スロベニア・リーグ「HIT ゴリツァvs.マリボル」観戦記
フットボール・ボーダー


 ザグレブから2時間15分、そしてリュブリャナから2時間半近くバスに揺られて田舎町のバスターミナルに到着した。ここはスロベニア西部の町「ノヴァ・ゴリツァ」。ここに訪れた理由はただ一つ、「マリボル」と「HITゴリツァ」というスロベニアの強豪クラブ同士の試合が行われるからだ。マリボルは1999-2000シーズンのチャンピオンズ・リーグで旋風を巻き起こし、HITゴリツァは我がグランパスに所属していた森山泰行選手がプレーしたクラブ。更にスロベニア代表はEURO2000の本大会進出を決めている。サッカーが国内のベスト・スポーツではないこの地において、今注目を浴びつつあるスロベニア・サッカーの真髄に触れられればとの感情に僕は駆られていたのだった。

【写真】左が国境検問所、右がHITのレストラン

 ここノヴァ・ゴリツァは人口14,700人の小都市ながら、隣国イタリアから観光客がバスを仕立ててやってくるというカジノの街だ。「HIT」というカジノ・グループが全てを牛耳り、「ペルラ」「パーク」といったカジノ・ハウス付きのホテルの他に、更に2軒のホテル、3軒のレストラン、2軒のバーがHITの傘下に収められる。そしてノゴメット(スロベニア語で"サッカー"の意)・クラブ「HITゴリツァ」も、1947年に創立されたNKゴリツァにHITが冠スポンサーとなって今の名前になったのである。街にはやたらと「HIT」のロゴマークが目に付く。こんな田舎町にカジノは不釣合いかもしれないが、隣国からのニーズがきちんとあるわけで、市内を走る綺麗なバス一つを見ても市民も恩恵を受けているようだ。しかし、僕はカジノをするためにこの街に来たのでは無い。ここで一泊することを決め込んでいたので、バスターミナルで働くオジサンに「この街に民宿がある」か尋ねると一枚の民宿の名刺を差し出してくれた。名刺片手にその民宿の位置を通行人に尋ねると、ある人は東を指差し、ある人は西を指差す。また距離にして2kmも離れているというので、タクシーも見かけないこの街で重い荷物を背に歩くのも億劫かと思い、例のHITのカジノホテル「パーク」へ。一泊の値段を聞くと....12000トラール(120ドイツマルク)!! その高さに「ウーン」と唸り込み、宿泊を諦める代わりに市内の地図を頂くことにした。使い回しであるその地図には青のボールペンで「小スタジアム」という日本語のメモが書き込まれている。間違いなく以前、日本人がここに訪れた証であり、それは森山選手の取材に訪れたジャーナリストの筆跡だろう。僕はそのHITゴリツァの本拠地「Sportni Park」を訪れるが、まだ3人ほどの男性しかおらず、チケット販売は試合開始2時間前の14時からとの情報を入手した。それまで30分ほど時間はあるが、まずは宿に辿り着くことを最優先にする。しかしながら、ここだろうと推測していた丘の中腹には民宿は無く、子供に聞くと丘を越えた向こう側らしい。うはー。トンネルをくぐり抜け、これで到着かと思っても見つからない。昼から家の軒先でワインを飲んでいる3人のオジサンに場所を聞こうとすると、そのうちの1人の機嫌がすこぶる悪く、「所詮、コイツはHITのカジノ目当ての観光客だろ!! 相手にする必要は無いぜ!!」みたいなことを罵られた。静かな生活を望む古くからのノヴァ・ゴリツァの住民にとっては、急に降って涌いたカジノは有難迷惑な施設なのだろうか。気まずい雰囲気の中、僕はその場を離れた。更に先に出会った子供に聞いてようやく民宿の位置が判明。しかしここからまだ数百mもある。うへー。バスターミナルから探すこと1時間近く、ようやくお目当ての民宿「PRENOCISCA」に到着した。ベルを鳴らして出て来たお爺さんに一泊の宿泊をお願いする。代金は3700トラール(約2000円)。お爺さんは「君はドイツ人か?」と聞いてきて、「いや、日本人ですよ」と言うと目を丸くして驚いた。滅多に日本人がやってくる町では無いのであろう。そしてドイツ語で宿の説明を延々と続けるのだが、僕はドイツ語がさっぱり判らない。ドイツ語よりは多少は理解出来る現地語で説明を受け、街の中心へバスで戻る方法は孫である13歳の男の子から英語で説明して貰う。お爺さんに「ウイスキーはどうかい?」と勧められるが、ここで酔っ払っては観戦にならないので断ると、ハチミツのジュースをグラスに注いでくれた。荷物を部屋に置いたあとは、男の子にバスの停留所まで案内して貰う。物静かなこの子に「サッカーは好きかい?」と聞くとコクリとうなずき、「選手なら誰が好き?」と質問すると小さな声で「ザホビッチ」との答えが返ってきた。

 15時9分発のバスを待つ間、ノヴァ・ゴリツァの地図をまじまじと眺めた。4つある"○に横棒"のマークが気になり、脚注を読んでみるとこれがイタリアとの国境検問所らしい。ならばここから目と鼻の先にあるケッタイなゲートは.....えーっ、これも国境検問所なのか? 僕が歩いてきたトンネルはイタリア領土に入らないように国境沿いに作られたものであり、僕が泊まる民宿はイタリアから100mも無い所に位置することとなる。ちなみに国境を境に面するイタリアの街の名前はゴリツィァ(Gorizia)。1947年に結ばれたパリ和平条約で国境線が引かれ、ゴリツァ市を失ったユーゴスラビアは荒れ野に新たな町ノヴァ・ゴリツァ(Nova Gorica)を建設したそうだ。その後、この街は急速に発展、隣り合ったゴリツィア(スタラ・ゴリツァ="古いゴリツァ"と区別する)とノヴァ・ゴリツァは国境で分けられているものの様々な文化行事や友好関係で繋がっているとのこと。ノヴァ・ゴリツァではイタリアの通貨リラが宿や店の支払いでも通用するようにイタリアと非常に密着した関係でありながら、一本の国境線という存在が両国を分け隔てる。今いるのは東欧のスロベニア、しかし100mも歩けば西欧のイタリア。妙な感心と、国境の奇妙さを抱いたところで停留所に市内バスがやってきた。そのバスは西側の国境ラインに侵入しないように丘の東側をぐるっと回って中心地へと入っていった。

【写真】スタジアムの外は社交場と化す

 スタジアムには年配の人々がわんさかと集まっていた。切符はメインスタンドの1300トラール(約700円)とそれ以外の800トラール(420円)の二種類。メインスタンドの中央Aの席のチケットを買い、入口手前で一杯やっているオジサン達に紛れてビールを購入した。いきなり背後から「ヤスユキ!!」と自分の名前(…恭行)を呼ばれたので驚いて振り返ると、HITゴリツァのユニフォームを着込んだ兄ちゃんが「モリヤマ!!」と続ける。ヤスユキ・モリヤマはまだ忘れ去られていなかったのだ。しかしながら、スロベニアの国民性は他のユーゴ諸国と比べるとシャイであり、日本人だからといって物珍しげに話してくる人々は無に等しい。それ以上に声を掛けられるということは無かった。購入したビール片手にスタジアム内へと入ろうとすると、入口で係員に止められる。あくまでアルコールはスタジアム外で飲み干さなければならないのだ。ということもあって、スタジアムの外はアルコールを片手にしたオジサン達の社交場と化している。僕は500mlのビールをグイッと流し込み、小さなメインスタンドへと入っていく。中央の辺りに座り込むと、「そこはオレの席だぜ」と追い払われた。もう少し上の空いた席へと座ると、また後から来た客に追い払われて別の席へ。どうも年間パスを持つ人には指定席が存在するようだ。彼等が持つパスやチケットには席番号が書かれているが、僕のチケットに席番号は無い。ただ、地元の人でも席番号を守らない人もいるもので、僕の隣りに座り、頑として動こうとしないオジサンのせいで、座席番号通りに並んで座れなくなった3人の若者が困り果てていた。僕が譲ってあげればオジサンに関係なく3列確保できることから、またして僕は別の席へ。好印象を与えたその若者に今日出場する選手と背番号を教えて貰う。そして日本人モリヤマの印象を尋ねてみた。「彼は非常に速くて、良い選手だったよ」−ザグレブでのミウラとは違い、モリヤマを褒め称えた地元サポーターの言葉に、僕は"リアルストライカー"森山泰行のことを誇らしげに思うのだった。

【写真】試合のチケット。下部にスポンサーの「HIT CASINOS」の文字。

【写真】整列するHITゴリツァ(右)とマリボル(左)の選手達

 練習を終え、両チームの選手がピッチに並ぶ。HITゴリツァは白のユニフォームに紺のパンツ、そしてマリボルは黄金色を基調した上下に身を包んでいる。スロベニアリーグ第32節「HITゴリツァvs.マリボル」はスロベニア・ダービーとも言える対決。しかし残り2節を残した時点でマリボルは23勝6分2敗の勝点75でぶっちぎりの優勝を決めている。一方、2位のHITゴリツァは18勝5分8敗の勝点59。消化試合とも言えるこの戦いを観に来た客は約1500人ほど。それでも人口の1/10であり、宿敵マリボルに一泡食わせてやれ、との意気観客ばかりであった。16時にキックオフ。HITゴリツァもマリボルもシステムは同じく3-5-2。お互いサイドのスペースを突く攻撃スタイルは悪くないものの、スペースへ走らせるパスの精度、サイドからのクロス、そしてフィニッシュの精度に難がある。一方、ディフェンス面はプレッシングが早く、FWや攻撃MFも献身的に守備へと回る。課題はGKとDFの間の連携、そして前線へのフィードといったところか。二強の対決としては凡ミスが目立つ試合であった。前半はお互いの攻防が続く中、よりミスの少ないマリボルがHITゴリツァの乱れたDFラインを脅かす。40分、HITゴリツァの司令塔ベチャイが自陣からパスの出し所を迷い、消極的なバックパスを出したところ、マリボルの小柄なストライカー、ボズコが掻っさらい、GKピリフをも交わしてシュートしてマリボルが先制。その直後もマリボルのFWシムンジャのパスを受けたMFセシュラールが相手GKと一対一の場面迎えるも、これはGKピリフが好セーブ。前半は0-1とマリボルのリードで終える。HITゴリツァのファンの年齢層は高めということあり、野次もきつめ。その野次は選手に対してより、審判へのジャッジに対して飛ばされる。しかし彼等は野次を飛ばすこと自体を楽しむ傾向があり、近くのオジサンは「オレの今の野次はどうだったかい?」と周囲のリアクションを毎度確かめている。バックスタンドの一部ではHITゴリツァの応援団が鳴り物を使って、Jリーグ同様に一定のリズムを刻む。数は決して多くものの子供や女性も観戦に来ていて、なぜかミヤトビッチのユーゴ代表のユニフォームを着ていたり、ミハイロビッチのシールを腕に貼った子供も見掛ける。平和的であり牧歌的なノゴメットの雰囲気に、つい僕はホノボノとしてしまうのであった。15分のハーフタイムを終え、後半がスタート。60分、HITゴリツァのDFスレブルニッチが負傷でピッチ外に出ている際に、マリボルの司令塔チェフの右CKのボールをDFバライッチがドンピシャのヘディング・シュートを決めて0-2。その直後、HITゴリツァのMFベチャイのFKはクロスバーを叩き、また同じくベチャイの強烈なミドルシュートもGKシメウノビッチの手にわずかに触れ、再びクロスバーを叩く。その後もHITゴリツァは幾度かチャンスを迎えたが、途中交替で入った20歳のFWコバチェビッチが外しまくってしまう。88分、マリボルのDFチィピの右斜めからのグラウンダー・クロスにGKの正面で構えたFWエクメチッチがはたいて0-3。HITゴリツァはロスタイムにMFジベッチのクロスからFWヴリッチがボレーで叩き込み1点を返すが、結局1-3でタイムアップ。HITゴリツァ、完敗。観客のオジサン達もこの結果には納得しているようで、文句一つ言わずメインスタンドを出て、また一杯やりながら談笑している。なぜなら、ここは"スロベニアのノヴァ・ゴリツァ市民"が集う社交場なのだから。試合の勝ち負けがどうこうより、市民としてのアイデンティティを認識する場としてスタジアムが位置付けれているのだろう。狂信的な"カルチョ"ではないが、小さくとも存在意義を持つ"ノゴメット"がここにはある。ここから500m先の国境線はフットボールの国境線でもあるのだ。

 HITのレストランで夕食を摂って宿へと戻り、TVを付けると、悲しみに暮れるトリノ市民の生インタビューが紹介され、続けて喜びに爆発するローマの生レポートが映し出された。状況を把握するのに時間はさほど必要では無かったが、それは驚きでもあった。この日セリエAの最終節が行われ、首位のユベントスが不覚にもペルージャに敗戦、レッジーナを下したラツィオが逆転優勝を果たしたのだった。ここノヴァ・ゴリツァでは幾つものイタリアTV局のチャンネルが見られ、どのチャンネルも一斉にセリエAの最終節のドラマを伝えていた。大雨に見舞われたピッチをコリーナ主審が確かめるシーンが何度も流れ、コメンテーター達が喧喧轟々、丁丁発止の言い争いをしている。1時間経っても2時間経っても3時間経っても終わることは無い。スロベニアの放送局のチャンネルに変えると、今日のスロベニアリーグのダイジェストが細々と放送されていた。そして再びカルチョのチャンネルへ。まだ論議は続いている。しかしここはイタリアではなく、スロベニア。国境の町ノヴァ・ゴリツァにて、素朴なノゴメットと熱狂的なカルチョを比較しながら、夜は更けて行くのであった。

 

SLOVENIJA LEAGUE 1999-2000 32th
HIT Gorica vs. Maribor PL

2000.5.14  Sportni Park Stadium

HIT Gorica Maribor PL
position name position name
GK 22. Mitja Pirih GK 22. Marko Simeunovic
DF 28. Fikret Alomrovic DF 21. Marinko Galic
DF 6. Miran Srebrenic DF 19. Stipe Balajic
DF 13. Alen Sculac DF 4. Muamer Vugdalic
MF 14. Nebojsa Kovacevic
['51-8.Anton Zlogar]
MF 20. Dejan Djuranovic
MF 7. Edmond Gunjac
['82-23.Simon Zivec]
MF 7. Simon Seslar
MF 19. Ales Kokot
[62-21.Mladen Kovacevic]
MF 2. Martin Pregelj
['56-18.Geri Cipi]
MF 4.Florian Debenjak MF 8. Gregor Zidan
MF 10. Vilija Becaj MF 13. Nastja Ceh
['90-25.Matej Mijatovic]
FW 11. Goran Gutalj FW 14. Ante Simundza
['70-29.Ismet Ekmecic]
FW 30. Ivica Vulic FW 23. Kilton Bozgo
【HIT Gorica 1−3 Maribor PL.】
GOAL '40 Kilton Bozgo (Maribor)
GOAL '60 Stipe Balajic (Maribor)
GOAL '88 Ismet Ekmecic (Maribor.)
GOAL '94 Ivica Vulic (HIT Gorica)

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