NOVEL:2002/9/8
『卒業の歌、友達の歌。』


出会いと別れ。
こんにちはとさようなら。

すきと、きらい。


出会った僕たちもいつか別れるのだろうか。


「君、卒業式で泣いた事あるか?」
突然アリスが訊いてきた。
近くの高校で卒業式をやっているらしいから、ふと自分のときの卒業式を思い出したのだろう。 大学の帰りに本を借りに来たアリスが何故か部屋で寛ぎながら訪ねてきた質問だ。
「…無いな」
俺の答えはたった三文字だった。


火村は卒業式で泣いた事が無いという。
卒業式のために早々に学校から帰ってくる学生の声がこの下宿の方まで聞こえてくる。 自分が高校を卒業してからもう二年経っている。火村と出会ってからは半年と少しだ。
「そういうお前は?」
突然切り返されて、慌ててしまった。
「…そういえば、無いわ」


「何だよ、お前も無いのかよ」
少し拍子抜けしてしまった。こんな質問をしてきたアリスの事だから、自分は散々泣いたのだろうと勝手に解釈していた。確かに、たかが学校生活最後の催しだからとそうめそめそと泣くタイプではないだろう。――俺の見た限りは。
「実際、卒業式で泣いた記憶はないな。女の子は半分くらいハンカチ押さえつけて泣いてたけどな?またその半分くらいは貰い泣きみたいやったけど」
よく見てやがる。
「目ざとい奴だな、それにつられて泣いたりは無かったのか?」
「男は泣く奴殆どいないわな。君もそうやろ?」
答えず、軽く頷くだけにする。アリスは相変わらずゴソゴソと本を漁っている。
「何やー、やっぱりないんかー」
「みつからねぇのか?」
「ちゃうって、君の事や。泣いた事ないんやって」
何処からか、仰げば尊しが聞こえてきた。
卒業式帰りの三年生だろう、少し懐かしく聞こえていた。


何処からか、仰げば尊しが聞こえてきた。
この歌を歌った記憶は無かった。卒業した高校は君が代と校歌と蛍の光だった。 よらりと横を見ると、窓のサッシに肘を立てて頬杖をついている火村が、鼻歌を歌っていた。
「君、これ歌えるん?」
ふと彼がこちらを向いた。
「ああ、卒業式で歌ったからな」
「俺の所は歌わんかった」
「場所によるだろ、こんなのは」
これを高校生の頃の火村は歌ったのだろうか。表情も変えずに淡々と?泣く火村は想像し辛かったが、これなら想像に難くなかった。少し笑いが込み上げてくる。どうも彼は卒業式でなくタイプで無いとは思っていた。――あくまで俺の知る限りで。
歌が終わった。同時に火村も窓に背を向けて近くの本を手にとった。
相変わらずいい横顔だと思った。
卒業式ってどんなものだったかな。少し記憶を辿ってみた。


「…けど、少し淋しかったな」
暫く間を置いた後に、再びアリスが口を開いた。
「何が?」
「卒業。ただ学校を卒業するだけや無くて、それまでの友達とも終わる感じがして、忘れられる感じがして、その所為か卒業式までの短い間にクラス内の空気が変わったんや」
少し、思い出した。そういえば、特に女子にその傾向が見えた。他の学年より早くに休みになって、卒業までのカウントダウンが始まる前、サイン帖を廻し合ったり、写真を撮ったり、寄せ書きをしたり…本当にあのときだけは空気が変わった気がした。
「…そうだな。空気が、違った」
「忘れられて、また新しい所で一からはじめて…またそうなんかな…?」
両膝を抱えて、アリスは呟く。
「…卒業したら、君とも別れて、忘れられるんかな?」


考えると、少し淋しくなった。
俺は三回生で就職活動をはじめる。火村もまた、就職か、進学かの途を辿るだろう。 どちらにしろ、一緒ではない途だ。
「そんな訳無いだろ」
ふわふわとシャボン玉のように漂っていた不安がぱちんと音を立てて割れた。――彼の一言で。
「中高と大学を比べるなよ?もう子供じゃないんだ」
不意に伸ばされた手にくしゃりと頭を撫でられた。火村の顔を見るとかすかに笑っている。
「それに、お前みたいな変わった奴、忘れるかよ」
ああ、どうしてこの友人の言葉は安心できて、信用できるのだろう。
「お前の方が変わってるわ。俺こそ忘れられん」
「言ったな?」
「言ったわ」
ぷっ、と噴き出した。
どちらから笑ったなんて関係ない。
久方ぶりに腹の底から笑った気がした。


「残念だが、この腐れ縁はずっと続くぞ」

「今が『あの頃』て呼ばれる位になっても一緒に居るやろうな」

「忘れるどころじゃあないな」

「想い出を引き連れたままずっと」

「俺たちは独りにはならないだろうな」

「きっと死ぬまで別れられそうもないわ」

「離れても、別れるわけじゃあないからな」

「少なくとも、君と付き合ってて飽きそうも無いからな」

「それはお互い様だ」

「これからも、宜しくな」

改めて握手をした。
気がついたらまた仰げば尊しが聞こえていた。
けれど、気にしない。


出会いと別れ。
こんにちはとさようなら。

すきとかたのしいとか。


結局、僕らはずっと一緒なんだろう。


+++fin+++