上西門院

統子内親王 1126〜1189
<後白河天皇准母・皇后宮、初名:恂子、法名:金剛親・真如理>
父:鳥羽天皇
母:中宮 藤原璋子(大納言公実の女・待賢門院)
(同母兄)崇徳天皇・(同母弟)後白河天皇
    1126(1才) 誕生〔7月23日〕、内親王宣下
    1127(2才) 准三后、賀茂斎院に卜定される
    1132(7才) 病により斎院退下
    1134(9才) 式部大輔藤原敦光の勘申により、名を恂子から統子に改める
    1141(16才) 同母兄・崇徳天皇退位、近衛天皇即位
    1143(18才) 新造三条烏丸第に移る
    1145(20才) 母璋子没
    1147(22才) 三条東洞院第に移る
    1155(30才) 近衛天皇没、同母弟・後白河天皇即位
    1156(31才) 父鳥羽法皇没、保元の乱
    1158(33才) 皇后宮となる〔後白河天皇准母として〕(2月)
    ...... . 後白河天皇退位、二条天皇即位
    1159(34才) 女院(上西門院)となる
    1160(35才) 仁和寺金剛院において出家
    1165(40才) 二条天皇没、六条天皇即位
    1168(43才) 六条天皇退位、高倉天皇即位
    1180(55才) 高倉天皇退位、安徳天皇即位
    1183(58才) 法住寺合戦、皇后宮亮子内親王らと伴に頌子内親王の五辻第に避難
    ..... .. 平氏一門都落ち、後鳥羽天皇即位
    1185(60才) 平氏滅亡
    1189(64才) 六条院において崩御〔7月20日〕
    (花園東陵に葬られる)
(養子)後白河天皇・藤原家房
(猶子)僖子内親王(二条天皇皇女)

宮廷での女官:上西門院兵衛(歌人)

*鳥羽天皇の第二皇女。中宮璋子との第五子。
2才で斎院に卜定されましたが、7才で病により退下。その後9才の時、名前を恂子から統子に改名しました。
後白河天皇の1才年上の姉で、その即位の2年後皇后宮に冊立。翌年には女院となりました。
絶世の美女で、かつ歌を能くしたと伝えられています。歌壇サロンを築きました。