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聴覚障害者のための情報環境

−情報関連機器を中心に−

畠山卓朗

Key Words: 聴覚障害,日常生活,情報機器,情報環境

読者からのご意見(文末)


1.はじめに
 私たちの日常生活には様々な情報が満ちあふれている.それらの情報は,視覚だけでなく聴覚からも与えられる.駅のホームで流されるアナウンス,カーラジオから流れる交通情報,電話を利用したテレホンサービスなどがその一例である.しかし,聴覚に障害をもつ人にとっては,それらの情報をうまく利用することは困難である.この点において,「聴覚障害者=情報障害者」と言うことができよう.
 近年のエレクトロニクス技術の長足の進歩により,聴覚に障害をもつ人々をとりまく情報環境に大きな変化が生まれつつある.急速に普及しているパソコン通信などはその一例であり,聴覚障害者がパソコン通信を利用する上での障害はまったくない.本稿では最新の情報関連機器を中心に紹介し,それらの機器が聴覚障害者の生活にどのような変化を与えようとしているかを解説する.ただし,筆者は補聴器および手話通訳などの情報保障手段に関しては門外漢であるため,ここでは触れることができないことをあらかじめお断りしておく.

2.聴覚障害者がかかえる日常生活の不便さ
 聴覚障害者の日常生活に目をやると,そこには様々な不便さが見えてくる.
 職場などで同僚から声をかけられても,背中を叩かれない限り,気が付くことができない.銀行や役所などの窓口で順番待ちしている時など,呼び出しがかかってもわからない時があり,後回しされることもよくある.地震情報などのニュース速報がテレビで流されても,画面を見るまでは気が付くことができない.昨年,阪神で起きた大震災でも,聴覚障害者にとってわずかな情報源であるNHK教育テレビの「手話ニュース」すら奪われたという現実がある.
 また,聴覚障害者の日常生活に欠かせないファクシミリについても様々な問題がある.ファックスを送ったのだが,果たして相手がちゃんと受け取ったのかどうかがわからない.通常の電話のような同時双方向性の会話の楽しみがない.
 不意に降り出した雨に,駅の公衆電話から家に電話をかけ,傘を持ってきてもらうというような場面を思い浮かべていただきたい.テレホンカードの残り度数表示が一つ減ったのを確認した後,一方的に用件をしゃべり,電話の送受話器をガチャンとおろすという方法を用いることもあるという.果たしてうまく相手に伝わったかどうかわからないままずっと待ち続け,最悪の場合は濡れたまま家に帰るという話を耳にする.
 講演会などで手話通訳が用意される機会は徐々に増えてきてはいるが,手話を理解することができない高齢の難聴者も増加している.1)(この問題については,筆記通訳者により熱心な取り組みがなされている)
 その他,日常生活における不便さは枚挙にいとまがない.
 これらのことは,単に「不便さ」ということばだけでは済まされなく,人間が生きていく上で必要な情報が「保障されていない」といっても過言ではなかろう.

3.どんな情報機器があるのか?
 ここでは市販の機器の中からいくつかを紹介する.
3.1 無線呼び出し器
 送信機の押しボタンスイッチの操作により無線で信号を送り,受信器側では振動により合図を知ることができる装置がある.(図1)電波の到達距離は微弱電波を使用しているため15メートル程度である(但し,建物の構造により電波の到達距離が異なる).銀行や役所の窓口などで利用すると便利である.また,家庭内における連絡などでも利用できる.ある一方から他方へのみ信号を送る単方向の機種と,双方から信号を送ることができるという双方向の機種の2種類がある.
海外のホテルの一部においては,聴覚障害をもつ宿泊客に信号装置をセットにしたキットを無料で貸し出すサービスが始まっているようである.ドアノックや非常時の連絡には欠かせない機器である.

図1 「振動式無線呼出器」の一例

3.2 見えるラジオ
 音声だけではなく,文字情報を受信できる携帯型ラジオがある.(図2)本体に内蔵された液晶ディスプレイにFM放送局から送られる文字情報を表示する.これはFM電波のすきまを利用して文字情報を送るものである.
 文字情報の内容はニュース,天気情報,交通情報,レジャー情報などが提供されている.また,ラジオの電源がOFFになっている場合でも,放送局が独自に流す緊急情報(事故や災害情報など)を自動的にキャッチし表示する機能を有している.ただし,電波の受信状況によっては文字情報をうまくキャッチすることができないこと,たとえ受信できたとしても,警報音でしらせることから聴覚障害者には伝わり難いこと,受信可能な地域が限定されることなどを十分理解しておく必要がある.

図2 「見えるラジオ」の一例

3.3 文字放送デコーダ
 家庭用のテレビに接続するだけで,文字放送や字幕付きの番組を見ることができるデコーダ(変換装置)が市販されている.また,新たにテレビを購入する場合には,文字放送デコーダを内蔵した機種もある.これらはテレビ電波のすきまを利用して文字情報を送るものである.
 情報の内容はニュース,天気,経済,交通,レジャー,生活,地域などである.
 さらに,一般の番組やドラマを字幕付きで楽しむこともできる.ただし,字幕付きの番組自体の数がまだまだ少ないのが実状である.ある新聞記事によれば,「番組の多い関東エリアでさえ,NHK・民放合わせて週20時間余.全体の2%にすぎない.アメリカではプライムタイム(午後7時〜11時),全国ニュース,子供番組のすべてが字幕付き.時間にして週延べ500時間を越す.」2)なお,現在,NHKで放送されるドラマには原則的にはすべて字幕がつくようになっているとのことである.

3.4 無線方式手書き文字通信機
 外出先から無線でファックスを送ったり,相手からのメッセージを受け取ったりすることができたらどんなに便利なことだろうか.図3に示す手書き文字通信機は,本体に付属の液晶ディスプレイに付属のペンで手書きした内容を,同じ通信機に送ったり,市販のファクシミリに送信することができる.また,相手側に同じ通信機があれば,相手側からの情報を受け取ることも可能である.また,あらかじめ内蔵したメッセージをメニュー選択することで簡単に送ることもできる.ただし,無線回線を接続したまま同時に双方向で会話することはできない.メッセージの着信時には,電子音とランプの点滅でわかるが,聴覚障害者の利用にあったっては,オプションの振動呼び出し機の利用が必須である.なお,通信可能な地域が関東の一部(国道16号線の内側のみ)に限定されている.(1995年10月現在)

図3 「無線方式手書き文字通信機」の一例

3.5 リアルタイム筆談通信機
 電話回線を介して,手書き文字(あるいは絵)による双方向会話を可能にする通信装置が市販されている.(図4)液晶ディスプレイの表面に付属のペンで書いた内容が電話回線を通じてそのまま相手の機器に表示される.相手が手書きした内容もすぐさまこちらの画面に表示される.さらに,同時に双方から記入することも可能である.これを試した聴覚障害者は,「電話による会話の楽しみが,はじめて理解することができた」と高く評価している.着信時は本体に付属の着信ランプが点滅するが確認しにくいため,オプションのフラッシュベル(ストロボによる光の点滅)あるいは無線のバイブレータが必要である.
 この装置には留守番機能が内蔵されているのが特長である.外出する際は,外出モードにセットし,留守番メッセージを手書きしておく.(例えば,「ただいま留守にしております.後ほど連絡しますので...」)同じ装置から電話がかかると,登録した手書きの留守番メッセージを自動的に相手に送るとともに,相手からの手書きの伝言メッセージを受信し内蔵のメモリに記録する.帰宅後は,そのメッセージを再生して読むことができるというものである.この留守番機能は,聴覚障害者の生活にまったく新しい機能を付加するものである.
 なお,この装置にはAC100V電源を必要とするため,公衆電話などでの利用は困難であり家庭や職場などのACコンセントのある場所での利用に限定される.

図4 「リアルタイム筆談通信機」の一例

3.6 携帯型リアルタイム筆談通信機
 外出先などへ携帯して利用可能な手書き文字双方向会話のための携帯型通信装置が市販されている.(図5)本体の大きさはシステム手帳サイズほどである.利用場面としては,外出先のNTTのISDN公衆電話(アナログ方式のモジュラージャックが付いたもの)から職場や家庭に設置された同装置あるいは据置型の機種との間で会話する例がある.また,会議などの場面で,近距離間通信したいという場合は,ケーブルで機器同士を直接に接続したり,赤外線による無線通信も可能である.さらに,手書きした内容を通常のファクシミリに送信することもできる.また,将来はデジタル方式の携帯電話との組み合わせも考えられており,移動しながらの利用も可能になろう.

図5 「携帯型リアルタイム筆談通信機」の一例

3.7 筆記通訳支援システム
 講演会などで,講演内容を聴覚障害者に伝達するOHP筆記通訳(要約筆記と呼ばれることもある)を目にされた方も多いと思う.OHP上におかれた透明ロールシートにフェルトペンなどを用いて講演内容を次々に記入しスクリーンなどに投影していく方法である.作業者はOHPの強い光の真下で作業を行うことから,まぶしい,熱い,無理な作業姿勢を強いられるなど様々な問題を抱えている.この問題を少しでも軽減するために,著者らのグループは新たなシステムを開発した.3)2台のペンコンピュータをケーブルで接続し,それぞれに筆記通訳者を1名づつ配置する.それぞれの筆記通訳者は液晶ディスプレイ内蔵のペンコンピュータの画面に専用のペンで講演内容を手書きする.(図6)手書きした内容は他方の筆記者の画面にすぐさま反映される.すなわち2名の筆記通訳者が共同して1枚の画面の内容を作成していくわけである.この装置の出現により,作業者の作業負担が軽減できるだけでなく,サービスを受ける側の聴覚障害者においても,筆記者の手の影が映らずスクリーンが見易くなったという評価が与えられている.しかし,筆記者の養成や派遣システムの確立など取り組むべき課題は多い.

図6  筆記通訳支援システムの操作風景

3.8 その他の便利な道具
 設定した時刻をアラーム音ではなくバイブレータ(振動)により伝えることができる腕時計が市販されている.(図7)健聴者においても,会議中などにアラーム音を出せないといった場面で便利であろう.
 また,メッセージを表示できるポケットベルにもバイブレータ付きの機種があり,外出先の聴覚障害者への急ぎの連絡にはたいへん便利であろう.

図7 「振動式アラーム腕時計」の一例

4.今後の課題
 筆談通信機については現時点で数社から市販されており,今後その数は増加することが予想される.しかし,各社間でデータ通信および表示の仕様がバラバラであり,機器間の互換性がないのが実状である.すなわち,A社の製品とB社の製品の間では通信ができないのである.こアの状態は,利用者にとって不利益以外のなにものでもない.技術進歩を妨げない範囲で互換性の確保が早急になされる必要がある.
 今回紹介した機器のいくつかは,すでに公的給付の対象となっているが,自治体により資金援助の内容に差がある.新しい機器が次々と生まれる中で,制度自体が追いついていないのが現状である.必要とする人に必要な機器が手渡されるための機器供給システムの早期の確立が望まれる.
 21世紀の比較的早い時期には各家庭に光ファイバーケーブルが敷設される計画もある.それにより,動画像によるテレビ電話も夢ではなくなり,聴覚障害者の情報伝達手段に大きな変革をもたらすことが予想される.また現在,音声認識技術を利用した音声変換文字表示装置の研究開発がメーカを中心に進められており,使い方によっては有効な情報保障手段となるのではないかと高い関心が寄せられている.

5.おわりに
 今後,わが国は高齢化がますます進み,生活の様々な場面で不便さを感じる人の数も増えていくであろう.
 それとともに機器の果たせる役割もそれなりに大きくなってくる.今回紹介した聴覚障害者のための機器はあくまでもその一部に過ぎない.
 誰もが快適に暮らせる環境の実現をめざして,様々な取り組みがなされることを期待したい.一方で,機器の問題だけではなく,身近な人の理解と協力の必要性のあることを忘れてはならない.

謝辞:最後に,貴重な助言や資料を提供していただいた障害者スポーツ文化センター横浜ラポールの佐藤俊英氏,海老塚一浩氏,古川鈴子氏,横浜市聴覚障害者協会の井上良貞氏に深く感謝いたします.

参考文献
1)朝日新聞記事:高齢の難聴者「受難」,1993年4月16日
2)朝日新聞記事:文字放送用デコーダが付きます・聴覚障害者に国の補助で自治体が支給,1994年8月5日
3)畠山卓朗・他:聴覚障害者のための筆記通訳支援システムの開発,第10回ヒューマン・インタフェース・シンポジウム論文集,363-368,1994


連絡先リスト
■無線呼び出し器
商品名:合図くんII(単方向),合図くんIII(双方向)
■見えるラジオ
商品名:RF−VR100(パナソニック製),MR−1(カシオ製)など
■文字放送デコーダ【電気製品メーカー各社より】
■無線方式手書き文字通信機
商品名:携帯用文字電話 メサージュ(日本シティメディア製)
■振動アラーム付き腕時計
商品名:ブルブル(ナショナル製)など
以上,5点とも
連絡先:(株)ワールドパイオニア 
    〒164 東京都中野区中野2-29-15-308
    FAX:(03)3229-2277 TEL:(03)3229-2282

■リアルタイム筆談通信機,携帯型リアルタイム筆談通信機
商品名:ライトーク筆談機,ライトーク・パーム筆談機(携帯型)
以上,2点とも
連絡先:(株)鈴木製作所
    〒312 茨城県ひたちなか市足崎1476
    FAX:(029)265-5005 TEL:(029)264-2110

■携帯型リアルタイム筆談通信機
商品名:携帯型筆談通信端末<イーコット・ハンディ>(テレボイス製)
連絡先:日本電気三栄(株) 情報機器販売推進本部 ECOT係
    〒113 東京都文京区本郷3-42-6(NKDビル)
    FAX:(03)5684-1422 TEL:(03)5484-1421

■筆記通訳支援システム
連絡先:(株)ワコム 電子機器事業部
    〒171 東京都豊島区池袋2-47-5
    FAX:(03)3985-7934 TEL:(03)3985-7935

(1995年11月)


読者からのご意見

2000.5.28 東京都内ろう学校教諭 M.Iさんより
 1章の中の上から7行目あたり・・・急速に普及しているパソコン通信などはその一例であり,聴覚障害者がパソコン通信を利用する上での障害はまったくない。・・・という記述ですが,聴覚障害者と一口に言っても色々なんですね。・・・(中略)・・・これって,簡単には言えないと思うんです。聴覚障害=手話 というイメージもなんとなくあるように思いますが,この件については,畠山さんも指摘して下さっているように,色々あるわけです。これと同じように,聾学校にいると,文字とか文章を自由自在に使いこなせるような生徒は,むしろ少数派なんですね。これは伝聞情報ですが,大人の方の場合も,似たような状況はあると伺ったこともあります。・・・(後略)

畠山:ご指摘のとおりだと思います.機器や道具以外の部分にも問題があることをきちんと記述すべきでした.
   貴重なご意見をありがとうございました. m(__)m

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