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U-21欧州選手権 (2000.5.27 in Trnava) |
U-21欧州選手権スロバキア大会開幕。今大会はオリンピック予選を兼ね、上位4ヶ国(※1)がその切符を得る。不甲斐無いA代表を尻目に、優秀なタレントを誇って快進撃を続けるクロアチアU-21代表。予選では最大のライバル・ユーゴスラビア、この世代でユースチャンピオンになったアイルランドを撃破、プレーオフではユース最強国の一つポルトガルを逆転で葬り、ベスト8の本大会まで勝ち上がってきた。親善試合でも優勝候補のスペイン、イタリアを倒し、向うところ敵無しのクロアチア。その優勝を信じ、彼等の歓喜を見届けるために僕はスロバキアに訪れていた。
【僕はビールを片手に記念写真】
空路でソフィアからウィーンへ、そしてバスでブラチスラバに入ったのが5月26日。ブラチスラバで一泊した後、試合会場となるトルナバへと向うはずが、列車を乗り間違えてしまう。11時50分ブラチスラバ発コシツェ方面行の列車は経由地が違う2本の便が存在したようで、僕はトルナバ経由では無い便に乗ったようだ。同じコンパートメントに居合わせた若者曰く、次に停車するガランタという駅からトルナバへの幹線もあるそうで、ガランタで下車するとわずか5分後にトルナバ行の列車が発車すると言う。切符を買い直して今度こそ僕はトルナバへ向った。30分もしてトルナバに到着。田舎の街かと思いきや、ここスロバキアでよく見られる旧市街が中世の城壁に囲まれた由緒ある街であった。そして旧市街も整然かつ雰囲気のある街並み。会場となるスパルタク・トルナバ・スタジアムも城壁内にある。スタジアムから程近いホテル・バルバカンで宿泊することにして、愛くるしいレセプションの美女に聞いたところ、トルナバに進出しているソニーの日本人社員が時々ここに宿泊するそうだ。「僕はサッカーを見に来たんだ」と話してもピンの来ない辺り、この小さな街であっても大会の存在自体が知られていないらしい。この日のスポーツ新聞ですら自国のスロバキア代表の話題ぐらい。観客は集まるのだろうか?、そんな疑問のもとスタジアムの方向へ歩いていると、クロアチアのユニフォームを来た一行を見つける。こちらから近づいて「Dobar
dan.」と挨拶し、リュックからクロアチアのユニフォームを取り出すと、彼等は驚きの表情と共に心から異国のクロアチア・サポーターを歓迎してくれた。彼等はディナモのサポーターで、ザグレブから自動車を走らせて今日トルナバに到着したそうだ。記念撮影をしたのち、自動車に乗せられ、ほんのわずかの距離のスタジアムへ。するとそこにはクロアチアの応援グッズを身に付けた30人程のいかつい男性どもが集まっていた。近くの食料品店からビールをケースごと買い付け、次々とビール瓶を空けていく。「お前もまずこれを飲め」と駆け付け一杯のビールが手渡された。クロアチア人サポーター達と乾杯しながら空きっ腹にビールを流し込んだ。バッド・ブルー・ボーイズ(BBB…ディナモ・ザグレブのサポーター)、アルマダ(リエカ同)、コホルタ(オシエク同)、ホワイト・ストーンズ(ヴァルテクス同)など各クラブのサポーターが一同に居合わせ、クロアチア代表を応援する一点では仲睦まじいらしいのだが、酒が入ると徐々にクラブごとの塊に別れていく。僕はビシュツァンの名前が入ったユニフォームを着ていたこともあり、彼等からの呼び名は「ビシュツァン」。「ビシュツァン、こっちにも来ーい」−僕はそのサポーターの塊を移動しながら自己紹介と共にそのクラブの主力選手の名前を挙げてコミュニケーションを図った。一通り顔を出したあと、BBBとアルマダの2人のサポーターと深く話をする。クロアチアU-21代表、A代表、クロアチア・リーグ、ミウラ、マツバラ......話題はサッカーに留まらず、政治へと渡った。「亡くなったトゥジマンのことはどう思うんだい?」。BBBの口からは期待通りの答えが返ってくる。「彼はクロアチアを独立させた素晴らしい人物だ。しかし彼には唯一の失策があった。それは神聖なる"ディナモ"を改名させたことだ。彼が死んで"ディナモ"の名は俺達の元に戻ってきたんだけどね。」 更に彼は続けた。「君はIRA(アイルランド共和国軍)を知っているか。IRAは自由の為に何百年も戦ってきたんだ。独立の為にセルビアと5年間戦ってきた我らと相通じるものがある」−更に政治の話をしようとすると横のアルマダのサポーターが「政治の話なんてやめようぜ。俺たちゃサッカーを応援に来たんだから」と言い出した。そう、リエカは98/99シーズン、優勝を目前にしたものの政治力によってその優勝が掻き消されたからだ(※2)。BBBも同じくして「政治とスポーツは別物だしな」と意見が一致。でもそんな二人が首を揃えて日本人の僕に質問したことといえば.....「なぜカミカゼは死ぬことが解っててヘルメットを被るんだ? 余りにも不思議なことじゃないか?」
【コホルタの皆さん。国旗の上がバビロン】
更にサポーター達との交流は続く。コホルタのリーダー的存在、ダリオ・バビッチ氏はすっかりへべれけ状態だ。「ビシュツァンよ、オレのニックネームを教えてやろう。オレはな"バビロン"ってんだ、ヨロシク」。"バビロン"の響きには似ても似つかないこのオジサンは国旗をシート替りに敷いて座っているのだが、「お前もこの上に座れ」と言われても彼等にとって神聖であるべき国旗の上にはさすがに抵抗感がある。バピロンは酔っ払って呂律が回らない上、英語を捻り出すように語り始めた。「もちろんフランスのワールドカップも行ったんだぜ。それもな、全てひっくるめてわずか300マルクで切り抜けた。移動費、メシ代、アルコール、そしてハシシもな」。最後のオチに苦笑しながら、300マルクとは凄いねーと言うと、彼は続けた。「君にこれを授けよう。これはオレがフランスで共にした宝物なんだぜ」と、剣道の防具のような汗の臭いが漂う年季の入ったクロアチアのヘアバンドを手渡された。「いや、そんな宝物は受け取れないよ」−「いや、受け取ってくれい。ガッハッハ」 うーん、気持ちは嬉しいんだけど、かなり臭うし.....。更に彼は続けた。「もしこの試合のチケットが10000コルナ(約2万5千円)だったとしても、お前はチケットを購入するのか?」−「えっ、この試合のチケットは一番高くても140コルナ(約350円)なんだよ。なんでそんな質問をするの?」−「ワールドカップの時に大枚積んでオレ達からもチケットを買い上げていった日本人が好きじゃねぇんだ。なっ、どうなんだ?」−「うーん、ここまでの移動費を考えたら10000コルナでも買うかもしれないよ。しかし、もっと高かったら買うこと自体不可能だよ」−バビロンは"お前も近いものがあるんだな"みたいな視線を向けた。この話題はバビロン氏に留まらなかった。ここに来ている大概のサポーターはフランス・ワールドカップにも駆け付けている。友人同士で行きながら、一人は試合観戦を選択し、もう一人はお金を選択したケースもあった。「そのチケットはアメリカ人の野郎に7000フランで売ったのだが、野郎はそれを2000ドル以上の値で日本人に売ったらしいよ」と彼は悔やむ。彼等サポーターは僕のことを仲間として思ってくれているのだが、ワールドカップでの日本人の汚点が一つの障壁に成り代わっている気がして堪らなかった。
【アップするクロアチア・イレブン】
殆どのサポーター達がバビロン同様にへべれけ状態に陥っていた。地元の通行人には汚い言葉を浴びせ、子供から自転車を奪って乗り回す。そしてその子供にはアルコールを勧めるなど、完全に理性を失っている。「おーい、ビシュツァンよ。ビール買って来ーい」−先程話していたBBBから使いっ走りさせられた上にビール代6本を自腹。僕は少し気分を害し、この場を離れてチケット売場に行くと、クロアチアのユニフォーム姿から必然的にゴール裏のチケットを手渡された。あとから気付き、バックスタンドのなるべく中央に替えて貰う。てっきり僕と一緒に観戦するつもりのサポーター一団には「僕は帰国後にレポートを書かなくちゃいけないから、なるべくピッチ全体が見回せる場所じゃないと」と言い訳をして。17時開門までまだ少し時間があるのでサポーター達や観戦に来た地元の子供達と会話する。地元の子供達も一様にして同じスラブ民族のクロアチアを応援するようだ。開門後、ユニフォームで判断した係員からゴール裏に行けと言われたが、無視してチケット指定の席へ。そこにもクロアチアの国旗を持った人達が集まっていたが、年配の方による"いわゆる良識派"サポーター。彼等からも声を掛けられて一緒に記念写真を撮る。スタンドの入りは1000人も満たないが、サポーターの数はクロアチアが圧倒。クロアチアの控え選手がバックスタンド近くで練習を始めており、2週間前にザグレブでサインを貰ったミハエル・ミキッチが僕の存在に気付くや、驚いた表情で"ようこそ"と二度ほど深くお辞儀をした。ディナモでサインを貰った時には愛想が悪かったんだけど....やっぱり好青年なのかな? 練習後、そこに居合わせた選手達から一網打尽でサインを貰おうとすると、事情を察したミキッチが仲間に説明してくれた。主力選手以外は顔と名前が一致しないだけに、サインしてくれた名前を見る度に僕は歓喜の声を挙げる。ゴラン・ブライコビッチ(リエカ)、シルヴェスタル・サボルチュキ(ヴァルテクス)、ニコラ・マリッチ(シロキ・ブリイェグ)、アンドレ・ミヤトビッチ(リエカ)、レナト・ピリポビッチ(ディナモ)、ダリボール・ビシュコビッチ(リエカ)、そして最後はイビツァ・バノビッチ(NKザグレブ)。作業的にサインをする選手が多い中、U-21代表入りしたばかりのバノビッチはニコニコと微笑んでくれた。この大会後にバノビッチはヴェルダー・ブレーメンに移籍するのだが、こんなことで彼のブンデスリーグでの活躍を心から祈ってしまうのがファン心というものだ。試合30分前になると、今日のスタメン選手がバックスタンド近くで練習を始めた。トレーニングコーチはU-18代表監督のマルティン・ノヴォセラッツ。10日前、U-18代表の本大会進出パーティでご一緒しただけに僕に気付くやニコッと会釈してくれる。そしてザグレブでこの大会の応援に行くことを伝えていたFWのヨシップ・シミッチからも会釈。これでいてクロアチアU-21代表に感情移入出来ないわきゃない。目の前で入念にアップするタレント集団を見て今日の勝利は揺ぎ無いものと確信した。しかし、記念品にも成り得る試合チケットの半券を失ってしまったことに気付く。ちょっとブルーがかった気分で試合のキックオフを待つのであった。
| ※1 | オリンピックに出場不可のイングランドがもし4位以内に入った場合は5位決定戦をしてその勝者がオリンピックへ出場する規定になっていた。 |
| ※2 | 98/99シーズンのプレーオフ・リーグ最終節、ディナモに勝点1ポイント上回ったリエカはオシエクと対戦。1-1で迎えたロスタイムに勝越しゴールを決め優勝が確定したかと思いきや、疑惑のオフサイド判定。結局、最終節でヴァルテクス相手に勝利したディナモに優勝が転がり込んだ。直後にレフェリー協会会長が辞職。このプレーオフ・リーグを通じてディナモに有利な笛が吹き続けられたこともあり、大のディナモ贔屓の大統領トゥジマンも絡んだインチキ優勝として記憶される。 |