昭慶門院

憙子内親王..1270〜1324
<号:川端殿女院・土御門女院、法名:清浄源>
父:亀山天皇
母:藤原雅子(法性寺雅平の女)
(異母兄)後宇多天皇・(甥)後二条天皇・後醍醐天皇
    1274(5才) 父・亀山天皇退位、後宇多天皇即位
    1287(18才) 伏見天皇即位
    1293(24才) 内親王宣下(12月)
    1296(27才) 准三后、女院(昭慶門院)となる(8月11日)
    1298(29才) 後伏見天皇即位
    1301(32才) 後二条天皇即位
    1305(36才) 父・亀山上皇没
    1306(37才) 出家する(9月)
    1308(39才) 花園天皇即位
    1318(49才) 後醍醐天皇即位
    1324(55才) 崩御〔3月12日〕
(養子)世良親王(後醍醐天皇皇子)

*亀山天皇の皇女。母は従三位雅子。
24才で内親王宣下を受け、27才のとき、准三后、同日女院号を与えられました。のちに後醍醐天皇の皇子、世良親王の養母となる。
父・亀山上皇より甲斐国、大和波多小北荘、越前小山荘、備後殖田荘などの多くの荘園を伝領しました。また離宮を大井川の辺に賜わり邸とし、川端殿女院とも呼ばれました。