安康天皇后妃

 
皇后:中蒂姫命【なかしひめ】
<中磯皇女・中蒂姫皇女・長田大娘皇女、長田大郎女(古事記)>
父:履中天皇
母:幡梭皇女(応神天皇の女か?)
夫との血縁関係:従兄弟(4親等)・・・父履中帝の弟、允恭帝の子
    安康元年..夫・大草香皇子、讒言により討たれる、安康天皇の妃となる
    安康二年..皇后となる(1月17日)
    安康三年..眉輪王(7才)、安康天皇を殺す、眉輪王討たれる
  • 所生の皇子女
    (大草香皇子との間に)眉輪王
*履中天皇の皇女。古事記では長田大郎女、書紀にも別名・長田大娘皇女と書かれるが、允恭天皇の皇女・長田大郎女(名形大娘皇女・安康天皇の同母姉)とは同一人物であろうはずなく、所伝に混乱があるらしい。
 はじめ大草香皇子の妻となり、眉輪王を生む。
 安康元年、大草香皇子が讒言により討たれた後、宮中に召しいれられました。皇后となって寵愛を受け、眉輪王は母によって罪を免れて宮中に育てられました。しかし、眉輪王は後に天皇が自分の父を討ったことを知り、天皇を刺し殺し、その罪により大泊瀬皇子(雄略天皇)に討たれました。