1.はじめに
近年,医療や福祉の現場に工学技術を基礎にしたテクノロジーが進出している.象徴的なものとしては,介護ロボットの研究開発がある.読者の皆さんはこのようなテクノロジー活用にたいしてどんな感想を持たれているであろうか.「暖か味が感じられない」,「機械に助けてもらっているということは自立したとは言えないのではないか」という思いや,一方では「人との煩わしさを考えなくて済むので意外といいかも知れない」などなど様々な感想を持たれることと思う.
実際には,介護ロボットの利用に至らないまでも,私たちの生活には様々なテクノロジーが入って来ていると同様,身体に重い障害のある人々の生活には,テクノロジー利用がすでに始まっている.
本稿では,ますます進むテクノロジー利用にたいして,私たちはどう取り組めばいいのかについて考察してみる.最終的には,人とテクノロジー利用のより良い関係を探るのが目標である.2.自立した生活って何?
私たちは幼い頃から,何でも「独りでできる」ようになるようにと教えられて育てられてきた. それができないと「早く自立しなさい」と言われ続けてきた.それが大人になるためには当たり前のことであった.もちろんのこと,何でも自分でできるということはすばらしいことなのだが,「いま何をしたら良いかが自分でわかる,決められる」とうことがもっとも大切なことなのではないだろうか.とくに重度の障害のある人の場合において,「あの人には自立生活はあり得ない」と周囲から烙印を押されてしまいがちである.「大切なことは何なのか」「何をしたいのか」「実現するためには誰にどのように依頼すればいいのか」などを自分の中で明確に捉えられることこそ自立への第一歩と考える.以下では,重度の肢体不自由がある人々を対象としたテクノロジーを例示し,人とテクノロジーのあり方に迫ってみる.
3.様々な自立を支援するテクノロジー
(1) ナースコール
ナースコールは,説明するまでもないことであるが,患者さん本人がナースを呼ぶための手段として用いられる.しかし,ナースコールには「呼ぶこと」以上の大きな意味がある.すなわち,日常的にはちょっとしたことを依頼する時に使われるが,時には身体の危急を伝える命綱としての役割がある.さらに視点を変えてみて見ると,ナースコールは患者さんおよびその介護者双方の精神面を支える役割を担っている.つまり,本人にとってナースコールがいつでも押せる状態にあるということは,いざという時にたいする安心感をもたらす.一方,介護側にとっては,特定の患者さんに四六時中意識を集中させることから解放され,その結果として意識を他に向けることができることにつながる.
さらに別の視点から見ると,高位頚髄損傷による四肢まひ者やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病患者さんにおいては,自分の意志で動かすことができる身体部位は呼気や吸気,指先のわずかな動き,あるいはまばたきなどのごくわずかな身体部位に限定されることから,ナースコールは自己の世界と外界をつなぐ唯一の接点である.別の言葉で表せば,ナースコール操作は,自己存在の証であり,また自己表現そのものである[1].原因不明の発熱が続いていた四肢まひ患者さんが,息で操作することができるナースコールが用意されたとたんに,発熱がおさまったという経験を目の当たりにしたことが何度かある.すなわちその発熱とは心理面が原因となって起こったものではないかと推察される.以上のように,ナースコールは単に人を呼ぶための役割だけではなく,利用する人々の精神状態を根底から支える役割を担っている.(2)操作スイッチとコミュニケーション機器
近年,電子工学を応用した重度障害者のための様々なコミュニケーション機器が市販されている.これらの機器を利用するためには,個々の障害の内容や状態に適合した操作スイッチの選択が大きな課題となる.とくに,進行性の神経筋疾患がある場合,操作スイッチを働かせることのできる身体部位は非常に限られる.身体部位のわずかではあるが随意的かつ再現性のある動きを見いだすための観察力が求められる.例えば,手や足の指のわずかな動き,眉毛の動きなども見逃してはいけない.図1に操作スイッチの一例を示す.ここでしばしば誤解されやすいのは,たとえ指先がわずかに動いたとしても,一般的な電気製品のスイッチは押せないではないかという考えである.これにたいしては,むしろ一般的なスイッチを思い浮かべるのではなく,個々の身体状況にあわせたスイッチを用意するのが基本的な考え方である.最近では,国内メーカの製品以外に,海外製品も入手可能になっている.対象者の残存機能と利用目的に合った製品を選ぶことが必要になる[2].
図1 操作スイッチの一例
掌に巻き付けたスイッチで呼びリン,テレビの電源,チャンネル選択を行う(3)コミュニケーション・エイド
市販のパソコン上で専用ソフトを実行させることでコミュニケーション・エイドとして利用することができる(図2).パソコンの画面上には文字盤が表示される.操作スイッチから信号が入力されると,ある一定の時間間隔でカーソルが移動し,行と列の組み合わせで目的の文字を選択することができる.そのほか,障害の状況にあわせて,様々な入力手段を選択できる.コミュニケーション・エイドのおもな利用目的としては,日記や手紙を書くなどに用いられるが,介護者などにたいする感情表現や依頼事などを伝えるのに用いられることもある.先に紹介した透明文字盤とここで紹介したパソコンを利用したコミュニケーション・エイドとの大きな違いは,前者が受身的発信であるのに対し,後者は能動的発信であることである.
図2 コミュニケーション・エイドの一例
1個の操作スイッチだけで文字を選択し文章を作成できる(4)環境制御装置[3]
ナースコールや身の回りの電気製品を自らの意志で自由に操作するための装置である.(図3)おもな接続機器としては,呼び鈴,テレビ(電源の入切,音量調整,チャンネル選択),コミュニケーション・エイド,電話機,照明器具などである.本人がどんな生活を希望しているのか,家庭でどんな役割を持ちたいと考えているのか,経済的な支援が受けられるのかどうか,などの情報をもとに機器構成を考えていく必要がある.
図3 環境制御装置の基本構成
残存機能を最大限に活用し,身の回りの電気製品を自分の意志で操作できる(5)障害者用電話機[4]
図4は,一見すると何の変哲もない電話機であるが,障害がある人の利用に対する様々な工夫が盛り込んである.重度脳性まひなどにより指先が震えてしまい通常の電話機のボタン操作が困難な人でも操作しやすいように,一つ一つのダイヤルボタンが電話機表面からわずかに凹んだ位置に設計してある.また足指での操作も可能なように,ボタンスイッチの大きさ,ボタン間の距離などが配慮してある.また,障害に合わせた操作スイッチを接続することで,1個のスイッチを操作するだけで,かかってきた電話に出ることはもちろん,好きなところへ電話をかけることができる.電話機本体にはスピーカーホン機能を内蔵しているため,送受話器を手にもたず,会話することができる(図5).
図4 障害者用電話機の一例
シルバーホンふれあいS(NTT)
図5 障害者用電話機の操作風景
掌の操作スイッチを操作することで,かかってきた電話を受ける,電話をかけることができる
以上,テクノロジーを利用した生活支援機器の一端を紹介したが,以下ではそれらの機器を実際に活用している事例を2つ紹介する.4.ケーススタディ
(1)Aさんの場合
浴室での転倒事故により頚髄損傷による四肢マヒの後遺症がある60歳代前半のAさんに,息で操作することができる操作スイッチを供給した.(図6)口元のチューブに軽く息を吹き込むことでテレビの電源のオンオフができる.また,チューブを口にくわえ軽く吸うことでテレビの選局ができる.シンプルな機器ではあるが,実際に適用するまでには,紆余曲折があった.Aさんは受傷後,病院での治療と帰宅のための訓練を受けて退院したものの,数年間何もしないまま天井を見て生活をされていた.この状況を改善したいという保健士の要請に基づき在宅訪問を行った.しかし,Aさんから発せられた言葉は「何も困ってはいない.サービスは要らない」であった.その後も根気よく訪問を重ねコミュニケーションを繰り返す中で,テレビの野球観戦が楽しみであることがわかった.今回が訪問の最終回という日に保健士から再度ニーズの確認をしたが「とくにない」という反応であったが敢えて強引に聞き出したのが「テレビのチャンネルを替えること」であった.それにたいして保健士の「奥さんを呼んで替えてもらったらいいじゃない」の言葉に対して本人からは「こんな身体になってしまい申し訳ない」の一言が返された.1週間後に届けたのが前述の操作スイッチである.テレビを操作しながら本人の表情が少し緩んだことを著者は見逃さなかった.それまで「サービスは一切要らない」と私たちの訪問すら拒否されていたAさんであったが,このときをきっかけとして私たちを受け入れてくださった.「自分できること」が塞ぎ込んでいた人の気持ちを開かせさらに前進させてくれることを感じた瞬間であった.
図6 息操作によるテレビ操作
口にくわえたチューブに息を吹き込むことや吸うことでテレビ電源のオンオフやチャンネルの選局ができる.(2) Bさんの場合
次に,60歳代後半のALS患者であるBさんの朝の生活の一場面を紹介する.彼が自分の意志で動かせる身体部位は右手の人差指が数ミリ程度である.自発的な呼吸が困難なため,気管切開をし,人工呼吸器を装着している.彼の日常生活は毎朝6時に目を覚ますことから始まる.奥さんは,連日深夜にまでおよぶ介護疲れから,まだこの時刻には目を覚ましてはいない.
彼は環境制御装置を用い,指先に取り付けたスイッチを数回操作しテレビの電源を入れ,チャンネルを選択し,朝のニュース番組を30分間ほど見る.その後,テレビをいったん消し,コミュニケーション・エイドの電源を入れ,文章を作成する.彼は,発病から現在に至るまでの状況を詳細に記録している.1時間ほど文書作成作業をした後,文書を保存し,コミュニケーション・エイドの電源を切る.再び,テレビの電源を入れ,好みのチャンネルを選択し,朝の番組を楽しむ.ちょうどその頃,彼の奥さんが「おはよう」と顔を見せる.時刻はおよそ7時30分である.
ここでは生活そのものが営まれていることがわかる.誰が決めるのでもなく,彼自身による彼自身のための生活である.そしてついに一冊の闘病記を完成させた.その後,病状がさらに進行し指先がほとんど動かなくなり,最終的には額にスイッチを貼り付け眉毛を動かすことでスイッチを操作した.彼は亡くなる寸前までそれまでの生活の流れを変えようとはされなかった.生活の流れの中にあることが彼の生きている証であったように思える.5.今後の課題
患者さん自身の自立のための機器を病棟に持ち込もうとする場合,業務量が増えるのではないかという懸念から看護側の反対の声が上がることがある.しかし.無理をお願いし,なんとか機器を導入できたような場合,その後の患者さんの表情が明るくなり,「看護の苦労もすべて吹き飛んでしまった」という声をしばしば耳にすることがある.
確かに,病棟は医療の場であることには違いないが,とくに長期療養する人々にとっては生活の場でもあるはずである.人が人として認められて生きていくためには,人としての生活が保障されることが重要である.生活を支援するための道具にもっと目を向けていただきたい[5].
もしあなたが「機器の扱いは苦手だから」と言っても,逃げないでいただきたい.そのためには,まず機器を正しく知ること,その近道は,福祉機器の展示場や展示会などを活用するとよい.その際,頭だけで分かったつもりになることなく,必ず自分で試してみることである.担当している患者さんの状況を頭に思い浮かべながら試していただきたい.最初のうちは,うまく使えずいらいらしてしまうかも知れないが,徐々に使えるようになる.すると,自分でできることがいかに素晴らしいことかが身をもって分かるようになる.そうしている内に,患者さんの世界が少しずつ見えてきて,その人の気持ちに少しでも近づくことができる.筆者は対象者を捉える3つの視点があると考えている(図7).すなわち第一の視点は観察者としての視点である.対象者の全体像を客観的に捉える上で重要である.二番目に,対話者としての視点である.対象者個々人に合わせたきめの細かいサービスをする上でとても大切な視点である.三番目に,共感者としての視点である,医療従事者は患者さんを医療の対象として捉えることは当然のことではあるが,一方で私たちと同じ生活者として捉えることは少ないのではないか.患者さんの気持ちや世界にどこまで接近することができるかどうかは大きな課題である.
本稿では重度の肢体不自由がある人を対象とした自立支援のためのテクノロジーを中心に紹介したが,今後ますます重要になってくるテーマとしては認知面での自立支援のテーマがある.「何かしなければいけなかったがそれが思い出せない」「薬を飲むのを忘れてしまった」「金銭管理ができない」などの日常生活のちょっとしたことを支援してくれるテクノロジーである.
一方,支援技術者の養成であるが,工学系については福祉工学科を設置する大学が増えつつある.ここでの課題は,卒後の就職先をいかに確保できるかである.病院やリハビリテーションセンター,さらに一般の企業などで福祉マインドを持った工学技術者が活躍できるようになる日が来ることを切に望むものである.看護医療系においても支援技術に対する関心は高まっており,看護師,作業療法士,理学療法士,言語療法士などの養成課程においても支援技術に関連した講座が増えつつある.
「観察者」の視点 「対話者」の視点
「共感者」の視点
図7 対象者を捉える3つの視点
(イラスト 粟野あゆみ)6.おわりに
冒頭で述べたように私たちの生活の中には否応なくテクノロジーが入り込んできている.しかし,それを使うか使わないかは患者さん自身が自分で決める,すなわち自己選択・自己決定が重要である.しかし実際には,当事者自らがそれを行うことは非常に難しいことである.私たち支援者はそれが少しでもスムースに行えるように,テクノロジー利用に対する正しい知識やノウハウを持ち,さらにテクノロジー利用は単に使って便利というだけでなく,人と人とを関係付けさせるためのたいへん重要な役割を担っているのだという認識を持つ必要があるように考える.
参考文献
[1]畠山卓朗,小島 操,轟木敏秀,春日正男:ナースコールにおける人間性の回復,第12回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp.297-300 (1997)
[2]畠山卓朗:コミュニケーション支援機器の適応,総合リハビリテーション,Vol.30,No.11,pp.1323-1327(2002)
[3]畠山卓朗:環境制御装置 -機種と適応-,脊椎脊髄ジャーナル,Vol. 4,No. 5,pp.367-371 (1991)
[4]畠山卓朗,田中理,飯島浩,市川洌,川上博久,内山幸久,上村数洋:障害者にやさしい電話機 -「ふれあいS」の仕様作成に参加して-,第6回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp.445-448 (1991.8)
[5]畠山卓朗:神経疾患に対するコミュニケーション機器について,聴能言語学研究,Vol. 12,No. 3,pp.183-187 (1995)
[5]畠山卓朗,轟木敏秀:重度身体障害者のための生活環境インタフェース-1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置の開発-,第12回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム前刷集,pp.139-144 (1996)
[6]畠山卓朗:認知面への自立支援 -スウェーデンで見たこと感じたこと-,リハビリテーション・エンジニアリング,Vol. 12 No.1,pp.72-74 (1997)
畠山卓朗:自立支援のためのテクノロジー活用と今後の課題,Quality Nursing,Vol.9, No.9,pp.10-15(2003.9)
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