安嘉門院

邦子内親王..1209〜1283
<後堀河天皇准母・皇后宮、法名:正如覚>
父:後高倉院守貞親王
母:持明院 陳子(持明院基家の女・北白河院)
(同母弟)後堀河天皇・(同母姉)式乾門院利子
    1210(2才) 順徳天皇即位
    1212(4才) 父・守貞親王、出家する
    1221(13才) 承久の乱、弟・後堀河天皇即位
    ........ 内親王宣下、皇后宮に冊立(後堀河天皇准母として)
    1223(15才) 父・後高倉院没、八条院領の大部分を相続する
    1224(16才) 女院(安嘉門院)となる
    1232(24才) 甥・四条天皇即位
    1234(26才) 弟・後堀河上皇没
    1235(27才) 出家する
    1238(30才) 母・北白河院没
    1242(34才) 甥・四条天皇没、後嵯峨天皇即位
    1246(38才) 後深草天皇即位
    1259(51才) 亀山天皇即位
    1274(66才) 後宇多天皇即位
    1283(75才) 崩御〔9月4日〕
宮廷での女官:阿仏尼(安嘉門院四条、「十六夜日記」の作者)

*後高倉院守貞親王の王女。後堀河天皇の同母姉。
弟・後堀河天皇の母に准ぜられ、皇后宮に冊立。ついで女院号を賜わりました。
15才の時、父より莫大な八条院領の大部分を譲られました。その所領は亀山上皇に伝えられ、後宇多上皇・昭慶門院を経て後醍醐天皇に伝わり、大覚寺統の最も重要な所領となりました。