その翌年の天皇譲位に伴い、皇子は新帝円融天皇の皇太子となり、さらに父・が摂政に就任したが、972年には死没。摂政の地位は叔父の兼通に移り、政権より離れました。 .31才で薨去。花山天皇の即位により、984年、皇太后を追贈されました。
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[贈皇太后]:藤原 超子.. ? 〜982 父:摂政太政大臣 藤原兼家 母:藤原 時姫(摂津守 藤原中正の女) (同母兄)関白道隆・関白道兼(同母弟)摂政道長・(同母妹)皇太后詮子 [夫との血縁関係]:従兄(4親等)・・・兼家の姉、安子の子
969.. 冷泉天皇退位、円融天皇即位 982.. 卒去(庚申の夜に頓死)〔1月28日〕 (宇治木幡の宇治陵に葬られる) 1011.. 三条天皇即位、皇太后を追贈(12月)
.968年10月に入内し、12月に女御の宣旨を被る。『一代要記』によると公卿の女ではなく女御となった初例であるという。 ときに父の兼家は蔵人頭で、公卿ではありませんでした。天皇の譲位の後、光子内親王・居貞(三条天皇)・為尊・敦道親王の三男一女を生む。 .982年、庚申待ちの明け方に眠るようにして急死しました。『富家語談』・『古事談』には、以後兼家一門では庚申の催しを行わなかったと伝える。 .所生の三条天皇の即位に伴い、1011年皇太后を追贈され、国忌山陵が置かれました。
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女御:藤原 ..生没年不詳父:右大臣 藤原師輔 母:藤原 盛子(武蔵守 藤原経邦の女) (同母兄)摂政伊尹・(同母弟)関白兼通・摂政兼家 [夫との血縁関係]:甥(4親等)・・・姉安子の子
963.. 東宮・憲平親王(冷泉天皇・14才)元服、この頃入侍、御匣殿別当となる 967.. 冷泉天皇即位 968.. 女御宣下(12月7日)、この時従四位下 969.. 冷泉天皇退位 982.. 尚侍に任官(7月)、正四位下より従三位に昇叙(10月) 989.. 出家する(9月) .東宮憲平親王(冷泉天皇)の宮に入御し、御匣殿別当となりました。 天皇即位ののち、968年藤原超子とともに女御に宣下される。 .天皇譲位後に982年、尚侍に任じられ、従三位に昇る。989年に出家し、その後の消息に付いては詳らかにしません。
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