嵯峨天皇后妃

皇后:橘 嘉智子【かちこ】..786〜850
<号:壇林皇后・橘皇后>
父:内舎人 橘清友
母:(田口氏)
(異母弟)右大臣 氏公
    809(24才) 嵯峨天皇(24才)即位、夫人となる
    810(25才) 薬子の変(9月)、従三位に叙位(11月)
    815(30才) 皇后に冊立される(7月13日)
    823(38才) 嵯峨天皇退位、皇太后となる(4月)、正良親王(仁明天皇)立太子
    833(48才) 仁明天皇即位、太皇太后となる(3月)
    842(57才) 嵯峨上皇(57才)没(7月)、承和の変
    850(65才) 仁明天皇の病に際し出家(3月)
    ....... 崩御〔5月4日〕
    (深谷山で火葬、のち嵯峨陵に葬られる)
  • 所生の皇子女
    810〜850.. 正良(仁明天皇;在位833〜850)
    810〜879.. 正子内親王(淳和天皇后
    817〜895.. 秀良親王
    ? 〜850.. 秀子内親王
    ? 〜826.. 俊子内親王
    ? 〜865.. 繁子内親王
    ? 〜838.. 芳子内親王
*橘清友の娘。橘諸兄の曾孫に当たります。
嵯峨天皇の夫人より皇后に立てられ、天皇の譲位後に皇太后、ついで子の仁明天皇の即位に伴い太皇太后となりました。 850年3月、仁明天皇の病に際し出家しましたが効なく、天皇の崩後、5月に御所の冷泉院にて没しました。
仏教への信仰が深く、承和年間(834〜48)、日本最初の禅院檀林寺を創建し、比丘尼を置いて嵯峨天皇の冥福を修しました。 また兄弟の右大臣氏公とともに学館院を設立し、橘氏の学舎としました。
「風容絶異、手は膝に過ぎ、髪は地に委(した)がう、観る者皆驚く」という容姿であったと伝わり、法華寺の十一面観音像は嘉智子の姿を模したものといわれます。

妃:高津内親王【こうづ】.. ? 〜841
父:桓武天皇
母:坂上 又子(左京大夫 坂上刈田麻呂の女)
(異母兄弟)平城天皇・嵯峨天皇・淳和天皇
[夫との血縁関係]:異母兄(2親等)・・・父桓武帝の子
    790.. 母・坂上又子没
    801.. 加笄の儀を行う(11月)、この頃、神野親王(嵯峨天皇・16才)の妃となるか
    806.. 父・桓武天皇没
    809.. 嵯峨天皇(24才)即位,妃となる、三品に叙位(6月)
    .... この後、妃を廃せられる
    841.. 薨去〔4月17日〕
  • 所生の皇子女
    ? 〜868.. 業良親王
    ? 〜815.. 業子内親王
*桓武天皇の皇女。母は坂上又子。名は「たかつ」とも読まれます。
801年11月、加笄の儀(成人儀式)を行いました。神野親王(嵯峨天皇)に配され、天皇の即位によって妃となり、三品に叙されました。が、のちに妃の位を廃されたという。
妃を廃された理由は、ただ薨伝に「良有以也(まことにゆえあるなり)」とだけあって不明である。
三品で薨じ、仁明天皇は喪事の監護に美志真王らを遣わしました。

妃:多治比 高子【たかこ】.. 787〜825
父:多治比氏守
母:(六人部美波留の女)
    809(23才) 嵯峨天皇(24才)即位,夫人となる、正四位(6月)
    ....... 封一〇〇戸を賜る(12月)
    810(24才) 薬子の変(9月)、従三位に叙位(11月)
    815(29才) 妃となる(7月)
    820(34才) 従二位に叙される
    823(37才) 嵯峨天皇退位
    825(39才) 薨去〔3月2日〕、従一位を追贈
*従五位下多治比氏守の娘。母は六人部美波留の女。
嵯峨天皇即位の年に夫人となり、815年妃となりました。従二位まで進む。39才で薨去。従一位を追贈されました。
多治比氏は、宣化天皇の玄孫で持統天皇の左大臣を務めた多治比嶋の子孫である。

夫人:藤原 緒夏【おなつ】.. ? 〜855
父:右大臣 藤原内麻呂
[夫との血縁関係]:再々従兄弟(8親等)・・・父内麻呂の祖父、房前の弟、、宇合の孫、乙牟漏の子
    810.. 従五位上に叙される(11月)
    812.. 従四位下に昇叙(1月)、父・内麻呂没
    815.. 夫人となる、従二位(7月)
    823.. 嵯峨天皇退位
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    855.. 薨去〔10月11日〕、正二位を追贈
*藤原北家の右大臣・内麻呂の娘。
815年夫人となり、従二位に叙されました。没後、正二位が文徳天皇から贈られました。

女御:百済 慶命【けいみょう】.. ? 〜849
父:鎮守府将軍 百済王教俊
    814.. この頃、嵯峨天皇(29才)に入侍か、皇女・善姫を生む
    823.. 嵯峨天皇退位
    830.. 従三位に叙される(2月)、位封のほか特に五〇戸の封を賜る(6月)
    836.. 尚侍に任官(8月16日)
    841.. 従二位に叙される
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    849.. 薨去〔1月22日〕、従一位を追贈
  • 所生の皇子女
    814〜 ? .. [源]善姫
    815〜863.. [源]定
    824〜881.. [源]鎮
    ? 〜 ?.. [源]若姫
*鎮守府将軍・百済王教俊の娘。
寵愛厚し。礼則に詳しく重んじられたという。善姫・定・鎮・若姫を生む。天皇が譲位後に嵯峨院に移ると、慶命のために別宮を築き小院と呼びました。
836年、尚侍に任じられました。ときに正三位。841年には従二位に進みました。
死没の時、仁明天皇は贈従一位の勅を下し、豊江王らを遣わして喪事を監護させました。

女御:百済 貴命【きみょう】.. ? 〜851
父:陸奥鎮守将軍兼下野守 百済王俊哲
    795.. 父・俊哲没
    819.. 従五位上に叙される(1月)、従四位下に昇叙(10月)
    823.. 嵯峨天皇退位
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    851.. 卒去〔9月5日〕
  • 所生の皇子女
    ? 〜831.. 基良親王
    819〜876.. 忠良親王
    ? 〜831.. 基子内親王
*陸奥制圧に功あった陸奥鎮守将軍・百済王俊哲の娘。
薨伝に「姿質"女朱"麗。閑於女工」(容姿麗しく、手技裁縫に長ずる)とある。

女御:大原 浄子【きよこ】.. ? 〜841
<清子>
父:正六位上 大原家継
    814.. 従四位下に叙される(1月)
    823.. 嵯峨天皇退位
    841.. 薨去〔3月25日〕、ときに従三位
  • 所生の皇子女
    ? 〜889.. 仁子内親王

更衣:秋篠 京子.. 生没年不詳
<康子・高子>
父:参議左大弁 秋篠安人か
    842.. 仁明天皇の嵯峨院朝覲に際し、従五位下より正五位下となる(1月)
    849.. 従四位下に叙位(11月)、のち正四位上
  • 所生の皇子女
    ? 〜 ? .. [源]清

更衣:山田 近子.. 生没年不詳
    829.. 皇子・啓を生む
    842.. 無位から従五位上に叙される(1月)
  • 所生の皇子女
    829〜869.. [源]啓
    ? 〜 ? .. [源]密姫
*晩年後宮に入り、寵あり。

更衣:飯高 宅刀自【やかとじ】.. 生没年不詳
    812.. 皇子・常を生む
    814.. 皇子・明を生む
  • 所生の皇子女
    812〜854.. [源]常
    814〜852.. [源]明

宮人:交野女王【かたの】.. 生没年不詳
父:従五位上 山口王
    807.. 王女・有智子を生む,これ以前に東宮・神野親王(嵯峨天皇・22才)に入侍
    809.. 嵯峨天皇即位
    810.. 有智子内親王(4才)、賀茂斎王となる
    823.. 従五位上に叙される(2月)
  • 所生の皇子女
    807〜847.. 有智子内親王(斎院;在任810〜831)
*有智子内親王の伝に「先太上天皇幸姫(嵯峨天皇の寵愛の妃)王氏」とある。父の山口王は天武天皇皇子舎人親王の孫。

宮人:笠 継子.. 生没年不詳
父:正五位下 笠縫
    821.. 皇子・生を生む
    823.. 嵯峨天皇退位
    838.. 従四位上から正四位下に昇叙(11月)
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    849.. 従三位に叙される(11月)
  • 所生の皇子女
    821〜872.. [源]生

宮人:大原 全子.. 生没年不詳
    822.. 皇子・融を生む
    823.. 嵯峨天皇退位
    833.. 従五位下に叙される(8月)
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    849.. 正五位下に叙される(11月)
  • 所生の皇子女
    822〜895.. [源]融
    824〜881.. [源]勤
    ? 〜 ? .. [源]盈姫

宮人:高階 河子.. 生没年不詳
父:従四位上 高階浄階
  • 所生の皇子女
    ? 〜854.. 宗子内親王
*従五位上に叙された。

宮人:文屋 文子.. 生没年不詳
父:正五位下 文屋久我麻呂
  • 所生の皇子女
    ? 〜863.. 純子内親王
    ? 〜853.. 斉子内親王(葛井親王室)

宮人:布勢 武蔵子【むさしこ】..生没年不詳
    810.. 皇女・貞姫を生む
    823.. 嵯峨天皇退位
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    849.. 従四位上に叙される(1月)
  • 所生の皇子女
    810〜880.. [源]貞姫
    ? 〜876.. [源]端姫

宮人:内蔵 影子.. 生没年不詳
    838.. 嵯峨上皇の神泉苑行幸に供奉し、従五位上から従四位下に昇叙(11月29日)
    839.. 同族とともに宿禰姓を改め、朝臣の姓を賜る(7月4日)
  • 所生の皇子女
    ? 〜 ? .. [源]神姫
    ? 〜 ? .. [源]容姫
    ? 〜 ? .. [源]吾姫
*内蔵高守の娘か。839年、右京の人散事従四位下内蔵宿禰影子ら男女一二人に内蔵朝臣姓を賜りました。内蔵氏は後漢霊帝の後裔という。

宮人:橘 春子.. 生没年不詳
    833.. 従五位下に叙される(8月)

宮人:大中臣 岑子.. 生没年不詳
    838.. 従五位下に叙される(11月)
*のち従五位上・藤原有統の妾となる(『尊卑分脈』)。

掌侍:菅原 閑子.. 生没年不詳
    838.. 従五位下に叙される(11月)
    839.. 掌侍に任官される(3月11日)
    842.. 嵯峨上皇(57才)没
    850.. 従五位上に叙される(7月)
    859.. 正五位下に叙される(11月20日)

女嬬:(当麻治田麻呂の女).. 生没年不詳
父:正六位上 当麻治田麻呂
    810.. 皇女・潔姫を生む
    812.. 皇女・全姫を生む
  • 所生の皇子女
    810〜856.. [源]潔姫(藤原良房室)
    812〜882.. [源]全姫(尚侍)

宮人:(広井弟名の女).. 生没年不詳
父:従五位下 広井弟名
    810.. 皇子・信を生む
  • 所生の皇子女
    810〜868.. [源]信
*一説に広幡氏。

宮人:(安倍楊津の女).. 生没年不詳
父: 安倍楊津
    813.. 皇子・寛を生む
  • 所生の皇子女
    813〜856.. [源]寛
*従五位上・安倍鳳子か。安倍鳳子は840年4月16日に掌侍とあり(『一代要記』)。

宮人:(長岡岡成の女).. 生没年不詳
父:従四位上 長岡岡成
[夫との血縁関係]:叔父(3親等)・・・父岡成の兄弟
  • 所生の皇子女
    [源]賢

宮人:(田中氏).. 生没年不詳
  • 所生の皇子女
    [源]澄

宮人:(粟田氏).. 生没年不詳
    822.. 皇子・安を生む
  • 所生の皇子女
    822〜853.. [源]安

宮人:(惟良氏).. 生没年不詳
  • 所生の皇子女
    ? 〜886.. [源]勝
*従五位上図書頭・惟良貞道の娘か。

宮人:(紀氏).. 生没年不詳
  • 所生の皇子女
    ? 〜 ? .. [源]更姫

宮人:(甘南備氏).. 生没年不詳
  • 所生の皇子女
    ? 〜 ? .. [源]声姫
*甘南備伊勢子か。

宮人:(上毛野氏).. 生没年不詳
    812.. 皇子・弘を生む
  • 所生の皇子女
    812〜863.. [源]弘