1996.05.25 東京読売夕刊
◆夢広がる福井・敦賀の14歳・立石郁雄君
「畠山先生こんにちは。僕はやっとパソコン通信ができるようになりました。リモコンを贈ってくれてありがとう。これからは、先生とお話しすることができますね」
横浜総合リハビリテーションセンター主任研究員・畠山卓朗さん(46)にパソコンメールが届いた。発信者は福井県敦賀市の立石郁雄君(14)。全身の筋肉が衰える進行性筋委縮症のため、郁雄君の体は一部しか動かない。生まれてからずっと、病院で暮らしてきた。
その郁雄君が、かすかに動く右手の親指と目とを使って、念願のパソコン通信を成功させたのだ。郁雄君の右手にしっかりと巻き付けられているリモコンスイッチは、畠山さんが考案し、郁雄君にプレゼントした。
◆わずかに動く親指で操作
ボタンを押す力のない郁雄君は、光センサーと親指を使ったこのスイッチによるわずかな動きで、「オン」「オフ」の信号を送れるようになった。郁雄君が送信して十分後、畠山さんからの返信が病室に届いた。
「郁雄君とこうしてパソコン通信で話ができるなんて、夢のようです。郁雄君と初めて会ってから、間もなく七年になろうとしています。(中略)郁雄君はいま、大海原に向かってこぎだした一人の船乗りです。郁雄君のまだ知らない人たちが、郁雄君が来るのを待っています」
ようやく、電子メールでのやり取りをマスターした郁雄君だが、ここに至るまでには、さまざまな人々との温かい出会いがあった。
八年前の四月、訪問教育で病室を訪ねた福井県立嶺南養護学校の村田春江先生(52)は、くるくる動く郁雄君の目に、ピンとくるものがあった。「何かを訴えている」。帰宅した村田先生は、郁雄君の体に残された機能について、さまざまに思いめぐらした。そして考案したのが、ひとみの位置や口の形、かすかな舌の音などを組み合わせて会話をする「目サイン」だった。
会話が可能になった郁雄君が、次に挑戦したのは書くこと。村田先生の問い合わせを人づてに聞いた畠山さんが、一九八九年五月、ワープロとスイッチとを持って敦賀にやって来た。やがて郁雄君は、詩集を出版したり、地元紙に手記を載せたりと、表現の範囲を次第に広げていった。
「そんなに特別な技術ではないんです。これまで目が向けられなかっただけ。こんなふうに技術ボランティアの輪が広がっていくといいのですが」と、畠山さん。病室にパソコンを寄付したり、専用回線を引いたりした支援団体の河原正実さん(47)も「障害者用のパソコンソフトの開発は始まったばかりですが、郁雄君に続く人たちが、ぜひ出てきてほしい」と話す。
「僕の番号はNIFTY―serve RXT06525です」と郁雄君。「パソコン通信で、たくさんの友達をつくりたい。インターネットで僕のホームページを開設して、世界中の人に見てもらえたら素晴らしい」――リモコンスイッチを手に、郁雄君の夢はいま、大きく膨らんでいる。読売新聞社
右手指に巻き付けた光センサーでパソコン操作 立石郁雄君の「ぼくのサイン」
目の位置と親指を動かす数,そして舌などを組み合わせて巧みに自己表現
(福井県嶺南養護学校 村田春江さんによる考案)