後深草天皇后妃

中宮:藤原(西園寺) 公子..1232〜1304
<東二条院, 法名:円鏡智>
父:太政大臣 西園寺実氏
母:四条貞子(権大納言 四条隆衡の女・四条天皇乳母)
代父:後嵯峨天皇
[夫との血縁関係]:甥(3親等)・・・姉大宮院の子
    1246(15才) 従三位に叙される(2月)
    1256(25才) 後深草天皇(14才)に入内、女御宣下(11月)
    1257(26才) 中宮に冊立(1月)
    1259(28才) 後深草天皇(17才)退位(11月)、女院(東二条院)となる(12月)
    1269(38才) 父・実氏没
    1293(62才) 出家する(6月)
    1302(71才) 母・貞子没
    1304(73才) 崩御〔1月21日〕
*太政大臣西園寺実氏の二女。母は准三后四条貞子。同母姉に後嵯峨天皇中宮、後深草・亀山両天皇母の大宮院がいます。15才の時、後嵯峨天皇の猶子となり、従三位に叙されました。
25才で後深草天皇に入内し、女御となる。天皇は14才。翌年中宮に冊立されました。
2年後、天皇の譲位に伴い、女院となり東二条院と号す。73才で崩御。

[女院]:藤原(洞院) おんし..1246〜1329
<玄輝門院, 号:東御方、法名:自性智>
父:左大臣 洞院実雄
母:四条 臧子(大納言 四条隆房の女)
(異母姉妹)京極院 佶子・顕親門院 季子
[夫との血縁関係]:従姉の子(5親等)・・・父実雄の兄、実氏の娘、大宮院の子
    1264(19才) この頃、後深草上皇(22才)に入侍か
    1265(20才) 胤仁親王(伏見天皇)を生む
    1273(28才) 父・実雄没
    1280(35才) 従三位に叙される(1月)
    1287(42才) 伏見天皇即位
    1288(43才) 准三后、同日女院(玄輝門院)となる(12月16日)
    1291(46才) 出家する(8月)
    1298(53才) 伏見天皇退位
    1304(59才) 後深草上皇(62才)没
    1317(72才) 伏見上皇(53才)没
    1329(84才) 崩御〔8月30日〕
  • 所生の皇子女
    1265〜1317.. 胤仁(伏見天皇;在位1287〜1298)
    1267〜1304.. 性仁法親王(仁和寺御室)
    1272〜1346.. 久子内親王(永陽門院
*左大臣洞院実雄の女。亀山天皇の中宮、京極院佶子の異母妹。
後深草上皇の後宮に入って東御方と称し、伏見天皇・性仁法親王・久子内親王を生む。
35才で従三位に叙位。伏見天皇の即位の翌年、43才で准三后、同日女院号宣下あって玄輝門院と号しました。 84才で崩御。

[准三后]:藤原(西園寺) 相子.. 生没年不詳
<号:土御門准后>
父:太政大臣 西園寺公相
(兄弟)太政大臣 実兼・(姉妹)亀山天皇中宮 嬉子
[夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父公相の姉妹、大宮院の子
    1267.. 父・公相没
    1288.. 瑛子内親王を生む
    1290.. 准三后となる(1月19日)
  • 所生の皇子女
    ? 〜1238.. 瑛子内親王(陽徳門院
*太政大臣西園寺公相の女。東二条院公子の姪。
従三位から従一位に叙せられ、のち1290年に准三宮となり、土御門准后と呼ばれました。

宮人:藤原(三条) 房子.. 生没年不詳
<号:二位局>
父:内大臣 三条公親
[夫との血縁関係]:再従l兄弟(6親等)・・・父公親の母の兄、実氏の娘、大宮院の子
    1274.. 皇子(行覚法親王)を生む
    1276.. 久明親王を生む
  • 所生の皇子女
    1274〜1293.. 行覚法親王(円満院門跡・四天王寺別当)
    1276〜1328.. 久明親王(征夷大将軍・鎌倉6代;1289〜1308)
    ? 〜1238.. 永子内親王(章善門院
*はじめ遊義門院に侍して御匣殿となり、後深草上皇の寵を受けるようになる。 従二位に叙せられ、二位局と称しました。

宮人:三善 忠子.. ? 〜1299
<号:民部卿局・左衛門佐局>
父:中務権大輔 三善康衡
    1275.. 皇子(深性法親王)を生む
    1299.. 死去〔9月〕
  • 所生の皇子女
    1275〜1299.. 深性法親王(仁和寺御室)
*三善忠衡の女。民部卿局・左衛門佐局と称しました。
深性法親王を生み、従三位に叙せられました。その後従一位に昇る。
三善長衡の系統の三善氏は、代々西園寺家に家司として仕えました。後深草天皇への入侍は、東二条院公子の縁故によるものか。