明義門院

諦子内親王..1217〜1243
父:順徳天皇
母:中宮 九条立子(関白 九条良経の女・東一条院)
(同母弟)仲恭天皇
    1217(1才) 誕生〔3月22日〕
    1219(3才) 内親王宣下
    1221(5才) 承久の乱、父・順徳上皇佐渡に配流
    .......後堀河天皇即位
    1232(16才) 四条天皇即位
    1234(18才) 弟・仲恭上皇没
    1236(20才) 准三后(12月7日)、女院(明義門院)となる(21日)
    1242(26才) 後嵯峨天皇即位、父・順徳上皇佐渡にて没
    1243(27才) 崩御〔3月29日〕
*順徳天皇の第二皇女。仲恭天皇の同母姉。
中宮立子を母として生まれ3才で内親王宣下を受けるも、5才の時、承久の乱で父・順徳上皇、祖父・後鳥羽上皇らは配流され、弟の仲恭天皇は廃位させられました。
四条天皇の代に、20才で女院号を受けました。27才で崩御。