後嵯峨天皇后妃

中宮:藤原(西園寺) きつし..1225〜1292
<大宮院, 法名:遍智覚>
父:太政大臣 西園寺実氏
母:四条貞子(権大納言 四条隆衡の女・四条天皇乳母)
    1242(18才) 従三位に叙位(4月)、後嵯峨天皇(23才)に入内、女御宣下(6月)
    ........中宮に冊立(8月)
    1243(19才) 皇子(後深草天皇)誕生(6月)、皇子(生後2ヵ月)立太子
    1246(22才) 後嵯峨天皇退位、後深草天皇即位
    1247(23才) 受戒(戒師:天台座主道寛法親王)
    1248(24才) 女院(大宮院)となる
    1258(34才) 恒仁親王(亀山天皇)立太子
    1259(35才) 後深草天皇退位、亀山天皇即位
    1269(45才) 父・実氏没
    1272(48才) 後嵯峨上皇(53才)没、出家
    1274(50才) 亀山天皇退位、孫・後宇多天皇即位
    1287(63才) 後宇多天皇退位、孫・伏見天皇即位
    1292(68才) 崩御〔9月9日〕
    (粟田山陵に葬られる)
  • 所生の皇子女
    1243〜1304.. 久仁(後深草天皇;在位1246〜1259)
    1247〜1269.. 綜子内親王(月華門院
    1249〜1305.. 恒仁(亀山天皇;在位1259〜1274)
    1254〜1256.. 雅尊親王
    恒尊親王
    貞良親王
    (養女)理子内親王(亀山天皇皇女)・西園寺嬉子(亀山中宮・今出川院)
宮廷での女官:京極為子(大宮院権中納言・歌人)

*太政大臣西園寺実氏の長女。
寵愛深く、1147年に後嵯峨上皇より筑前宗像社を伝領するなどに加えて、上皇没後の遺詔による分配では亀山殿・大和曾我荘・若狭国富荘などを伝領しました。 関東申次である西園寺家を後ろ盾に、二代の国母たる権勢があり、後嵯峨上皇の遺詔で幕府に任された治天の君の決定について、幕府は大宮院の意向を聞き、亀山天皇を治天の君とし院政を開かせました。これが持明院統・大覚寺統の両統迭立の発端となります。

[女院]:體子内親王..1231〜1301
<神仙門院, 法名:妙智覚>
父:後堀河天皇
母:(中納言藤原家行の女)
(同母姉)室町院・(異母兄弟)四条天皇
[夫との血縁関係]:再従兄(6親等)・・・父後堀河帝の父、後高倉院の弟、後鳥羽帝の孫
    1232(3才) 父・後堀河天皇退位、四条天皇即位
    1234(5才) 父・後堀河上皇没
    1242(13才) 弟・四条天皇没、後嵯峨天皇即位
    1256(26才) 内親王宣下(2月6日)、准三后、女院(神仙門院)となる(7日)
    1261(31才) 出家する
    1272(42才) 後嵯峨上皇(53才)没
    1301(71才) 崩御〔12月27日〕
  • 所生の皇子女
    皇女
*後堀河天皇の皇女。四条天皇の異母姉妹。室町院暉子内親王の同母妹。
後深草天皇の代、26才で内親王宣下を受け、翌日准三后、女院号を賜り、神仙門院と号しました。
後嵯峨天皇の後宮に入り、皇女を生む。

[准三后]:平 棟子.. 生没年不詳
<号:兵衛内侍・宰相三位・大納言二位・京極准后>
父:木工頭 平棟基
    1242.. 四条天皇没(1月9日)、邦仁王(23才)親王宣下され践祚(20日)
    ..... 後嵯峨天皇即位(3月),皇子(宗尊親王)を生む(11月22日)
    1245.. 典侍に任官(2月)、宰相典侍と称する
    1246.. 後嵯峨天皇退位、後深草天皇即位(1月)
    ..... 三位に叙位(12月)、宰相三位と称する
    1247.. 宗尊親王、後深草天皇の猶子となる
    1250.. 従二位に昇叙(10月)、大納言二位と称する,のちに従一位・准三后
  • 所生の皇子女
    1242〜1274.. 宗尊親王(征夷大将軍・鎌倉4代;1252〜1266)
*はじめ幼帝・四条天皇に出仕して掌侍となり兵衛内侍といったが、四条天皇の崩御により践祚した後嵯峨天皇の後宮に入りました。 同年第一皇子・宗尊親王を生む。
3年後、典侍に任じられて宰相典侍と称し、さらに三位、従二位と進んで宰相三位、大納言二位と称す。 のちに従一位、准三后に遇せられ、京極准后と称されました。

宮人:藤原(西園寺) 公子.. 生没年不詳
<号:大納言三位局>
父:太政大臣 西園寺公経
    1244.. 従二位に叙される(1月)
    1254.. 皇子(慈助法親王)を生む
    1259.. 悦子内親王を生む
  • 所生の皇子女
    1254〜1295.. 慈助法親王(天台座主)
    1259〜1332.. 悦子内親王(延政門院
*太政大臣西園寺公経の女。大宮院の叔母に当たります。
従三位に叙され、大納言三位局と称し、1244年従二位に進みました。

掌侍:藤原 博子.. 生没年不詳
<号:勾当内侍・刑部卿局・坊門局>
父:右馬頭 藤原孝時
    1247.. 皇子(覚助法親王)を生む
    1262.. 懌子内親王を生む
  • 所生の皇子女
    1247〜1336.. 覚助法親王(聖護院門跡・園長寺長吏)
    1262〜1294.. 懌子内親王(五条院
    ? 〜 ? .. 皇女
*父は正五位下右馬頭藤原孝時。掌侍に任じられ勾当内侍と称しました。のち刑部卿局、また坊門局と称しました。 覚助法親王、悦子内親王、さらに一皇女を生む。