ユーゴスラビア・リーグ「パルチザン・ベオグラードvs.ストイェスカ・ニクシッチ」観戦記
キネとマテヤ
NATO空爆が始まった1999年3月24日以来、1年2ヶ月振りに訪れるベオグラードは前回以上に不穏な雰囲気に包まれていた。このところミロシェビッチ大統領が民間メディアを次々に制圧。政府に対する抗議集会は所々で開かれ、警官隊や軍隊を至るところで目にする。しかし今の僕にとってはそれら以上に恐れる存在があった。「キネ」。NATOの中国大使館誤爆以来、ユーゴと中国が接近し、政府の許可のもと大量の中国人が移民としてベオグラードに流れ込んでいる。多い時には週に数千人もの中国人が入り込み、その数は既に10万人以上、とうとうノビ・ベオグラードには中国人街まで形成された。政府主導で中国人移民を迎え入れている背景と、商魂たくましく自らのテリトリーを築きたがる中国人気質が相まって、ベオグラードの一般市民から相当嫌われていると聞く。路上で殴られて大怪我をした中国人女性の話も聞いたし、僕の知人までもが中国人と間違えられ暴漢に襲われている。中国人と日本人の見分けがつく欧米人などそうそう居るわけではない。5月19日、ベオグラードのバスターミナルに到着するや否や、前回には無かった緊張感が僕の身体全体を走る。スリ(バルセロナ)や詐欺(クアラルンプール)などの金銭事故に巻き込まれたことはあるが、まだ襲われた経験は無い。ましてや過去2度訪れたユーゴスラビアは日本人の僕にすこぶる親切にしてくれた国なのだ。中央駅の向いには以前無かったはずの中華料理のスタンドが出来ており、そこから4人の中国人男性が現れた。デリカシーという感覚が無い彼等は交通量の多い道路を寸断するかのように何台もタクシーを止めてはワケ解らぬ交渉をしている。この場面を見ただけで、日本人の僕までもが肩身の狭い思いをしなくてはならないことを痛感した。僕は根っから中国人が嫌いというわけではない。父親はここ10年以上、中国人留学生の保護者となっており、毎年正月には実家に中国人が遊びに来ている。ただ、ここベオグラードに繁殖する中国人は僕にとっても許せない存在に過ぎない。ベオグラードにおいて僕は「100%中国人」なのだ。両替屋を探すべく市内をうろつき、たまたまカメレグダン公園に入ったところ、3人の若者から「ニイハオ」と冷やかし含みで声を掛けられる。「いや、違うよ。僕は日本人さ。」−そう告白すると、一転して友好的な雰囲気となった。「中国人がベオグラードで増えていることはどう思っているの?」との質問には「No,
Kine」と明らかな嫌悪感を顔にした。彼等の案内で辿り着いた両替屋でもこんな遣り取りがあった。「Dobar
dan.(こんにちは)」と店内に入ると、椅子に腰掛けた男性は僕を目にするや「キネが来たぞ」と吐き捨てるように別の店員を呼ぶ。「僕は日本人です」−奥から出てきた男性は驚いた目をし、握手して丁寧に対応してくれたのだった。
5月20日、この日はユーゴスラビアリーグ最終節。前節で勝利したズベズダ(レッドスター)が最大のライバル、パルチザンを振りきって5シーズン振り21度目のリーグ優勝を決めており、今節は単なる消化試合。ベオグラードでは「ミリチオナルvs.ズベズダ」「オビリッチvs.ブドゥチノスト」の試合も行われているが、ここは噂のマテヤ・ケジュマンを目にすべく「パルチザンvs.ストイェスカ」戦を選択した。国内では「ロナウドのスピードとオーウェンのボールコントロール」を併せ持つと言われ、今季は国内トップの27ゴールをマークしているユーゴ期待の新星。昨日、市内で彼の背番号「14」のパルチザン・ユニフォームを普通に着こなした若者を目にしたほどだ。ケジュマンを観るだけでもここベオグラードに来た価値はあると考えている。対戦相手のストイェスカ・ニクシッチは今季5位に付けており、決して侮れない相手。好試合を期待しつつ、13時半にスタジアムへと向った。
【写真:パルチザン・スタジアム】
テラジエ広場に建つホテル・モスクワから31番のバスで南へ。パルチザン・スタジアムはズベズダの本拠地マラカナから徒歩で行けるほどの距離だ。まずはマラカナ・スタジアムへ。昨年はここでカメラに異常が発生したことを思い出し、すかさず自分のカメラを取り出して問題が無いことを確認する。ぐるっとスタジアムを周り、スタンドに入ってピッチを見渡す。規模は大きいが、設備が古くて薄汚れたマラカナ。3年前に初めて訪れた時と何一つ変わらないが、歴史の重さと懐かしさが同居した親しみの持てるスタジアムだ。地元の高校生グループが社会見学よろしくスタジアム内にあるズベズダ博物館へと入っていくのを目にしながら、僕はパルチザン・スタジアムへと向った。以前とは違って辿り着くのに手間取り、オジサン二人に道を聞いて到着。キックオフまで3時間を切っているのだが、全くと言っていいほど試合が行われる気配が無い。チケット売場近くにポツンと一人座っているオジサンに聞くと、間違いなく17時から試合が行われるという。しかしチケット売場はまだ閉まっているので、スタジアム散策をすることにした。スタジアム隣接の店は全てシャッターが下りているが、ピッチへと繋がるバックスタンド右の門が開いているのを発見。コーナーフラッグ近くまで歩き、周囲を見渡す。三原色に彩られた座席はマラカナより綺麗だ。ピッチの状態も悪くない。引き返して更にスタジアムの周囲を歩くと年配のサポーター・グループにじっと睨まれたので、すかさず「Ja
sam Japanac.(僕は日本人です)」との逃げ言葉を言うと、「キネじゃなかったのか?」と態度が一転。「日本ならピクシーがいるだろ」−「はい、僕はピクシーがいる名古屋から来ました」と自信満々に答える。「でもピクシーはズベズダの出身だからなあ。フランスW杯でも出来がよく無かったし。俺はあんまり好きじゃないな」−やはりここではピクシー効果は通じない。今日のパルチザンの予想メンバーを教えて貰うと、彼等の口から「君は中国人が嫌いかい?」と質問を受ける。「まあね」と答えると、一人が「私もだ」と間髪無く入れて全員が同調した。「君達はかつてアメリカに原爆を落とされたろ。俺達も奴等に多くの爆弾を喰らったんだよ。」と語り、原爆の惨状を詳しく聞かれる。同じ被害者として日本を身近に捉えているのだ。続く「アメリカは嫌いかい?」との質問には心の底から「大嫌いだ」と答えると、握手しながら「でもうちらも小さな原子爆弾を持っているんだけどな」と下ネタを絡めたジョークをかます。これが愛すべきセルビア人感覚だ。薄っぺらでチンケなアメリカン・ジョークとは違って。
【写真:グロバリの若者】
彼等と別れたあと、同じような経緯で10代のサポーター達と話す機会があった。彼らはパルチザン・サポーター「グロバリ」のメンバーである。「ユーゴ代表にパルチザン出身の選手はたくさんいるんだぜ」と、僕に知っているだけのユーゴの選手を挙げさせ、「それはパルチザン出身」「いやそれは憎きズベズタ出身だ」と判定する。そして「悪いがピクシーはズベズタだから好きじゃないんだな」と屈託なく答えた。更に彼等は「今、一押しの選手はもちろんマテヤ・ケジュマンさ。ほら俺のユニフォームはケジュマンだよ。そして彼のマフラーもケジュマンの名前入りだ」と続け、「彼は来年何処に移籍する可能性が高いの?」と質問すると「ミランもくしはローマかな。ローマだったら、ケジュマン、中田、トッティのコンビが観られるかもしれないよ」と笑顔で語る。ケジュマンは紛れもないパルチザンのアイドルであり、そんな彼も今日がパルチザン最後のプレーとなるだろう。話題は変わり、彼等からも「日本人というのは中国人のことを好きなのか、それとも嫌っているのか?」との質問を受け、個人的な意見として「好きではない」と答えると、全員が「俺達も好きじゃないんだよな」。中国人問題は世代問わずホットな話題だ。
【写真:練習中のケジュマン】
試合開始まで2時間を切り、チケット売場は開いた。チケットは2種類で、メインスタンドの70ディナール(約175円)のチケットを購入。これを握り締め入口へと行くが、警備員の配備が完了する16時にならないと入場出来ないという。時間を潰したのち、16時になると同時に一番で入場。客の入りはわずかになりそうな気配だ。パルチザン、ストイェスカ両方の練習が始まり、お目当てのケジュマンは黙々とアップを続ける。ダッシュ、ボールタッチを見るだけでも、彼のボディバランスの良さを察することが出来る。両チームはアップ終了後、ドレッシングルームに引き返すことなく整列、そして17時にキックオフ。
パルチザン、ストイェスカ共に3-5-2の布陣。パルチザンは中盤でのボールキープを信条にして、スペースが空くと両サイドのMF、FWへとパスを送って攻め込む。一方のストイェスカはカウンターのチームで、ボールを奪ってからの動き出しに優れ、人数的にも有利な形を作り出す。両チームともに背後からのタックルは当たり前で、ファウルで試合はブツ切れになるものの、そっとやちょっとじゃ審判はイエローカードを出さない。前半、パルチザンはセットプレーから好機を見出した。6分、MFトミッチのFKからトリックプレーで右サイドのヴキッチに出し、好センタリングにFWが合わせられず。10分にも同じくトミッチの右FKからケジュマンがヘディングシュートを狙うが、オフサイドの判定。16分、クロスから今度はケジュマンがボールを手で叩いてゴールを狙ったため、イエローカードが差し出された。スタンドからは"ゴッドハンド"こと「マラドーナ!!」の声が飛ぶ。ストイェスカも11分にFWブラネジェッツ、18分にMFベリチュコビッチ、20分にMFボシュコビッチがカウンターからのスルーパスを受けてシュートを試みるが、GKイリッチとDF陣が必死のクリア。この時間帯辺りから雨が降り出し、雨足は次第に強くなっていく。ケジュマンはサイドのスペースへと流れ、抜群のトラップとフェイントを巧みに操りながらキレで勝負するタイプなのだが、もう一つの武器であるドリブルは一つ一つのタッチが大きいのが仇となり、悪コンデションでは直ぐにカットされるのだった。32分には右に展開してからの折り返しをパルチザンのツートップの一人、デリバシッチがヘディングシュートするが、ボールはポストの右に。43分にはトミッチの右FKが枠を捕らえるもGKがパンチング。前半はお互いの特徴を出しながら、共に守備陣が健闘する内容となった。ハーフタイム中も雨が降り、殆どの観客がスタンド下で雨宿り。
【試合終了間際の写真】
後半頭からパルチザンは、動きの悪かった攻撃MFのヴキッチを下げ、イリエフを右ウィンガーのポジションに置いて3トップの形を取る。47分、トミッチの右FKからのボールは誰にも触れずゴール前を横切る。49分には右に流れたケジュマンがセンタリングを上げ、中央で構えたデリバシッチがヘディングシュートを狙うが枠を外す。53分にはボランチのトロボクが抜け出してペナルティエリア内でGKと一対一となるが、背後からのDFのタックルはノーファウルの判定。3トップにしてパルチザンの全体のスピードは速くなってきている。しかし雨は更に強くなり、僕も含めたメインスタンドの観客はスタンド下に避難、とうとうメモすら付けられない環境になってしまった。それでもゴール裏に構えるグロバリは上着を脱いでの熱い声援を送り続ける。決して多くは無い観客数なのだが、ゴール裏とバックスタンドでコールの掛け合いを行ったり、オジサン達も強烈なヤジを飛ばす。ただそのヤジの対象というのが、他国に見られるような審判に対してではなく、選手のミスに対してというのがユーゴならではだ。いよいよ肉弾戦の展開になってきて、グロバリのフラストレーションも高まってきた81分、左CKからのボールを、ファーに構えたリベロのストヤノフスキがヘディングシュートをネット右に突き刺してパルチザン先制!! ようやくスタンドも活気づく。85分にはケジュマンが最終ラインから抜け出し、更にGKまで交わしてシュートするが、ゴール前へカバーリングに入ったDFが間一髪クリア。彼のラストゴールは見られないのか....と思っていたロスタイム、左CKからスッと落下点に入ったケジュマンがGKの目の前でバックヘッド。ボールは綺麗に相手ゴールに流れていった。ケジュマン、今季28得点目!
そしてこれが彼のパルチザン最後のゴールとなった。グロバリからは盛大な「マテヤ」コールが起こる。そしてタイムアップ。グロバリの歓喜の中、選手の何人かはユニフォームやアンダーシャツをゴール裏へと投げ込んだ。パルチザン・ベオグラードは「32勝5分3敗、得点111、失点30、勝点101」で1999-2000シーズンを終えた。そしてマテヤ・ケジュマンは28得点でリーグ得点王に輝いたのだった。
降り続く雨の中、僕はパルチザンの勝利とケジュマンのラストゴールを見られたことに満足し、スタジアムを後にする。帰り際、今日は出場しなかった有望選手サシャ・イリッチの「22」のユニフォームを着こなした"いかつい"兄ちゃんにジロリと睨まれた。「いや、僕は日本人なんです.....」−「おう、そうか。日本にはピクシーがいるな。でもなピクシーはズベズダ出身だしな。パルチザンは最高だろ。」−「はい、最高です^^;」。弱い日本人である。
YUGOSLAVIJA
LEAGUE 1999-2000 40th |
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| Partizan Beograd | Sutjeska Niksic | ||
| position | name | position | name |
| GK | 13. Radisa Ilic | GK | 28. Lukic |
| DF | 2. Vuk Rasovic | DF | 4. Krsteski |
| DF | 9.Milan Stojanovski | DF | 5. Racovic |
| DF | 3. Branko Savic | DF | 22. Djnkic |
| MF | 8. Goran Trobok | MF | 2. Radovic |
| MF | 7. Aleksandar
Stanojevic ['83-12.Aleksandar Vukovic] |
MF | 7. Todorovic |
| MF | 20. Mladen Krstajic | MF | 10. Magazin |
| MF | 10. Djordje Tomic | MF | 14. Velickovic |
| MF | 11. Zvonimir Vukic ['46-17.Iviva Iliev] |
MF | 27. Boskovic |
| FW | 14. Mateja Kezman | FW | 9. Branezac |
| FW | 34. Delibasic ['83-27.Rankovic] |
FW | 21. Pantelic |
| 【Partizan Beograd 2−0 Sutjeska Niksic】 | |||
| GOAL '81 | Stojanovski (Partizan) | ||
| GOAL '90 | Kezman (Partizan) | ||
※Sutjeska Niksicの交替選手は判らず