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以下は,1998年7月31日 全国肢体不自由教育研究大会セミナーにおける講演記録です

「テクニカルエイド・サービスの実際」

−コミュニケーション機器を中心に−

畠山 卓朗


 テクニカルエイドとは,障害を持つ人が自立した生活を送ったり,介護者の介護負担を軽減することを目的とした機器の総称です.同じ意味を持つ言葉として,福祉用具,福祉機器,補助器具などがあります.
 ここでは,おもにコミュニケーションエイドに的を絞ってお話させていただきます.私自身は,どちらかと言えば,大人や高齢者に関わることが多いです.今日のお話は,それらの人々に関することが中心となりますが,お子さんにも応用できることや何かヒントにつながることがあると思います.

 皆さんは,「ピングー」というクレイメーション(粘土で作ったアニメーション)をご覧になったことがありますか.このアニメに登場する動物たちは,ピングウィシュという言葉をしゃべります.実はどこにもない言葉なのですが,不思議としゃべっていることの内容が良く伝わってきます.とくに子供たちには素直に伝わるようです.すなわち,言葉の抑揚や動物たちの表情,場面設定などすべてを総動員して,見ている私たちに語りかけてくるのです.要するに,気持が伝わることが大切なのであって,必ずしも言葉になっていなくても良い訳です.
 最近,北米や欧米でAACという言葉が使われています.AACは代替・拡大コミュニケーションと訳されます.その人の持つ能力をうまく活用して,様々な道具や手法を用いながらより豊かなコミュニケーションをとれるようにするというものです.
 私たちは,どうしても言葉に最終的な解答を求めようとしますが,子供自身の全体像を見ることを怠りがちです.

 今日の話の中では,「インタフェース」という言葉がしばしば出てきます.「インタフェース」という言葉の語源は,「イン」すなわち「〜の中に」,「フェース」すなわち「顔」ですから,まとめると「顔と顔の中間にあるもの」,すなわち「身振り」とか「表情」そして「言葉」などがそれにあたります.
 障害を持つ人の前には,しばしば「高い壁がある」とか「深い溝が横たわっている」と言われます.高い壁や深い溝の向こうに何があるかというと,私たちが普段何気なく使っている道具や,生活している社会です.障害を持つ人にとって,それらにアクセスすることはたいへんな苦労が伴います.では,どうしたら,もっと楽にアクセスすることができるかといいますと,そこに「橋」を架ければよいわけです.しばしば,「インタフェース」を「橋渡し役」という意味で使います.

 コミュニケーションのイメージは,「人と人が対話する」という場面が真っ先に頭に浮かびますね.利用者へのサービスにおいても,文字盤が基本となります.直接,文字盤を指さすことができる人の場合は,50音の文字盤を利用できます.但し,指差しのタイミングが一定でない場合,読みとる方もたいへんです.ここでは,本人すなわち発信側の機能の問題だけではなく,実は,読みとる側,すなわち受信側の問題があります.つまり,何とか相手の気持ちを読みとりたいとする気持がなければコミュニケーション自体が成立しませんし,1文字2文字指差した時点で,「言いたいことはこれでしょう」と先読みしてしまう場合がある.実は,本人は別のことを伝えたい場合もあるのです.人によっては最後まで読みとってもらいたいという人もいます.このように,文字盤一つとっても様々なポイントがあります.


 つぎに,生活の中でもう少し効率良く伝えたい場合などは,メッセージボードを利用します.利用者は文字を一つずつ指し示す必要はなく,メッセージを直接指差せば良い訳ですから,例えばお願い事などをストレートに伝えられます.生活場面に合わせて,複数のボードを用意することも大切です.


 さらに,障害が重度の場合,例えば,眼球しか動かせない人の場合は,アイコンタクトと呼ばれる方法を用います.透明なアクリル板に文字や絵を貼り付けておき,言いたいものを見つめてもらい,介護者と本人の視線が一致したところが伝えたい文字やメッセージです.


 以上,とくに機器を使わなくてもコミュニケーションできる方法をご紹介しました.

 ここまででは,「人と人とのコミュニケーション」についてお話ししましたが,私はもう少し広い範囲のコミュニケーションが大切なのではないかと考えます.すなわち,人と人,人と生活環境,人と社会,さらには自然や動物など,人を取り巻く様々なものとのコミュニケーションがあると思います.とかく,障害をもつ人のコミュニケーションを,狭い範囲の中で捉えてしまいがちですが,より広い範囲でとらえることで,障害をもつ人たちの生活の幅が増えてくると考えます.

 重度の肢体不自由がある人が機器を使うには,操作スイッチがたいへん重要です.私たちは利用者の方の体の状態を隈無く見せていただき,疲れが少なく,安定して動く身体部位を見つけるための努力をします.例えば,息を吹いたり吸ったり,首を左右に振ったり,肩の上下,肘,手,手の指先,膝,かかと,爪先,額の動き,瞬きなどが利用できます.将来的には,眼球運動や脳波なども研究されていますが,まだまだ時間がかかります.


 スイッチを実際に試そうとする場合,しっかりした台や固定具に取り付けて試すことをお勧めします.そうでないと,なんとかスイッチ操作させてあげたいという気持から,知らないうちにスイッチを近づけてしまうこともありますから,それでは,ちゃんとした評価が出来ません.

 この方は,首から下の部位がほとんどマヒしています.ご自分の障害をなかなか受け入れることが困難でしたが,息を吹いたり吸ったりして,テレビの電源操作やチャンネル切り替えが出来るようになり,はじめて私たちに心を開いてくださるようになりました.

 この方は,ラグビーの事故がもとで,首から下だけでなく横隔膜の神経もマヒしています.そのため自発的な呼吸が不可能です.ここでは,カメラのレンズの埃を吹き落とすためのブロアーを利用したやわらかい動作のするスイッチを作りました.彼が首を右にわずかに振ることで,ナースコールの操作ができます.これができるようになり,それまで続いていた原因不明の発熱が嘘のように無くなりました.多分,その発熱は心理面からくるものであったのではないかと言われています.その後の彼は,自分で電動ベッドやテレビを操作ができるようになり,最終的には電動車いすにバッテリー式の人工呼吸器を搭載し,顎で操作できるまでになりました.

 この方は,自動車事故が原因で脳挫傷になりました.7年間ほどいわゆる植物状態でしたが,私たちが訪ねて行った頃には,わずかに表情が出るまでになっていました.彼の体の中で,唯一,舌の動きが残されていました.最初は,枕の舌から立ち上げた自在パイプの先端にタッチスイッチを取り付け,舌先で触って貰おうとしましたが,どうしても頭の不随意な動きがでてしまいうまく行きません.そこで,両方の耳からゴムパンドで顎受けをつるし,顎受けにタッチセンサーを組み込みました.これにより,たとえ頭が不随意的に動いても,舌とスイッチの位置関係はいつも同じ状態に保たれます.

 この方の病気は,ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病です.ALSは,病状の進行が早いのが特徴で,最終段階では眼球運動と肛門の括約筋しか残らないと言われています.
 この段階では,両手のわずかな動きができましたので,左掌に巻き付けたスイッチで,台所に立っている家人を呼んだり,ご自分でテレビの電源やチャンネルの操作が出来ます.とくに人を呼べるということは大切で,呼ぶ側および呼ばれる側の双方に安心感を生みだします.

 実は,ALSの方の中には眼球の動きすら困難になる方もおられます.あるご夫婦の場合ですが,ALSのご主人の肛門に,その方の奥さんが指を差し込み,イエス,ノーを読みとっておられました.これは,普通では,なかなかできないことです.私たちがここで学んだことは,コミュニケーションは,根元的なものであり,人間にとってなくてはならないものであるということです.

ウェルドニヒホフマン症のお子さんです.指先の動き,わずか数ミリで動作する,光センサーを利用した操作スイッチをお作りしました.

彼は生後5ヶ月以来,人口呼吸器を使用していますが,この操作スイッチと市販のコミュニケーション・エイドを使用して自分の意志を表現できるようになりました.しかし,私には大きな疑問がありました.『なぜ,生まれつき「ことば」を持たない彼が,このような正確な文章を作ることができるのか?』という疑問です.実は,一年前から養護学校の教諭による訪問教育を受けており,その教諭の考案した「ぼくのサイン」というコミュニケーション手段で意志を伝える練習をしてきたのでした.

 器用に動く眼球と右手親指の動きの回数との組み合わせで文字を特定し、自分の意志を伝えます.読み手側は彼のサインをすばやく読みとり,ホワイトボードに書き記していきます.彼は現在,コミュニケーションエイドを使う方法とこの目を使う方法とを使い分けながら表現の幅をひろげています.

スライドの女性は,約30年間近く,ほとんど寝転がった状態で生活してきました.脊柱の側湾が顕著で,普通の椅子に座ることができませんでした.私どものスタッフが,彼女の身体の状態に合った椅子をお作りすることで,初めて座ることが出来るようになりました.それにより手が自由になり,手でスイッチを押し分けることが出来るようになり,最終的には,普通のキーボードのキーが押せるまでになりました.いかに,座ることが大切かを私たちは学びました.スイッチを検討する前に,姿勢保持を考えることが大切だと考えます.

 一見すると何の変哲もない電話機ですが,そのデザインの中に障害をもつ人々にたいする様々な工夫が盛り込んであります.重度脳性まひなどにより指先が震えてしまい通常の電話機のボタン操作が困難な人でも操作しやすいように,一つ一つのボタンスイッチが電話機表面から窪んだ位置に設置してあります.また,足指での操作も可能なように,ボタンスイッチの大きさ,ボタン間の距離などが配慮してあります.また,外部スイッチコネクタに障害に合わせた操作スイッチを接続することで,1個のスイッチを操作するだけで,かかってきた電話に出ることはもちろん,好きなところへ電話をかけることができます.電話機本体にはスピーカーホン機能を内蔵しているため,送受話器を手にもたず,会話することができます.

 中途で障害を受けた人における心理面の様子を表すグラフです.横軸に時の流れを,縦軸に心理面での反応の強さを表しています.重い障害を受けた直後はショック状態に陥ります.その後,自分の障害を認めない否認の状態,そしてその後,悲しみや怒りの状態が現れます.時にはそれがそのままずっと続いてしまい,これを障害受容ができない状態と言います.その状態から脱して,障害を受けとめ,さらに再起していくという課程で,時に機器の利用は大きな働きをします.

 ここで,機器を導入する意味を改めて考えてみたいと思います.21世紀に入ると,4人に1人が65歳以上であるというように,超高齢化社会に突入します.ここでは,介護力不足が大きな課題と言われています.それは,ほんとうにそうなのですが,大切なことが一つ忘れられているように感じます.それは,重い障害を持つ人々が,その中でどう生きていくのか,ということです.
 医療の進展により,多くの人々の生命が助けられるようになりました.今後もそれはますます進められていくと思います.しかし,医療の進展とは裏腹に,後遺症で苦しんでいる人はますます増える傾向にあります.そのような中で,たとえ重い障害があっても,一人で出来ることが一つでも増えれば,それは生きる意欲につながります.また一人で出来ることが増えれば,一人で居られる時間が増えます.生活に楽しみが生まれます.それは,本人だけでなく家族の生活形態にも変化を与えます.また家庭の中における役割も生まれます.ひいては,その人を社会的な存在にすることも不可能ではないと考えます.

ここで,60歳代後半のALS患者であるAさんの朝の生活の一場面を紹介します.彼が自分の意志で動かせる身体部位は右手の親指数ミリ程度です.自発的な呼吸が困難なため,気管切開をし,人工呼吸器を装着しています.彼の日常生活は毎朝6時に目を覚ますことから始まります.彼の奥さんは,連日深夜にまでおよぶ介護疲れから,まだこの時刻には目を覚ましてはいません.
 彼は環境制御装置を用い,指先に取り付けたスイッチを数回操作しテレビの電源を入れ,チャンネルを選択し,朝のニュース番組を30分間ほど見ます.その後,テレビをいったん消し,コミュニケーション・エイドの電源を入れ,文章を作成します.彼は,発病から現在に至るまでの状況を詳細に記録しています.1時間ほど文書作成作業をした後,文書を保存し,コミュニケーション・エイドの電源を切ります.再び,テレビの電源を入れ,好みのチャンネルを選択し,朝の番組を楽しみます.ちょうどその頃,奥さんが「おはよう」と笑顔を見せます.時刻はおよそ7時30分です.
 ここでは生活そのものが営まれています.誰が決めるのでもなく,彼自身による彼自身のための生活です.その後の彼ですが,ついに一冊の闘病記を完成させました.最近,病状がさらに進行し指先がほとんど動かなくなり,現在は額にスイッチを貼り付け,眉毛を動かすことでスイッチを操作しています.しかし,彼はこれまでの生活の流れを変えようとはしていません.

 とくに,進行性疾患の場合,最終的には生命維持が大きな課題となります.しかし,これまで述べてきましたように,機器をうまく活用することで,生命維持だけの段階から脱して,自分なりの生活を営んだり,遊びや創作活動を行ったり,さらには社会参加するといったことも決して不可能ではないということを理解していただきたいと思います.

 今後の取り組み方は,どうあるべきかということを最後に述べたいと思います.
 最初に,医者と患者,先生と生徒という関係ではなく,私たちと同じ一人の生活者として捉えることが大切と思います.そうすることにより,取り組むべき様々な課題が浮かび上がってきます.
 次に,これをきっかけに,テクニカルエイドに高い関心をもっていただきたいと思います.福祉機器の展示場や展示会に行き,実際に機器を利用者の気持ちで体験してみてください.
 最後に,何か問題にぶつかったとき,自分の中だけで解決しようとせず,迷わず相談してみることが大切です.何か良い解決方法が見つかるかも知れません.
 本日の講義の内容が皆さんの普段の活動の中で,何か参考にしていただけることがあれば幸いです.


(1998年7月31日 全国肢体不自由教育研究大会セミナーにて講演)

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