和徳門院

義子内親王..1234〜1289
<法名:真如覚>
父:仲恭天皇
母:(法印 性慶の女)
養母:熙子内親王(後鳥羽天皇皇女・深草斎宮)
    1234(1才) 誕生、父・仲恭廃帝(17才)没
    1239(6才) 曾祖父・後鳥羽上皇隠岐にて没
    1242(9才) 後嵯峨天皇即位、祖父・順徳上皇佐渡にて没
    1246(13才) 後深草天皇即位
    1257(24才) 内親王宣下(10月)
    1259(26才) 亀山天皇即位
    1261(28才) 准三后、同日女院(和徳門院)となる(3月8日)
    1274(41才) 後宇多天皇即位
    1287(54才) 伏見天皇即位、出家(12月)
    1289(56才) 崩御〔12月7日〕
*仲恭天皇の皇女。母は法印性慶の女、右京大夫局。
父の仲恭天皇は、承久の乱の直前に2才で即位し、在位七〇日余で廃位させられ、以後閑居のまま17才で早世しました。義子内親王はその崩御の年の誕生で、仲恭天皇の皇子女は彼女のみが伝わっています。
後深草天皇の代、24才で内親王宣下。4年後、准三后となり、同日女院号を与えられました。