1.プロローグ
七年程前の十月下旬の夜,その夜は特に気温が低く,コートが欲しいと感じる気候でした.仕事を遅く終えて車を走らせながらの帰宅途中,信号待ちをしている私の車の窓をどんどんと叩く一人のお年寄りに驚かされました.最初は酔っぱらいではないかと思い,関わりたくないという意識が真っ先に働きました.一端はその場を立ち去ったのですが,その季節には相応しくない服装からひょっとして「徘徊するお年寄りなのではないか」という考えが次第に頭に浮かんできて,再び私はお年寄りと遭遇した場所に車を走らせました.結果的にお年寄りは警察に保護されることになりましたが,翌日警察からの連絡を聞いて私は耳を疑いました.九州のM県から徘徊してきたとのことであり,私がそのお年寄りに出会ったのが横浜市内だったのでした.
それまでの私の漠然とした理解では「徘徊するお年寄りはただ意味もなく歩き回る」ということでしたがそれは必ずしも正しくなかったようです.行動自体には何らかの意味があること.その証拠にこのお年寄りのポケットには新大阪までの切符があり,現役時代は関西までしばしば社用で訪れていたとのことでした.また,人とのコミュニケーションをすべて絶とうとする訳ではないこと,行動の奇異さから周りの人々が関わることを避けようとする意識が働くということを自分自身の中にも発見し,とても恥ずかしい思いになったことを今でも鮮明に記憶しています.
2.「徘徊感知」から「見守り支援」へ
山田健司氏は「『徘徊』に対する認識の誤りがあること」,「痴呆症の人の移動は『徘徊』ではない」と指摘しておられます[1].この考えには筆者はまったく同感で,とかく「徘徊」即ち「問題行動」という単純な図式で考えてしまい,それ以上深く考えることを停止してしまい,問題の本質を見誤ってしまっているのではないかと思われます.そこで,ここでは少し視点を変えて,「いかに見守るか」「いかに見守られるか」ということに焦点を当てた「見守りのためのシステム」を中心に話を進めます.
日々,精神生活を送る私達は様々な場面で不安に遭遇します.不安の原因は,自分と他者との関係性の中で起こります.例えば「ひとりぼっちになってしまわないか」「ほんとうに困ったときに人は駆けつけてくれるのだろうか」などが例としてあげられます.一方,介護している側においても「こうして休んでいる間にもひょっとして呼ばれていて,それを見落としているのではないか」という不安が生じることがあります.
それらの不安が引き金となって,一見すると意味のない問題行動につながることはないでしょうか.一方で介護者側においては,無意識的に相手を縛り付けてしまおうとすることもあるのではないでしょうか.
しかし現実問題として,四六時中介護をする人達にとって,被介護者の行動は一瞬たりとも見逃すことができず気の休まらない時間の連続です.
以下では,上述のような視点に立って,人と人との関係性において「気遣いや思い遣り」を支援したり,双方における「安心感」を生み出したりするためのシステムを生活場面に応じて紹介します.
3.見守りを支援するためのシステム
(1) 離れた部屋にいる人と人を結ぶ装置
居室にいる人と別の部屋にいる人を結びつけるためのワイヤレス式呼びリンが市販されています.小型の送信機の押しボタンを操作すると電波が発射され木造家屋であれば家中どこにでもいる介護者を呼ぶことができます.受信機はAC100Vコンセント接続のものや充電電池式のものがあり,後者の場合は介護者が受信機をポケットに入れて持ち歩けば,いつでもどこでも呼び出されることができます.電波の到達距離は機種や家屋の構造によって異なってきますが,最大でも40メートル程度です.鉄筋コンクリート造りの建物の場合は距離がさらに短くなるので注意が必要です.購入前に販売店と相談し,様々な場面を想定し確実に作動するかどうかを試してみることをお勧めします.呼びリンは単に用がある時だけに用いられるのではなく,被介護者に不安が生じたときなどにも使われます.さらに,介護者側にとっても大きな安心感につながります.
(2)離床したことを報せる装置
被介護者が布団やベッドから離れようとしていることを介護者に教えてくれる装置が市販されています.検知方式は機種によって様々です.布団の端に取り付けた洗濯バサミ状のスイッチが離床時に布団からはずれ検知する方式,ベッド柵に取り付けた光電スイッチの光を人が横切ることで通報する仕組み,床に敷いたマットスイッチに足が乗ったことを検知する方式,天井に取り付けた超音波センサで布団やベッドの上で人が起き上がったことを検知する方式などがあります.ただし,介護する際に通報機能を解除した場合,再びセットし忘れることがあるので注意が必要です.また,介護者が常に一定の場所にいるのか,あるいは家屋内や施設内で動き回る可能性があるかなども検討しておく必要があります.とくに後者の場合は,通報を見落とすことがないような機種を選択します.
(3)玄関から出ようとすることを報せる装置
被介護者が玄関から外へ出ようとしたことを報せる装置が市販されています.光電式スイッチの光を遮る,床に敷いたマット式のスイッチが動作する方式など様々なものがあります.また最近では個人を識別するICタグ(個人を識別することができる超小型の素子)を衣服に縫いつけたり,あるいは,靴底に取り付けたりした人が検知器の前を通り過ぎるとスタッフが待機する部屋に報せるシステムがあります.ただし,通報時の音がけたたましく鳴り響く機種は避けたいものです.そこにいる人々の不安感を煽り立てること以外の何ものでもありません.
(4)地域規模での見守りシステム
小型の携帯端末を身につけた人が地域の中で今どこにいるかを介護者が確認できるシステムがあります.PHS方式電話網やGPS(全地球測位システム)を用いたシステムです.介護者は特定のセンターにパソコンや携帯電話などに接続し,探している人が表示されている地図上のどこにいるかを知ることができます.方式によって検知できる位置精度に差があります.おおよそ数十メートルから数百メートルの範囲内の位置精度を有しています.また,契約することでセンターから緊急対処員が駆けつけるというシステムもあります.ただし,電波が届きにくい場所にいる人は検知できないことがあります.知的障害がありしばしば行方不明になってしまうお子さんを抱える家族が有効利用しているという例があります.また,被介護者自身が自分の居場所を常に介護者に知っていてほしいといった場合にも利用されています.
4.人による見守りサポート
ここまでは機器システムを用いる見守りシステムを紹介してきました.しかし,本当に機器システムだけで見守りは万全かといいますと,答えは否です.いかに技術が発達しようが必ずどこかに落とし穴は存在します.被介護者の衣服に縫いつけておいた携帯端末やICタグは,本人にしてみれば何ら意味を持たないものであり,本人が邪魔と感じた場合,ちぎって捨ててしまうといった場合もあります.その時点で,このシステムはまったく機能しないものになってしまいます.
もっと原点に立ちかえって人が人を見守ろうとする草の根的な取り組みが全国に拡がりつつあります.それは釧路の街からスタートした徘徊老人SOSネットワークです.お年寄りの行方が分からなくなったとき,家族の要望を確認した上で協力機関(鉄道,路線バス会社,タクシー会社,ガソリンスタンド,郵便局など)に警察から捜索協力依頼が出されます.釧路では,1994年にスタートし1999年度までに219人のお年寄りを保護したとのことです.街に住む人々の意識も自然とお年寄りに向けられ,そこには優しい空気が育まれていくことでしょう.
5.エピローグ
高齢化がますます進み,介護不足=機械化という短絡的かつ安易な考えが蔓延するのではないかということに危惧をいだきます.確かに,介護する側の苦労は並大抵のことではありません.しかし一方で,介護される側の日々の過ごし方,楽しみ,安心感・不安感などは二の次にされてしまってはいないでしょうか.
二十年以上の前の話になりますが,リハセンターに勤務していた頃,医師からの依頼で交通事故の後遺症により首から下の部位が完全にマヒした方のために息で操作することができるナースコールを製作し病棟に取り付けに行こうとしたことがあります.そこである問題が生じました.特別な機器を持ち込むことで介護負担が増えるのではないかと,設置にたいして看護師から猛反対の意見が出ました.医師の説得によりなんとかナースコールを設置したものの,果たして順調に運用できるかどうか不安でした.しかし,それは杞憂に終わりました.真っ先に応援してくれたのは,最初は反対していた看護師でした.看護師の言は「呼ばれて駆けつける回数はやはり多い.でも,患者さんに安心感が生まれたのか,表情がみるみるうちに明るくなった.その表情を見ているとこちらも癒され嬉しい.」でした.
機器をどのように導入するのか? 介護する側,される側にとって機器の意味は何なのだろうか? 知らず知らずのうちに,介護される人を見えない紐で縛っていることにはなってはいないのか? 私達は常に自らに問いかけながら,人と機器のありかたを見つめていく必要があるように思います[2].
参考文献
[1]山田健司:痴呆性高齢者対応の所在確認システムの今,地域ケアリング,Vol. 5,No.4,pp.36-39,2003
[2]畠山卓朗,小島 操,轟木敏秀,春日正男:ナースコールにおける人間性の回復,第12回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp.297-300,1997
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