履仲天皇后妃

 
皇妃:黒媛【くろひめ】
<黒比売命(古事記)>
父:葦田宿禰(葛城襲津彦の子)
[夫との血縁関係]:従兄弟(4親等)・・・父葦田宿禰の姉妹、磐之媛の子
    履中元年..皇妃となる
    履中五年..神の祟りにより薨去〔3月19日〕
  • 所生の皇子女
    磐坂市辺押羽皇子,御馬皇子, 青海皇女
*「皇妃」の称は黒媛のみ。後の皇后幡梭皇女に先んじて記載されていることからして、皇后に准ずる者として書き分けたものと推測されている。
 父葦田宿禰は古事記に葛城襲津彦の子とあり、仁徳天皇后・磐之媛の姪、天皇とは従姉妹に当たります。
 履中即位前紀では、羽田矢代宿禰の女の黒媛があり、住吉仲皇子の乱の原因になったことが書かれる。

皇后:草香幡梭皇女【くさかのはたび】
<幡梭皇女、幡日之若郎女(古事記)?>
父:応神天皇?[古事記]
母:日向之泉長比売?[古事記]
[夫との血縁関係]:甥(3親等)・・・兄弟仁徳帝の子
    履中元年..履中天皇の妃となる
    履中六年..皇后に冊立(1月6日)
*書紀に妥当する皇女なし。古事記の応神条に登場する皇女・幡日之若郎女かと推測される。仁徳天皇皇女幡梭皇女(雄略皇后)とは、世代・婚姻関係から別人と考えられている。

妃:太姫郎姫【ふとひめのいらつめ】
父:鮒魚磯別王
(兄)鷲住王・(姉妹)高鶴郎姫
    履中六年..高鶴郎姫とともに後宮に入る(2月1日)
*姉妹の高鶴郎姫とともに後宮に入る。兄の鷲住王が遥か遠く遊び行き、久しく会っていないのを歎いた。天皇は鷲住王の怪力を聞いて召し出そうとしたが、再度召しても来ず、諦めたという。

妃:高鶴郎姫【たかつるのいらつめ】
父:鮒魚磯別王
(兄)鷲住王・(姉妹)太姫郎姫
    履中六年..太姫郎姫とともに後宮に入る(2月1日)