現地発、クロアチア・サッカー報告(5)
FWヴィエコスラフ・シュテファン〜NK
TOPケレスティネッツ
2001/10/4 親善試合
「NK TOPケレスティネッツvs.ディナモ・ザグレブ」
2001/10/7 ザクレブ地域リーグ
「NK TOPケレスティネッツvs.NKノヴァキ」
【写真:NK
TOPケレスティネッツと
ディナモ・ザグレブの集合写真】
出会いは一枚の張り紙から始まった。10月2日、僕は手頃な価格の携帯電話を購入しようと、ザグレブ中央駅にある地下のショッピングモールを探索していた。携帯電話を扱う店を一軒見つけるが、どの機種も高い。諦めて踵(きびす)を返したところ、店のガラス窓に貼られたビラの「NOGOMET」(サッカー)の文字に目が止まった。「NK
TOPケレスティネッツ(NK TOP KERESTINEC)」というクラブが、ディナモ・ザグレブと試合を行うという内容のものだった。開催日となる10月4日は予定も無いし、ユース世代から知るディナモの選手を間近に見られるチャンス。しかし、ケレスティネッツとは何処ぞや? 店員に聞いてみたところ、ここから25kmほど南西の方向にある町らしい。計画を立ててみようか思っていた翌日の朝、地元スポーツ紙のSportske
Novosti紙に試合の概要が小さく書かれているのを発見した。
| 「スベタ・ネデリャ発 10月4日木曜日、ケレスティネッツにあるNK TOPのチーム創立40周年を記念して、地域リーグに所属するこのクラブと一部リーグ所属のディナモ・ザグレブとの間で親善試合が行われる。ディナモ・ザグレブは代表召集されたトミスラフ・ブティナを除き、全メンバーが出場の予定。試合開始は16時30分。場所はケレスティネッツの競技場にて。」 |
この記事を片手にインターネットカフェに行き、ザグレブのバスターミナル発・ケレスティネッツ着の便を調べようとするが、ケレスティネッツは検索先の地名リストにも無い。帰宅して家主に質問したところサモボルに行く途中にある街だそうだ。ザグレブ近辺の地図を広げると、確かにケレステネッツが掲載されている。とはいえ、アクセスまでは家主も解らないので、昼にサモボルに観光込みで行って、そこからケレスティネッツ行きを探してみようと計画した。
10月4日、11時半に家を出発。サモボルはクロアチア初訪問の1997年8月に訪れたことがある。まずはトラムでザグレブの西、リュヴァブニッツァのバスターミナルへ。サモボル行きのバスに乗り換え、13時過ぎに到着。サモボルからケレスティネッツ行きのバスは13時55分と14時15分にあった。これを逃すと試合開始時刻の16時半発の便だ。市内をパッと観光をして、僕は14時15分のバスに乗車した。ケレスティネッツには10分程度で到着。辺鄙な町ながら、「NK
TOP KERESTINEC」の標識を発見。標識の矢印の方向に歩いてはみるが、平坦な道が続くのみである。途中に出会った作業着姿のオジサンに聞いて道を引き返すと、スタジアムは最初にバスが到着した位置の斜め向いにあった。いや、スタジアムと表現するのは不適当だろう。そこには柵に囲まれたグラウンド、そしてクラブハウスとなるバーが隣接している。すっかり顔馴染となった屋台のオジサン達も現れ、彼等の焼く栗を待ちながら僕はピッチを眺めていた。その時、今度は一人の小太りの兄ちゃんがしゃがれた声で話し掛けてきた。
「君は日本人かい。よく来てくれたなあ。良かったら試合後にビールでも飲なまいか?」
「なぜ試合後に? 今からでもいいんじゃない?」
「いやいや、俺はケレスティネッツの選手だよ。名前はシュテファン。ここの中心選手なんだぞ。ところで君の名は?」
「ヤスユキ・ナガツカです」
「長い名前だな。そうだな、君の呼び名は"ユキ"でいこう。ではユキ!、試合後にまた会おう!」
【写真:中央がヴィエコスラフ・シュテファン。
右はマークするダリオ・スモイエ】
その体格で本当にサッカー選手?? 冗談でしょ。推定年齢30歳のヴィエコスラフ・シュテファン(Vjekoslav
Stefan)は初対面ながら何とも憎めないキャラクターをその声と体格から醸し出していた。直後にディナモ・ザグレブの選手達を乗せたバスが到着。2年前にディナモ・ユースの一員として来日したドマゴイ・アブラモビッチ、イェルコ・レコ、トミスラフ・ゴンジッチ、ダリオ・ザホーラなどと再会を果たす。両チームがアップする中、シュテファンだけが場違いな雰囲気を漂わせる。焼きたての栗とビールでお腹も膨れたところで観客席へと向かった。ここのスタジアムにはスタンド席というものは無く、土が盛られただけのところで立って観戦する。ヤブ蚊の多さといったら......。また練習中に流される音楽はディナモの応援歌ばかり。TOPケレスティネッツ創立40周年の親善試合にもかわらず、今日は「ディナモがおらが町にやってきた」として、お祭り的な感覚になっているのだ。観客は推定300人。16時半に両チームが登場し、試合前に全体写真を撮るといった程度のセレモニーだけでキックオフされる。開始早々、2分にはアブラモビッチが右サイドを破ってケレスティネッツのゴールを割る。以後、ディナモは一方的に攻めまくり、ゴールを奪いまくった。スパーリングにしては余りの実力差。ゴンジッチ、ペトロビッチ、ドルピッチが各々2ゴール、レコも1ゴールを決めて前半で0-8。時折ケレスティネッツの選手がフェイントを見せてドッと涌く時もあるが、基本的に殆どの観客がディナモのゴールラッシュにわんやわんやと騒いでいる。シュテファンはFWの選手だったのだが、彼にボールが渡ることなど皆無だった。けれども、ディナモ・ザグレブと対戦出来るということ自体がケレスティネッツの町民、そして選手達にとって夢でもあるのだろう。後半、ディナモは全てメンバーを入れ替える。前半と違ってディナモは中盤が全く作れず、試合そのものがさっぱりな内容に。とはいえ、親善試合らしく呑気な雰囲気は変わらない。地元の子供達が「DINAMO JA VOLIM」を歌ったりしている。後半はザホーラが2発。ピリポビッチ、クラニチャールが決めて、0-12という超一方的スコアで終了。試合後は子供達がサインをディナモの選手にねだっていた。
【写真:シュテファン(一番右)とそのサポーター達】
試合終了直後にバーへと戻ると、お役御免となっていたシュテファンがサポーター達とビールを飲んでいた。
「ユキ! 待っていたぜ!」
「ユキは日本では女性の名前だから、ヤスにしてよ。」
「ガハハ。なに言ってんだ。ユキでいいじゃないか。ほら、一緒にビールを飲もうぜ!」
シュテファンはカウンターからグラスを持ってきて浪波とクロアチアのビール「Ozujsko」を注いだ。
「クロアチアのビールは美味しいだろっ?」
最初は自己紹介などの差し障りのない会話だったが、アルコールの量と共に話題も過激となる。そして、シュテファンを中心にディナモの応援歌を唄い始めた。僕も唯一知ってる「DINAMO
JA VOLIM」を唄うのだが、直後に「実はハイドゥクの歌も知っているよ」と暴露してしまったのが運の尽き、一人のサポーターが「トルツィダはセルビア人同様だ」と怒り出し、踏絵的に「Jebi
se Torcida!(Fuck you,Torcida!の意)」を大きな声で言わされてしまった。いつの間にか歌は地元の民謡となり、次々とビール瓶も空いていった。すっかり御機嫌のシュテファンは僕にこう提言するのだった。
「日曜日に隣街とのダービーマッチがあるんだ。ユキのために3ゴールを決めるから是非おいでよ。そして試合後はバーベキューだぜ!」
試合はともかくして、僕はバーベキューの言葉の響きに負けてしまった。細かい取り決めは一転二転するが、13時に携帯に電話を入れて、15時にケレスティネッツ入りすることに決まる。既に時計は21時を周り、へべれけ状態で宴も終了。ザグレブ方面に向うサポーターの車で帰ることになった。シュテファンとはここで別れることに。同乗した一人は途中で降りて吐きまくるし、パン屋の若者は横でぐったり。運転手以外で唯一元気なフルヴォイエという青年に聞くと、この仲間達はケレスティネッツではなくて、シュテファン個人のサポーターグループなのだそうだ。思いもしなかった今夜のホスピタリティを受けた僕は、ケレスティネッツという小クラブ、そして粗野だが魅力的なシュテファン個人へと興味が移っていった。そして「一地方クラブの現状」として記事対象になるかもしれぬとも思った。
クロアチア代表がワールドカップ出場を決めた試合後、スプリトからやってきた友人と祝杯を挙げ、翌日10月7日は二日酔いの状態だった。行こうか行かないかの判断に迷った。シュテファンへの確認の電話が全く繋がらないのも僕をネガティブにさせた。とはいえ、約束は守ろう。3日前と同じくトラムでリュバブニッツァまで行き、14時15分発サモボル行のバスに。今回はサモボルまで行かず、途中に通過するスベタ・ネデリャで降りてケレスティネッツまで歩くことにした。僕は4km近くの道中を40分以上かけて歩く。当然、身体にも堪える。15時45分、ようやく見覚えのあるケレスティネッツに辿り着いた。まずはバーでビールをきゅっと飲んで喉を潤し、それから地元の人達から「NK TOPケレスティネッツ」について情報を収集した。(後日、ザグレブ・サッカー協会にてダルコ・ツビトコヴィッチ会長からもレクチャーして頂いた)
人口約1000人のケレスティネッツの町にクラブが創立したのは1961年のこと。「NK
TOP KERESTINEC」のNKは「NOGOMET KLUB」の略称。「TOP」とはスポンサー名で、この町で最も大きい金属工場を持つ会社だそうだ。この周辺の子供の多くはクラブに入り、8歳〜12歳までのピオニール、15歳〜18歳までのユニオール、そしてトップチーム(セニオール)、そしてベテラン(年配選手)の4部構成に別れる。ピオニールは2年連続リーグ優勝しているものの、トップチームに関してはザプレシッチ(Zapresic)が常に強くて現在首位。ケレスティネッツは現在3位らしい。ところで、ケレスティネッツはどのリーグに所属するのか? これにはクロアチアのリーグシステムを理解する必要がある。
クロアチア・サッカー協会はすったもんだの挙句、今季からクロアチア・リーグの拡大路線を断行。小さなクラブの多いクロアチアにおいて、いざ改革を実行してみると、経営とクラスが見合わないクラブが続出。来年には再び元の形に戻すという話もある。ひとまず現在のシステムは、1部リーグは16クラブ(昨年12クラブ)、2部リーグは南・西地区と北・東地区の二つに分かれて各16クラブ(昨年は単一リーグで18クラブ)、3部リーグは東・西・南・北・中央の五つに分かれて各16クラブ(これは変わらず)。そして、その下に行政地区に分かれてのリーグシステムが21組ある。クロアチアの行政地区("Zupanja"という)20箇所全てにサッカー協会が存在し、ザグレブに関しては中央管轄(ザグレブ・サッカー協会)と地方管轄(ザグレブ地域サッカー協会)に分かれるために合計21の地域リーグが存在するのだ。昇格システムについてのレギュレーションは、行政地区によってリーグ構成が違うのでまちまち。例えば、ザグレブサッカー協会なら独自に3部リーグを形成しているし、ザグレブ地域サッカー協会は教区("opcina"という)ごとの連合リーグという形を取っている。
ケレスティネッツが所属するリーグは、ザグレブ地域サッカー協会(Zupanija
Zagrebacka Nogometni Savez)が管轄するリーグの中でも、サモボルを中心とした西の教区のリーグ。スベタ・ネデリャにこの地区を管理するスポーツ協会があり、ユニフォームやボールは協会が提供しているそうだ。審判に関してはクロアチア・サッカー協会に登録の人を派遣。もちろんケレスティネッツの選手にはサラリーなど無く、僅かなチケット収入とスポンサーの出資、そしてスポーツ協会の援助でクラブ経営をしているそうだ。「このクラブでのサッカーは単にレクリエーションなのさ」−そう地元の若者が語ったように、試合結果がメディアに掲載されるわけでもなく、またこのリーグに何チームあるのか観客の誰もが把握してない。NK
TOPケレスティネッツが所属するのはそんな小さなリーグなのである。
【写真:ファウルを巡ってもみ合う両チーム】
対戦相手は現在4位の隣り町クラブ、NKノヴァキ。ダービーマッチと銘打っていただけに相当数の観客を期待したが、現れたのは50人から60人ほど。うちユースの選手やコーチなどチーム関係者が半分。とはいえ、ディナモ戦での屋台のオジサンが再び現れたのには驚いた。午前中はザグレブの北、スナメリ山で観光客相手に作り、午後から"ダービーマッチの観客"を見込んでこちらに来たとのこと。オジサンはスナメリ山で作り、まだ温かい焼き栗を包んでプレゼントしてくれた。そしてユニフォーム姿のシュテファンもやって来る。
「約束通りきてくれて嬉しいよ。携帯電話は友人の車に置きっ放しにしちゃったんだ。ごめんよ。」
ディナモ戦の時と面持が違って、幾分と覇気が無い。試合は16時30分の開始予定だったが、なぜか早まって16時15分にキックオフ。NK
TOPケレスティネッツとNKノヴァキのフォーメーションは共に3-5-2。サイド攻撃とカウンターを織り交ぜる典型的なクロアチア・スタイルだ。シュテファンは背番号9を背負い、FWの一角としてプレーした。ダービーマッチとあって序盤から激しい当たりを見せるが、一つ一つのプレーは1部リーグと比較すると明らかに落ちる。シュートやクロス、パスの精度、連携プレー、ポジショニング......。得点が決まりそうなのは、カウンターでアタッカーと守備陣の枚数が逆転した時ぐらいだ。25分、ノヴァキがバックパスを取られ、ペナルティエリア内でケレスティネッツが間接FKを得るも、これを決められず。35分、ノヴァキの"No.10"がペナルティエリアで倒されてPKを獲得。「プロシネツキ!」 昨日のクロアチアvs.ベルギー戦でのプロシネツキのPKミスと同じケースを期待する声が飛ぶも、本人がきちっと決めてノヴァキが先制。そしてケレスティネッツの"No.9"、ヴィエコスラフ・シュテファンは明らかに身体が重く、3ゴールという公言を守れないまま、37分で交替してしまった。ベンチへと戻る表情も険しい。それ以後は両チームのユース選手から質問攻めを受け、全く試合が見られなくなる。けれども、こちらからも一つ質問した。
「シュテファンはどんな選手なんだい?」
「まずは動きがスローだよね。でも貴重なゴールはよく決めてくれるよ。」
それを聞いて安心した。試合は後半となり、78分、同じようにケレスティネッツがPKを得て、これを決めて1-1。先程までこのリーグを丁寧にレクチャーしてくれたノヴァキのユース監督バネック氏の顔が歪む。僕はケレスティネッツのユースの子に質問した。
「いったい、このケレスティネッツのトップチームに生え抜きは何人いるんだい?」
「5人ぐらいかな。多くはないよね。」
うーん、そんなものなのか.....。80分に、ノヴァキのファウルをチームメイトが受けたのを見て、ケレスティネッツ生え抜きで主将のリベロ、マチェコビッチ(38歳)が激しく相手選手に突っ掛かり、乱闘寸前になる。されどダービー。これで得たFKをGKがキャッチミス。ケレスティネッツのFWが拾ってシュートを放つも、大きくバーを越えてしまう。そして試合終了間際、ノヴァキがカウンターから右サイドを攻め込み、勝ち越しゴールを決めた。先程まで冷やかしの声を飛ばしていたノヴァキ関係者は大喜び。1-2でダービーマッチはアウェーのノヴァキの勝利で終了。観客は夕闇の到来と共にさーっと引いてしまった。
【写真:シュテファン(左から2人目)とその仲間達】
バーでユースの子達と雑談したのち、気になるバーベキューのところに行ってみると、ビールケースを椅子代わりにして座るシュテファンが輪の中央で僕を待ち構えていた。
「ユキ! もちろん君の分も取ってあるぞ。ほら食べろ!」
パンを取りだして、厚みのある豚肉ステーキを挟んでくれる。"なんで今日は早く交替したの?"と質問すると、
「昨日、クロアチア代表の勝利のあとに、ついつい祝杯でビールを飲みすぎちゃったのが原因かな。」
と大きく笑い出す。敗戦ムードに陥りそうな場を盛り上げようと、一人だけトーンの違う声を張り上げ、そして間髪入れずにシュテファンは喋りだす。
「豚肉美味いだろ、ユキ。最後の一枚食べろ。ビールもまだまだあるから。」
「そうそう、昨日、スタンドからカメラマンの君を見たよ。すごいよな、ユキ。ユキはここのことを記事に書いてくれるんだって?」
僕は彼にどうしても聞いておきたい質問があった。
「シュテファンは、ケレスティネッツの前に何処でプレーしていたの?」
するとシュテファンは急に顔付きが真剣になり、訥々と語りだした。
「最初はNKハシュク(ビシュツァン、ショコタ、バノヴィッチ、アブラモビッチなどを輩出するユースの超名門)にいて、その後、ディナモ・ザグレブのユースへと移り、カデティ(15,16歳)、ユニオール(17,18)はディナモでプレーしていた。ショコタ、シミッチ、ビシュツァンは俺のチームメイトだったんだよ。本当だぜ。今度会った時には一緒だった時代の写真を見せるから、楽しみにしてくれよ。」
「しかし18歳の時、左足首を大怪我してしまい、それから3年間は全くプレー出来なかった。選手にとって一番大事な時代をフイにしちゃったのさ。」
なんて淋しい話を聞き出してしまったんだ......。僕の表情が暗くなったのを察して、彼は明るく振舞った。
「まあ、いいってことさ。ほら、ユキ、ビール飲みなよ。マスタードもあるぞ。スプーン? そんなもの無いよ。こんな形で指ですくうのさ。」
続けて彼は更に衝撃的な事実を語り出す。
「実を言うと、今日がケレスティネッツでの最後の試合だったんだ。監督がいらないというなら仕方無い。足首の具合も悪いからさ。今後はどうするか、って? ザプレシッチにある別のチームでプレーする予定さ。」
余りにも突拍子的なカミングアウトに"冗談でしょ?"と聞き直す。再び、クラブの名前を言ってくれるが僕には聞き取ることが出来なかった。30歳ではなくて、現在シュテファンは24歳。高校では経済を専門に学んでいた。
「ということは俺は今はエコノミストってことさ、なーんてね。」
全てを語るとタバコを取り出し、ビールケースから重い腰を挙げて一服吸いに席を外した。「一枚写真を撮らせてくれないか」−そうお願いして、もう一度クラブ名を聞くが、シュテファンがメモ用紙に書いてくれたのは本人が出ることのない次のケレスティネッツの試合予定だった。
「彼等が車で乗せてってくれるよ。俺は隣り街に住んでいるから、ここでお別れだ。」
シュテファンはザグレブ方面のチームメイトを紹介し、手土産としてビールの王冠を開けて一本手渡した。
「また会おうぜ、ユキ! そうそう、日本に帰ったら君の住む名古屋の絵葉書を送ってくれよな!」
僕の顔は晴れないままでいた。同乗させて貰った二人の選手もかつてはNKインケル(現2部)、トルニャク(現3部)でプレーしており、今は働きながらケレスティネッツでプレーしているとのこと。「シュテファンがケレスティネッツを去るって本当なのかい?」−僕はまだ信じられずに彼等に質問した。「ああ、残念だけど本当だよ。」
シュテファンは古巣であったディナモ・ザグレブとの一戦をどんな思いで迎えたのだろう。そしてケレスティネッツを去る今日の試合はどんな思いで......。しかし、ここでジャーナリストぶってシュテファンに質問をぶつけたところで、何が生まれるというのだ。シュテファンの顔を再び曇らせることは僕には出来ない。トラムが捕まえられるところで車から降ろして貰い、一人ベンチに座り込んで、生ぬるくなった手元のビールをぐいっと飲み干す。全ての真実を知ってしまった今、そのビールはとりわけ苦く感じた。
※この後、シュテファンは怪我を理由に現役を引退。一般生活を送りながら、審判のライセンスを取得している。
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