現地発、クロアチア・サッカー報告(28)

クロアチア版インテル 〜快進撃を続ける小クラブ


 2004/05シーズンのクロアチア・リーグは大異変が起きている。国内二強のディナモ・ザグレブとハイドゥク・スプリトが共に不振を極め、ニコラ・ユルチェヴィッチとイヴァン・カタリニッチの両監督はそれぞれ辞任。6節を終わったところで首位に立つのは、開幕前には降格候補の一つに挙げられていたインテル・ザプレシッチ(旧称インケル)だ。成績は6戦全勝、失点ゼロ。ディナモとハイドゥクの勝ち点を足したところでも(7+10)、インテルの勝ち点18には及ばない。今季快進撃を続けるこの小クラブをクローズアップしてみよう。

【写真: ディナモに勝利して客席に駆け寄る選手達】

 インテルの本拠地のあるザプレシッチ市はザグレブから西に15km、人口約2500人の小さな町。かつてはザグレブ市の一部だったが、1994年に市制が敷かれ、ザプレシッチ市となったザグレブの衛星都市である。この町にクラブが出来たのは1929年、マルティンコ・ヴィドなる人物によってだ。
 その後はスポンサーであるセラミックメーカーの名前を取ってNKインケル・ザプレシッチと呼ばれたクラブは、旧ユーゴ時代は目立たない一地方クラブだったものの、1991年のクロアチア独立と共にクロアチア一部リーグのメンバーとなる。イリヤ・ロンチャレヴィッチ監督のもと初年度の1992年はリーグ4位。のちにクロアチア代表として61キャップを築いたズボニミール・ソルドは当時のメンバーだ。そして同年に行われたクロアチア・カップではHASKグラジャンスキー(現ディナモ・ザグレブ)を1-0で下して初代王者に輝く。その後はリーグ9位、4位、7位とまずまずの成績を収め、小クラブながら「巨人(Div)」との愛称を得ていたが、1995/96シーズンに13位、そして1996/97シーズンは最下位の16位でついに二部へと降格してしまう。
 2000年1月、クラブは経営難に陥り、経営者達はチームを手放したことでクラブ消滅の危機を迎えた。そこで会長となったのは無類のサッカー好きであるブランコ・ラリャク氏。一部復帰のプロジェクトを打ち出したインケルは、2002/03シーズン途中にディナモのスポーツディレクターの職にあったロンチャレヴィッチを呼び戻し、また有能なディナモのユース選手であるFWエドゥアルド・ダ・シルバ、MFアンテ・トミッチ、DFイヴァン・チョシッチ、DFパトリック・クウェディの4人をレンタルで連れてきた。彼らの活躍で二部南リーグで優勝したインケルは二部北リーグ王者のマルソニアには敗れるものの、一部リーグ11位のポモラッツとの入替え戦に勝利し、念願のリーグ復帰を果たした。

 2003/04シーズン、ギャンブルに手を染めて長らくサッカー界を離れていたヨシップ・クジェ(元ガンバ大阪監督)を監督に迎えた。選手の出入りは激しかったもののクジェは短期間でチームを整備。第3節のハイドゥクとのアウェー戦では4-1で勝利、第9節のディナモとのアウェー戦でも1-1のドローなど番狂わせを起こし、開幕以来はディナモ、ハイドゥクに次いで3位の位置をキープした。その後は得点力不足も祟ってチームは失速、降格リーグに回り、最終的には8位に留まったが、一部復帰の初年としては合格点の付けられる成績を残した。また2003年11月、これまでスポンサー料を払ってこなかったインケル社との関係を断ち切り、新たなチーム名を公募して「インテル」と決めた。イタリアのインテルは「インテルナチオナーレ(国際的)」の略称だが、クロアチアのインテルはただ「インケル」と韻が近いというだけ。これほどいい加減な改名は世界広しといえどもここだけだろう。改名後は新聞でもしばしば誤りが見られたが、ようやく最近はクロアチア版インテルということで定着した感がある。
 本拠地もクラブの名前をとって「NKインテル・ザプレシッチ・スタディオン」。8000人収容のスタジアムで、メインスタンドはクラブカラーの黄と青の座席がある(両端はコンクリートのみ)。7つのカテゴリーに分かれるユース学校は定評があり、ミハエル・ミキッチ(現カイザースラウテルン)もここの出身。ザプレシッチ市の4つの小学校にサッカースクールを組織し、才能ある選手を発掘している。今でもクラブの財政は豊かではないものの、地元企業22社がスポンサーとなっている。

【写真: スレチコ・ボグダン監督】
 ヨシップ・クジェは昨季終盤に一部残留を決めた時点で勇退。後任監督にはスポーツ・ディレクターを務めていたスレチコ・ボグダン氏が就任した。現役選手としてのボグダンはNKザグレブ、ディナモでプレーしたのち、ブンデスリーガのカイザースラウテルンで活躍。1990年のクロアチア代表メンバーとしても名前を連ねた(ルーマニア戦で1得点)。現役を終えたのちはカイザースに残り、ユース学校のディレクターに。昨季にスポーツ・ディレクターとしてインテルに迎え入れられたのだが、彼にとって監督職は初めてとなる。ボグダンはドイツ・サッカーの宣教師ごとく、彼はとかく怠慢なクロアチア人に規律を植えつけた。ボグダンは四六時中、選手達にこう言い聞かせている。
「君達は私のために働くのではなく、自分のために働くのだと理解しなくてはならない。そして常に自分の中に101%の努力、101%の規律、101%の集中を要求しなくてはならない。君達一人一人が私が与えた基本的な要求に1%加えることを期待している。」

 しかしボグダンに任された戦力は決して恵まれてはなかった。チーム攻撃の核であった司令塔マリン・ラリッチとFWネノ・カトゥリッチ(→リエカ)、FWイヴィツァ・カラボグダン(→スラヴェン・ベルーポ)のツートップは揃って退団。U-21代表DFのダリオ・ボドルシッチはスラヴェン・ベルーポへ、現在リーグのアシスト王であるMFジェリミール・テルケシュもザダールへと移籍。合計で12人もの選手が去った。昨季途中ではあるが、DFイヴァン・ラデリッチがセレッソ大阪に移籍している。

【写真: 前清水エスパルスのDFスルジャン・ペツェリ】

 ボグダンはクロアチアの典型的な3-5-2システムを採用。昨シーズンを通して安定したディフェンスラインを築いたクルノスラフ・ヴィダク(32)、スティペ・ブルナス(35)、スルジャン・ペツェリ(29)のベテラン陣を3バックに据えた。ちなみにペチェリは清水エスパルスに在籍。ベレズ・モスタルでキャリアを始めた彼はレッドスター・ベオグラード、バルセロナにも在籍していた選手だ。流れ流れてエスパルスに移籍し、戦力外となったあとは6ヶ月間サッカーを離れ、親の仕事を継ごうとしていた時にクジェから呼び声が掛かった。
またGKダルコ・ホルヴァト(31)は二部のソリンやイストラ、またリエカの控えGKとして目立たないキャリアを築いてきたが、昨季はインテルにやってきて安定したセーブを見せ続けた。今季に入っては相手に一度もゴールを割らせていない。8月31日の移籍期限が迫ってディナモ・ザグレブが獲得を示したが、好調を維持している現在の環境を変える意思はなく拒否している。

 中盤から前線に掛けてはインテルのユースで育てた選手と、ディナモ・ユース卒業生の中からレンタルされてきた若手達で構成されている。インテルのユース出身でレギュラーを張っているのは守備的MFのスティエパン・ポリャク(21)、エルナド・スクリッチ(24)、右MFのトミスラフ・チェライ(26)、FWのダヴォール・ピシュコール(22)、ベルナルド・グリッチ(24)の面々。またディナモやザダールに在籍して再び戻ってきたMFトミスラフ・ゴンジッチ(24)もインテルでキャリアを始めた選手だ。
 ディナモからはDFイヴァン・チョシッチ(21)、MFマルコ・ヤニェトヴィッチ(20)、MFルカ・モドリッチ(19)、DFフルヴォイエ・チャレ(19)、DFヴェドラン・チョルルカ(18)、FWテオ・カルドゥム(18)、FWマルコ・ツヴェンク(18)がレンタルでやってきた。特筆すべき選手はU-21代表でも司令塔の役割を任されているルカ・モドリッチ。173cmとクロアチアの選手としては小柄な彼は、ボールテクニックと軽やかなステップが優れた攻撃的MFだ。ザトンという町に生まれた彼はザダールのユースでサッカーのキャリアをスタートし、16歳の時に親元を離れてディナモ・ユースに入団。昨季はボスニア・ヘルツェゴビナのプレミエルリーガ(一部)のズリンスキ・モスタルにレンタルされ、8得点・15アシストという好成績を残してチームの最優秀選手に選ばれた。今季はインテルへとレンタルされたモドリッチはクロアチア主要5紙の平均採点でGKホルヴァトを上回る現在リーグトップだ。

【写真: 今季最大の発見となったMFルカ・モドリッチ】


「誰が僕をインテルにレンタルさせることを決めたか知らないよ。チーム関係者からは"君にとっては良い選択だろうし、インテルで進歩することで君のキャリアにプラスになる"って言われたけど、それは正しかったね。しかしディナモでも自分のポジションはあると信じている。自信に満ち溢れているし、どれだけ自分が価値ある選手かも判っている。U-21代表でもレギュラーであるわけだしね。しかし現時点ではインテルでプレーしているってことさ。チームも良いプレーをしているし、首位を維持している。ボグダン監督は最高の専門家だし、チームメートも最高だ。ザプレシッチでは本当に満足しているよ。」
 
ボバンとトッティが目標で、将来プレーしたいクラブがバルセロナというのはニコ・クラニチャールと同じ。ニコ・クラニチャールがディナモを去ったあとの司令塔を任させるのはこの金髪の若者だろう。
 またディナモ・ザグレブに9年在籍したのちに戦力外となったダミール・クルズナール(32)が左MFとしてプレーしている。海外移籍も考えたが、昨年からザグレブ近郊で始めたダチョウ養殖の仕事の兼ね合いもあってインテルへと移籍してきた。クルズナールはこう語る。
「インテルはとりわけよく働くチームだ。スター選手はいないが、全ての選手が共同作業で成功に到達できるものだと意識しているし、今は全員がそのように頑張っている。ドレッシングルームでの雰囲気が素晴らしいことは次なる成功と良い結果を保証するものと思っているよ。シーズン前は自分の調子に関しては少し不安はあった。ここ2〜3年はディナモでもシーズンに5〜6試合しかプレーしてなかったからね。しかし今は素晴らしい感触を掴んでいる。」
クロアチアリーグをよく知るベテラン達と、自分達を証明しようとする活きの良い若手達で構成されたチーム、それがインテル・ザプレシッチである。


 7月下旬、クロアチア・リーグが開幕。開幕戦のNKザグレブ戦はアウェーで悪天候の中の試合だったが、FWピシュコールのゴールを守り切って一勝目。第2節は昇格組のメジュムリエにホームで3-0と快勝すると、第3節のカメン・イングラッド戦(アウェー)もピシュコールのゴールで1-0、また4節のスラヴェン・ベルーポ戦(ホーム)はグリッチの2ゴールで更に連勝を伸ばした。それでもインテルの快進撃は大きくクローズアップされていなかったが、テレビ生放送もされた第5節のザダールとのアウェーマッチで2-0と勝利(得点:ポリャク、ピシュコール)すると、この快進撃はフロックではないと認識されてきた。開幕5連勝はこれまでハイドゥク(3度)とディナモ(1度)しか成し遂げていないからだ。ボグダン監督はこう振り返る。
「まぐれではない。5連勝に偶然なんて有り得ないものだ。しかし、当の我々達も本当に驚いている。現時点では順位表を見ることは楽しいけどね。しかし厳しい日もいずれやってくることになるだろう。いきなり3〜4失点してしまうような試合が来る日をね。」

 開幕以来最大の山場は8月29日にやってきた。第6節で首位インテル・ザプレシッチはホームにディナモ・ザグレブを迎えたのだ。ユルチェヴィッチが去ったのちにディナモの暫定監督となっているジュロ・バゴはザプレシッチの出身で、かつてはこのチームでプレーし、カップ戦初代王者のメンバーとなった。今でもザプレシッチに住居を構えるバゴ監督は
「インテルの選手達は燃えているはずだ。全員がディナモ相手に自分達の力を見せようと望んでいるからね。インテルには何人かディナモ・ユース出身の選手がいるが、彼らも自分を証明することで直ぐにでもディナモに戻りたいという特別なモチベーションがあるはずだ。決して我々にとって楽な相手ではないよ。」
と警戒した。ディナモはクロアチア・サッカー界におけるエリート軍団。とりわけ今季は潤沢な資金のもと、大幅な戦力補強を図った。U-23欧州選手権にも出場したリュボイェヴィッチ、プラニッチ、ルチッチ、ブリャト。そしてA代表歴のあるフルマン、ミリノヴィッチ、ゼキッチ。しかし成績は1勝4分と振るわない。元ディナモのクルズナールは試合前にこう語った。
「ディナモは全てのポジションに質の高い選手を揃えている。しかしながら選手構成のレベルに見合わないプレーをしている。いずれディナモが目覚めるのは間違いないが、今度の試合ではそれが起こらないことを願っているよ。この試合ではディナモの選手の方に大きなプレッシャーが圧し掛かっているはずだから、それが我々の優位点かもしれないね。」

【写真: 元チームメートのクラニチャールとボシュニャクと
との間でボールを奪い合うMFクルズナール】

 試合当日、アテネ五輪のハンドボール男子決勝(クロアチアがドイツに勝利して金メダル)の放送が重なったため客足が心配されたが、NKインテル・ザプレシッチ・スタディオンは約4500人の観客を集めた。バックスタンドにはディナモ・サポーターBBBが大挙して訪れたが、負けずにメインスタンドの一般市民も大きな応援をインテルを送った。ザプレシッチを始めとするザグレブ近郊の人達のおおよそはディナモ・ファンも兼ねているものなのだが、この日は特別にインテルに肩入れしていた。
 ディナモは機動力に優れたシュトロクをトップ下に置き、走力に難のあるクラニチャールをFWに上げることでこれまでの中盤の問題を解決しようとした。またスピード不足で4バックラインの穴といえるミヤトヴィッチを外し、中盤の選手であるポルドルガチュをセンターバックで起用。スタメン(4-4-2)はGKトゥリーナ−DFルチッチ、ポルドルガチュ、ミリノヴィッチ、プラニッチ−MFボシュニャク、シュトロク、アギッチ、ムイチン−FWクラニチャール、ダ・シルバ。
 一方のインテルはこれまで通り、3-5-2のシステムを敷いた。GKホルヴァト−DFヴィダク、ブルナス、ペツェリ−MFツェライ、スクリッチ、クルズナール、モドリッチ、ポリャク−FWグリッチ、ピシュコール。
 前半はラジオスピーカーからハンドボールの試合実況が流れ、観客だけでなく選手も気が散ってミスが多発。それでも最初の30分はディナモが中盤の支配で勝る。しかしインテルもプラニッチ、ボシュニャクによるサイド攻撃をツェライとクルズナールが蓋をして対応。一番の危機は32分、中央からダ・シルバとクラニチャールがパス交換で抜け、ダ・シルバのシュートをGKホルヴァトがセーブ。更に左にこぼれたボールを拾ったクラニチャールが近距離からシュートを放つが、これもホルヴァトが足を伸ばしてセーブをした。
 後半に入って2分後、試合は動く。ダ・シルバからボールを奪ったインテルは右のスペースに展開、ピシュコールはコーナーフラッグの辺りまでドリブルしてからグラウンダーのセンタリング。ニアポストに走り込んだグリッチが滑り込みながらシュートを決めた。FWグリッチはインテルのユースで育ったのち、フルヴァツキ・ドラゴヴォリャッツに移籍。その後は一年半所属するチームがなく、昨年の冬にユースで育ったインテルへ戻ってきた苦労人だ。以前はミッドフィルダーだったが、ボグダンがFWへとコンバートさせ、この大事な試合でピシュコールと並ぶチーム最多の3ゴールを決めたのだ。
 失点後、ディナモは直ぐにダ・シルバに代えてザホラを投入。56分のクラニチャールのアシストからザホラのシュート、また77分のザホラのフリーキックのいずれもセーブ。最後はヘディングに強いゼキッチを使ってのサイド攻撃を試みたが、インテル守備陣が制空権に勝って1点を守りきった。これでインテルは無傷の6連勝。 BBBは試合終了15分前からバックスタンドから去り、メインスタンドからは「スレチコ! ボグダン!」と監督に向けてコールが起こる。試合後、ボグダン監督は
「ディナモはどのチームにとっても大きな挑戦であり、我々もこの試合を恐れていた。ディナモはアグレッシブに挑んできて、前半は対抗することに成功しなかった。後半の頭にラッキーなことに得点を奪うことが出来、最後までこの結果を守ることに成功した。またしてキャラクターと堅実さを見せてくれたチームにおめでとうと言いたい」
とコメント。また会長のイヴァン・ラリャクは真面目にこう語る。
「勝点は十分にあるが、お金だけが我々に足りない。しかし信じて欲しいが、この勝利は誰にもお金で払えるものではないと思っているよ」


 次の7節のオシエクとのアウェー戦に勝てば、インテルはディナモが1995/96シーズンに樹立した開幕7連勝のリーグ記録に追いつく。しかし、移籍期限最終日にチーム一のベテランDFブルナスがNKザグレブに引き抜かれてしまった。オシエク戦のあとの日程もヴァルテクス、リエカ、プーラ、ハイドゥクと強いチームが並ぶ。昨季、インテルの開幕ダッシュに成功したクジェ前監督もこう指摘する。
「インテルは最後に上位3位に入ることが出来ると思うが、いずれ落ちてくることにはなるだろう。最大の問題は天候条件の悪くなる11月からだ。なぜならインテルは11月から3月の間、満足して練習する場所がない。それが最大のハンディキャップとなるだろうね。」

 
ディナモとハイドゥク以外で優勝といえば、2001/02シーズンのNKザグレブのみ。ズラトコ・クラニチャール監督(現代表監督)に率いられた当時のNKザグレブにはFWイヴィツァ・オリッチをはじめ、資金を掛けて十分な戦力を揃えた(のちにそれが極度の財政難に繋がるのだが)。しかし、予算の限られたインテルには現在のコマを行かしていく以外に道はない。毎年莫大なお金を無駄にしているイタリアのインテル会長マッシモ・モラッティ氏から、ちょっとばかりの援助金を貰えたらいいのだが。


NKインテル・ザプレシッチの公式サイトはこちら


ホームページ掲載の記事・写真などの無断転載を禁じます。全ての著作権は長束恭行に属します。

現地発!! クロアチア・サッカーレポートに戻る