現地発、クロアチア・サッカー報告(21)

イェルコ・レコの葛藤〜ディナモ・ザグレブvs.ディナモ・キエフ


2003/8/27 UEFAチャンピオンズリーグ予備戦3回戦第2レグ
「ディナモ・ザグレブvs.ディナモ・キエフ」


 「イェルコ、レコ! イェルコ、レコ!」
彼はBBBのコールに笑顔で左手を挙げる。1ヶ月に渡る苦しみからようやく逃れた瞬間だった。

 7月25日、フランスのニヨンにてチャンピオンズリーグ予備戦3回戦の組合せ抽選が行われた。2回戦のマリボル戦を控えているディナモ・ザグレブは、次のラウンドでディナモ・キエフと対戦することが明らかに。一報を聞いたMFイェルコ・レコは「興奮しているよ。最初は信じることが出来なくて、ザグレブのトゥリーナとミキッチに電話で確認したよ。私が愛する二つのディナモの一つが落ちることになるんだから」と語る。プルゲル(ザクレブっ子)としての彼とプロフェッショナルとしての彼の葛藤がこの日から始まった。「僕の立場を考えてくれ。自分の車にはディナモ・ザグレブの旗を飾っているんだよ。しかし、この対戦でプレー出来るようこれからの20日間は人生において最高のサッカーをしなくてはならない。ザグレブでプレーすることが私の最大の願いだし、自分自身が満たされない状況には陥りたくない。なぜなら誰かが勝手に私を疑い始めることは嫌だからね。」

 

【ヴァルテクスとのカップ戦決勝第2戦で決勝点となる
ミドルシュートを決めてBBBのいるスタンドへ走り出す】

 日韓ワールドカップ後からはクロアチア代表として常に名前を連ねているレコは、自らの才能とその努力で順風なキャリアを築いている。1981年にザグレブのトルニェに生まれた彼は、自宅に程近いポサビナのユースチームでサッカーを始めた。11歳の時にディナモ・ザグレブと対戦、ここでマリヤン・ヴラク(現カメン・イングラッドのディレクター)の目に止まり、ディナモへと引っ張られた。それ以来、同年齢のミハエル・ミキッチ、イヴァン・トゥリーナ、トミスラフ・ゴンジッチ(現インケル)、クリスティアン・ポロヴァネツ(現ヴァルテクス)らと定評あるディナモ・ユースで切磋琢磨した。18歳の時に彼は静岡SBSカップに出場したディナモ・ユースの一員として来日している。初戦のバスコ・ダ・ガマ戦で2枚のイエローカードを貰って退場はしてしまったものの、当時のユース監督イリヤ・ロンチャレヴィッチ(現ディナモ・ディレクター)は「レコが最も素質のある選手だ」と明言していた。帰国後のシーズンは二部のクロアチア・セスベッテへレンタル。2000/01シーズンからはディナモのトップチームへと入り、レギュラーを奪取した。中盤ならどのポジションもこなせ、必要とあらばサイドバックやセンターバックもこなす。どの戦術でも適応する能力を持ち、高速ドリブルと右足のミドルシュートという武器を持つモダンなMF。2001/02シーズンのクロアチアカップ決勝・ヴァルテクス戦では25mのミドルシュートを見事に決めてディナモに優勝をもたらした。翌シーズンからディナモの監督にと就任したブラジェヴィッチは「ディナモの真珠」と彼を表現して欠くことの出来ない主力とみなしていたが、8月末日の移籍期限直前にディナモ・キエフ(以下、キエフ)へと電撃移籍が発表。一時は怪我に悩まされたものの、キエフでもレギュラーとして確固たる地位を築いている。今ではマンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、ACミラン、トッテナム、セルティックなどが彼に興味を示しているという。
 レコは4年前のSBSカップで僕がディナモ・ユースを応援に駆け付けたことを覚えていており、ザグレブに住み始めてからも親しい関係を結んだ。電話番号とメールアドレスを交換して連絡を取り合いながら、試合で撮影した写真を彼にプレゼントし、キエフに行ってからは彼が現地の写真やゴール映像をメールで送ってくれている。今年3月にはポーランド戦で来た代表ユニフォームやディナモ・キエフのユニフォームをプレゼントしてくれた。どれだけ名声と富を得ても彼は変わることがなく謙虚で律儀な22歳の若者である。それだけに僕自身もこのディナモ対決には戸惑った。レコには「今回は両方のディナモを応援しつつ、君だけは特別に応援するから。BBBが温かく君を迎えてくれることを願っているよ」とメッセージを送っておいた。

【自分のチームの得点に喜べず、
うつむいてポジションに戻る(第2戦)】
 ディナモ・ザグレブ(以下、ザグレブ)はマリボルを退け、三回戦へとコマを進めた。先の試合でミトゥがレッドカードを受けたため出場停止(2試合とも)、よってザグレブは怪我から復帰したバルトロヴィッチを起用した。一方、キエフはブルガリア代表MFペーフが欠場。試合前日にレコは「今はいかなる興奮もない。他の試合と同様に我々は準備している。キエフの方が良いチームであり、チャンピオンズリーグへと進めると信じている。昔のチームメイト達にはUEFAカップが残っている。そこで彼らに多くの幸運があることを望んでいるよ」と語り、「65%の確率でキエフが本選へと出場するだろう。ザグレブを血祭りに挙げる一人の選手がいる。それはビアルケヴィッチさ。彼は現時点最高の選手であり、今日ザグレブがそれを確信することとなるだろう。素晴らしいドリブルと驚異的なパス、そして得点を挙げることも知っているから」と警告した。8月12日に行われた第一戦、レコの警告が正しいことが証明される。
ザグレブのシステムは3-4-1-2で、GKヨジッチ、DFが左からドルピッチ、ミヤトヴィッチ、セドロスキ。MFが左からミキッチ、トミッチ、アギッチ、ムイチン。トップ下にクラニチャール、2トップがバルトロヴィッチとダ・シルバ。
キエフのシステムは4-3-2-1で、GKショフコフスキー、DFは左からネスマチニー、ガブランチッチ、フェドロフ、アレシャンドロ。ボランチにグシン、その若干前の右にレコ、左がハツケビッチ。前列下にリンコンとビアルケビッチ、そしてワントップはシャツキフ。
ザグレブは中盤のパスは繋げられるものの、キエフはピッチの1/3より先はボールを通さないよう、レシーバーに早いプレスを掛ける。前を向かせないようにしてボールを奪ってからワンタッチ・ツータッチの速いボール運びで攻め込んだ。22分、ビアルケヴィッチのペナルティエリア左からのFKにフェドロフがヘディングで決めてキエフが先制。その後はキエフがペースを握り、40分にはミヤトヴィッチがドリブルからボールを奪われ、ビアルケヴィッチが右からクロス。レコは落下地点を察知し、ファーサイドに回りこんでから右足アウトサイドでゴールへと押し込んだ。得点を奪ってチームメイトに肩を抱かれるも、そこにはうつむき加減の彼がいた。しかしザグレブもその2分後、クラニチャールの強烈なミドルシュートをショフコフスキーが弾き、詰められる前にDFがクリア。そこから得たムイチンのCKをセドロスキがヘディング、そのボールを受けたクラニチャールが胸トラップのあと反転して叩き込む。1-2。終了間際にビアルケヴィッチのクロスのあとグシンが2度に渡りシュートを放ち、ムイチンの左腕に当ったもののハンド判定は無くザグレブが救われた。
 後半に入ると、ザグレブは1-2というスコアを守ろうとして無理に攻めず、一方でキエフの畳み掛ける攻撃が目立つようになる。GKヨジッチは好セーブを続けたが、82分に左からビアルケヴィッチがセンタリング。シャツキフのシュートはGKヨジッチが弾くも、それをグセフに押し込まれて1-3とリードを広げられた。3得点全てがビアルケヴィッチのアシスト、そしてどれもザグレブは防げたものだった。ザグレブは指摘されているセットプレーからの脆さ、GKヨジッチとDF3人の連携の不安定さを再び露呈してしまった。

 試合後、レコはこう語った。「初戦に勝つことでチャンピオンズリーグに進む保証を作りたいとは望んでいた。しかし僕のゴールで結果が導き出されることは願ってなかった。これがサッカー人生というもの。チャンスがあったら得点を奪わなくてはならない。これで少なくともキエフでは私自身と私のプロフェッショナリズムを疑う者はいないだろう。しかしキエフのどの得点も喜べなかった。ザグレブが得点を取られて幸せになんてなれない。12年間過ごして、今の私を育ててくれたクラブなのだから。でも勝利したことに嘆いているわけではないよ。嘆いているように聞こえてしまっただろうが、自分達の成功に喜び、チャンピオンズリーグでプレーしたいというのは当たり前のことだから。」
しかし同時にザグレブの欠点を振り返っていた。「試合終了10分前にアギッチに"良い結果になりそうだね"と話し掛けたら、彼は"あとは追加点を取られないだけだよ"と答えた。しかし結局は点を取られてしまった。ザグレブはいつもこうだ。私がいた時もいつも何かが足らなかったことを思い出すよ。いつも目標まで近いと思っても、実際はいつも遠い。それがザグレブの運命なのかもしれない....。私はマクシミールで出来る限り最高のプレーはするつもりだ。しかし私の頭には昨年のザグレブでのUEFAカップでの不成功が頭によぎっている。いつも高い障壁があったことを。そして今回も彼らには障壁があるだろう。」
「クロアチアには才能ある選手はいても、チームがない」と言われる。個々の力やキラメキがあったとしても、組織として機能するメカニズムが存在しない。キエフでのシステマティックでリアリズムなサッカーを経験し、クロアチアのクラブが欧州カップでの高い壁を破れない理由を彼は解っているはず。それはクラブの財政問題や環境は別にして、だ。

【第2戦ではクラニチャールのマンマークを任された】

 8月27日、ディナモ対決第2戦がザグレブのマクシミール・スタジアムで行われた。ザグレブは国内リーグで4連勝と負けなし。ユルチェヴィッチ監督は「私達はオプティミストだ。出来る限り早く1点目を奪い、また得点を奪われないようにする。観客達の応援で選手が後押しすることだろう」と語る。「初戦を見た限りキエフは勝てない相手ではない」「ザグレブにはキエフにない熱狂的な応援がある」−この二つを拠り所に選手達やメディアもまだチャンスはあると見ていた。「オプティミズムとリアリズム」−この両者のメンタリティが第2戦のピッチで如実に表れた。
 ザグレブは先のスラヴェン・ベルーポ戦で負傷したミヤトヴィッチ、トミッチ、ミキッチが出場を危ぶまれたものの、集中的なセラピーで間に合って第1戦と全く同じ布陣を敷いた。一方、キエフはグシンが怪我で欠場。ハツケヴィッチとアレシャンドロを外し、代りにドミトルリン、ギオネア、グセフの3人を起用した。ミハイリチェンコ監督は第一戦で要注意と判断したクラニチャールに対し、彼の動きが判るレコをマンマークで付ける。ドミトルリンとギオネアはレコが埋めるべきスペースをカバーする。約25000人のマクシミールの観客はマリボル戦以上の力強い応援を繰り返し、審判やキエフの他選手と同様にレコにもプレッシャーを与えた。カメラマンとしてピッチにいた僕は常にレコにファインダーを向けたのだが、彼の辛そうな顔を見るとどちらのディナモも応援することが出来なくなっていた。
 ディナモヴ・プラーヴィ(ディナモの青)ではなく、ディナモヴ・ビエリ(ディナモの白)のドレスに包まれたレコはクラニチャールのマンマークという仕事を忠実に遂行した。攻撃の起点となるクラニチャールが封じられると、ザグレブはロングボールで前線に放り込む。177cmのダ・シルバ、167cmのバルトロヴィッチのツートップが長身のキエフのDF陣に競り勝てないのは火を見るより明らかだった。最初はカウンター攻撃を狙っていたが、フィジカルコンタクトに倒れてばかりのザグレブ相手に、ボールコントロールにより優れたキエフが支配するようになる。12分にネスマチニーが左側からクロス、アギッチとGKヨジッチが見合ったところでシャツキフがヘディングシュートを放つが枠の外へ。15分にもシャツキフが左足でシュートを放つもわずかに枠の外へ逸れた。36分、ディナモは個人技により一瞬のキラメキを見せる。ダ・シルバが左サイドでロングパスを受けるとボールを宙に浮かしてからフェドロフをかわしてボレーシュート。しかしこれにはショフコフスキーの好反応で防がれてしまった。

【試合後はチームメイトに囲まれる】
 無失点を保っていたザグレブだが、集中力が整わない後半開始1分で崩れ去る。右サイドからグセフがフェイントを仕掛けてドルピッチを惑わしてから、左足でシュート、これをヨジッチが弾いたところをシャツキフが詰めてキエフが先制。グセフの一連のプレー、またシャツキフの詰めも昨日の1時間の練習でやっていたことであった。「いつも何かが足らないザグレブ」と「計画通りのキエフ」。レコはゴールの輪に混じることなく、うつむきながら自分のポジションへと戻っていった。負けが見えてもBBBは熱い応援を繰り返す。ザグレブはクラニチャールが二度ミドルシュートを放つもネットを揺らすことは無かった。62分にギオアネがカウンターで左からシュートチャンスを迎えたものの、右のスペースに走り込んでいたレコに決定的(踏絵的)なラストパスを送る。しかしレコはGKヨジッチの正面に蹴り込んでしまった。自らの足でとどめをさせなかったとはいえ、レコには多少ながら笑みがこぼれたのが印象的だった(試合後に"意図的に外したわけではない"と弁明している)。けれど70分、ビアルケヴィッチの左からのFKにリンコンがあっさりとヘディングを決めて勝利を決定付けた。再びゴールの喜ぶの輪に加わろうとしないレコにドミトルリンが抱きつこうとしたが、レコはこれも拒否して背を向けてポジションへと戻った。プレー以外におけるリアリズムへのわずかな抵抗であったのだろう。プロフェッショナルとしてキエフのためにプレーはするが、ザグレブの愛情はピッチで捨てきれずにいた。「BBBからのブーイングも耐えるつもりだ」−そう試合前に口にし、今こうして狭間に苦しむレコのことを、観客そしてBBBは見捨てなかった。87分に彼に交替が告げられるとバックスタンドから出た小さなブーイングを掻き消すようにスタジアム全体からスタンディングオベーションが起こり、ゴール裏のBBBには「イェルコ・レコ」のコールが上がったのだ。

 試合は2-0、トータルスコア5-1でキエフが勝利。またしてザグレブ、そしてクロアチアのクラブはチャンピオンズリーグ本選を前にして散ることとなった。ベンチから出てくるレコをトミッチがBBBの方へと手を引っ張る。そしてBBBの声援に応え、ザグレブの選手達と抱擁を交わした。地下のドレッシングルームに降りる瞬間に「おめでとう」と右手を差し出すと、いつもと変わらぬ笑顔のレコがそこにいた。試合後、ウクライナの記者から意地悪な質問をされたキエフのミハイリチェンコ監督はこの日のレコについてこう巧みに返答した。
「イェルコ・レコは我々にとってとりわけ大事な選手だ。今日の彼はイェルコ・レコではなく、真のディナモ・キエフの選手だった。」


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