景行天皇后妃

皇后:播磨稲日大郎姫【はりまのいなひのおおいらつめ】
<稲日稚郎姫、針間之伊那毘能大郎女(古事記)、印南別嬢(播磨風土記)>
父:若建吉備津日子(吉備臣の祖先)[古事記]
    景行二年..皇后に立つ(3月3日)
    景行四十三年..日本武尊(30才)没
    景行五十二年..薨去〔5月4日〕
  • 所生の皇子女
     大碓皇子,小碓尊(日本武尊)
*播磨風土記では、父は丸部(わに)臣の祖・比古汝茅、母は吉備比古の妹吉備比売であり、印南別嬢(いなみのわきいらつめ)とする。景行天皇が播磨に印南別嬢を妻問いに行く伝承が載っています。
 古事記では所生の皇子に加えて櫛角別王・倭根子命・神櫛王。

皇后:八坂入媛命【やさかいりひめ】
<八坂之入日売命(古事記)>
父:八坂入彦皇子
[夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)…父八坂入彦の兄、弟垂仁帝の子
    景行四年..景行天皇の妃となる
    景行五十二年..皇后に立つ(7月7日)
    成務二年..皇太后となる(11月10日)
  • 所生の皇子女
    稚足彦尊(成務天皇),五百城入彦皇子,忍之別皇子,稚倭根子皇子,大酢別皇子,渟尉斗皇女,渟名城皇女,五百城入姫皇女,麑依姫皇女,五十狭城入彦皇子,吉備兄彦皇子,高城入姫皇女,弟姫皇女
*所生の皇子女のうち、大酢別皇子は古事記に見えず。その他、稚倭根子皇子(倭根子命)は播磨稲日大郎姫の所生。 渟尉斗皇女(沼代郎女)は妾の子、豊戸別王と同母。渟名城皇女(沼名木郎女)・麑依姫皇女(香余理比売命)・五十狭城入彦皇子(若木之入日子王)・吉備兄彦皇子(吉備之兄日子王)・高城入姫皇女(高木比売命)・弟姫皇女(弟比売)は、妾の子でそれぞれ同母とある。

妃:御刀媛【みはかしひめ】
<日向之美迦斯毘売(古事記)>
    景行十三年..景行天皇の妃となる
  • 所生の皇子女
    豊国別皇子

妃:水歯郎媛【みづはのいらつめ】
父:三尾氏磐城別
  • 所生の皇子女
    五百野皇女(伊勢斎宮)
*古事記に記載なし。

妃:五十河媛【いかわひめ】
  • 所生の皇子女
    神櫛皇子,稲背入彦皇子
*古事記に記載なし。古事記では、神櫛皇子(神櫛王)は播磨稲日大郎姫の所生。

妃:高田媛【たかたひめ】
父:阿倍氏木事
  • 所生の皇子女
    武国凝別皇子
*古事記に記載なし。

妃:日向髪長大田根【ひむかかみながおおたね】
  • 所生の皇子女
    日向襲津彦皇子
*古事記に記載なし。

妃:襲武媛【そのたけひめ】
  • 所生の皇子女
    国乳別皇子,国背別皇子,豊戸別皇子
*古事記に記載なし。

妃:伊那毘能若郎女【いなひのわかいらつめ】
父:若建吉備津日子(吉備臣の祖先)[古事記]
  • 所生の皇子女
    真若王,日子人之大兄王
*所生の皇子ともども、日本書紀に記載なし。皇后・播磨稲日大郎姫(針間之伊那毘能大郎女)の妹。

召人:市乾鹿文【いちふかや】
父:熊襲梟師
    景行十二年.. 景行天皇に召され、父・熊襲梟師殺害の手引きをする
    ......... 不孝により誅される
*熊襲梟師(くまそたける)の長女。熊襲を崩す策として、多くの贈り物を与えられて妹とともに景行天皇に召され、偽りの寵愛を受けた。 それによって、市乾鹿文は父を殺害する手助けをしたが、不孝甚だしいとして殺され、妹・市鹿文を火国造に任じたという。 古事記に記載なし。