光仁天皇后妃

皇后:井上内親王【いのえ】..717?〜775
父:聖武天皇
母:夫人 県犬養広刀自(讃岐守 県犬養唐の女)
(異母姉)孝謙・称徳天皇・(同母弟)安積親王・不破内親王
[夫との血縁関係]:祖父の従弟(6親等)・・・祖父文武帝の母、元明帝の弟、施基親王の子
    721(5才) 斎宮に卜定される
    724(8才) 父・聖武天皇即位
    746(30才) 弟・安積親王の喪により斎宮退下
    747(31才) 無品から二品に叙せられる(1月)
    ....... この頃、白壁王(光仁天皇・40才)と結婚するか
    749(33才) 聖武天皇退位、孝謙天皇即位
    756(40才) 父・聖武上皇没
    761(45才) 近江保良遷都に際し、稲十万束を賜わる
    762(46才) 母・広刀自没
    770(54才) 光仁天皇(63才)即位、皇后に立つ
    771(55才) 他戸親王立太子
    772(56才) 謀反の罪により廃后、他戸親王廃太子(3月)
    773(57才) 皇姉・難波内親王没(10月)
    ....... 他戸親王とともに大和国宇智郡の没官宅に幽閉される
    775(59才) 死去〔4月27日〕(同日他戸親王没)
    (宇智陵に葬られる)
    777.. 鎮魂のため墓を改葬する
    800.. 后位を復される
  • 所生の皇子女
    754〜829.. 酒人内親王(桓武天皇妃、斎宮;在任772〜775)
    ? 〜775.. 他戸親王(光仁天皇皇太子)
*聖武天皇の第一皇女。名は「いがみ」とも読まれます。母は夫人県犬養広刀自。孝謙・称徳天皇の1才年上の異母姉。同母弟妹に安積親王・不破内親王がいます。
721年、伊勢の斎内親王となり、元明・聖武天皇の代と引き続き務めました。20年以上に渡る長期在任ののち、746年、前年に薨じた弟・安積親王の喪により、斎宮を退きました。
翌年、無品から二品に叙され、白壁王(光仁天皇)の妃となったのはこの頃と思われます。この年、井上内親王は31才、白壁王も40才となっていました。
54才で光仁天皇の即位により、皇后に立后。所生の他戸親王(養子説もある)も翌年立太子しました。
しかし、翌772年天皇に対する厭魅巫蠱を行ったとして謀反の罪により廃后され、他戸親王も廃太子。 773年10月の天皇同母姉・難波内親王の死もまた井上内親王による厭魅の結果とされ、母子は大和国宇智郡に幽閉され、1年余りの後没しました。 この事件は、山部親王(桓武天皇)を擁立する藤原氏の陰謀といわれます。
没後、母子は竜になったと伝えられ、特に井上内親王は怨霊となって光仁・桓武天皇を悩ませたという。 鎮魂のために777年墓を改葬され、さらに没後25年を経た800年、皇后位を復され、墓を山陵とされました。

[皇太夫人]:高野 新笠【にいがさ】.. ? 〜789
<和史新笠、諡号:天高知日之子姫尊>
父:和(高野) 乙継
母:土師(大枝) 真妹
    733.. この頃、白壁王(26才)と結婚、能登女王を生む
    770.. 光仁天皇(63才)即位
    773.. 山部親王(桓武天皇)立太子
    780.. 従四位下より従三位となる(1月)
    781.. 光仁天皇没、桓武天皇即位
    .... 正三位に叙位、皇太夫人となる(4月)、早良親王立太子
    785.. 早良親王廃太子、獄死する
    789.. 崩御〔12月28日〕
    (大枝山陵に葬られる)
    790.. 皇太后を追贈
    806.. 太皇太后を追贈(5月)
  • 所生の皇子女
    733〜781.. 能登内親王(造東大寺長官 市原王室)
    737〜806.. 山部(桓武天皇;在位781〜806)
    750?〜785.. 早良親王(桓武天皇皇太子)
*和史乙継の娘。和史氏は百済武寧王の太子の裔と伝える。母は土師真妹。
早くに白壁王(光仁天皇)に嫁して、能登女王・山部王・早良王を生む。 光仁天皇の即位後、宝亀年間(770〜780)に姓高野朝臣を賜り、780年従三位に叙されました。この間、井上皇后所生の他戸親王が廃太子され、替わりに山部親王(桓武天皇)が立太子しています。 桓武天皇の即位に際し皇太夫人。また早良親王が皇太子となり、天皇・皇太子の母となりましたが、4年後早良親王は藤原種継暗殺に係わったとして太子を廃され、淡路島に護送中に没しました。 4年後、789年に崩御。薨伝に「容徳淑徳にして夙に声誉を著す」と評されています。
翌790年、天高知日之子姫尊と諡し、皇太后と追尊され、大枝山陵に葬られました。平城天皇の806年、太皇太后を追贈。 また790年12月、新笠の父母は天皇の外祖父母のゆえをもって正一位を追贈され、母の土師姓を改めて大枝朝臣姓を賜りました。

夫人:藤原 曹司【そうし】.. ? 〜793
<曹子>
父:左大臣 藤原永手
母:(藤原良継の女)か?
    771.. 父・永手没
    777.. 正四位上より従三位に昇叙(1月)、夫人となる(8月11日)
    781.. 光仁天皇(74才)没、桓武天皇即位
    783.. 正三位に昇叙(2月)
    793.. 薨去〔11月〕
*光仁天皇即位の功臣・藤原永手の娘。頗る文筆を好んだという。

夫人:紀 宮子【みやこ】.. 生没年不詳
父:紀伊介 紀稲手
    777.. 正五位下より従四位下に昇叙(1月)
    781.. 光仁天皇(74才)没、桓武天皇即位
    783.. 正四位下より正四位上に昇叙(2月)
    784.. 従三位に昇叙(1月14日)

[夫人]:藤原 産子.. 761〜829
父:大蔵卿 藤原楓麻呂か
    776(16才) 従五位上に叙される(1月)
    777(17才) 従四位下に昇叙(1月)
    781(21才) 光仁天皇(74才)没、桓武天皇即位
    783(23才) 正四位上に昇叙(2月)
    795(35才) 度尼十一人を賜る(3月)
    806(46才) 平城天皇即位
    809(49才) 嵯峨天皇即位
    811(51才) 従三位に昇叙,のち夫人となり従二位に進む
    823(63才) 淳和天皇即位
    829(69才) 薨去〔5月22日〕
*『日本紀略』によると嵯峨天皇の御代、811年以降に夫人となった。嵯峨天皇の准母かとも言われます。

宮人:尾張女王【おわり】.. 生没年不詳
父:湯原親王
[夫との血縁関係]:叔父(3親等)・・・父湯原の弟
    751.. この頃、白壁王(光仁天皇・54才)と結婚するか、稗田王を生む
    770.. 光仁天皇即位,従四位に叙される(11月6日)
    781.. 光仁天皇(74才)没、桓武天皇即位
    804.. 度者二人を賜る(8月11日)
  • 所生の皇子女
    751〜781.. 稗田親王

宮人:県主 島姫【しまひめ】.. 生没年不詳
父:県主毛人
  • 所生の皇子女
    ? 〜810.. 弥努摩内親王(右大臣 神王室)

女嬬:県犬養 男耳【おみみ】.. 生没年不詳
<勇耳>
    781.. 従五位下に叙される、ときに女嬬(1月10日)
    .... 光仁天皇(74才)没、桓武天皇即位
    786.. 皇子・諸勝、広根朝臣姓を賜る(2月)
    810.. 正六位上に叙される、諸勝、従五位下に叙位
  • 所生の皇子女
    [広根]諸勝
*光仁天皇の即位以前、白壁王であった頃に侍し、王子諸勝を生んだという。