クロアチア選手紹介


現在の代表選手 国外で活躍する
クロアチア選手
国内で活躍する
クロアチア選手


…ワールドカップ・フランス大会代表メンバー
…欧州選手権・イングランド大会代表メンバー

…ワールドカップ・日韓大会代表メンバー
…欧州選手権・ポルトガル大会代表メンバー

…ワールドカップ・ドイツ大会代表メンバー
…欧州選手権・オーストリア・スイス大会メンバー



チームが太字なのは今季移籍した選手  赤は移籍濃厚


《クロアチア代表監督》

Name Birthday Comment
Slaven BILIC 1968/9/11 現役時代は強靭な肉体、勇敢さとクレバーな頭脳を持つストッパーとして活躍。クロアチア代表史上最年少の37歳で、2006年7月に第9代監督に指名された。スプリト出身。
ハイドゥクでキャリアをスタート。ソリンとシベニクにレンタルされたのち、1989年春のユーゴ・リーグの対ニシュ戦でハイドゥクのトップチーム・デビュー。1992年にクロアチア・リーグ、1993年にクロアチア・カップを制覇したのち、1993/94シーズンからカールスルーエに移籍した。それからウェストハムへと渡り、当時のDFでは史上最高額の450万ポンドの移籍金でエバートンに移籍。国外のクラブでもキャプテンを務めるなどリーダーシップに優れた。最後の半年間は古巣ハイドゥクに復帰、キャプテンとして1999/2000シーズンのクロアチア・カップをもたらした。2000年8月、ハイドゥクのCL予選敗退を機に現役を引退。臀部に重度のヘルニアを抱えながらのプレーだった。
2000年10月のブラジェヴィッチ辞任後、代表監督の座を狙っていたものの経験不足のため実現せず。2001年になってハイドゥクに資本投資して幹部の一員となり、グラツァン辞任を受けて2001年11月から翌年5月までハイドゥクの監督を務めた。シュティマッツと対立してからはハイドゥクを撤退。協会主宰の監督アカデミーを卒業した2004年からクロアチアU-21代表監督に就任した。受け持ったのは恵まれた世代ではなかったが、グループリーグ首位に。しかしセルビア・モンテネグロとのプレーオフは背骨のヘルニア手術のために指揮ができず、チームは敗退してしまった。ユーロ2008予選から指揮を任されると、世代交代を進めながら現代モデルの4-4-2を定着させ、チームは快進撃。見事に本大会出場へと導き、更に契約を2年延長。ユーロ2008ではグループリーグを全勝で抜けたものの、準々決勝ではアンラッキーなPK負け。それでも彼の手腕は高い評価を集めた。
今は亡き父親イヴァンは大学法学部の教授であり政治家、本人も法律の学士を持つ。ギターの腕前はプロ級で、"Rawbau"というロックハンドを率いてCDも出している。クロアチア代表44試合、3得点。188cm、84kg。家族は妻と息子、娘。


《現クロアチア代表》 ユーロ2008・代表メンバー)

No Name Team Pos. Birthday Cap Goal cm kg Comment
1 Stipe PLETIKOSA Spartak Moscow(RUS) GK 1979/1/8 72 - 192 87 近距離からのシュートに対して異常までに強いハイドゥク出身のGK。99年2月の対デンマーク戦でA代表デビュー。U-21欧州選手権は彼のポカで五輪出場を逃したが、2002W杯予選初戦のベルギー戦では彼の好セーブがチームを救った。ラディッチ引退後の正GKとして君臨し、2002年にマルセイユと契約を結ぶはずが、直前で話がまとまらず帰国。ハイドゥクでプレーを続け、色々と移籍話が涌く度に消滅。2002年度のクロアチア最優秀選手に選出され、2003年にシャフタール・ドネツクに移籍(5年契約)。ユーロ2004は直前合宿で筋肉を怪我して離脱。代表の正GKの座も失い、シャフタールでも冷遇。2005/06シーズンは古巣ハイドゥクにレンタル移籍で復帰。2006年W杯では正GKとして再評価された。2006/07シーズンからシャフタールに戻ったが、外国人枠もあって冷遇が続き、2007年3月にスパルタク・モスクワに移籍が決定(移籍金300ドル、年俸100ドル、契約は2009年末まで)。
12 Vedran RUNJE RC LENS(FRA) GK 1976/2/10 5 - 184 85 足元の技術と飛び出しに優れ、リベロの役割もこなすGK。ハイドゥクでは日の目を見ることがなかったが、スタンダール・リエージュ移籍後から評価が上がり、ベルギーリーグで2年連続最優秀GKに選ばれた。2001/02シーズンからマルセイユへ移籍し、レギュラーとしてプレー。マルセイユのサポーターから熱狂的な人気を誇ったが、2004年1月、バルテズの加入で正GKを追われた。2004/05シーズンからは再びリエージュに。2006年夏にベシクタシュに移籍し、翌年にはランスと3年契約を結んだ。代表には縁がなく召集されても出場機会は無し。U-21代表でも1試合の出場のみ。2001年のB代表でスタメン出場しただけである。A代表デビューは2006年11月のイスラエル戦。弟のズラトコはハイドゥク所属のGK。
23 Mario GALINOVIC Panathinaikos(GRE) GK 1976/11/15 2 - 196 93 2005年度ギリシャ・リーグ最優秀GKにも選出されたパナシナイコス所属のGK。ハイボールの処理に優れる。1998/99シーズンにオシエクの正GKの座を射止め、コリアカップ・対エジプト戦でA代表初キャップを得た。2000年の契約終了と共に移籍を希望、ハイドゥクをはじめ国内外のクラブと交渉したもの失敗に終り、ボスニアリーグのブロトイノでプレーしたのち、2001/02シーズンにオシエクに戻った。2002/03シーズンはカメン・イングラッドに移籍、2003年のUEFAカップ・対シャルケ戦では素晴らしいセーブを連発した。2004年夏、移籍したギリシャ代表GKニコポリディスの穴を埋めるべくパナシナイコスへ。2004/05シーズンのギリシャリーグ最優秀GKとなった。
2 Dario SIMIC AC Milan(ITA) DF 1975/11/12 99 3 180 77 16歳4ヶ月で国内リーグデビュー、代表でも若くしてレギュラーを勝ち取った実力DF。「猛犬」というニックネームを持ち、一対一に強い。正確なフィードとオーバーラップも魅力。ストッパーのほか、左右のサイドバックもこなす。98/99シーズンに移籍金8億円でディナモからインテルへと移籍、02/03シーズン前にウミトとの交換トレードでACミランに移籍(3年契約)、右サイドバックでプレーし、CL優勝メンバーとなった。代表ではバリッチにキャプテンマークを奪われた上にレギュラーも外され、2003/04シーズンはミランでカフーにレギュラーを奪われ、ユーロ後は踵の手術でシーズン半分を棒に振った。2005年に移籍が濃厚視されたが、契約を2008年まで延長している。
4 Robert KOVAC Borussia Dortmund(GER) DF 1974/4/6 77 - 182 78 ブンデスリーガで実力を極めたディフェンダー。優れた読みと冷静なボール処理を売りとするパフォーマンスの高いプレーを維持し、最後の砦として確実に相手の攻撃を摘む。代表ではセンターバックやリベロを務めるが、ボランチもこなしたことがある。代表デビューは99年4月のイタリア戦と遅かったが、代表では欠かせない不動のレギュラーとなった。ラピッデ・ウェディング、ヘルタ・ゼレンドルフ、ニュルンベルグ、レバークーゼンを経て2001/02シーズンから兄ニコと共にバイエルンへ移籍(4年、移籍金1600万マルク)、レギュラーとして活躍。2005年に契約が切れ、年俸提示の低いバイエルンを退団。移籍金ゼロでユベントスに移籍。2007年6月にディナモ移籍が進められたが、金銭の保証面で折り合わず、ボルシア・ドルトムントと2年契約を結んだ。
3 Josip SIMUNIC Hertha Berlin(GER) DF 1978/2/18 65 3 195 89 ヘルタ・ベルリンでプレーするオーストラリア生まれのDF。左右のサイドバックからストッパー、リベロ、そしてボランチと守備的ポジションはどこでもこなせるが、高さを活かしたストッパーでこそ彼の持ち味が活きる。両足が使えるのも彼の特徴で、DFらしからぬテクニックを持つ。メルボルン・ナイツからHSVに移籍し、1999年にヘルタへと移籍した。2001/02シーズンは何度もブンデスリーガのベストイレブンに選出。2001年11月の韓国遠征でA代表デビューし、以後も代表に定着。日韓ワールドカップではビエリ相手に素晴らしいマークを見せた。2006年5月にヘルタと5年間の契約延長。
5 Vedran CORLUKA Manchester City(ENG) DF 1986/2/5 24 - 193 84 ボスニアのデルベンタで生まれ、8歳からディナモ・ユースで育ったクレバーなDF。193cmという長身を活かしたヘディングの強さと、冷静な一対一の処理が特徴。本来のポジションはセンターバック、ストッパーだが、ストライドのあるドリブルと正確なクロスボールが上げられることから、代表やディナモでは右サイドバックとしてプレー。またマンチェスター・シティではボランチとしてもプレーをする。18歳の2004/05シーズンにインテルにレンタルされて一シーズンをレギュラーとしてプレー。リーグ2位という好成績に貢献した。2005年にディナモへ復帰した後は直ぐに左ストッパーのレギュラーを確保し、今ではクロアチアで最も将来性が高いDFである。2007年8月、移籍金1300ユーロ、5年契約でマンチェスター・シティに移籍した。18歳でU-21代表にピックアップされ、20歳でA代表デビュー(2006年8月のイタリア戦)。ビリッチ監督のもと、右SBのレギュラーとしてプレーしている。
15 Dario KNEZEVIC Juventus(ITA) DF 1982/4/20 10 1 184 74 スピードと一対一に優れたリエカ・ユース出身のディフェンダー。リエカでは不動のセンターバックであり、副キャプテンを務めていた。2006年1月の香港におけるカールスバーグ・カップで代表に初選出。同年8月にリボルノで行われたイタリア戦でフル出場し、それを機に関心を示したセリエAのリボルノが移籍金47万5000ユーロで3年契約を結んだ。代表にも定着し、2007/08シーズンはリボルノでコンスタントに出場したもののチームはセリエBに降格。各クラブが注目する中、買取オプション付きで2008/08シーズンはローンでユベントスに移籍することに。
6 Hrvoje VEJIC Tomsk(RUS) MF/DF 1977/6/8 3 - 191 80 ダルマチアのプロチェ出身のリーダーシップあるDF。リベロが本職だが、ボランチもこなせ、セットプレーからの得点能力も高い。2001/02シーズンにNKザグレブからハイドゥクに移籍し、2003/04シーズンの優勝が掛った最終節ヴァルテクス戦では芸術的なボレーシュートを決めている。ハイドゥクの主将であったが、2005/06ズン前にロシア一部のトムスクに2年契約で移籍。U-21代表をはじめ、ユース代表歴も豊富。2002年11月のルーマニア戦でA代表初召集、2007年2月のノルウェー戦が代表デビュー。
10 Niko KOVAC Redbull Salzburg(AUT) MF 1971/10/15 80 14 176 72 運動量が豊富で、戦術能力も高い中盤のファイター。ディフェンスの穴を埋めるのに長け、身長の割にはセットプレーでのヘディングも得意。ベルリンに生まれ、ラピッデ・ウェディング、ヘルタ・ゼレンドルフ、レバークーゼンと移籍し、1996年12月の対モロッコ戦で代表デビュー。フランスW杯は膝の怪我で出場出来なかったが、99年にハンブルガーSVへ移籍するとCL出場権獲得に貢献し、代表にも再びピックアップ。2001/02シーズンにはバイエルン・ミュンヘンに移籍し、日韓ワールドカップのメンバーにも名を連ねた。2003年に出場機会を求めてヘルタ・ベルリに移籍。2004年からは代表でキャプテンマークを付けている。2006年6月にザルツブルクへの移籍した。
11 Darijo SRNA Sahtar Donjeck(UKR) MF 1982/5/1 58 16 182 78 ドリブルからの仕掛けに抜群のセンスを持ち、守備でも積極的なチェイスをする右MF。トップ下でもプレーが可能で、右足からのFWも得意。甘いマスクをしながら気性が激しく、無駄なカードを貰うこともしばしば。地元のメトコヴィッチでサッカーを始め、ハイドゥク・ユースに引き抜かれたのち、99/2000シーズンに18歳でトップ・デビュー。2000/01シーズン途中にプロ契約を結び、攻撃的布陣の一員として優勝に貢献。2002年のルーマニア戦がA代表初召集で、1アシストの活躍。その後も大事な試合で結果を残している。アヤックスやカイザースが興味を示していたが、2003年、レギュラーとしてプレー可能なシャフタール・ドネツクに5年契約で移籍した。ドイツW杯予選ではチーム最多の5得点・4アシストで予選突破に貢献した。2006年9月のロシア戦を前に合宿を抜け出して遊びに出かけたことで代表を一時追放。
16 Jerko LEKO Monaco(FRA) MF 1980/4/9 54 2 187 78 ボランチと右MFを本職するディナモ・ユース出身のモダンなMF。スピードに乗ったドリブルとパスセンス、そして疲れを知らない運動量が特徴。また強烈な右足のミドルシュートも持ち合わせている。二部のセスベッテに1年レンタル移籍して経験を積み、2000/01シーズンからはディナモでレギュラーを獲得。2001/02のカップ戦決勝では25mのミドルシュートを決めて優勝をもたらした。2002年5月のハンガリー戦にてA代表デビュー。99年に静岡で開催のSBSカップに出場。2002年8月にディナモ・キエフに移籍金400万ユーロ・4年契約で移籍し、レギュラーとして活躍した。2006/07シーズンからモナコに移籍。
19 Niko KRANJCAR Portsmouth(ENG) MF 1984/8/13 45 6 185 84 クロアチアのファンタジスタ。創造性とボールテクニックに優れ、意外性のあるラストパスを送るだけでなく、ミドルシュートを併せ持つ。父ズラトコはディナモの名選手で元代表監督。16歳だった2001年4月のU-17欧州選手権で活躍し、同時にディナモでもトップデビュー。2001/02シーズンは開幕からレギュラーだったが、太ったために動きが鈍くなり失速。18歳でディナモの主将となった翌季はオフにダイエットに成功し、リーグ優勝に貢献。2003年1月には正式にディナモと5年契約を結んだ。2003年のユーロ予選、スロヴェニアとのプレーオフで初めてA代表に選出。ユーロ出場も期待されたが、調整不足のため最終選考で落選。しかし父の監督就任と共に代表でもレギュラーを手にした。2004/05シーズンはディナモで精細を欠き、フロントと衝突して退団が決定。2005年1月21日、衝撃的なハイドゥク移籍が決定(移籍金150万ユーロ、契約3年半)。ドイツW杯ではグループリーグ敗退の原因とされたが、シーズンに入ると復活。2006年の8月にポーツマスへ移籍金450万ユーロ、4年契約で移籍した。
14 Luka MODRIC Tottenham Hotspur(ENG) MF 1985/9/9 29 4 174 66 ディナモの司令塔であり、クロアチア代表の新司令塔。トップ下だけでなく、サイドハーフ、レジスタとしてもチームで機能。柔軟なボールテクニックとスピードの強弱で相手を次々とかわし、決定機を演出する。また守備についても労力を惜しまない。出身地のザダールでキャリアをはじめ、その後はディナモ・ユースに入団。2003/04シーズンに17歳でボスニア・ヘルツェゴビナ一部のズリンスキ・モスタルにレンタルされ、8得点15アシストと活躍。2004/05シーズンはインテル・ザプレシッチにレンタルされ、クロアチアでも大活躍をみせた。クラニチャール退団に伴い、2005年1月にディナモに復帰し、チームを牽引。2006年3月のアルゼンチン戦で先発でA代表デビューし、センセーショナルな活躍をした。2006年W杯では出場機会に恵まれなかったものの、ビリッチ監督のもとではレジスタとして活躍。ビッグクラブが熱望する中、2008年4月に移籍金は2100万ユーロでトッテナム・ホットスパーに移籍(契約5年)。2007年度のクロアチア最優秀選手。
22 Danijel  PRANJIC Heerenveen(HOR) MF/DF 1981/12/2 15 - 170 65 俊足を活かした突破を得意とする左サイドアタッカー。アシスト能力に秀でている。センターでもプレー可能。2002/03シーズンからオシエクでレギュラーを手にし、2003年8月のイングランドU-21との親善試合では芸術的なループシュートを決めて注目を浴びた。2004年にオシエクとの契約延長を拒んだことからシーズン後半はプレー出来ず、ディナモが2004年6月に獲得。チーム最高給(25万ユーロ)を貰うもの本来の活躍は出来なかった。2005年7月にオランダのヘーレンフェーンに移籍金50万ユーロで移籍(3年契約)。ユーロ2004では特別にチーム帯同し、2004年9月に初めてA代表選出。アイルランド戦でデビュー。代表では左サイドバックのポジションでも起用される。
7 Ivan RAKITIC Schalke 04(GER) MF 1988/3/10 11 1 184 79 スイスで生まれ育った才能豊かな攻撃的MF。両足共にテクニックを備え、ボランチ以外ならばどこでも任せられるモダンなMFで、ミドルシュートの決定力も高い。ニックネームは「ロケット」。スイス・ユース代表のカテゴリーを経たのち、19歳でスイス、クロアチアそれぞれの代表からラブコール。悩んだ末に両親の祖国クロアチアを2007年6月に選択した。1995年からバーゼルのユースに加入し、2005年9月のUEFAカップ・対シロキ・ブリイェグ戦でトップデビュー。2006/07シーズンにはレギュラーに定着して、9得点を決めた。2007年6月、シャルケに移籍。背番号10を手にし、4年契約を結んだ。スイスU-21代表として4試合出場。2007年9月のエストニア戦で公式戦ではクロアチア史上最年少19歳5ヶ月でA代表デビュー。
8 Ognjen VUKOJEVIC Dynamo Kijev(UKR) MF 1983/12/20 7 1 184 81 マーカーを常に追いかけ、汚れ役に徹することができるディフェンシブMF。一試合の走力は12kmを超えるとされ、枠を捉えた強烈なミドルシュートや、ゴール前で泥臭いゴールを決める能力も持っている。ビエロヴァールで生まれ、スラヴェン・ベルーポでキャリアを築いたのち、ベルギーのリエーセに移籍。その後、2005年にディナモが獲得すると、激しい中盤のポジション争いの中で定位置を手にした。2008年5月にディナモ・キエフに移籍金600万ユーロで5年契約で移籍。2006年8月のボスニア・ヘルツェゴビナとの親善試合に代表に初選出。2007年10月のスロバキア戦で代表デビュー・初ゴールを決めた。
13

Nikola POKRIVAC

Monaco(FRA) MF/DF 1985/11/26

2

- 185 84 献身的な守備能力と運動量、正確な左足からのロングパスを併せ持ったボランチ。ストッパーや右SBとしてもプレーできる。クロアチア北部のチャコベツに生まれ、ヴァルテクスのユースで育つと、2004/05シーズンにトップデビュー。ヴァルテクスではDFとして起用されたが、2007年1月に移籍金50万ユーロでディナモに移籍するとボランチとして急成長。クジェ、イヴァンコヴィッチ両監督の信頼を勝ち取った。2008年1月にモナコへ移籍金350万ユーロで移籍。代表歴がないのにもかかわらず、ユーロ2008のメンバーに抜擢された。2008年5月のモルドバ戦で代表デビュー。
18 Ivica OLIC Hamburger SV(GER) FW 1979/9/14 57 10 182 82 爆発的なスプリントと献身的なボールチェイスが特徴のストライカー。アシスト能力もあるが、ゴール前の冷静さに欠けるのが欠点。1998年、18歳の時に3部のマルソニアからヘルタ・ベルリンに移籍。8試合出場するも、プレー機会の少なさから1シーズンで帰国を志願。2000/01シーズンは最下位のマルソニアで、16得点9アシスト(共にリーグ3位)。2001/02シーズンはレンタル先のNKザグレブで21得点17アシスト(共に1位)を挙げ、NKザグレブ初優勝に貢献した。2002年のブルガリア戦で代表デビュー。日韓W杯ではイタリア相手に値千金の同点ゴールを決めた。大会後にオファーが殺到したが、ディナモ・ザグレブに移籍。2002/03シーズンは16得点10アシスト(共に1位)で再びリーグ優勝のタイトルへと導いた。2003年8月に移籍金500万ユーロでCSKAモスクワと4年契約を結び、CSKAでもリーグ優勝、UEFAカップ優勝に貢献した。2006年9月のロシア戦を前に合宿を抜け出して遊びに出かけたことで代表を一時追放。2007年1月、ハンブルガーSVに移籍金200万ユーロ・2009年末までの契約を結んだ。
17 Ivan KLASNIC Nantes(FRA) FW 1980/1/29 31 10 186 79 どのポジションからでも正確で強烈なシュートを狙えるドイツ・ハンブルグ生まれのストライカー。父親がザグレブ、母親がヘルツェゴビナの出身。HSVのユースで育ち、ステーリンゲン、ウニオン・ハンブルグを経て、二部ザンクト・パウリへ。2000/01シーズンに10ゴールを挙げてザンクト・パウリの1部昇格に貢献し、2001/02シーズンからブレーメンへと移籍。2002/03シーズンはプレー機会が増えたきたものの、足の怪我で離脱。2003/04シーズンはアイルトンと破壊力あるツートップを形成し、ゴールにアシストにと大活躍(リーグで13得点11アシスト、カップ戦で6得点8アシスト)、ブレーメンのダブルクラウンに貢献した。2004年2月のドイツ戦でA代表デビュー。2007年始めに二度に渡り、腎臓疾患を治すために移植手術を行い、長い治療とリハビリの後に復帰。2008年3月には代表にも復帰し、ユーロ2008でも2ゴールを決めた。ブレーメンとの契約が切れ、2008年7月にナントと4年契約を結んだ。
21 Mladen PETRIC Borussia Dortmund(GER) FW/MF 1981/1/1 27 9 185 81 機敏かつ危険な動きをし、シュートレンジも広いスイス育ちのFW。トップ下でもプレーし、FKも得意。ボスニア北部で生まれ、3歳の時にスイスに移住し、15歳からFCバーデンでユース時代を過ごす。1999年7月に18歳の時にグラスホッパーに移籍して結果を残したのち、2004/05シーズンからはスイス最強クラブのバーゼルへと移籍した。スイスのU-16、U-17代表にも選出されたことがある(公式戦には不出場)。2001年11月の韓国遠征でA代表に大抜擢され、大会の最大発見とされた。2002年8月のウェールズ戦で初ゴールを決めた。怪我のために2004年U-21欧州選手権は欠場。ビリッチ新監督の下ではレギュラーを獲得した。アンドラ戦ではハットトリックを達成。2007年6月にボルシア・ドルトムントに移籍した(移籍金400万ユーロ、2011年夏まで)。熱烈なシュケルのファン。
20 Igor BUDAN Palermo(ITA) FW 1980/4/22 6 - 186 86 ポスト・ボクシッチを担う大型FW。1999/2000シーズン、リエカから4年契約でベネツィアに移籍するも、移籍金に関するトラブルで出場できず。FIFA裁定後、第10節ピアチェンツァ戦で初出場初スタメンを果たした。2000/01シーズンはエンポリ、ベリンゾーナ(スイス)へレンタル。膝の怪我に泣かされたが、2002/03シーズンからベネチアに復帰。その後はパレルモを経て、アンコーナ、ベルガモとプレー。2003/04シーズンはレンタルでアタランタに移籍し、半期で10ゴールと量産中だったが、2004年1月に再び膝の手術で離脱。2004/05シーズンからはアタランタと4年契約を結んだ。2006年1月に半年間でアスコリにレンタル移籍。パレルモがパスを全て買い取り、2006/07シーズンはそのパスを半分買い取ったパルマに移籍して13ゴールを決めた。2008年6月、パレルモが500万ユーロでパルマから半分のパスを買い取り、パレルモに移籍することに。2006年11月のイスラエル戦に代表召集、2007年2月ノルウェー戦に代表デビュー。
9 Nikola KALINIC Hajduk Split(HRV) FW

1988/1/5

2 - 186 82 ペナルティエリア内での嗅覚に優れた期待のゴールゲッター。ハイドゥク・ユースで育ち、2005/06シーズンに17歳でトップチームに加わった。2005年のU-17欧州選手権では得点王となり、大会MVPに選出されている。2006年夏からはプーラにレンタル移籍し、レギュラーとしてプレー。2007年1月からはシベニクにレンタルされ、一年を通して経験を培った。2007年夏からハイドゥクに復帰し、レギュラーとしてゴールを量産中。現U-21代表。2007年10月のイスラエル戦では追加召集でA代表に選出された。2008年5月のモルドバ戦で代表デビュー。

随行メンバー

24 Anas SHARBINI Rijeka(HRV) MF 1987/2/21 - - 180 76 リエカ・ユースで育ったファンタジスタ。まだ軽さはあるが、意外性のあるパス、スピードあるドリブル、威力あるミドルシュートを備えている。一部経験がわずか14試合、かつ20歳という年齢ながらも2007/08シーズン、ダリッチ新監督が背番号10を与えて新キャプテンに任命されるや、頭角を発揮。攻撃力を売りとするリエカでアクセントとなるプレーをしている。U-21代表だが、扱いに不満を持つ合宿所に飛び出したことも。兄のアフマドは元リエカのFW。父親はシリア出身のパレスチナ人、母親がクロアチア人のハーフである。
25 Manuel PAMIC Red Bull Salzburg(AUT) DF 1986/4/20 - - 175 75 パワフルなドリブルから左サイドを突破する攻撃的サイドバック。愛称は「パミーニョ」。ジュミニでキャリアを始めたのち、18歳でプーラ(現イストラ)に移籍。レギュラーとして2シーズンを過ごしたのち、2006年にリエカに移籍した。そこでもレギュラーを獲得すると、欧州のクラブから注目を浴びるようになり、2007年12月にリエカ史上最高の移籍金100万ユーロでレッドブル・ザルツブルクに移籍した。現U-21代表。

外で活躍するクロアチアの選手

Name Team Pos. Birthday Cap Goal cm kg Comment
Zeljko PAVLOVIC Tirol Innsbruck (AUS) GK 1971/3/2 7 - 186 76 安定したプレーが売りのGK。FW出身ということで、足元のプレーも正確。サラエボ生まれで、ゼリェズニチャールからディナモ、NKザグレブを経て96年からオーストリアのラスク・リンツへ。2001年4月にGK難に悩むアンデルレヒトが獲得(契約2年3ヶ月、移籍金50万マルク)。しかし控えに甘んじることが多く、2003年にオーストリア・ザルツブルグへと移籍。ここでもレギュラーが取れず2004年1月にケルンテン、その後はチロル・インスブルッグに移籍。代表は96年3月のイスラエルとの親善試合でデビュー。フランスW杯後に代表では控えGKとして招集されていた。
Joseph Anthony DIDULICA AZ Alkmaar(HOL) GK 1977/10/14 4 - 191 80 オーストラリア生まれのクロアチア人ゴールキーパー。空中のボール処理と判断能力に秀でる。メルボルン・ナイツから99年にアヤックスに移籍。アントワープの1年レンタルを含めて5シーズン、アヤックスに所属したのち、2003年にオーストリア・ウィーンへと移籍。2006年には移籍金150万ユーロ、4年契約でAZアルクマールに移籍した。オーストラリア代表ユースで21試合の出場をしているが、2004年にクロアチア代表を選択。トルコ戦で初召集、マケドニア戦でデビュー。Joeyは愛称で、本名はJoseph。趣味はゴルフとサーフィン。
Vladimir VASILJ Siroki Brijeg(BIH) GK 1975/7/6 2 - 190 85 フランスW杯、日韓W杯共に第3GKとして登録された実力派GK。ドイツ・ハノーバー生まれ。98年5月の対スロバキア戦でA代表デビュー。フランスW杯後にフルヴァツキ・ドラゴヴォリャッツからディナモに加入するも、出場機会の少なさから常に移籍を希望し、2001/02シーズンにNKザグレブへと移籍、レギュラーとして安定した守備を見せてリーグ優勝に貢献した。2002/03シーズンからヴァルテクスに移籍。ユーロ2004ではプレティコサの怪我で代表召集。2004/05シーズンにディナモに移籍。2005/06シーズンにはトルコ・リーグのコンヤシュポールと3年契約を結んだもののレギュラーになれず、ボスニア・ヘルツェゴビナのシロキ・ブリイェグへ。
Ivan TURINA Skoda Xanthi(GRE) GK 1980/10/3 1 - 197 100 セービング、キック力、恵まれた体格など「キーパーの資質を100%備える」とまで評されるディナモ・ユース出身のGK。1999年8月にSBSで来日し、その非凡な才能を見せつけた。2000/01シーズンからトップ・チームに昇格、2001年11月にカメン・イングラッドのレンタル移籍した最初の試合で無敗のNKザグレブを無失点で押さえ、節のMVPに選ばれた。2002/03シーズンはディナモに復帰したが、2003年からオシエクにレンタル移籍。ブティナ移籍後の2003/04シーズンからは正GKに着くも、シーズン置きに好不調の波があり、2006/07シーズンは控えに甘んじ、2007年夏にはシーズン前の合宿で失言のために追放。移籍金なしで、2007年7月、ギリシャ一部のクサンシに4年契約で移籍した。
Stjepan TOMAS Rubin Kazan(RUS) DF 1976/3/6 49 1 186 80 フィジカルに優れ、ハイボールの処理に抜群の高さと強さを誇るストッパー。"クロアチアのスタム"の異名を持つストッパー。フランスW杯代表メンバーにも選ばれていたが、怪我で離脱。復調後は代表に再召集、ヨジッチ、バリッチ監督の下ではボランチもしくは右MFなどでの起用もあった。2000/01シーズンにディナモからヴィチェンツァへ移籍金200万ドルで移籍し、二部落ちした翌年は1年間コモにレンタル。2003/04シーズンはフェネルバフチェにレンタル移籍、リーグのベストイレブンに選ばれた。2004/05シーズンからガラタサライに移籍。トルコ・リーグの最優秀外国人選手に選ばれている。2004年のイスラエル戦前の合宿で許可無く、深夜にマッサーを呼んだということで一時的に追放処分となった。復帰後は右ストッパーのポジションを得るも、ドイツW杯のオーストラリア戦でハンドを与えたことで国内から批判が集中した。2007年8月、ロシア一部のルビン・カザンに移籍(2年半契約)。
Mario TOKIC Rapid Wien(AUT) DF 1975/7/23 28 - 179 74 98/99年シーズンにリエカからディナモに移籍し、ユリッチに替わる新たなリベロとして活躍。冷静なプレーが信条で、ボランチやストッパーとしてもプレーできる。ユース世代から代表に名を連ね、ユーロ2000予選に入ってからA代表に名を連ねた。だが、2000年8月のCL予選で膝を負傷、手術で長期離脱。未払給与を破棄して、ディナモの自由移籍選手として2001年にグラーツァAKに移籍、2003/04シーズンはチーム初優勝に貢献し、オーストリアリーグ最優秀DFに選ばれた。2005/06シーズンにオーストリア・ウィーンに移籍し、契約終了後の2007年6月にラピッド・ウィーンに移籍した。
Anthony SERIC Besiktas(TUR) DF/MF 1979/11/15 15 - 182 77 フランスW杯では最年少18歳でメンバー入りをした豪州シドニー出身の左サイドプレイヤー。どちらかというとディフェンシブ(SB)で、ストッパーも可能。ハイドゥクでユースを過ごし、W杯後にパルマと契約。同時にベローナへとレンタルされた。かつてはプレーが雑だったが、2001/02シーズンになってベローナでレギュラーを確保して能力を徐々に開花。守備と攻撃のバランスに優れた選手となった。2002/03シーズンはブレシア、2003/04シーズンはパルマ、2004/05シーズンはラツィオとクラブを替えたが、2005年7月にパナシナイコスがパスを買収し、2年契約を結んだ。2008年5月にはベシクタシュと1年+1年契約を結ぶ。3度に渡ってW杯代表に選ばれたが、一試合も出られず。ユーロ予選ではバリッチ監督を"田舎者"発言をしたため代表から外され、ビリッチ監督にも起用面で批判して追放された。
Mato NERETLJAK Suwon Samsong(KOR) DF 1979/6/3 10 1 191 90 高さの割にはサイドバックをこなす起用さを持つストッパー。2000/01シーズンにボスニアのオラシュヤからオシエクに移籍。それまでは全くの無名だったが、オシエクで急速に評価を上げて2001年4月に代表選出。ギリシャとの親善試合で初キャップを得た。2001/02シーズン途中にスパルタク・モスクワが獲得寸前までいったが破談。オシエクとの契約切れと共に2002/03シーズンからハイドゥクへと移籍した。2003/2004シーズンは左サイドバック、左MFとして新たな才能を現し、代表にも定期的に選出。2005年2月に韓国Kリーグの水原三星と3年契約を結んで移籍した。2シーズン連続で最優秀リーグDFに選出。
Mario CVITANOVIC Energie Cottbus(GER) DF/MF 1975/5/6 9 - 182 79 ボバンが「将来のクロアチア代表のレギュラー候補」に挙げていた左サイドのプレイヤー。ディフェシブな選手だが、左足からのミドルシュートは魅力。センターバックでもプレー可能。ユーロ2000予選で初めて代表に呼ばれ、98年10月のマルタ戦で初キャップ。2000/01シーズンにディナモからベネツィアに移籍。すぐベローナへレンタルされるも出場に恵まれず、2001/02シーズンはベネツィア、2002/03シーズンはジェノア、2003/04シーズンはナポリでプレー。2004/05シーズンにベルギー一部のゲルマニアに移籍。2006/07シーズンからディナモに復帰するもミスが目立ち、半年で戦力外通告。2007年1月、ブンデス1部のエネルギー・コットブスと1年半契約を結んだ。F1の熱狂的ファン。
Goran SABLIC Dynamo Kijev(UKR) DF 1979/8/14 5 - 190 86 風貌から「クロアチアのネスタ」との異名を持つハイドゥク育ちのストッパー。19歳でハイドゥクのレギュラーを獲得し、99年ワールドユースにも出場。2000/01シーズンは怪我のために殆どのシーズンを棒に振るが、2000/01シーズンからは堅守のハイドゥク守備陣の一角をなしてリーグ優勝に貢献した。2002年4月のボスニア戦がA代表デビュー。日韓W杯の同行メンバーとなった。2002年8月にディナモ・キエフに移籍、2006年には契約延長(5年)をしたが、怪我のために一年棒に振り、2007年7月にハイドゥクに1年レンタルで移籍。2008/09シーズンからディナモ・キエフに再び復帰。
Vedran JESE Bney Yehudi(ISL) DF 1981/2/3 2 - 188 90 粘り強いマンマークと空中戦を得意とするDF。2001/02シーズンのNKザグレブ優勝時はスタメンとして安定した守備をみせ、U-21代表ではDF陣のリーダー格を務めた。ボランチも出来るが、ストッパーで最も能力を発揮する。2004/05シーズン前に7kgの減量に成功し、課題であったスピード不足を克服。出身はボスニアのバニャルカで、10歳の時にザグレブに疎開。それまではハンドボールの選手だったが、教師の説得でサッカーに転向した。2004年8月、ザグレブからディナモへ移籍(4年契約)。レギュラー争いに敗れ、2005/06シーズンはインテルにレンタル移籍。2006年7月にはスイス一部のテューンに3年契約・移籍金20万ユーロで移籍。2007年1月からは半年レンタルでイスラエルのブネイ・イェフディに移籍した。2004年8月、初めてA代表に選出。
Dario SMOJE Gent(BEL) DF 1978/9/19 1 - 191 90 1997/98シーズンにACミランへ移籍し、将来を期待されたリエカ出身のストッパー。屈強なフィジカルと正確なフィードが特徴でリベロでもプレーできる。スピード不足が難点か。ミランで数試合プレーしたのちはモンツァ、テルナーナなどでレンタルでプレー。2001年にミランとの契約が切れ、ディナモに移籍金無しで加入した。給与の低さからディナモ退団を表明し、海外移籍を目指したがまとまらず2003年8月末にNKザグレブに加入。2004/05シーズンは所属クラブがなかったが、12月にヘントへ移籍しレギュラーとして活躍中。1997年には18歳ながらW杯予選のA代表に選出されたこともある。2003年2月のマケドニア戦が代表デビュー。
Ivan REZIC Maccabi Tel Aviv(ISL) DF/MF 1979/9/15 1 - 183 78 ストッパー、センターバック、左右のサイドバック、アウトサイドMFをこなし、2003年にはFWのポジションすらこなしたユーティリティ選手。ソリン、ハイドゥクを経て1996年にヴァルテクスへ。一時、イタリアのインテルにテスト生として在籍したことも。2000/01シーズンにヴァルテクスのレギュラーに定着したが、2004年にブラジェヴィッチ監督と対立、ヴァルテクスで構想外となった。2004/05シーズンにオリンピアコスに2年契約で移籍したものの、半年で戦力外に。2006年1月にハイドゥクに加入。2006/07シーズンはマッカビ・テルアビブに。2003年2月のマケドニア戦がA代表デビュー。モータースポーツ好きでスピード狂でもある。
Hrvoje CALE Trabzonspor(TUR) DF/MF 1985/3/4 - - 184 74 ディナモ・ユース出身の左SB。身体能力は高く、突破力は魅力ではあるが、重要な試合となるといつも凡ミスを繰り返し、サポーターの信用を勝ち取れなかった。2003/04シーズンにディナモのトップチームに初めて昇格すると、。2004/05シーズンにインテルへとレンタル。2005/06シーズン以降にはディナモの左サイドバックに定着した。ユース代表では常に名前を連ね、2006年8月のイタリア戦でA代表に初召集されたのの怪我で見送り。その後も成長は見られないまま、2008年5月に移籍金150万ユーロでトラブゾンシュポールに売却された(契約期間4年)。
Gordon SCHILDENFELD Besiktas(TUR) DF 1985/3/18 - - 191 91 対人プレーに強く、足元の技術にも優れたディフェンダー。生まれ育ったシベニクでキャリアをはじめ、2007年の初めにディナモに移籍するまではほとんど無名な存在だったが、いきなりレギュラーを奪取。しかし、2007/08シーズンはミスが目立ち評価を下げたものの、2008年1月にトルコの名門ベジクタシュへの移籍が決まった。当初はチームメイトのドゥルピッチがベジクタシュ移籍が濃厚だったが、2年前の不祥事で白紙となり、急遽、彼に白羽の矢が立った。愛称は「シーフォ」。シルデンフェルトというクロアチアらしくない苗字は、父方がドイツ語の苗字を持ったスロベニア人のため。ハイドゥクのアンテ・ルカビナとは大の親友。
Iviva KRIZANAC Zenit Sankt-Peterburg(RUS) DF 1979/4/13 - - 188 81 東欧圏のリーグを渡り歩いて名声と実力を得たDF。クロアチア・リーグでは3部のオミシュ、1部のスラヴェン・ベルーポとヴァルテクスに在籍したが芽が出ず、20歳の時にスパルタ・プラハに移籍。しかしここでもレギュラーが取れず、2001年にポーランド・リーグのゴルニク・ザブルザへ渡ってレギュラーとしてプレー。2002年に同国のグロツリンに移籍して花開き、主将にも任命。2年連続でポーランド・リーグの最優秀DF賞、2004年にはポーランド・リーグの最優秀外国人賞とポーランド・スポーツ界の最優秀外国人賞を受けた。2005年1月に移籍金85万ユーロでロシアリーグのゼニト・サンクトブルグに移籍。2007/08シーズンにはUEFAカップ制覇に貢献した。ビリッチ監督就任時に代表メンバーに選ばれず、人選を批判をしたために干されていたが和解。2010年W杯予選からクロアチア代表に選ばれる可能性がある。
Andre MIJATOVIC Arminia Bielefeld(GER) DF 1979/12/3 - - 191 82 跳躍力、そして冷静さと集中力に定評があり、FKも得意な長身DF。1999年のワールドユースでもレギュラーとして出場し、U-21代表としてもプレー。故郷のリエカで長くプレーしたが、2003年にリエカと給与未払のため契約解除、2003/04シーズンからディナモに移籍してレギュラーとしてプレーした。2005年にブンデス二部のSpVgg Greuther Furthに移籍。活躍が認められ、移籍金70万ユーロで2007年夏にブンデス一部のアルミニア・ビーレフェルトに移籍した。
Marino BILISKOV Iraklis Thessaloniki(GRE) DF 1976/3/17 - - 195 89 1999年まではハイドゥクのレギュラーとして君臨し、2000/01シーズンからブンデスリーガのヴォルフスブルグに移籍したストッパー。右ストッパーの位置でプレーすることが多い。ヴォルフスブルグのレギュラーとして堅い守備をこなし、またセットプレーでも得点を決めた。2005年夏に契約が切れ、デュイスブルグに移籍した。2006年8月にはギリシャのイラクリスに移籍した。
Hrvoje VUKOVIC Burghausen(GER) DF 1979/7/25 - - 184 77 1999年のワールドユースのメンバーでもあったハイドゥク出身のストッパー。2000/01シーズンは怪我もあって5試合の出場機会に留まる。2001/02シーズンは同い年のサブリッチとのレギュラー争いに勝ち、右ストッパーのポジションを得た。4バックでは右サイドバック、またアウトサイドのMFでもプレー出来る。2004年6月、ブンデス2部のブルグハウゼンに移籍。
Luka VUCKO Eskisehirspor(TUR) DF 1984/4/11 - - 197 91 ハイドゥク出身の将来性あるストッパー。197cmの長身を活かし、2004/05シーズンにはレギュラーに定着。 2006年1月に移籍金50万ユーロ、5年契約でロシア・リーグのサトゥルン・モスクワに移籍したものの、出場機会の少なさに不満を持ったために契約を解除して、2006年7月にハイドゥクに復帰したものの、ここでも出場機会がなく、2007年1月にリエカに移籍。2008年7月にはトルコ一部のエスキセヒルシュポールと2年契約を結んだ。兄はFWユーリツァ・ヴチュコ。代理人はシュティマッツ兄弟。前U-21代表。
Marko BABIC Real Betis(ESP) MF/DF 1981/1/21 49 3 186 72 フィジカル、運動量、テクニックのいずれにも優れた左ウィンガー。トップ下やサイドバック、ボランチもこなし、左足からのセットプレーも得意とする。1999/2000シーズンにオシエクでレギュラーを手にし、シーズン途中にヴラニェシュと共にバイヤー・レバークーゼンへ移籍。2000/01シーズン第16節の対ヘルタ戦でブンデス・デビュー。2001年にB代表に選出されるも足の怪我でチャンスを逃したが、2002年のハンガリー戦でA代表デビュー。日韓W杯では同行メンバーとなった。その後は代表に定着、2002/03シーズン以来、レバークーゼンで実績を積み、2007/08シーズンからはレアル・ベティスに移籍した。前U-21代表ではキャプテン。
Jurica VRANJES Werder Bremen(GER) MF/DF 1980/1/31 26 - 186 75 ワールドユース、U-21欧州選手権でチームの中核となったオシエク出身のセントラルMF。広い視野と高いインテリジェンスを持ち、リベロ、ボランチとしてだけでなく、サイドもプレー可能。99年末にオシエクからレバークーゼンへと移籍し、「クロアチアのベッケンバウアー」「Novi(新)エメルソン」との呼び声を得た。日韓ワールドカップでは代表メンバーに選出。しかし度重なる怪我もあってレギュラー争いに苦戦し、2003/04シーズンからシュトゥットガルトに移籍。しかしシュトゥットガルトでも先輩のソルドの壁は厚く、契約の切れた2005/06シーズンからはヴェルダー・ブレーメンに移籍している(3年契約)。
Ivan LEKO Club Bruges(BEL) MF 1978/2/7 13 - 179 77 柔らかいボールタッチと優れたキープ力・展開力が特徴のレフティ。以前はトップ下のみの選手だったが、ボランチが出来るまでにプレーの幅が広がった。ハイドゥクでは18歳でレギュラーを獲得し、2000/01シーズンはキャプテンとしてハイドゥクの優勝に貢献。2001/02シーズンにマラガと4年契約に移籍(移籍金60万マルク)。2003/04シーズン後半になってようやくチャンスを得たが、2005年1月に新外国人加入に伴いEU圏外枠から漏れて契約解除。ハイドゥクに戻ってリーグ優勝に貢献したのち、2005/06シーズンからはブルージュに3年契約で移籍した。コリアカップでA代表デビューし、2004年8月に再びA代表に選出され、2006年のW杯メンバーに選ばれている。
Filip TAPALOVIC Carl Zeiss Jena (GER) MF/DF 1976/10/22 3 - 183 81 ボランチもしくはストッパーでプレーする守備的なユーティリティプレイヤー。ヘルツェゴビナのネウム出身。ボーフム、シャルケに所属したのち1860ミュンヘンでレギュラーを獲得。地味な職人タイプの選手ではあるが、1999/2000シーズンの第8節ブレーメン戦で60m以上をドリブルで独走しゴールを決める離れ業を遣り遂げている。ボスマン移籍で2002/03シーズンから3年契約で古巣のボーフムに復帰。2005/06シーズンからはオーストリア一部のチロル・インスブルックへ、2007年1月にはブンデス2部のカールツァイスに1年半契約で移籍。2002年5月のハンガリー戦がA代表デビュー。
Vlatko DJOLONGA Vereinslos(GER) MF/DF 1976/9/30 3 - 185 82 強烈なキック力が魅力の左サイドのMF/DF。ユース時代を過ごしたハイドゥクでは注目を浴びなかったが、フルヴァツキ・ドラゴヴォリャッツ在籍時の1999/2000シーズンには左足からの強烈なFKを何度も決めて10得点。翌2000/01シーズンにからアラベスに移籍。しかし出場機会に恵まれず、シーズン後半からはハイドゥクにレンタルされた。その年のリーグ優勝後にハイドゥクへ正式移籍した。2007年に戦力外となり、ドイツのヴェレインスロスに移籍。1999年には代表初選出され、2001年11月の韓国遠征でA代表デビューした。妻はシミッチ兄弟の妹。
Goran BRAJKOVIC Arsenal Kijev(UKL) MF 1978/7/17 2 - 180 76 リエカ出身の守備的ミッドフィルダー。右MFでもプレー可。1999年ワールドユースのメンバーには漏れたが、U-21代表としては出場の機会に恵まれ、2000年のU-21欧州選手権に全試合出場。時折見せる攻撃参加も効果的。2001年1月にB代表に選出、同年11月の韓国遠征ではA代表デビュー。2003/04シーズンにリエカからウクライナのアーセナル・キエフに移籍した。
Ivica BANOVIC Freiburg(GER) MF 1980/8/2 2 - 186 81 トップ下だけでなくサイドハーフでもプレーでき、ドリブルから切れ込むシュートが魅力のMF。1999/2000シーズンに不振に喘ぐNKザグレブで救世主的な活躍。2000/01シーズンに、ブレーメンが移籍金350万マルクを提示して移籍。しかし移籍金を書き間違えるというミスで両クラブ間が係争した。1999年ワールドユース、2000年U-21欧州選手権にも出場。2002/03シーズンは肩の手術をしたもののブレーメンでレギュラーに定着。リーグ優勝を果たした2003/04シーズンは構想外となり、契約切れと共にニュルンベルグへ移籍、背番号10を背負った。2007年7月にはブンデス2部のフライブルグに移籍。2004年8月に初めてA代表に選出。
Mladen BARTULOVIC Dnjipro(UKR) MF 1986/10/5 1 - 182 80 ドリブル突破を得意とする左サイドのMF。当時のスリシュコヴィッチ監督のもと、2004年に18歳でハイドゥクのトップチームに抜擢。その後はレギュラーを獲得し、カテゴリーが一つ上のU-21代表でもレギュラーとなった。ボスニアのカカニュ出身で、ボスニア紛争で家族と共にドイツ、そしてクロアチアへ。2000年にハイドゥク・ユースに加入した。2006年1月の香港におけるカールスバーグ・カップで代表に初選出。2006年6月、ウクライナのドニプロに4年契約・移籍金50万ドルで移籍した。U-21代表。
Darko MILADIN OFI Kreta(GRE) MF/DF 1979/4/1 1 - 180 76 サイドに張り付くばかりでなく中央へ切れ込んでゴールへと絡む右サイドMF。右サイドバックやストッパー、また中盤でもプレー可。1998/99シーズンにはサポーターによるハイドゥク最優秀選手にも選ばれた。2000年U-21欧州選手権では右MFのレギュラーで、コリアカップの対韓国戦で代表初キャップ。2001年、バルセロナなどが興味を示していた最中に膝を怪我してしまい長期離脱。2005年1月にハイドゥクとの契約を切って、スイスの一部シャフハウゼンに半年契約で移籍。2005年8月には再びハイドゥクに復帰した。2007年からギリシャのOFIクレタに移籍。
Mario CAREVIC

Lokeren(BEL)

MF 1982/3/29 1 - 183 75 左足のテクニックと絶妙なボディバランスを備えるハイドゥク・ユース出身のMF。左ウィンガー、トップ下、ボランチをこなせる。上半身のウェーブから突破を試みるドリブルに特徴があり、攻撃におけるセンスが光る。プレスキックも上手い。2000年5月に18歳でトップデビュー。アサノヴィッチが自分の後継者と認めたが、伸び悩みの感が否めない。2004/05シーズン、名将イヴィッチに導かれてサウジアラビア・リーグのアル・イティハドに移籍(移籍金40万ドル)。給与未払もあって退団したのち、2005年8月にシュトゥットガルトのテストに合格。3年契約を結んだ。しかし構想外となり、2006年7月にハイドゥクへレンタル移籍。2007年7月にはベルギーのロケレンに移籍。2003年2月のマケドニア戦が代表デビュー。
Ivo ILICEVIC

Greuther Furth(GER)

MF 1986/11/14 - - 174 63 ドイツで生まれ育った、ドリブル突破とミドルシュートが得意なMF。フランクフルトに近い生まれ故郷Aschaffenburgでサッカーをはじめ、2006年にDarmstadtからブンデスリーガのボーフムに移籍。2006/07シーズン第1節の対マインツ戦でプロデビューした。クロアチアU-21代表には怪我もあって二度召集を断ったことから、一度はラディッチ監督に構想外とされるものの、2007年よりチームに加入。ギリシャ戦、アゼルバイジャン戦で芸術的なミドルシュートを放った。U-21代表ではトップ下、ボーフムでは右サイドを担当する。2007/08シーズン途中から二部Greuther Furthにレンタル中。
Igor MUSA AEL Limasol(CIP) MF 1973/10/18 - - 175 72 右足からのスルーパスやプレスキックが秀逸なスキンヘッドのゲームメーカー。1998/99シーズンにはリエカの攻撃の要として活躍し、14得点挙げて国内リーグMVPに選出。1999/2000シーズンよりハイドゥクに移籍し、2000/01シーズンの優勝に貢献。2002/03シーズンからはスペイン二部のザレズと3年契約を結んで移籍。2004/05シーズンにはその契約を破棄し、国内のスラヴェン・ベルーポに復帰。2006/07シーズンからハイドゥクへと戻った。2007年8月、キプロスのAELノマソールに移籍。1999年にB代表選出。故郷のボスニア・ヘルツェゴビナから代表のラブコールが掛かっていたことも。
Denis GLAVINA Vorskla Poltava(UKR) MF/DF 1986/3/3 - - 185 77 ウクライナ・リーグで成長する左MF。左SBとしてもプレーする。チャコベツで生まれ、14歳でディナモ・ザグレブのユースに入団。17歳の時にチェコで行われたU-19欧州選手権を見たディナモ・キエフが獲得(2010年まで契約)。2004/05シーズンはレンタル先のヴォルスクラでレギュラー。21歳以下の選手ではリーグで最多の試合をプレー(6得点)。2005/06シーズンにはドニプロにレンタル移籍し、チームが獲得を望んだものの合意せず。2006/07シーズンは再びヴォルスクラにレンタル移籍。U-21代表。
Ante COVIC Hertha BSC II (GER) MF/FW 1975/8/31 - - 180 74 1996/97シーズンにニュルンベルグから当時2部のヘルタ・ベルリンへ移籍し、昇格後もヘルタ躍進の一員となったハイドゥク出身の選手。ポジション登録はFWだが、右MFとしてプレーする機会が多い。1998年にはU-23代表に選出。2000/01シーズンはボーフムにボスマン移籍し、2002/03シーズンからは二部のザールブリュッケンで、現在はヘルタ・ベルリンの二部チームでプレーしている。
Drazen BRNCIC RCS Vise(BEL) MF 1971/7/17 - - 180 72 ACミランとインテルにも在籍したザグレブ生まれの攻撃的MF。ベルギーのシャルルロアで5年間プレーし、1998年にはイタリアのクレモネーゼ、1999年にはモンツァでプレー。2000/01シーズンにACミランへと移籍したものの、途中からビチェンツァにレンタル移籍。2002/03シーズンにはミランからインテルにパスが移ったが、結局はセリエBのアンコーナ、ベネチアにレンタル移籍。2003/2004シーズンからはオランダのマーストリヒトでプレーし、2007年からはベルギー二部のヴィセに。ベルギー国籍も保有。卓球好きとか。
Dalibor VISKOVIC Vicenza(ITA) MF 1977/1/6 - - 178 73 スロベニアのコパール生まれのMF。左サイドならDFもこなす。リエカでキャリアを築く中、幾つかのクラブが獲得を目指したものの実現せず、チーム退団後の2003年8月にスラヴェン・ベルーポと2年契約を結んだ。2004年にディナモが獲得に向ったが失敗している。2006年1月にイスラエルのハポエル・ペタフ・ティクバと契約を結んだ。2006年8月に1年契約でセリエBのヴィチェンツァに移籍。2000年のU-21欧州選手権・対チェコ戦では左アウトサイドでスタメン出場を果たした。
Ivan JURIC Genoa(ITA) MF 1975/8/25 - - 174 65 ユース代表に名を連ねたハイドゥク出身のMF。1997年のW杯予選終盤にA代表に選出され、W杯の候補選手30人にも選ばれた。1996年にセビージャに移籍。1999年4月に地元セビージャでのスペイン戦直前、ボクシッチが風邪を引いたことで代表召集されたことも。2000/01シーズンはアルバセテに移籍したののち2002/03シーズンから4年間、セリエBのクロトーネでプレー。2006/07シーズンにはジェノアに移籍した。
EDUARDO Alves
Da Silva
Arsenal(ENG) FW/MF 1983/2/25 22 13 177 72 リオ・デ・ジャネイロ出身のブラジル人で、2004年5月にクロアチア国籍を取得したFW。ブラジルならではのトリッキーなプレーと、クロアチア人のような熱いハートを持つ。ゴール前での嗅覚と冷静さに長けるだけでなく、連携面にも優れていることからアシスト能力もあり、MFとしてもプレー可能。愛称は"ドゥドゥ"。16歳でクロアチアに連れてこられ、ディナモ・ユースに入団。2000/01シーズンは二部セスベッテにレンタル、翌シーズンは足を骨折したが、2002/03シーズンにレンタル先のインケルを一部昇格。2003/04シーズンはディナモの貴重な戦力として9得点、8アシストをマーク。2004年以降はレギュラーとして活躍、2005/06シーズンは18得点(リーグ2位)、11アシスト(リーグ1位)。2006年ワールドカップは最後でメンバーから落選したが、ビリッチ新監督の下ではレギュラーとして活躍。2006/07シーズンはリーグ最高記録の34得点を叩き出し、2年連続のアシスト王に。代表やカップ戦を含めれば一年で54得点を記録。2007年7月、アーセナルへの電撃的な移籍(移籍金・推定1500万ユーロ、4年契約)。上手く順応していたが、2008年2月23日、バーミンガム戦でテイラーの悪質なタックルで左足首を開放骨折し、ユーロ出場が絶望となった。2006年度のクロアチア最優秀選手。クロアチア語に堪能で、普段は穏やかな母親思いの青年である。現U-21代表。2004年のアイルランド戦でA代表デビュー。妻はクロアチア人。
Ivan BOSNJAK

Racink Genk(BEL)

MF/FW 1979/9/6 14 1 180 72 縦に突き抜けるスピードと妥協を許さないハートが魅力のアタッカー。代表では左MFの役割を任せられるが、本来のポジションはFW。故郷のチバリア・ヴィンコヴチに所属した1998/99シーズンに7ゴールと頭角を現し、翌シーズンは15ゴールでリーグ得点2位。2000/01シーズン、ハイドゥクに移籍してトップ下のポジションで新たな才能を開花、リーグ優勝に貢献した。2000年8月のスロバキア戦でA代表に抜擢、初キャップを得る。2002/03シーズンはリビアのエル・エトハードに移籍(移籍金80万ドル)したが、欧州でのプレー希望から2003年1月に退団。しかし契約が解除出来ずに一年間はプレー出来なかったが、2004年1月にディナモが獲得、4年半契約を結んだ。ディナモではFWで活躍、2005/06シーズンには22得点で得点王となった。2006年6月にベルギーのヘンクに移籍金150万ユーロで移籍が決まった(3年+1年契約)。
Tomislav MARIC TSG Hoffenheim(GER) FW 1973/1/28 9 2 181 78 熱いハートと決定力が特徴である不屈の「サムライ」。代表では病気と怪我に恵まれなかったが、浦和レッズでの天皇杯の活躍ぶりは感動を呼んだ。ドイツのヘイルブロン生まれた移民2世で、弟マリオも元代表FW。カールスルーエ、シュツットガルト・キッカーズなどに在籍し、2000年からヴォルフスブルグでプレー。2001/02シーズンは足首の怪我で出遅れたが、復帰後にバイエルン、バイヤー戦を含む5試合で9ゴールと大暴れ。シーズン12ゴールでキッカー紙の年度ベストイレブンに選出された。ブルガリア戦で代表初選出されたが直前で肋骨を骨折。A代表デビューが遅れてW杯メンバーには選ばれなかった。2002年11月のルーマニア戦で初ゴール。レギュラーに定着していたものの、2003年に原因不明の呼吸困難を患って長期療養。2004年の残りシーズンはボルシアMGにレンタルされた。2005年7月に浦和レッズに移籍し、Jリーグでは13試合8得点。また天皇杯では6得点を決めて優勝へと導いた。2006年1月にドイツ3部のTSGホッフェンハイムに移籍。2部に昇格した2007/08年からはコーチも兼任し、1部昇格を実現した。趣味はチェス。
Marijo MARIC VfR Aalen (GER) FW 1977/1/12 8 1 183 74 ドイツ生まれのFW。兄のトミスラフも元代表FW。マンハイム、シュツットガルトなどに在籍し、2000/01シーズンにボーフムに移籍。第17節の対レバークーゼン戦でハットトリックを決めるなど14試合で8得点を決めるがボーフムが二部落ちしたこともあり、2001/02シーズンにオーストリアのケルンテンへ移籍。チームのキャプテンとなるも2003/04シーズンは最下位で二部降格。ブンデスリーガ昇格のアルミニア・ビーレフェルトと2年契約を結ぶも扱いに満足せず、2005年