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コミュニケーション支援を考える

畠山 卓朗

 近年,発話が困難な重度の肢体不自由のある人々に対して,様々なコミュニケーション支援機器が市販されるようになりました.この背景には,電子技術の目覚ましい進歩があります.入力した文字が液晶ディスプレイに表示され,それがコンピュータの合成音で発声される,作成した文書を遠隔地にいる友人にメールする,それらがいとも簡単に行えるようになりました.
 このような環境に置いて,たとえ重度の障がいがあったとしても,適切な支援機器さえあれば,自由にコミュニケーションがとれるようになる...果たしてそのとおりでしょうか.
 筆者は障がいのある人々のコミュニケーション支援サービスにかかわっていく中で,そんな疑問をふと抱いたことがあります.
 なぜなら,日常生活のほとんど全てを介助者の手に委ねている人々の多くにおいて,コミュニケーションに対する意欲が低くなりがちなのを幾度となく目の当たりにしてきたからです.せっかく出会うことができたコミュニケーション支援機器がどうして活用されないのかとても不思議に感じたことがあります.
 ここで,私たちの普段の生活において,「誰かに何かを伝えたいという気持ち」はどこから生まれてくるのであるのかを考えてみたいと思います.例えばつぎのような場面を思い浮かべることが出来ます.朝,職場の同僚に出会った時,「昨日の夜,テレビでやっていた番組,とても感動した」「帰りに立ち寄った本屋で素敵な本に出会った」「たまたま電源を入れたラジオで好きなミュージシャンの曲が流れていた」などなど,そんな日常の風景があります.私たちは,生活の一コマ一コマで様々なことを感じとり,考え,そしてそれを誰かに「伝えたい」という気持ちが生じます.つまり,生活の流れに密接にかかわることができているからこそ,コミュニケーションに対する動機づけが導き出されているように思うのです.
 重度の障がいがある人も,生活の中に置かれていることには間違いないのですが,自分で生活の流れを組み立てたりすることが困難な状態にあることが多いと言えます.そのような状況をなんとか脱して,受動的ではなく能動的に自らの生活にかかわっていく,楽しむ環境が生まれていけば,自ずとコミュニケーションに対する意欲付けが導き出されるように思うのです.
 筆者は,コミュニケーション手段に対する相談を持ちかけられた場合,相談内容に対する具体的な回答を提示するとともに,その周辺のことにも話しを拡げながら質問をすることがあります.例えば,「テレビの電源やチャンネルの選択は本人が自分で出来ていますか?」「必要な時に人が呼べますか?」「一日の中でひとりになれる時間帯はありますか?」「かかってきた電話を受け取ることができますか?好きなところに電話をかけることができますか?」など,生活の様子を尋ねます.
 相談者とのやりとりの中から,その人自身で「デキルこと」を探し求めます.そして,その人のなりの生活が少しずつ見えてくると,様々なことに意欲が生まれてきます.ここで述べたことを具体的に可能にしてくれるのが環境制御装置(Environmental Control System,ECS)(図1)です.

図1 環境制御装置の構成

(注釈) 環境制御装置とは,呼気・吸気,頭や指先のわずかな動きなど利用者の残存機能を用い,身の回りの電気製品を自分の意志で自由に操作するための支援機器をいう

 筆者はコミュニケーション支援を単に人と人との間のテーマとしてのみ捉えず,人と生活環境,社会・自然・動物をも含めた関係における相互作用として捉えています(図2).当然のことながらこれは私たち誰もが置かれている環境以外の何ものでもありません.障がいのある人のコミュニケーション支援を考える時,単に人と人との間のコミュニケーションと捉えることは,対象となる人の世界を狭く捉えてしまい,全体を見失うことにもなりかねません.生活支援の一環として,コミュニケーション支援を捉えることが重要と考えます.

図2 コミュニケーション支援の範囲(概念図)
(イラスト:粟野あゆみ)


福祉用具の日新聞,シルバー産業新聞社発行,2005年10月1日

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