現地発、クロアチア・サッカー報告(18)

大きな代償


2002/9/7 欧州選手権予選「クロアチアvs.エストニア」


【写真:新監督オットー・バリッチ】

 いきなり新監督オットー・バリッチはメディアと国民を敵に回した。
 2004年欧州選手権ポルトガル本大会に向けての最初の試合、安全パイのはずのエストニアをホームに迎えてまさかのスコアレスドロー。EURO96予選で顔合わせした時は、ホームでは7-1と爆勝した相手なのだ(アウェーでは2-0)。オシエクの観客達はゴールラッシュの再現を期待していた。ボクシッチ、ロベルト・コバチ、シムニッチ、トゥドールの主力4選手が怪我で離脱したことを差し引いたとしても、7年の時が過ぎてクロアチアはサッカー中上位国から中位国へと下落したことを認めざるを得ないだろう。
 しかし今回の無様な結果はバリッチ監督の采配ミスとチームコンセプトにあった。一日経ってバリッチは「ドイツやフランスといった強豪国でもこのように主力が外れた状態ではホームで引き分けてしまうことはある。しかし彼らは時間と共に戦力と結果を戻していった。我々もそれが出来るはずだ」と語る。人口438万人、国外移民を含めても700万人ほどのクロアチアにそれが当てはまるものだろうか?

 ワールドカップ後のミルコ・ヨジッチの辞任を受けてクロアチア・サッカー協会は新監督の選出に動き出した。月給40万円というヨーロッパの代表監督でも最低クラスの報酬ながら、3人の名将が意欲を燃やした。昨季に攻撃サッカーでNKザグレブを初のリーグ優勝へと導いたズラトコ・クラニチャール、ヨジッチの参謀役として先のワールドカップでアシスタントコーチを務めたイヴァン・カタリニッチ、そしてオーストリアリーグを中心に大きな結果を残してきたオットー・バリッチである。一時はカタリニッチが最右翼とされていた。しかし、7月12日のサッカー協会での最終会議では9人がオットー・バリッチ、4人がイヴァン・カタリニッチに投票。オットー・バリッチの7代目監督が決定した。一報が届いたバリッチは「今は非常に気分が良い。私を支持してくれた協会の人々やメディアに感謝している。大きな責任を感じているが、これまでのキャリアの95%のケースにおいては自分の意思において成功を収めてきた。成功出来なかったのは現実的に不可能な場合だけだ。既にこの仕事について集中して考えているし、特に代表チームには4,5年前にあった質を再び取り戻すために必要なスピリットについて考えている。」と答えた。しかし新聞社のアンケートでは最も票を集めていたズラトコ・クラニチャールは「私はバリッチが選出されたことに驚きを感じ、これは協会の旧体質を証明したと言えよう。失望はしていない。バリッチへの決定はクロアチア・サッカー協会が瞬間的な結果を求めていることを裏づけしている。バリッチは自らの監督能力で結果へと到達することは可能だが、この決定では将来性を望むことは出来ない」と協会を批判している。バリッチの契約期間は欧州選手権予選全試合を含む2003年12月31日まで。予選を勝ち抜けば本大会の指揮も任される。歴史上の人物にちなみ「オットー大帝(Otto Maximal)」とのニックネームを持つ彼は歴代監督では最高齢の69歳。それでも監督として1800試合以上をこなし、数多くのトロフィーを手にしてきた彼に全ての期待は寄せられた。監督として実績は以下のようだ。

1964/67 NKロコモティーバ(ユーゴスラビア下部)
1967/69 オペル・ルシェルヘイム(ドイツ二部)
1969/70 FCウィエスバーデン(ドイツ三部) リーグ優勝
1970/72 FCワッケル・インスブルック(オーストリア一部) リーグ優勝1回・スーパーカップ優勝
1972/74 ラスク・リンツ(オーストリア一部)
1974/76 NKザグレブ(ユーゴスラビア二部) リーグ優勝1回
1976/79 NKディナモ・ヴィンコブチ(ユーゴスラビア二部) 一部昇格
(1974/79 ユーゴ・アマチュア代表監督を兼任。バルカンカップ優勝・ヨーロッパ選手権優勝)
1979/80 NKディナモ・ザグレブ ユース・ディレクター
1980/82 SCシュトゥルム・グラーツ(オーストリア一部)
1982/85 SCラピッド・ウィーン(オーストリア一部) リーグ優勝2回、カップ優勝3回、カップ・ウィナーズ・カップ準優勝
1985/86 VfBシュツットガルト(ドイツ一部) ドイツ・カップ準優勝
1986/88 ラピッド・ウィーン(オーストリア一部) リーグ優勝1回、カップ優勝1回
1988/91 SCシュトゥルム・グラーツ(オーストリア一部) リーグ優勝1回
1991/95 SVカジノ・ザルツブルグ(オーストリア一部) リーグ優勝2回、カップ優勝1回、UEFAカップ準優勝
1995/96 クロアチア代表アシスタントコーチ EURO1996ベスト8
1996/97 NKディナモ・ザグレブ(クロアチア一部) リーグ優勝、カップ優勝
1997/99 フェネルバフチェ(トルコ一部)
1999/01 オーストリア代表監督
2001/02 FCオーストリア・ザルツブルグ スポーツ・ディレクター


 バリッチはチーム改革第一弾として、ヴァトレニ世代(98年ワールドカップ代表組)の特別優遇をばっさりとやめた。
「クラブでレギュラーとしてプレーしてない選手は代表にも召集しない」
これは前任者ヨジッチも口にしてきた言葉だった。ヨジッチ政権下で一時は世代交替の波が訪れたにも関わらず、最後の最後でヨジッチはベテランを尊重したためにワールドカップの対メキシコ戦を落としてしまったのは記憶に新しい。けれども、バリッチの「クラブでレギュラーとしてプレーしてない選手は代表にも召集しない」発言はヴァトレニ切りの口実となった。これまでボバン、アサノヴィッチ、プロシネツキ、ビリッチといった選手達は代表引退を口にしてから綺麗に去ることとなったが、ヤルニやシュケルといった何時まで経っても代表に未練を残す選手達はメディアを通して「これまで貢献してきたベテラン達に対して尊敬が足りない」とバリッチと協会を公然と批判する。クラブが決まらずに現役引退にまで追い込まれたヤルニは気の毒であるが、代表を金づるとしか考えていないシュケルを切ったことは大きな成果だ。シュケルはワールドカップ前に協会からの日当が100ユーロということで不満を垂れ、「金の為にワールドカップでプレーするのでない」と反論したボクシッチと仲違いとなっている(その結果がメキシコ戦の両者のチグハグさ)。バリッチは就任後のインタビューにてこう答えている。「まずベテラン選手達のプレーを見てから、どれだけ彼らが代表でプレーでき、そして準備出来ているか判断せねばならない。そして現実的な問題として彼らと共にこの先2年・4年やっていけるか見る必要がある。前だけを考え、そしてポルトガル本大会に向けて仕事をしていく。我々には充分なほど若手の選手がいるし、決定的に推薦出来る一つのグループがある。彼らはサッカーの名声もあるし、自分を証明したがっている。」

 ハイドゥク・スプリト監督のゾラン・ヴリッチ、そしてフランスW杯の代表正GKドラジェン・ラディッチをアシスタントコーチに付けたバリッチの初指揮は8月21日の親善試合ウェールズ戦。ベテランに代わり加入した新メンバーは、マリヨ・マリッチ、マリオ・バジーナといった自分の目が届くオーストリア・リーグで活躍する選手達であった。またイェルコ・レコ、ムラデン・ペトリッチ、フィリップ・タパロヴィッチ、トミスラフ・マリッチといった5月8日の親善試合ハンガリー戦で初めて試された選手達の名前も挙がった。バリッチはメンバー発表時に「実験的な試合ではあるが結果も大事だ。ワールドカップ予選・本大会でのメンバー全てがチャンスを持っているが、今は様々な理由でリストから外れている。しかし私のリストに乗るためにはクラブでレギュラーとしてプレーせねばならない。」と再び最後の一文を強調し、ボクシッチとソルドは計算に入れているものの、他のベテラン選手は準備不足と判断した。これはバリッチ到来と共に名前だけで選ばれる時代が終った証拠だ。ただ国内リーグよりオーストリアリーグの選手を贔屓目で見ているのでは、との批判は残った。

【写真:ペトリッチの同点ゴールにチームメイトが祝福する】
 8月21日、ウェールズ戦がヴァラジディンにて行われた。独立後のクロアチア代表にとっては100試合目となる特別な試合だ。クロアチアのフォーメーションは3-5-2で、スタメンはGKスティペ・プレティコサ、3バックは左がヨシップ・シムニッチ、中央ロベルト・コバチ、右がスティエパン・トマス。中央の守備的MFがニコ・コバチで、左MFフィリップ・タパロヴィッチが右MFダニエル・シャリッチ。攻撃的MFが左ミラン・ラパイッチに右ダヴォール・ヴグリネツ、ツートップはゴラン・ヴラオヴィッチとトミスラフ・マリッチ。一方、ライアン・ギッグスを欠くウェールズは4-4-2。クロアチアがボール・ポゼッションで上回り、常に相手陣内で攻撃を繰り替えしたものの、統制のとれたゾーンディフェンスを敷くウェールズに無手勝流のクロアチアは攻めあぐねた。前半はラパイッチが攻撃の組み立て役になったがFW2人が相手DFの間に埋もれてしまい、またサイドのフリースペースにシャリッチやタパロヴィッチが飛び込まないため、ラパイッチは場を打開するようなパスは出せず。11分にMFサイモン・デイビスがドリブルを仕掛け、コバチ弟、タパロヴィッチ、シムニッチがマークの受渡しに失敗し、GKとの1対1を決められてウェールズが先制。20分頃からDF3人が幅広く間隔を取るようになり、それまでの5バックの両サイドっぽいプレーをしていたシャリッチとタパロヴィッチが前線へと飛び込めるようになる。しかし中盤でコバチ兄、ヴグリネツがミスパスを連発したため、次第にラパイッチが下がり気味に。28分にヴラオヴィッチ、40分にT.マリッチ、43分にシムニッチがチャンスを迎えるも決められず。前半終了のホイッスルと共に満員のメインスタンドからは大ブーイングが発せられた。
 ハーフタイムにバリッチは「もっとアグレッシブに、またサイドを使って攻撃する」よう指示。後半頭からプレティコサ→ブティナ、コバチ兄→レコ、ヴグリネツ→シルビオ・マリッチ、トミスラフ・マリッチ→マリヨ・マリッチ、ヴラオヴィッチ→ペトリッチへ交替。最初の10分間はボールコントロールに優れたシルビオ・.マリッチとレコの二人が中盤を活性化するが、枚数で固められたウェールズの守備を崩すことは出来なかった。61分にコバチ弟→ヴラニェシュ、ジブコヴィッチ→トマス、ラパイッチ→バジーナへと交替。ヴラニェシュはひたすら攻撃参加するスーパーリベロの役割を与えられ、パッサーの枚数は増えたものの全体のコンビネーションとアイデアに欠けた。しかし79分に思わぬ形でクロアチアに点が入る。ウェールズのGKジョーンズが足元にボールを持っているところをマリヨ・マリッチがプレッシングを掛け、慌てて出したDFへのパスがペトリッチの足元へ。これを決めて同点に追い付くことができた。しかしそれ以上にゴールを割ることは無かった。
 バリッチはこの結果を受けてこう語る「素晴らしいテンポを持った良い試合であった。しかし雨とピッチが柔らかかったことが我々には不都合だった。しかし今回で次の試合に我々が必要なものは何か判ったし、選手達はもっと良くプレー出来ることは確実だ。しかし、あのような失点は決して許されるべきものではない。この試合は我々にとって良い教訓となり、またウェールズのような(守備一辺倒の)チームに対して如何に戦うかの道標となった。全てを終えての引き分けは幸せかって? いや違う。本当なら我々は勝利に近かったからだ。」
 しかしながら、ウェールズ戦の内容はバリッチが言うほど褒められる内容では無かった。戦術的に目新しいものは無く、得点力不足、中盤でのクリエイターの欠如という問題も解消されないまま終った。ダリオ・シミッチが「我々のプレーに輝きは無かった。今は多くの新選手がいるため、もっと一緒のプレーが必要だ」と語ったように、今は発展途上の段階だ。最初の山場は10月12日のブルガリア戦。よって初戦のエストニア戦は勝利を前提にした再テストの意味合いがあったはずだった。

 8月29日にエストニア戦に向けた代表が発表された。メンバーは以下のようだ。(太字は日韓ワールドカップでは代表未選出)

GK: スティペ・プレティコサ(ハイドゥク・スプリト), トミスラフ・ブティナ(ディナモ・ザグレブ) 

DF: ボリス・ジブコヴィッチ(バイヤー・レバークーゼン)、ロベルト・コバチ(バイエルン・ミュンヘン)、ダリオ・シミッチ(ミラン)、ヨシップ・シムニッチ(ヘルタ・ベルリン)、スティエパン・トマス(コモ)

MF: ダヴォール・ヴグリネツ(レッチェ)、ニコ・コバチ(バイエルン・ミュンヘン)、フィリップ・タパロヴィッチ(ボーフム)、ミラン・ラパイッチ(フェネルバフチェ)、ダニエル・シャリッチ(パナシナイコス)、シルビオ・マリッチ(ディナモ・ザグレブ)イェルコ・レコ(ディナモ・キエフ)、ユーリツァ・ヴラニェシュ(バイヤー・レバークーゼン)、マルコ・バビッチ(バイヤー・レバークーゼン)
FW: トミスラフ・マリッチ(ヴォルフスブルグ)ムラデン・ペトリッチ(グラスホッパー)、アレン・ボクシッチ(ミドルズブラ)、イヴィツァ・オリッチ(ディナモ・ザグレブ)

ウェールズ戦からは新たにアレン・ボクシッチとイヴィツァ・オリッチが追加召集。そのためマリヨ・マリッチとマリオ・バジーナは外れ、またウェールズ戦でキャプテンを務めたヴラオヴィッチはマスコミにプレー内容を叩かれたことに怒りを覚えて代表引退声明を発した。
 9月2日からスロベニアの国境の街チャティジュにて合宿が開始される。しかしボクシッチがブラックバーン戦後に足の筋肉に痛みを訴えて代表を辞退。またロベルト・コバチに続いてシムニッチまでもがドイツカップで足首を負傷。トゥドールは回復の兆しは見せているものの、今回は大事を取って見送られた。代りにバリッチ監督はDFマリオ・トキッチ、MFダニエル・フルマンを召集。またオリッチは8月中旬のディナモ契約後から直ぐに何試合もこなしたために疲労が溜まり、膝も痛めて2日間練習をキャンセルした。水曜日のサモボルとの練習試合(7-1の勝利)では後半のみの出場だったが彼本来の動きではなかった。またこの試合ではラパイッチが負傷退場。一時は不安視されたが、エストニア戦の出場にはGOサインが出た。
 試合前日、バリッチ監督は奇妙なことを発言する。そしてこの言葉が試合当日の各紙の見出しとなる。
「試合開始1分から鋭いプレッシングを掛ける」
バリッチの説明はこうだ。「イニシアチブを取ることが重要だ。このチームは芸術的なサッカーで挑むことが出来ず、むしろ男性的な力強さをもってして相手を上回らなければならない。」
パワープレーでエストニアを片付けようとしたゲームコンセプトは二つの起用ミス−ラパイッチのスタメン落ちとトマスのFW起用−へと繋がり、バリッチの監督の素質そのものまで疑われることになる。必要なのはプレッシングではなく、チャンスメーカーを増やすことで多くの得点へと結びつけることでは無かったのか。

【写真:エストニア戦のスターティング・メンバー】

 時は9月7日、場所はクロアチア東部の街オシエク。スタディオン・グラドスキ・ブルトは満員とまでいかないものの、メインとバックスタンドを8割方埋め尽くす12000人余りの観客が集まった。クロアチアのユニフォームを着た観客はかなり多く、入口で配られた赤白チェックのビニール袋がスタンドを舞った。エストニアから駆けつけたサポーター30人余りはメインスタンド中央でイングランドスタイルの応援を続ける。スターティング・メンバーが発表。ここオシエクを故郷とするマルコ・バビッチに大きな歓声が涌いた。レバークーゼンでレギュラーは奪えないものの実力は高く買われており、前日には彼の先発起用が伝えられていた。しかし、もう一人のオシエク出身者ヴラニェシュはスタメンどころかベンチ枠からも漏れてしまった。クロアチアの布陣は3-5-2。GKプレティコサ、DFが左ジブコヴィッチ、中央トキッチ、右シミッチ。MFが左にバビッチ、右にシャリッチ。タパロヴィッチが守備的MFで、その前列にシルビオ・マリッチとヴグリネツ。ツートップはオリッチとトミスラフ・マリッチだ。ラパイッチが先発から漏れたのは意外であったし、また各紙はサモボル戦で良い動きを見せていたトマスを左ストッパーとして先発予想していた(ジブコヴィッチは左膝を怪我したばかり)。またボランチにはヴラニェシュやレコでもなく、幾分と守備的なタパロヴィッチか起用されたのも疑問符が付けられた。

 一方、エストニアは4-5-1。GKのマート・ポームはダービー・カウンティでプレーするこのチーム随一のタレントで、このオフにはエバートンとマンチェスター・ユナイテッドが400万ポンドのオファーを出している。DFラインは左からサヴィアウク、ピーロヤ、ステパノフ、アラス。中盤の底にレイムとクリスタル、左にリンドペレ、右にM.ローバ。この7人の選手は全てエストニア最強のクラブ、フローラに在籍。トップ下のオペール(代表20得点)、ワントップのゼリンスキ(代表22得点)はデンマークのアールブルグ在籍。弱小国と見られていてもコンビネーション、チームワークの点ではクロアチアより格段と上だ。オランダ人監督アルノ・ピーペルスは「クロアチア、ブルガリア、ベルギーのいずれかから勝ち点を取ったら、このグループでエストニアという国は驚きとして捉えられるだろう。しかしそれは不可能ではない。我々の基本フォーメーションは4-3-3だが、相手次第で問題無く変更出来る」と試合前に語っている。後から明らかになったことだが、バリッチ監督は準備されていたエストニアvs.モルドバの親善試合(1-1)のビデオテープを見なかったという。バリッチは代表をいじくることばかり考え、エストニア対策を練っていなかったのは試合で明らかとなった。

【写真:前半42分、二人のマリッチが決定機を逃す。
左がシルビオ・マリッチ、右がトスミラフ・マリッチ】

 両チームの選手達が入場、国歌の演奏ののち、先の試合で代表キャップ50を越えたダリオ・シミッチが表彰を受ける。今日はこのシミッチがキャプテンマークを腕にまとった。18時にスペイン人の主審フアン・アントニオ・フェルナンド・マリン氏の笛でキックオフ。
 まずはエストニアが決定機を迎えた。3分、左CKからDFステパノフがヘディングしたボールはジブコヴィッチがクリアし損ね、再びステパノフに頭上に。ボールを再びジブコヴィッチの裏のスペースへと押しやると、そこにゼリンスキが飛び込んだ。4〜5mほどの近距離から放たれたヘディングシュートをプレティコサが素晴らしい反応を見せてボールを枠の外へと追いやる。いきなり冷や汗をかかされたクロアチアではあるが、以後90分間はピンチらしいピンチを迎えることなく、ひたすら攻め続けることになる。6分、ヴグリネツのスルーパスからオリッチが突破、ペナルティエリアで2人のエストニアDFに挟まれて前のめりに倒れるもPKの判定は無かった。13分、右20mの位置からバビッチが狙った直接FKはスピードと回転を伴って枠を捉えるが、GKポームがパンチングでかわす。16分、18分とオリッチがシュートするも枠の外へ。エストニアはGKを除く8人で整備されたゾーンディフェンスを見せ、縦のパスコースを遮断し、またシュートコースをも塞ぐよう心掛けた。GKマート・ポームが声を張り上げて的確な指示を送る。その一方でクロアチア攻撃陣では指示役はおらず、また個人個人がお互いのイメージをすり寄せることもなかった。ヴグリネツとシルビオ・マリッチはボールを持っても横へ横へと流れ、出し所が無くてサイドへ。クロスを挙げたところでもヘディング能力を期待されたトミスラフ・マリッチは競り合いに勝てず。オリッチは速攻でこそ持ち味が出る選手なのだが、これだけ動くスペースが限られてしまうと成す術が無かった。27分、右コーナーキックからのクリアボールをバビッチが拾い、センターのタパロヴィッチへ。タパロヴィッチは20mの距離から強いミドルシュートを放つがGK正面でキャッチされる。29分、シルビオ・マリッチのスルーパスにトミスラフ・マリッチが反応に遅れ、シュートを放つ前にGKにパスボールをキャッチされる。32分、シャリッチの右FKにシルビオ・マリッチがヘディングするもバーの上へ。34分にはヴグリネツがミドルシュートを放つがこれも僅かにバーの上へ。40分、右クロスからシミッチが落としたボールをシルビオ・マリッチがシュートを狙うもボールに足がかすったのみでGKキャッチ。42分にはペナルティエリア左から右に流れたバビッチのボールをシャリッチが折り返し、二人のマリッチがゴール前に飛び込む。DFのプレッシャーは無かったので、きちんと当てさえすれば得点だったのをシルビオは当て損ね、トミスラフはポジショニングの悪さから正確にヒット出来ず。43分にはオリッチが左からペナルティエリア中央のシルビオ・マリッチへパス。プレッシャーが少ない瞬間にシュートすれば良かったところを、左のタパロヴィッチに流してしまい、これをDFがカット。連発した決定機での失敗にスタジアムは溜息どころかブーイングが連発された。ディナモでの復活で代表カムバックを果たしたシルビオ・マリッチではあるが、ミスパスの多さと決定機での失敗は観客だけでなくバリッチをも失望させた。

【写真:後半から入ったラパイッチは左サイドから
何度も好クロスを上げる。なぜ先発で使わなかったのか?】

 後半頭からバリッチはマリッチを代えてラパイッチを投入した。いきなりラパイッチは左サイドで2人のエストニア選手をドリブルでかわしてセンタリング。観客席から「ミキ・ラパイッチ!」の声援が飛ぶ。このあともラパイッチは高度なテクニックで選手をかわし、幾度も左サイドからクロスを上げた。その代りに前半で良い動きを見せていたバビッチが左サイドから消えることとなる。55分、ラパイッチの左クロスから右でフリーのブグリネツが角度の無いところからボレーシュートを放つが、ボールはサイドネットに。59分、バリッチはトミスラフ・マリッチに代えてムラデン・ペトリッチを投入。ペトリッチはラパイッチの左クロスから低い体勢でヘディングシュートを狙うもののボールはポストの右。66分、右のシャリッチから中央のタパロヴィッチへ。タパロヴィッチは二人選手をかわして利き足とは逆の左足でシュートを放つ。GKポームは裏を取られたが蹴ったボールの勢いが無くてポストの右へ。66分、67分とヴグリネツが放ったミドルシュートは共にポスト左へ。69分、ラパイッチの左FKにオリッチがヘディングしたボールは右へと流れ、これにヴグリネツが反応するも足が届かず。74分、ラパイッチの左クロスは2トップに触れず右のシャリッチへ。ワントラップしてから右足でシャリッチがシュートするもGKポームがパンチング。75分、正面右の直接FKからラパイッチがトリックプレーで左フリーのジブコヴィッチへ。ボレーシュートを放つがボールはエストニアのゴール前にいたヴグリネツに当たってしまう。78分、バリッチ監督はシャリッチに代えてDFが本職のトマスを投入。最初は交替の意図が掴めなかったが、トマスはフォワードの位置へと上がることで彼にクロスボールを当てる作戦だと判る。かつてトマスを右MFとして起用したヨジッチ前監督は「いずれトマスをFWとして起用する日もそう遠くない」と揶揄されたのだが、まさか新監督のもとで実現するとは思わなかった。80分、ジブコヴィッチの左CKがエストニアのゴール左隅に襲うもGKパンチング。89分、ラパイッチが2人かわしてクロスしたボールにトマスがヘディングシュートするもポストの右へ。90分にはロングパスからヴグリネツが落としてオリッチがトラップからシュートするもDFに当たる。これまでエストニアはインターセプトと同時に超ロングボールを前線に放り込むのみだったのだが、92分にトキッチがこのロングボールの処理に失敗。エストニアのFWオペールがGKプレティコサと一対一となり、値千金となるゴールを狙うも、プレティコサが今度は足にボールを当ててチームを救った。最後のクロアチアのチャンスは94分、ジブコヴィッチからの鋭い左クロスにオリッチがヘディングするも、ボールはまたしてポストの右へ。そしてタイムアップ。スタジアムはもちろんのことブーイングの嵐となった。

【写真:フォワードでスクランブル起用されたトマス(右端)】

 試合終了後、クロアチアの選手の何人かはグラウンドへと座り込んで呆然とし、観客に挨拶するのも忘れてドレッシングルームへと向った。面識のあるバビッチは途中でカメラを持つ僕に気付くやオッと驚きの顔を見せたが、直ぐに重い雰囲気へと逆戻りした。記者会見の席ではバリッチが険しい顔をしながら彼特有の甲高い声で言い訳を始めるのだった。
「もし負けたとしたら悲劇だったかもしれないが、勝てなかったということも嘆くべきである。しかし非常に大事な4選手(トゥドール、コバチ弟、シムニッチ、ボクシッチ)を失っていたこと、これが新たな代表として最初の公式戦であったことは頭に入れておかねばならない。代表でこのようなメンバーではこれまで決してプレーしたことが無く、ある選手達には最初の公式戦であった。試合はさほど悪くは無かった。ただゴールだけが不足していた。前半は選手間が広すぎたことで多くのパスミスをしてしまった。後半は修正して良くはなったが、ボールがゴールネットを嫌ってしまった。エストニアのカウンターアタックは非常に危険であり、またエストニアは我々が予想していた以上に良いチームであった。このグループのライバル達にも問題が起こることを信じている。まだ多くの試合が残っている。ブルガリアもしくはベルギー相手のアウェー戦で勝つことは可能であるが、そのためには最高の選手達が必要だろう。」
起用面における最大の疑問点、"なぜラパイッチを先発で起用しなかったのか?"の質問にはこう答えた。
「彼は90分間プレー出来る状態ではなかった。またプレッシング・サッカーを適応させたかった中で、彼はそのような戦術のタイプの選手では無かった。」
また誰もが予想しなかった"トマスのFW起用"についてはこう答えた
「跳躍力をもってゴールを狙わねばならなかった。これは弱者の戦術では無い。彼はそれに挑み、一度だけだがヘディングシュートがあった。」
この日の言い訳はこれが精一杯だった。一方でエストニアの監督アルノ・ピーパースは明るい顔ですらすらと答えた。
「結果には大変嬉しく思っている。プレーは予想通りに展開した。試合はスリートップで始めたが、次第に引くようになった。強いチームを相手でアウェーにて戦う時には引かねばならないということは知っての通りだ。ディフェンスに集中しなければならないことも知っていた。クロアチアの方が良かったとはいえ、相手のゴールキーパーが救うような良いチャンスを持つことが出来た。」
またクロアチアの選手のコメントは概して暗いものばかりとなった

ミラン・ラパイッチ
「エストニアを過小評価してなかったが、これは大きな失望だ。我々はこの試合を勝たねばならなかった。試合に関して何を言えばいいのか判らない。むしろ忘れる方が良い。これがたった一試合だけなら問題ではないだろう。しかし我々にはこのようなことが心配なほど繰り返され始めていると思われる。」
ダリオ・シミッチ
「これが我々の現実なのかと恐れている。これまでこのような代表は持ったことが無かったし、ヴァトレニはもう過去のものだ。今は忍耐が必要だ。大事に勝点2を失ったことは明らかだが、泣くことも放棄することも許されない。まだ希望はあるし、予選は始まったばかりだ。」
イヴィツァ・オリッチ
「勝ち点2の損失は埋め合わせることの出来ないものかもしれない。我々は自分以上の力を出したが、ボールは常にゴールポストの50cm横を通過していった。遺憾だ、極めて遺憾だ。この結果が少しポルトガルを遠ざけたかもしれない。」
また彼がいなければ最悪の結果が予想されたGKスティペ・プレティコサは
「チームメートの勝利への意欲は強かったが、残念ながらゴールに届くことは成功しなかった。最後には私がチームを救うことになったが、次回にはチームメートが私を引っ張ってくれることを信じている。このチームにはエストニアのペナルティエリアできちんとゴミを片付ける(得点を決められる)ダヴォール・シュケルが欠けていた。」
と、過去となった名選手を挙げるにまで至ったのだ。

翌日の紙面から厳しい糾弾が続けられた。
「ノックアウト同然の惨めな勝ち点1」(Sportske Novosti紙)
「オットー、目を覚ませ!」(Jutarnji-list紙)
「このような結果に我々はゆっくりと慣れていかねばならない」(Vecernji-list紙)
「オットー、お前だけが去れ! それも直ぐにだ!」(イゴール・シュティマッツ)
「クロアチアサッカーの将来を背負うヴラニェシュが除外されたことは驚きだった。彼は今の代表に欠けているクリエイターの一人でもある。またラパイッチが先発で使われなかったことを釈明することは不可能だ。噂では彼はプレッシングが出来ないかららしいが、私には理解出来ない。」(ズラトコ・クラニチャール/リエカ監督)
「試合開始からレコが使われなかったのは驚きだった。監督に不満を述べるとしたらそれだけだ。」(ミロスラフ・ブラジェヴィッチ/ディナモ監督)

【写真:バリッチが溺愛するタパロヴィッチ(左)は
守備的MFであってクリエイターでは無い。
バビッチ(右)はヤルニの後継者となりえる】

 9月9日付けのJutarni-list紙においてバリッチのインタビューが掲載されている。彼はこれら批判を饒舌にかわしている
「結果には失望しているが、現在クロアチアがどんな状況か正確に知っている。まだ始まったばかりだ。気を付けてくれ、私は勝点を取るためのマシーンではないのだ。マルコヴィッチ協会長が次のブルガリア戦が最後のチャンスと断言したそうだが、それは同意出来ない。グループ2位でもポルトガルに行ける可能性があるのだ。勝点2を失ったことをまるで世界の終わりのように思われているが、ソフィアで勝てば100%変わるだろう」
またエストニア戦での最優秀選手にバリッチはタパロヴィッチの名前を挙げたことは、ラパイッチ先発不起用の言い訳と思われたが、バリッチはこうタパロヴィッチを弁護した。
「彼は素晴らしかった。本当に素晴らしい! 多分、君達は違う観点で見ているのだろう。シルビオ・マリッチを守備的ミッドフィルダーとする新聞予想を見たが、マリッチは3番目のFWだ。4番目のFWであるヴグリネツと沿う形でね。マリッチとシャリッチがもっと攻撃的にプレーしたならば、ヴグリネツが司令塔となっただろう。タパロヴィッチに任された仕事はエストニアの司令塔を潰すことであり、故にエストニアに司令塔たる人物は存在しなかった。彼は非難の余地が無いほど素晴らしく仕事をミス無しでこなした。私が10段階で評価するなら間違いなく7を付ける。タパロヴィッチには絶対的な信頼を持っているし、彼はソルジャーである。もしブルガリア戦においてトマスが準備出来てないようなら、バラコフ対策にタパロヴィッチを付けるのは確実だ。」
攻撃センスを兼ね備えたモダンな守備的MFであるイェルコ・レコを起用しなかったことを追究されると、
「起用面に関して私に影響を与えることは誰も出来ない。私は40年間監督をしてきたんだ。私のように知識のある監督は誰に対しても恐れることはない。レコは練習初日にはいなかったし(ハイドゥク戦の翌日のため)、サモボルとの練習試合でも結果を残さなかった。しかし、タパロヴィッチは本物のプレーヤーだ。例えプレー内容が悪くてもだ。貴方達は多くのことを理解していない。もちろん、エストニア戦に勝てなかった後では私が納得しないようなことを君達が忠告するのは解る。しかし、勝利のために私が全力を出さなかったと責めることは出来ないはずだ。」
ヨジッチはマスコミから「ボスニアのこぶ("石頭"の意)」と表現されたが、それでも周囲の意見は幾分と取り入れた。バリッチは最初の印象とは違って相当な「ボスニアのこぶ」の持ち主のようだ。トマスのFW起用に関してはここまで言い切った。
「私がクラブの監督だったら、彼を2週間でセンターフォワードに仕立て上げられる。それも良いセンターフォワードへとだ!」

 次の対戦は10月12日、ソフィアにてブルガリアと対戦する。ブルガリアはFWディルミル・ベルバトフを欠きながら、ブリュッセルにてベルギーをゾラン・ヤンコヴィッチとスティリアン・ペトロフのゴールで2-0と捻じ伏せた。今年2月13日、リエカにてクロアチアはブルガリアと対戦。結果はスコアレスドローであったが、その切れ味鋭いカウンターに幾度となく恐怖を味わった。ベルギー戦でのブルガリア代表はベルバトフさえ除けば当時のメンツと全く同じ、現地取材のクロアチアの記者からは「試合前にブルガリアのサポーターが"ブルガリアの英雄達"と叫んだことは幾らかコミカルに思えたが、試合を見る限りではブルガリア代表は英雄的なプレーをした。速くて正確、強固かつ勇敢、そして殺人的だ」との報告が入っている。ブルガリアはチームが完成の域に達し、また司令塔クラシミール・バラコフは絶好調と来ている。クロアチアは守備の核トゥドールと攻撃の核ボクシッチの復帰は必須。ブルガリアの猛攻に耐えて、ラパイッチからのセットプレーでトゥドールのヘディング1発で逃げ切るしかない。それこそクロアチア人好みのサッカーではないのだが、そうでもなければクロアチアとバリッチの終幕は早々と訪れるかもしれない。

 

[参考資料] クロアチア各紙のエストニア戦における選手採点

position player play-time Vecernjii-List Jutarnji-List Spotske Novosti Slobodna Dalmacija
GK 1.Stipe Pletikosa 90min 7.5 6.5
DF 2.Boris Zivkovic 90min 5.5 5.5 5.5
DF 5.Mario Tokic 90min
DF 6.Dario Simic 90min 5.5 6.5
MF 3.Marko Babic 90min 6.5
MF 8.Danijel Saric 78min 5.5
MF 6.Filip Tapalovic 90min 5.5 5.5
MF 8.Davor Vugrinec 90min 5.5 5.5
MF 10.Silvio Maric 46min 5.5
FW 9.Ivica Olic 90min 5.5
FW 11.Tomislav Maric 59min 5.5 5.5
 

途中交替

         
MF 17.Milan Rapaic 45min 6.5
FW 18.Mladen Petric 31min 5.5
DF 13.Stjepan Tomas 12min
 

控え選手

         
GK 12.Tomislav Butina          
MF 14.Danijel Hrman          
MF 15.Niko Kovac          
MF 16.Jerko Leko          

 

EURO 2004 - Qualification

CROATIA vs. ESTONIA

2002.9.7 Stadion Gradski Vrt in Osijek

CROTIA ESTONIA
position name position name
GK 1.Stipe Pletikosa GK 1.Mart Poom
DF 2. Boris Zivkovic DF 2. Teet Allas
DF 5. Mario Tokic DF 3. Andrei Stepanov
DF 6.Dario Simic DF 4. Raio Piiroja
MF 3. Marko Babic DF 5. Erko Saviauk
MF 6. Filip Tapalovic MF 6. Martin Reim
MF 8. Daniel Saric
[78'-13.Stjepan Tomas]
MF 7. Meelis Rooba
MF 7. Davor Vugrinec MF 8. Marko Kristal
MF 10. Silvio Maric 
[46'-17.Milan Rapaic]
MF 10. Anders Ope
FW 9. Ivica Olic MF  11. Joel Lindpere
[(58'-16. Urmas Rooba
]
FW 11. Tomislav Maric
[59'-18. Mladen Petric]
FW 9. Indrek Zelinski
COACH Otto Baric COACH Pijpers Arno
CROATIA 0−0 ESTONIA

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