神経筋疾患患者の生き甲斐追求のための支援技術 横浜市総合リハビリテーションセンター 畠山卓朗
筑波技術短期大学 岡本 明
宇都宮大学工学部情報工学科 鎌田一雄,春日正男1.はじめに
医学の長足の進歩により,人工呼吸器を常時使用する必要がある筋萎縮性側索症(Amyotorophic Lateral Sclerosis:ALS)や進行性筋ジストロフィー症(Progressive Muscular Dystrophy)など神経筋疾患患者の長期間にわたる療養が可能となった.しかし,運動神経が徐々に機能しなくなっていくことから,ターミナル段階においては多くの神経筋疾患患者は,自分ではほとんど何もできないまま,一日の大半をベッド上で過ごすことを余儀なくされた状態になる.また,他者に対しては意志の伝達が困難な状態になる.
本文では,横浜市における在宅訪問サービスにおける経験を踏まえ,神経筋疾患患者の日常生活における機器の果たす役割を考察し工学が果たすべき役割と今後の方向性について述べる.2.神経筋疾患患者の現状と課題
近年では,人工呼吸器を装着し在宅で生活する患者が増えつつある.ここで,在宅生活を営む上での,主な介護者は家族とくに患者の配偶者である.在宅生活は病院生活に較べて,患者の精神面にとって良い効果をもたらすことは言うまでもないことであるが,介護者の身体的精神的負担は大きくなる.一方,在宅あるいは入院のいずれにしても,このような状況にある患者は,重度のコミュニケーション障害を併せ持つことが多い.さらに大きな問題は,病状の劇的な変化である.この問題は患者自身のみならず介護者にとっても,その変化の速さにどう対処して良いのかわからず,精神的に大きな混乱を生じさせる.3.コミュニケーションの定義
人間社会は,本人,家族,他人,他人の集団(社会),そして自然環境などから構成される.佐伯1)は,人間社会にとってメディアとは何かを説明する中で,3つの要素をあげている.すなわち,「I-world(一人称世界)」「You-world(二人称世界)」「They-world(三人称世界)」であり,メディアは個々の世界をつなぐための役割をしていることを明らかにした.一方,本文で対象としているような神経筋疾患患者においては,病状の進行とともに徐々に世界は狭められ「They-world」との相互作用はほとんど無くなり,やがて「You-world」,時には「I-world」のみ,つまり家族との交渉もない状態に置かれることとなる.しかし,生活支援機器をうまく活用することでこれらの人々の世界を「They-world」まで拡げることができる可能性があると考える.図1 広義のコミュニケーション 4.日常生活状態の類型化
4.1 患者の状況と利用支援機器に関する調査
横浜市では1989年4月から1999年3月の10年間に34名のALS患者に対して,80の支援機器を供給して来た.表1に患者の身体状況と供給された支援機器の関係を示す2).ここでは,日常生活活動の場面を表に示すように5つに分類することとする.「状態5」の患者は補助具を何も使用せずに伝い歩きを行うことが出来る,あるいは歩行器など簡単な補助器具を用いた状態で歩行が出来る.「状態4」の患者は一日に椅子に3時間以上座って生活することが出来る.「状態3」の患者は一日に椅子に3時間以下なら座ることが出来る.「状態2」の患者はベッド上で30分以上の時間,座位姿勢をとることが出来る.最後に,「状態1」の患者は一日の大半の時間をベッド上で仰臥位(仰向け姿勢)で過ごす.なお,「状態1」の患者のほとんどが気管切開を行い人工呼吸器を装着している.
次に,個々の患者における生活支援機器の導入効果を判定するために患者の身体的および精神的自立性,介護者の身体的および精神的負担度の軽減性に着目し,機器支援スタッフの協力を受けて機器導入が効果的であったかどうかについて5段階評価によるアンケートを実施した.アンケートは,「段階5」の「たいへん効果的であった」に始まり「段階1」は「効果はほとんど無かった」である.4.2 分析結果
表1から全体の50%の人々が「状態2」あるいは「状態1」からサービスを受けているが,これらの人々のうち82%の人々において機器導入が効果的であったという結果が出ている.このことから,可能な限り早い時期すなわち「状態5」「状態4」から患者に関与することで,機器導入がより効果的に活用できると考える.
次に,相談開始から機器導入が完了するまでに要した期間が平均5.8ヶ月であり,たいへん多くの時間を必要としている.この理由としてはサービス開始直後においても患者の病状が常に進行し,病状に合わせた入力インタフェースの調整作業が必要となり時には機器構成の全体の仕様変更が必要になることなどがあげられる.また,患者の病状が安定するまでサービスを中止し待機状態となることもしばしば起こる.一方で,生活支援機器の活用を効果的に行うためには常に患者の病状に合った入力装置に関して時宜を得た援助ができるかどうかにかかっている.
表1から,「呼び鈴」はほとんどの患者にとって欠くことができない生活支援機器になっていることが分かる.「呼び鈴」は患者の「生命線」という意味だけではなく患者および家族の双方にとっての「安心感」という意味合いが強い.次に「意思伝達装置」であるが,患者全体の半数が導入している.しかし,病状が重いために,導入したものの常に活用している人はごく少数に限られているのが実態である.「テレビ」は,患者にとって娯楽の要素だけではなく外界からの情報源と位置付けられている.「電話」は患者にとっては外界との接触点という意味でたいへん大きな意味を持ち関心も高いが,病状が進んだ状態では気管切開により発声が困難な場合が多く導入されるケースは多くない.「電動ベッド」に対しても自立操作を望むニーズがしばしば出されるものの,電動ベッドの背の上下動作に伴い呼吸器チューブが脱落する恐れがあり,それが生命の危機に直結することから実際に導入に至るケースは少ない.読書を支援するための「ページめくり機」はテレビ操作と並んでたいへん関心が高い項目ではあるが,機器そのものの価格が高いことや公的助成の対象に入っていないことから導入されるケースが少ない.「テレビ」や「電話」を除くほとんどの生活支援機器は,おもに「You-world」にアクセスするための機器と言うことが出来よう.その意味で,わずかな患者が「They-world」にアクセスしていることを除くとほとんどの患者が「You-world」に留まっていると言うことができ,この状況は今後改善すべき課題である.
表1 機器導入を行ったALS患者の生活場面の特徴の変化と導入機器
5.進行性疾患患者への取り組み姿勢
図2に進行性疾患患者のための生活支援機器が果たす役割を概念図として示す2).図の横幅が患者の生活の幅(生活の広がり度合い)を示している.病状が進行するに従い生活の幅がますます狭まっていくこととなる.つまり活動の度合いが低くなる.終末期(ターミナル段階)にある患者に対しては,医療側からみた場合,生命維持がもっとも主要な課題となる.一方,患者側から見た場合,まさに「I-world」すなわち自己の世界のみに置かれた存在となり,外界との相互作用をまったく行うことができない.この状態は人間としての尊厳が保たれているとは言い難い状況にある3).
しかし,個々の人に適した生活支援機器を導入することで生命維持の段階「I-world」から一歩踏み出し日常生活において可能な限り自立した生活を送ることができるようになり,生活に自信が生まれることで遊びや創作活動などに取り組んだりできるようになる.これは「You-world」へのアクセスである.さらに活動度が上がることで社会参加活動「They-world」にまで発展できる可能性がある2)4).
今後,神経筋疾患患者の生活圏を拡大するための様々な生活支援機器開発に取り組む必要性を感じている.
図2 生活支援機器が果たす役割概念図 2)謝辞
本稿をまとめるにあたり,多くのことをご教示いただいた故 轟木敏秀氏,故 対馬豊二氏,立石郁雄氏,国立療養所南九州病院長 福永秀敏氏に,深謝いたします.また,データ収集に協力いただいた横浜市総合リハビリテーションセンター 畠中規,上野忠浩の両氏に心よりお礼申し上げます.参考文献
1) 佐伯胖:「学ぶ」ということの意味,岩波書店,1995
2) Takuro Hatakeyama, Akira Okamoto, Kazuo Kamata, Masao Kasuga:Assistive Technology for People with Amyotrophic Lateral Sclerosis in Japan: Present Status, Analysis of Problem and Proposal for the Future, The Journal of Technology and Disabilities, Vol.13,No.1,pp.9-15,2001
3) 畠山卓朗,小島 操,轟木敏秀,春日正男:ナースコールにおける人間性の回復,第12回リハ工学カンファレンス講演論文集,pp.297-300 ,1997
4) 畠山卓朗,轟木敏秀:重度身体障害者のための生活環境インタフェース-1入力操作方式電動ミラー・コントロール装置の開発-,第12回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム前刷集,pp.139-144 ,1996
第16回リハ工学カンファレンス(岡山)にて発表