郁芳門院

ていし1076〜1096
<堀河天皇准母・中宮、号:六条院>
父:白河天皇
母:中宮 藤原賢子(右大臣源顕房の女・関白藤原師実の養女)
(同母弟)堀河天皇・(同母妹)皇后宮令子
    1076(1才) 誕生〔4月5日〕
    1078(3才) 准三后となる(3月)、斎宮卜定(8月)
    1079(4才) 伊勢に下向
    1084(9才) 母賢子没、斎宮を退下
    1086(11才) 父白河天皇退位、堀河天皇即位
    1087(12才) 堀河天皇准母として入内
    1091(16才) 中宮に冊立(醍醐天皇養母として皇太夫人になった温子に倣うとする)
    1093(18才) 女院(郁芳門院)となる(1月)、「郁芳門院根合」を催す
    1095(20才) 「郁芳門院前栽合」を催す
    1096(21才) 崩御〔8月7日〕
    (上醍醐陵に葬られる)
(養子)堀河天皇

宮廷での女官:郁芳門院安芸(歌人)

*白河天皇の第一皇女(第二子)。
3才で斎宮に卜定されるが、母の死により退下。以後、母・賢子の面影が色濃かったため、最愛の中宮を亡くした白河天皇に鍾愛されました。
12才の時、5才年下の弟・堀河天皇の准母となり、入内。4年後、初の配偶者以外の中宮に冊立されました。さらに2年後、16才で女院号宣下。
しかし21才で早世し、父・白河上皇は悲しみのあまり直後に出家しました。