2000/01シーズン、クロアチア・サッカー観戦記
"Hajduk
Zivi Vjecno!" (5) 
〜ハイドゥク・スプリト優勝&トルツィダ変貌への軌跡〜
2001/4/29 クロアチア・リーグ第27節
「ハイドゥク・スプリトvs.ヴァルテクス・ヴァラジディン」観戦
ハイドゥク・スプリトvs.ディナモ・ザグレブの一戦ののち、僕は4月17日夜から23日朝までドイツでのサッカー観戦小旅行に出掛けることになる。滞在5日間でチャンピオンズ・リーグ準々決勝「バイエルン・ミュンヘンvs.マンチェスター・ユナイテッド(結果2-1)」、UEFAカップ準決勝「カイザース・ラウテルンvs.アラベス(1-4)」、ブンデスリーガ第30節「ボルシア・ドルトムントvs.ボーフム(5-0)」、「バイヤー・レバークーゼンvs.ハンブルガーSV(1-1)」「シャルケvs.ヘルタ・ベルリン(3-1)」「1860ミュンヘンvs.シュツットガルト(2-1)」の計6試合を観戦。スタジアムでの雰囲気作りは完成の域に達し、そしてサポーターの熱気も欧州で誇れるものであった。だが、シャルケのサポーターを除けば、何処のスタジアムのサポーターもこの異邦人に冷たかった。御客様であり部外者であるのは解っている。ドルトムントにてゴールが決まり歓喜にむせぶオヤジが僕と目が合うや、引きつらせて顔をプィッと背けた一件はその象徴的なシーンであった。遠い国からやってきた僕に"優しくしてくれ""かまってくれ"などとは思わないが、スプリトでトルツィダとの一体感を味わったばかりの僕には不満がくすぶり続けた。出費はクロアチアと比較にならないわけだし。また、冷たかったのは国民性だけではなく、気候的にも季節外れの雪が降るほどのバカ寒さ。薄着しか準備してなかった僕は風邪まで引いてしまった。
僕のドイツ滞在中、ハイドゥクはオシエクと2戦交えていた。4月18日はクロアチア・カップ準決勝第2戦。一週間前にアウェーにてオシエクを3-0で粉砕して実質的な勝負を決めており、金曜日に控えたリーグ戦を考慮して両チームとも控え選手によるチーム構成で戦った。この試合ではマケドニア代表DFイゴール・ジュゼロフのゴールでハイドゥクが1-0で勝利し、順当にクロアチア・カップ決勝進出を決める。一方、第1戦を主力を落としたことでNKザグレブに苦杯を喫したディナモはフルメンバーで挑み、9分ミキッチ、11分バラバンの連続ゴールでトータルスコアで引っくり返す。以後もセドロスキ、ショコタがゴールを決め、NKザグレブを4-1と振り切った。クロアチア・カップ決勝も両雄対決の実現となった。
週末はクロアチア・リーグ第26節。4月21日、ハイドゥクはベストメンバーでオシエクに乗り込む。勝点48で並んでいるオシエクもベストで対抗するが、ハイドゥクの破竹の勢いは止められなかった。6分にムサが得たPKをレコが決めて先制。61分にはレコの左からのクロスにボシュニャクがシュート、弾かれたボールをデラニャが押し込んで2点目。ホームで0-2と敗れたオシエクのヴラド・ビリッチ監督は試合後に「この先も優勝争いに留まりたいが、リーグタイトルはディナモとハイドゥクの両者で争われるだろう」と事実上の敗北宣言を口にする。翌22日、ディナモも再びNKザグレブと対戦し、ショコタ、セドロスキのゴールで2-0の勝利。勝点を52に伸ばし、ハイドゥクとは1点差で首位を堅持した。
【写真:得点を決め、帽子を被るデラニャ(一番右)
撮影:Sport-Net】
23日朝、僕はミュンヘンからザグレブへと戻る。この日はクロアチア代表の練習を見学し(詳しくは下の「こぼれ話」を)、24日はチャコベツにてU-21の、25日はヴァラジィディンにてA代表の親善試合「クロアチアvs.ギリシャ」を観戦。その後はドブロブニク、モスタルで骨休めして、29日に再びスプリト入りした。お目当てはもちろんハイドゥク・スプリト。対戦相手は現在5位のヴァルテクス・ヴァラジディンだ。前日にディナモはスラベン・ベルーポとアウェーで対戦、よもやのドロー(1-1)に終わる。この日、ハイドゥクが勝てばいよいよ首位に立つ。スプリトはさがかし賑やかになるだろうと思いきや、ディナモ戦の時とは様相が違っていた。市街を闊歩するトルツィダなどはまばらで、スプリト発の巡礼ツアーの団体の方がよっぽど目立つ。友人達も揃って他の用事を優先、共に観戦するのはユライとミロスラフだけだ。試合前の盛り上りに期待していた僕は拍子抜け。ミロスラフは「ディナモ戦が特別なのさ」と言う。スタジアム近くのスーパーマーケット前で缶ビール1本だけを飲み干してスタジアムへ。周囲が悠々とし過ぎたために15時キックオフには間に合わず、ゴール裏席に辿り着いた時には5分が経過してしまっていた。観客は満員に程遠いものの、普段よりは多い12,000人。ディナモ戦で総立ちだったトルツィダは暑い陽射しも手伝い、座り込んでの観戦の者も目立つ。とは言え、トルツィダのテンションは低いとしても、ハイドゥクのプリーのテンションは高かった。完成の域に達した3-4-1-2のフォーメーションは何処からでも仕掛けられるアグレッシブなスタイルであり、ヴァルクテスのGKジェリコ・ルンバクには次々とシュートが浴びせられる。最初の惜しいシュートは17分、レコからのロングパスが右サイドのデラニャに渡り、デラニャは角度の無いところからドライブを掛けてミドルシュートを放つもののボールはバーを叩く。18分に左ストッパーのジョロンガが足を負傷。ヴリッチ監督は右ウィングのミラディンを右ストッパーのポジションに下げ、右ストッパーのジュゼロフを左へ、そして右ウィングには攻撃的なスルナを投入した。幾らか前掛かりにしたこの采配はズバリと当たり、23分にゴールショーがスタートする。バルテクスのリベロ、レジッチのボールをペナルティエリア左でブバロがチェックし、弾かれたボールは中央のデラニャの方へ。DFに背にしながらボールに向かってダッシュしたデラニャはわざとスルー、素早く反転してマークを外し、再びボールに追い付くや右足でシュート。ボールはネット右上に突き刺さりハイドゥク先制! スピードとセンスが無ければ不可能なプレーだ。デラニャはパンツの中からハイドゥクの帽子を取り出して被り、トルツィダに手を挙げて走る。ようやくトルツィダのテンションも復活、発煙筒があちこちで焚かれる。しかし火の粉が背後から降ってきて、マフラーやユニフォームに穴が空いただけでなく、手のひらまで小さな火傷を負ってしまった。やっぱりコイツら危険だ(苦笑) 35分、ゴール裏の柵によじ登って応援していた若者が勢い余って側溝に転落。立ち上がれない彼を担架に乗せ、救急車に担ぎ込まれる瞬間、この若者はゴール裏席に向い、振り絞ってのガッツポーズを見せた。彼のトルツィダ魂を仲間達が大きな拍手で称えている中、ハイドゥクに2点目が生まれる。右サイドのスルナが大きなアーリークロス、これをペナルティエリア中央のボシュニャクがヘディングシュート。2-0。更に41分、レコが中央やや右寄り25mの距離から直接FKを左足でねじ込み3-0。45分には右サイドからムサが低いアーリーを入れ、ディフェンスラインを抜けたブバロがワンバウンドしたボールに合わせてネットへと収める。前半終わって4-0。ユライは「スペクタル・ショー!」と口にし、この日はプロチェの実家に戻っている兄マリヤンに向けて携帯メールで経過報告する。ミロスラフもヴァラジディンでの友人の結婚式に参加中のドラジェンに携帯メール。僕の隣りで観戦する若者は「今日のハイドゥクは一番強いよ。かつてカップ戦で10-0という試合があったが、これは小さなクラブ相手だった。ヴァルテクスは今季二度もディナモを破った好チームなんだぜ。」と喜びを隠せない。両ウィングのみならず両ストッパーまでが前線のスペースに走り込み、レコとムサが攻撃ののリズムを自在に刻む。そしてデラニャ、ブバロ、ボシュニャクのアンタッチャブルな動き出し。この日のハイドゥクの攻撃を防げるチームはもうこの国に存在しないとさえ思わせた。
【写真:中央の太めの男性が大声を出し、
トルツィダ全体と掛合いを行う】
大きなビハインドを抱えたヴァルテクスのカタリニッチ監督はポジション修正を行い、後半序盤はヴァルテクスがペースを握る。しかしハイドゥクのリベロ、アンテ・ミシェが判断良いカットを見せ、ミシェを抜いたとしても守護神プレティコサが立ちはだかる。53分、右FKからカリッチのヘディングシュートはポストのわずか左に。65分にはパスワークで崩してビエラノビッチが近距離からシュートを放つも、プレティコサが左手一本で弾く。ハイドゥクも再び猛攻。60分のボシュニャクのループシュートはバーを叩き、デラニャのパスからムサが放つシュートはGKルンバクがセーブ。71分、ようやく新たな点が生まれる。ペナルティエリア右、レコのFKからのボールは内側へと急速に巻き、後半頭から入ったビリッチがヘディングで合わせてゴール。その4分後にはレコから左サイドを駆けるムサへスルーパス。ムサは4点目と同じタイミングだが今度は右足ではなく左足で低いクロス、これに飛び込んだビリッチが再び得点して6-0。スタンドは何度もウェーブが繰り返される。ディナモ戦とは違う形で、ポリュウドスタジアムはフェスタの会場となった。この後もお互いチャンスを迎えるが、6-0のままタイムアップ。勝点54。とうとうハイドゥクがクロアチアリーグの首位へと踊り出た。この試合の直後にヴァルテクスのイヴァン・カタリニッチ監督は大敗の責任を取らされて解任。彼は独立後のハイドゥクを二度リーグ優勝に導き、現代表でもミルコ・ヨジッチの右腕を務める名将で、今季はディナモに勝利する度にヴラク、ブラオビッチの二人の監督の首を飛ばしていた。まさか今度は彼自身が詰め腹を切らせられることになるとは。そのカタリニッチは試合後に「ハイドゥクがクロアチアリーグのタイトルを取ることになるだろう」と口にしている。ハイドゥクの優勝決定は時間の問題だ、そう僕は確信した。
【写真:猟師のジイサンと共に
日本のマフラーを指差す僕】
試合後、僕はユライとミロスラフの3人でスタジアム近くの塀に登り、買い込んだビールで祝杯を挙げつつ、多岐の話題で語り合った。サッカーのみならず、クロアチアの政治、旧ユーゴ時代との比較、近隣国への感情、そしてスロバキアで飲み明かした時と同様にエロ話などなど。僕のザグレブにおける留学生活がスタートしたら再び連絡を取り合おうということで二人と別れた。その後、ミロスラフに教えて貰ったスポーツ・バー
"RUGBY"へ。クロアチア国営放送でクロアチアリーグ・ダイジェストとローマvs.ラツィオ戦を見ようするのだが、ここで二人のハイドゥク・サポーターと出会くわす。一人は覚えたてのトルツィダ応援歌を眼をキラキラさせながら一緒に歌ってくれる13歳の少年。そしてもう一人は「Jebi
se Dinamo(Fuck you, Dinamoの意)」を口癖のように叫ぶ、50歳近い酔いどれジイサン。猟師を生業とし、長い顎鬚を蓄えたこの小柄なジイサンはここの2階にあるトルツィダのバーに案内して、ビールを御馳走してくれた。このバーにはハイドゥクの栄光の写真や新聞記事の他に、サポーターが交換したと思われる数多くのマフラーが飾られており、そのうちの一つに日本代表のものを発見。それをバックにジイサンと共に記念写真に収まろうとすると、ジイサンは自ら着用していたトルツィダのユニフォームを僕に着せ、プレゼントすると言う。「いや、それは悪いよ」というと、「I
am fisherman.(オレは猟師だぜ)」との殺し文句(?)に押し切られた。かなり臭うユニフォームを身に付けさせられたまま一階のバーへと戻るのだが、ここから地獄が始まる。クロアチアリーグ・ダイジェストが終了し、客層がサッカーとは無関係な人達へと変わっていくのだが、ジイサンは何度も「Jebi
se!」と叫び、僕に続きの「Dinamo」と言わせようとする。心の拠り所だった少年は帰ってしまうし、若い娘達には怪しい目で見られ、店内ではジイサンと僕の二人が完全に浮いてしまった。何度かユニフォームを脱ごうと試みるが、ジイサンは「I
am fisherman」と獲物である僕を睨みつける。お腹が空いたので、近くでピザをテイクアウトする時も僕がユニフォームを脱がないよう跡を付けてくる。そしてバーでローマvs.ラツィオ戦の放送が始まっても、ジイサンのすっぽんマークは延々続いた。またして「Jebi
se Dinamo」を言わせるのかい....。TV観戦に集中できず、眠たくもなったので帰ろうとすると、「I
am fisherman」と席に留まらせ、何をするかと思いきやタクシーを呼びつけた。ここから宿は歩いて帰れる距離なのに....。タクシー運転手には謝って事情を説明、我慢も限界となってバーを出ると、ジイサンもピッタリと付いて来た。ユニフォームを付き返し、"Da
videnja!(さようなら)"と口にして逃げると、もう二度と「Jebi
se Dinamo」も「I am fisherman」の台詞を聞くことは無かった。無愛想なドイツのオヤジは嫌だが、ここまでしつこいクロアチアのジイサンもどうか(苦笑)。悪い人ではないんだけど。後日、スロボダン・ダルマチア紙に掲載された1コマ漫画で、スプリト市民で生粋のトルツィダを表現する男性の絵はあのジイサンそっくりだった、ということを付け加えておこう。
CROATIA
LEAGUE 2000-2001 |
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| HAJDUK SPLIT | VARTEKS VARAZDIN | ||
| position | name | position | name |
| GK | 1. Stipe Pletikosa | GK | 12. Zeljko Rumbak |
| DF | 2. Igor Gjuzelov | DF | 19. Ante Bilokapic |
| DF | 6. Vlatko Djolonga [18'-18.Dario Srna] |
DF | 29. Antun Andricevic |
| DF | 22. Ante Mise | DF | 30. Ivan Rezic [46'-2.Hrvoje Sklepic] |
| MF | 8. Igor Musa | MF | 5. Danijel Hrman |
| MF | 10. Ivan Leko | MF | 18. Robert Tezacki |
| MF | 21. Darko Miladin | MF | 24. Silvestar Sabolcki |
| MF | 26. Mario Carevic | MF | 25. Zoran Kastel |
| FW | 12. Ivan Bosnjak | MF | 28. Ilami Halimi |
| FW | 7. Stanko Bubalo ['46-9.Mate Bilic] |
FW | 9. Verdin Karic |
| FW | 11. Zvonimir Deranja ['68-14.Srdjan Andric] |
FW | 11. Sasa Bjelanovic |
| 【Hajduk Split 6−0 Varteks Varazdin】 | |||
| GOAL '23 | Zvonimir Deranja (Hajduk) | ||
| GOAL '36 | Ivan Bosnjak (Hajduk) | ||
| GOAL '41 | Ivan Leko (Hajduk) | ||
| GOAL '45 | Stanko Bubalo (Hajduk) | ||
| GOAL '71 | Mate Bilic (Hajduk) | ||
| GOAL '75 | Mate Bilic (Hajduk) | ||
クロアチア・リーグ 2000/01シーズン |
3強の成績 |
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| 節 | 対戦相手 | 結果 | 得点者 (数字は今季ゴール数) | Hajduk | Dinamo | Osijek |
| 第26節(4/21) | Osijek(A) | ○2-0 | LekoH,DeranjaG | ○A51 | ○@52 | ●B48 |
| 第27節(4/29) | Varteks(H) | ○6-0 | DeranjaH,BosnjakE,LekoI,BubaloI,BilicGH | ○@54 | △A53 | ●B48 |
2000/2001
クロアチア・サッカー観戦記 こぼれ話その3 クロアチア代表を応援しているといえど、実はA代表の試合を生で見たことは97年キリンカップ「クロアチアvs.日本」しかない。それ以後、国内リーグや若手の選手にサインを貰えど、いわゆるメジャーどころから一網打尽にサインを貰ったことが無い。とは言え僕もミーハーだ。クロアチア代表は4月25日のギリシャとの親善試合に向けて、スロベニアで練習をするという情報は掴んでおり、ドイツ小旅行に出る前日の17日にクロアチアサッカー協会を訪れて練習は10時から行われるとも聞いていた。 【写真:ランニングするクロアチア代表】
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