安閑天皇后妃

 
皇后:春日山田皇女【かすがのやまだ】
<春日皇女・山田赤見皇女、春日山田郎女(古事記)>
父:仁賢天皇
母:糠君娘(和珥臣日爪の女)
    継体七年.. 勾大兄皇子(安閑天皇)の妻となる
    継体八年.. 子の無い春日皇女のために匝布屯倉(さほのみやけ)を設ける
    安閑元年.. 皇后に冊立される(3月6日)
    ........ 稚子直、後宮に乱入した罪により、皇后に伊甚屯倉を献ずる(4月)
    ........ 安閑天皇、皇后の屯倉に当てるため、良田を求める(7月)
    安閑二年.. 安閑天皇没
    宣化四年.. 天国排開広庭尊(欽明天皇)に登極を勧められる
    (旧市高屋丘陵に安閑天皇らと合葬される)
*屯倉の名、匝布は佐保と同じ。母の出身和珥臣の居住地春日の近くの地名。
 宣化天皇の没後、即位前の欽明天皇に登極を勧められたと伝えられる。崩後、安閑天皇らと合葬されました。

妃:許勢 紗手媛【さてひめ】
父:大臣 許勢男人
    安閑元年.. 妃に立てられる(3月)
    ........ 小墾田屯倉と国毎の田部を賜る(10月)

妃:許勢 香香有媛【かかりひめ】
父:大臣 許勢男人
    安閑元年.. 妃に立てられる(3月)
    ........ 桜井屯倉と国毎の田部を賜る(10月)
*『一本に云はく茅渟山屯倉を加へたまふ』とある。

妃:物部 宅媛【やかひめ】
父:大連 物部木蓮子
    安閑元年.. 妃に立てられる(3月)
    ........ 難波屯倉と郡毎の田部を賜る(10月)