現地発、クロアチア・サッカー報告(22)

ユーロへの道〜変貌するクロアチア代表


欧州選手権予選 
2003/3/29 「クロアチアvs.ベルギー」 
2003/10/11 「クロアチアvs.ブルガリア」等


 悪夢のエストニア戦のスコアレスドローから始まり、一時は絶望視されたクロアチアの欧州選手権ポルトガル大会(ユーロ2004)の出場もグループリーグ二位に留まり、プレーオフまでこぎつけた。この一年間の戦いを振り返りながら、オットー・バリッチ監督の下でどのようにチームが変化・構成されていったかをまとめてみよう。

【ブルガリアン・ショック】

【ブルガリア戦(2003年)でのクロアチア代表】

  2002年10月12日、欧州選手権予選第2戦の舞台となったのはソフィアのレフスキ・スタジアム。改修されたスタジアムは満員の4万3千人が集り、緑白赤のブルガリア国旗がスタンドを彩った。クロアチアのスタメン(4-4-1-1)はGKスティペ・プレティコサ、右SBダリオ・シミッチ、センターバックがイゴール・トゥドール(右)とロベルト・コヴァチ(左)、左SBがボリス・ジヴコヴィッチ。バラコフのマーキングにはスティエパン・トマス、そしてイェルコ・レコが守備的MF。右MFがマリオ・スタニッチ、左MFがミラン・ラパイッチ。トップ下がダヴォール・ヴグリネツでワントップがアレン・ボクシッチ。一方のブルガリア(4-1-3-2)はGKズドラブコフ、右SBがキシシェフ、センターバックがキリロフとパジン、左SBがペトコフ。ボランチがスティリヤン・ペトロフで、右MFペーフ、左MFヤンコヴィッチ。バラコフが司令塔で、マルティン・ペトロフが左サイド前線に張り、ベルバトフが中央で張るという布陣。
 90分を通してブルガリアの力強い攻撃に圧倒的に押されまくった。前半21分、バラコフからパスを受けたベルバトフがトゥドールの厳しい寄せを受けながらも、後方からスペースへと走りこんだS.ペトロフへとスルーパス。完全にフリーとなったペトロフはプレティコサの右脇を狙ってブルガリアが先制する。36分には左に張ることの多かったM.ペトロフが右サイドへと周ってDFの裏へ速いクロス。トゥドールがヘディングでクリアしようにも頭に触れたのみで背後のベルバトフに渡り、これを胸トラップしてから右ネットへと突き刺した。
 後半頭からバリッチ監督は応急処置としてマリヨ・マリッチとイヴィツァ・オリッチを投入し、ボクシッチ−マリッチ−オリッチの3トップへ。Outのシミッチの代りにトマスを右サイドバックへと下げ、ジヴコヴィッチと共にサイドからのオーバーラップを図るが、直ぐに守備面に綻びが現れて応戦一方となる。プレティコサが好セーブを連発しなければ、もしくはベルバトフとM.ペトロフが途中交替でピッチを去らなければ、5-0、6-0で終わる結果も有り得た。2002年2月のクロアチアvs.ブルガリアの親善試合でも彼らのカウンターの恐ろしさを味わったが、そのブルガリアが更に熟成度を増していた。コレクティブかつコンパクトなライン守備を保ち、ボールを奪ってからは速いパス展開とワンツーを利用したコンビネーションプレーで容易く相手守備を突破する。これは1年掛けてチーム作りした一クラブのようなチームと、ワールドカップ後に世代交替を迫られ急造したチームとの対戦であるかのようだ。結果は2-0であったが、試合内容でここまで叩きのめされたのは過去にない。そして「トゥドールが入れば…」という神話も崩壊した試合であった。
2試合で勝点1。早くも瀬戸際に追い詰められたバリッチ監督はこう言い訳を放った。
「1人、2人はチームに欠けていたかもしれないが、可能な限りの最良のメンバーでプレーしたはずだった。最初の失点までは集中して組織プレーしていたが、失点以降はブルガリアが我々を越える力を発揮した。トマスはバラコフの犠牲者となったわけだが、それは他の選手達がトマスを助けなかったからだ。トマスのマンマークを受けたバラコフは後方へと引いて縦のロングパスを使いながら素晴らしい指揮を見せた。トゥドールはまだ充分に準備出来てなかったのは明らかだった。ユベントスでの彼を見た時に、彼が他の10人の好選手に囲まれていることに気付かなかったのだ。ラパイッチは殆どチームを助けることはなかった。しかし今は選手のことを言っても仕方は無い。私を批判する人達に言っておくことは、"別の誰かが監督の地位にいたとしても結果は同じ"ということだ。」
ブルガリアでのショックは選手だけでなく関係者も絶望に陥れた。
アレン・ボクシッチ
「環境や雰囲気が我々を迷わしたのではない。ただ相手だけが我々を迷わせたのだ。ブルガリアは強すぎた。今まで私はブルガリアには素晴らしい選手が2、3人しかいないと思っていたが、この日を機にインターナショナルクラスの選手が少なくとも6人はいることを確信した。」
マリオ・スタニッチ
「長くサッカーをやってきたが、クラブや代表でこれほど叩きのめされたと感じたのは初めてだ。ブルガリアはたやすく我々を踏み潰した。あの恐ろしいアーセナルですらこれほどのカウンターアタックを持ち合わせていない。この試合の後、いったい私はここで何をしたのかと自分に問い詰めることになるだろう。」
ズラトコ・マルコヴィッチ・クロアチアサッカー協会長
「ヴァトレニ世代という素晴らしい時代をあとにして、我々は意識をはっきりさせなければならないだろう。ヴァトレニのような実力を思い出させるようなセレクションは出来ない。心苦しいが、今はブルガリアの方が上だと認識している。モダンなサッカーをしながらフィールド中央を突破し、ケームを支配した上で勝利する。我々に司令塔がいないことはよく知っている。この先10年間までそのような選手を見つけるのは困難であるし、ひとまず3月のベルギー戦に向けて準備しなくてはならない。バリッチ監督を更迭するかって? それは愚かな質問だ。彼に責任を取らせるつもりはない。」
ムラデン・ムラデノヴィッチ(当時リエカ助監督、元ガンバ大阪)
「フランスW杯3位の後に私は新たな代表を作る必要があると話した時、誰もが私のことを"狂っている"と言った。その時に世代交替を行っておけば、今となって我々にこのようなことが起きなかったはずだ。ブルガリアは我々に恥をかかせた。クロアチアリーグには他リーグでプレーするよりも良い選手達が数多くする。しかし代表との関連性は破滅的だ。魂も無く、責任も無く、愛国心も無い。これまで築き上げてきたもの全てが今は崩壊した。」

 

【新戦力を求めて】

【初選出以来に定着したロッソ(左)とスルナ(右)】
 このあと、バリッチ監督にとっては救世主を探す一年間の旅が続いた。テストする選手の数が余りに多すぎると批判の意見はあったものの、時には国外へと足を運び、普段は衛星テレビで選手達のクラブでのプレーぶりを常にチェックしようとする姿勢は評価できるだろう。
 最初に発掘されたのは、これまでイスラエル帰化と代表入りを進めていたジョバンニ・ロッソ(マッカビ・ハイファ所属)。イスラエル政府が帰化承認まで5年の予備期間が必要と最終通告したことに、ロッソの心は祖国クロアチアへと傾いた。「私は常にクロアチア代表召集を受ける準備が出来ている。バリッチ監督か準備出来ているかどうかだ。私が必要なのか、そうでないのか。もし召集されたら喜んで受ける。拒否することは頭に無い」−ブルガリア戦後にロッソはラブコールを送った。既にチャンピオンズリーグの対シュトゥルム・グラーツ戦(実はロッソの兄弟がバリッチに視察を促した)、そしてマンチェスター・ユナイテッド戦とロッソを視察していたバリッチは、バイヤーレバークーゼン戦を視察した上で彼の召集を決定付ける。司令塔不在のクロアチアに取ってロッソは貴重な戦力と見込まれたのだ。
 バリッチが汚名を拭うための最初の試合となったのは11月20日、ルーマニアとの親善試合(ティミショアラ)。怪我人続出で、国内リーグから9人が選出されることになったが、ここで一人の選手を発掘することが出来た。U-21代表のダリヨ・スルナ(ハイドゥク・スプリト所属)だ。右サイドのスペシャリストであり、U-21ブルガリア戦ではハットトリックの活躍をしていたもののA代表には時期尚早だと思われていた。ロッソと共に先発出場で代表デビューを飾ったスルナは47分、右からのFKをトミスラフ・マリッチの頭に合わせて先制点を演出する。74分にはロッソがパスカットからドリブル突進してシュート、GKステレアにキャッチングされるものの存在感を示した。ルーマニアに上回るシュートを打たれながらクロアチアは1-0の勝利。バリッチは監督就任後の初勝利を飾ると共に、これまで弱点とされた右サイドとトップ下のポジションをロッソとスルナという新発見で埋めることが出来たのだった。

【最大の発見となったダド・プルショ。
高さだけでなくドリブルも彼の武器】

 2003年2月、クロアチアは3試合の親善試合を組む。2月9日のマケドニア戦、12日のポーランド戦、14日のハイドゥク・スプリト戦(後者2つはカップ戦のマリャン・トロフィー)。マケドニア戦とハイドゥク戦は殆ど国内リーグの選手で戦ったために収穫はなかったが、ポーランド戦はフェネルバフチェと契約解除をしたばかりのラパイッチを欠いた以外はベストメンバー(3-4-3)で挑んだ。GKプレティコサ、DFトマス(右)、コヴァチ弟(中)、シムニッチ(左)。ボランチにトゥドール、左MFマルコ・バビッチ、右MFジヴコヴィッチ、攻撃的MFにロッソ。右ウィンガーにスルナ、左がオリッチ、そして中央がトミスラフ・マリッチ。アドリア海特有の強風ブーラが吹き荒れ、わずか1000人の観客が見守る中のスコアレスドロー。得点力不足は深刻な問題となっていた。1月末にボクシッチがミドルズブラとの契約を解消すると共に突然の現役引退を発表。「前線でポストを張れ、そしてヘディングに強く、かつ得点力のある屈強なフォワードは誰か?」−ポスト・ボクシッチとして一人の選手に白羽の矢が立った。モナコ所属のダド・プルショだ。若くして心臓疾患と診断されハイドゥクを追われた彼はプルショは、国内リーグのパジンカを経てフランスへ渡り、今ではデシャン監督の信頼を得てモナコ躍進の原動力となっていた。バリッチにとっては就任当初は名前すら知らなかった選手であったが、クロアチアのメディアがプルショ待望論を書きたてると共に彼に注目せざる得なくなる。2アシストを決めたリール戦を現地視察してから、彼と面談をしてベルギー戦召集を彼に告げる。プルショの召集でボシュコ・バラバンが代表から落されたが、レンタル先でディナモで得点を決め続ける彼に擁護の声は上がっても、もう代表に値しない選手であるのは明らかだった。

【ファン・ブイテン(左)をかわしてシュート体勢
へと入るレコ。既に中盤に欠かせない存在だ】

 3月29日、舞台はマクシミール・スタジアム。プルショという最高のカードを手にしたバリッチ監督は2位争いを賭けた最大のライバル、ベルギーを迎えた。屋台骨だったマーク・ビルモッツが引退し、ホームでブルガリアに0-2と粉砕されたものの、トーマス・ブッフェル、エミール・ソンク、ウェスレイ・ソンクが組むアタック陣は強烈だ。バリッチは3-4-1-2の布陣を組んだ。GKプレティコサ、DFが右からシミッチ、コヴァチ弟、シムニッチ。MFが右からスルナ、ロッソ、トゥドール、ジヴコヴィッチ。ラパイッチが左サイドでのチャンスメーカーに徹し、ツートップはプルショ、T.マリッチ。試合開始からボールを奪っては前線へとボールを送り込む。プルショはボール落下点の読みと競り合いに強く、願ってもないポストプレーヤー役を務めた。9分に左サイドでフリーでボールを持ったスルナがGKファンデルリェシェの立ち位置を見て、センタリングと見せかけて左脇を狙ってシュート。これが見事に決まってクロアチアが先制。しかし、その後はブッフェルに決定機を迎えられるなど防戦一方となったことで、バリッチ監督は後半頭からロッソに替えてレコを投入。トップ下が最適なポジションであるロッソが守備に追われて持ち味が消えていただけに、モビリティと攻守バランスに優れたレコの投入は正解だった。ラパイッチが攻撃に徹することとなり、ベルギーの右サイドを混乱。53分にラパイッチの左サイドからのFKにプルショが上手く合わせてクロアチアが追加点を挙げる。68分にはラパイッチの左クロスをマリッチがヘディングで合わせて3-0。76分にはレコが右サイドでドリブルを加速、ファンブイテンを軽くフェイントであしらい、正確なシュートを左ネットに流し込んだ。4-0という完璧な勝利にバリッチ監督はプレスコンファレンスで甲高い声を更に甲高くしてこれまでの苦労とメディアの批判を追っ払った。「私は大変満足と言うよりも大変幸せだ。なぜなら長く求めてきたものが最後になって見つかったからだ。ある時間帯ではベルギーが我々より良いプレーをしていたが、それでも勝利した。我々は真の魂を示した上に可能性のあるチームを作ったと思う。」

 

【逆襲と復讐】

【ベルギー希望の星トーマス・ブッフェル】

 ようやくチームの骨格が固まったクロアチアの逆襲が始まる。4月2日のアンドラ戦(ヴァラジディン)は苦戦しながらラパイッチのPKとFKによる2ゴールで勝利(2-0)。4月30日のスウェーデンとの親善試合(ストックホルム)ではズラタン・イブラヒモヴィッチにゴールを奪われるたが、復帰したオリッチ、キャプテンのジヴコヴィッチのゴールで2-1と勝利する。6月11日のエストニア戦(タリン)は再び固い相手守備陣を打ち破れずにいたが、後半77分、ラパイッチの左サイドのFKからニコ・コヴァチがファーサイドで押し込んで1-0。終了間際にザホバイコが混戦のシュートを放つが、プレティコサが好セーブすることで貴重な勝点3を確保した。ブルガリアがエストニア、ベルギーと引き分けたことで、クロアチアにはグループ2位だけではなくグループ1位通過の可能性も見えてくる。しかし8月20日のイングランドとの親善試合(イスプウィッチ)では一時は主導権を握っておきながら、セットプレーでの脆さを露呈してしまう(1-3)。新シーズンになってからラパイッチは所属クラブを決められない状況にあり、移籍先のシャフタール・ドネツクでレギュラーを確保出来ないスルナは本来のキレを失った。クロアチアの左右の翼はもがれた状況で、プルショと相性の良いトミスラフ・マリッチが原因不明の呼吸困難に襲われてピッチを離れる。プルショとトゥドールは足の怪我から復帰したばかり。このような状況下で9月のアンドラ、ベルギーとの敵地決戦を迎える。
 アンドラ戦(アンドラ・ラ・ベリャ)はコヴァチ兄、シムニッチ、ロッソのゴールで3-0と勝利するも、ラパイッチのファウルに対して主審が誤ってレコにイエローカードを出したことにより、代表には欠かせない存在のレコを大事なベルギー戦で欠くこととなる。アンドラ戦に後半出場したトゥドールとプルショはまだ怪我を引きずっていることで、バリッチは以下のスタメン(3-5-2)を敷いた。
GKプレティコサ−DFトマス(右)、コヴァチ弟(中)、シムニッチ(左)−右MFシミッチ、守備的MFコヴァチ兄、左MFジヴコヴィッチ、攻撃的MFロッソ(右)、ラパイッチ(左)−FWオリッチ、モルナル。
 くさびを入れてからの速い縦パスによるベルギー中央突破でクロアチア守備陣が混乱、コヴァチ兄一人では二列目からのバセージオとブッフェルの飛び出しを捉えられない。5点差以上で勝利しなくてはベルギーに自力通過の可能性はなかったのだが、マクシミールでの復讐を果たすべくアンテニュス監督は充分にクロアチアの弱点を研究していた。それに加えてイングランドのグラハム・ポール主審の不安定なジャッジにクロアチアの選手がナーバスになってしまう。34分、正面左寄りからの直接FKをソンクが蹴り、ボールは人壁に当ってゴールの左へと吸い込まれる。その2分後にラパイッチの右CKからシミッチがヘディングで決めて同点に追いつくが、43分、ワラシアクが右からのシュートをプレティコサは一度、二度とパンチングするも最後はソンクに押し込まれて2-1。後半頭からバリッチはオリッチに替えてプルショを投入するが、そのプルショには試合感が欠けていた。閉塞感が漂う中で63分にロッソを代えてスルナを投入するが、効果は現れず。72分にシムニッチがブッフェルを倒して二枚目のイエローカードを食らって退場、75分にはトマス、83分にはコヴァチ兄がイエローカードを貰ったため、3人がブルガリア戦ではサスペンドとなる。同日にエストニアを2-0と下したブルガリアはグループリーグ1位が決定。クロアチアが本大会出場するためには、そのブルガリアを下した上でプレーオフに挑まなくてならなくなった。

 

【求められた勝利】

【中盤のコンダクター、ヴラニェシュ。
今季が彼にとって飛躍の年となろう】

 シムニッチ、トマス、コヴァチ兄が使えないとは言え、クロアチアにも好材料は存在した。怪我で苦しんだユーリツァ・ヴラニェシュが今季からシュトゥットガルトに移籍、元代表のズヴォニミール・ソルドとボランチでプレーすることで代表でも計算出来るプレイヤーと成長した。またジェラール・ウリエに長く飼い殺しを受けていたイゴール・ビシュツァンがセンターバックとしてレギュラーに定着。2年1ヶ月振りに代表復帰を果たす(しかしブルガリア戦直前に合宿所を脱走。代表復帰は困難に)。イングランド戦で代表初ゴールを決めたイヴィツァ・モルナルはアンデルレヒトで抜群の動きを見せ、オリッチも移籍先のCSKAモスクワでゴールを量産している。アキレス腱痛に苦しんだプルショも完全復帰。悔やまれるは初召集が確実視された19歳のニコ・クラニチャール(ディナモ)が怪我のため見送られたことだ。ロッソは司令塔というよりはゲームメーカー。バリッチの彼の召集を最後まで願っていた。一本のパスや巧妙なフェイントで観客を唸らせる天才児クラニチャールこそクロアチアで長く待たれた司令塔となろう。

【ビシュツァン(右)は代表に戻ることはないだろう。 
右サイドもこなせるモルナル(左)は貴重な戦力だ】

 10月8日にクロアチア代表はスロベニア二部のクルシュコと練習試合を行い、ブルガリア戦を想定したスタメン(3-4-1-2)を形成する。GKプレティコサ、DFが右からシミッチ、コヴァチ弟、ジヴコヴィッチ。ドイスボランチはトゥドールとヴラニェシュ。右MFがレコ、左MFがバビッチで、バビッチの前にラパイッチ。そしてツートップがプルショとオリッチ。8-0と勝利したこの試合ではレコ、プルショ、ロッソがアピール。とりわけ右MFとして何度も好機を演出したレコは自らのプレーの幅を披露した。後半にはオリッチのサイド突破を活かしたスクランブルな3トップも試すことが出来た。
 シミッチが胃痛のため出場が微妙となったこともあるが、バリッチは前日に発表するとしたスタメンを明らかにしなかった。試合前日、バリッチは監督は「ブルガリアは客観的に見てもこのグループで最強の代表チームであった。欧州選手権でも多くの成功を願っている。我々には困難な90分が待っていることは解っている。ただ勝利しかないと繰り返して言う以外に特にないわけで、相手もグループリーグも負けなしで終えたいことを望んでいることも明らかであろう。誰が欠けているかなどは重要ではない。なぜなら私は残っている選手達を信じているからだ。そして観客が12番目の選手となることを希望している。」とコメント。また既にグループ一位通過を決めたブルガリアは多少リラックスムードであるが、プラメン・マルコフ監督は「どのチームが二位になろうが関係ない。フィールドでは我々がグループ一位にふさわしいチームであることを示すつもりだ。ここでは真の友人であるかのように特別な歓迎を受けているが、フィールドの外の友情がフィールド内でもそうであるとは限らない。試合では激しく大きな戦いとなることを望んでいる」とコメントした。

 これまでグループリーグ最終節は毎回ドラマを生み出してきた。ちょうど6年前の1997年10月11日、フランスW杯予選ではグループリーグ敗退が濃厚とされたが、既にグループ突破を決めていたデンマークがギリシャを倒すアシストもあって、スロベニアを3-1と下したクロアチアがグループ二位へと滑り込んだ(プレーオフではウクライナを倒して本大会出場)。1999年10月9日、ユーロ2000予選最終節はサッカーというスポーツだけに様相は留まらなかった。勝てばグループリーグ突破だが、その相手は戦争当事国のユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)。シュケルのアシストからボクシッチが先制するも、ミハイロヴィッチのFKからミヤトヴィッチ、スタンコヴィッチが得点して逆転。前半終了間際にミルコヴィッチが退場、後半直ぐにスタニッチが同点ゴールを叩き込むものの逆転は出来ずグループリーグ敗退となった。2001年10月6日、これに勝てば本大会というベルギー戦においてはプロシネツキのPKミスで悪いムードが漂ったものの、76分にバラバンのアシストからボクシッチが得点を決めて日韓ワールドカップの出場を決めたのだった。

 

【熱い応援が繰り返される北側スタンド。
ハイデュク出身の選手にも熱いコールを送っていた】

 10月11日、舞台はマクシミール・スタジアム。38,000人のキャパシティを持つマクシミール・スタディオンが代表の試合で満員になったことは過去にユーゴスラビア戦スコットランド戦しかない。2万枚の前売り券が捌けたと聞いたが、早いペースで客席が埋まっていく。ブルガリアに開放された南側のゴール裏席を除けば、クロアチア・サポーターで観客席が膨れ上がり、2年前のベルギー戦を上回る35,000人の観客が駆けつけた。マスコミ関係者にスターティングメンバーのリストが配られると、予想メンバーと大幅に違うことに気付く。オリッチではなくてモルナル、またロッソではなくてスルナを起用し、胃痛で苦しんだシミッチ、またチームにフィットしてなかったトゥドールがスタメンに組み込みまれた。スタジアムで選手紹介が始まり、最後にバリッチ監督の顔が電光掲示板に出るとそれまで拍手を重ねていたスタンドから大ブーイングが起きる。チームを立て直したとはいえ、自尊心の高さからしばしば人を食った発言をするバリッチは好かれないタイプである。国歌演奏ののち選手がピッチに並ぶと、バリッチ監督はこれまでの3-5-2システムから4-4-2に変更したことに気付いた。DFラインは一年前のブルガリア戦と全く同じ。GKプレティコサ−右SBシミッチ、CBトゥドール(右)、CBコヴァチ(左)、左SBジヴコヴィッチ−セントラルMFレコ(右)、ヴラニェシュ(左)、右MFスルナ、左MFラパイッチ−FWモルナル、プルショ。
一方、ブルガリア(4-5-1)はGKズドラヴコフ−右SBクラステフ、右CBキリロフ、左CBパジン、左SBがペトコフ−スティリヤン・ペトロフとフリストフ、ボリミロフの三人が中央でポジションチェンジを重ね、右MFペーフ、左MFがドミトロフ。そしてワントップが昨年に1ゴール1アシストを決めたベルバトフ。バビッチとチームメイトである彼は「クロアチアは我々の欧州選手権の活躍をテレビで見ることになるだろう」と言い放つ。しかしながら、長くブルガリアの司令塔を務めたクラシミール・バラコフが現役引退、強烈なサイドアタッカーのマルティン・ペトロフが足の手術のために欠場。先発が予想されたヤンコヴィッチとマンチェフはベンチスタートとなった。

【所属クラブがないラパイッチであるが、
彼のクロスボールはチーム最大の武器】

「U boj! u boj! Za narod svoj!」(戦え、戦え、自国民のために!)
北側のゴール裏席からバックスタンド、そしてメインスタンドのシャウトが繰り返される。3万人以上の声援に押され、クロアチアは1分から激しいプレッシャーを掛けていく。開始して直ぐにトゥドールが右サイドからロングクロスをペナルティエリアへ送り、これをトラップしたプルショがDFをかわしてシュートを狙うが、最後の切り返しの際にカットされてチャンスを逃す。最初はクロアチアが主導権を握った。しかしブルガリアもコレクティブなブロック守備から速いパス回しで敵陣へと攻め込む。10分、右タッチラインからペーフが折り返したボールを受けたベルバトフが反転してシュート。ボールは右のポストを逸れていく。23分にはベルバトフがカウンターからプレティコサの前でトゥドールと一対一の形になるが、トゥドールが間合いを取りながらシュートの瞬間に身体を入れてブロック。その直後にはフリストフが右サイドでフリーでヘディングシュートするが、これはGKプレティコサの正面。クロアチアは26分に最大のチャンスを迎えた。プルショのボールカットから左サイドでフリーのラパイッチへと渡り、GKの手前でバウンドする理想的なクロスボールにモルナルが突っ込む。しかしシュートはバーを叩いてボールは上へと流れていった。37分にはレコが左サイド45度から得意の右足で強烈なミドルシュートを放つもGKズドラヴコフがパンチング、こぼれ球をスルナが角度の無いところから蹴ったが再びズドラヴコフがセービングした。最後の15分間はクロアチアが厚い攻撃を見せるも、グループリーグで失点3と堅守を見せるブルガリア守備陣をこじ開けることは出来ない。オフサイドトラップを巧みに使いい、ボールタッチがおぼつかない左右のスルナとラパイッチを充分にケアしてサイド攻撃を封じたのだった。

【得点を決めてユニフォームを脱ぎ出すオリッチ】
 既に前半終了前からバリッチ監督は一つの決断を下していた。オリッチのスピードを活かす攻撃に切り替えるために、オリッチを横にして戦術を説明する。そしてハーフタイムには一人ウィンドブレーカーを脱いだオリッチがシュート練習をこなしていた。後半頭からスルナに代えてオリッチを投入。モルナルが右MFのポジションへと移動し、オリッチとプルショのツートップとなる。DF背後のスペースを狙った攻撃はズバリと当たった。48分に右サイドでプルショがペトロフを振り切り、巧みなドリブルでペナルティエリアへと侵入。パジンの股下を通したボールの先にはGKズドラヴコフの前へと併走したオリッチが。オリッチのシュートはスライディングでブロックしたDFクルステフに一度当たったことでGKズドラヴコフの憶測を狂わせ、ボールはネットへと吸い込まれた。待望の先制点にユニフォームを脱いで歓喜するオリッチをチームメイトやスタッフが抱きしめる。しかし一点という最小のアヘッドでは不安が募る。失点直後にブルガリアはカウンター攻撃からボリミロフが右サイドからシュート、ボールはプレティコサがキャッチしたが、ブルガリアは決して手は抜いてなかった。クロアチアはラパイッチに代えてバビッチを投入し、左サイドの守備を固める。54分、今度はオリッチが左サイドからDFラインを突破、中央のプルショに好クロスを上げる。GKの届かない右隅へとヘディングシュートを放ったプルショはゴールが決まったものだと両手を広げたが、ボールはポスト内側を叩いたままゴールラインを割ることなく最終的にはクリアされてしまった。57分にはベルバトフがDFの裏を抜けるが、背後を追ったトゥドールがシュートの瞬間に足を入れて再びブロックに成功。62分にはモルナルの右サイドの突破から対角線上にシュートするもののGKズドラヴコフがセーブ。66分にはプルショのスルーパスにオリッチが爆走、最後はモルナルへのアシストを試みるがボールは合わず。73分にもオリッチがDFの裏を抜けるが、シュートを放つのかアシストするのかはっきりしないままにボールはエンドラインを割ってしまった。しかしながらオリッチの投入がブルガリア守備陣を揺るがし、攻撃を活性化させていた。ブルガリアは63分にMFマンチェフ、72分にFWヤンコヴィッチを投入。フリストフの左右に大きくボールを散らしたのちに縦へ縦への攻撃を強めるが、クロアチア守備陣は身体を張って食い止める。80分、ロッソの右CKからジヴコヴィッチがヘディングシュートしたものの、ボールはネットに納まることなく三度目のバーに。88分、ヤンコヴィッチのクロスにベルバトフがヘディングシュート、ヒヤリとした場面であったがボールはバーの上。ロスタイム表示は4分間。ブルガリアがボールが持つと観客は大ブーイングでサポートし、クロアチアは1点差という薄氷の勝利を遂げることが出来た。ジル・ヴェイシール主審のホイッスルと共にクロアチアは欧州選手権への道を繋いだ。選手達は喜んで抱き合うよりも、緊張感からの解放からか放心状態であったのだ。

【バリッチ監督は本大会まで監督でいられるか?】

 試合後の記者会見では険しい表情のバリッチ監督の横に笑顔のゾリスラフ・スレブリッチ協会事務局長が座った。先日のブルガリア・サッカー協会80周年にはヴラトコ・マルコヴィッチ会長と出向き、ブルガリアのご機嫌を常に伺ってきただけに喜びはひとしおであろう(試合前のクロアチア代表の休憩場所としてブルガリア代表の宿舎であるホテル・シェラトンを利用したことにブルガリア側が抗議、それまでの努力も水の泡に終わったのだが)。スレブリッチ氏の進行により、最初はブルガリアのプラメン・マルコフ監督がコメントする。「まずはプレーオフ進出に値したバリッチ監督とチームに祝福をしたい。試合は大変良いもので、我々にも勝つチャンスがあった。クロアチアの成功に陰は無く、我々にはフィニッシュでの失敗が響いた。実際のところ、結果はクロアチアに相応しいものかもしれない。しかしながらブルガリアのフェアプレーを信じていない人々に如何なる疑いのあとを残さなかったことは嬉しく思う。」
バリッチ監督は多少険しい表情を装いながら、「ブルガリアはグループリーグ1位を既に確定していたのだが、この90分間はサッカーにおいて手抜きはないことを示したであろう。最後の15〜20分間はマルコフ監督と選手全員が1-1という結果に持ち込もうと試みていた。ヤンコヴィッチとマンチェフという力強い二人のアタッカーを投入することでチームは勢いを強めたが、我々はそれに持ちこたえたのだ。まずはピッチにたった14人の選手全てに心から祝福したい。彼等は賞賛に値した。もちろん、特別な雰囲気を作ってくれたベンチの残りの選手達もそうだ。そして素晴らしい観客にも祝福の言葉を送りたい。何度も素晴らしい得点チャンスがあったが、このような大事な試合で1-0で勝利することは心地良いものだ。プレーはもっと良い結果に値したし、同様に0-0、0-1で終わる可能性もあった。ブルガリアは本当に素晴らしいチームである。彼らはこれまでアウェーで得点を奪われて無かったし、彼らに勝利したチームも無かった。今回は我々の取組みと真剣さが結果をもたらしたのだろう。」とコメント。"プレーオフではどこと対戦したい?"との質問にはこう答えた。「このような試合となると本命というものは存在せず、どの対戦相手でも乗り越えられるだろう。ただスペインだけは勘弁してもらいたい。」

 バリッチが就任以来召集してきた選手は実に48人。日韓ワールドカップ時から顔ぶれは大きく代わり、最後には世代交替とチーム改革に見事成功したと言えよう。FWからGKまでタレントは存在する。チームとしてはまだ精錬されてないが、最後のパーツとなるクラニチャールが入ることでチームは新たな次元に入るだろう。10月13日、フランクフルトでプレーオフの抽選会が行われ、対戦相手が願ってもない隣国スロヴェニアに決まった。2004年のポルトガルで赤白の市松模様がピッチとスタンドに映えるまであと一歩だ。


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